14話【指定依頼】
※14話に記載されていた一部を13話に埋め込み作業実施しました。基本的な話の流れになんら変化はございません。
――七月二週、光の日。
俺は鼻歌交じりにルークの身体を洗っている最中である。
騎獣店の奥に洗獣スペースが確保されているため、ワシワシとデッキブラシで身体を擦ってやっているのだった。
水道から伸びるホース――なんて便利なものはないため、井戸から汲んだ水で洗ってやるのが普通なのだが……
「いや~こりゃ便利だな」
と、俺は水魔法で発生させた水をルークにかけていた。周りがびしょ濡れになることを良しとするならば、これは非常に楽だ。
飲料水にも利用できるかと考え、少しばかり飲んでみたが……まあ飲めないことはない。
が、井戸水の方が美味いように思える。
「光魔法もやっとLv3に上がったな。これもルークのおかげだ……ありがとう」
「クォォッ」
光魔法が成長したのは喜ばしいことではあるが、ランクCに該当する依頼が少ないのはちょっと困っている。
確かにランクCの魔物ともなると一般人からすれば危険極まりない存在であり、メルベイル周辺で頻繁に出没するなんてことはないのだろう。
先日、ランクCの依頼として《アサルトエイプ》という猿のような魔物を討伐しに行ったら、遭遇して倒すまで二日もかかったのだ。
依頼を出した村で一泊させてもらったが、かなり大変(※遭遇するまでが)だった。
但し所持していたスキルは《体術Lv2(3/50)》に《身体能力強化Lv1(8/10)》という涎が出そうなもので、身体能力強化を美味しくいただくことに成功している。
街の周辺に凶悪な魔物が少ない……それ自体は喜ばしいことなのだが、依頼が無ければ報酬は当然貰えない。
低ランクの依頼を受けたり、魔物から素材を剥ぎ取って売却すれば金にはなるだろうが、冒険者ランクは上がらないのだ。
冒険者ランクは身分を証明する際に重要な役割を持っており、高ランクだとそれだけ優秀だと認識されるため、上げておきたいところである。
そろそろ拠点となる場所を移すべきだろうか……
俺はそんなことを考えながらルークの身体を洗い終え――店を出た。
「――あれ? ロギンスさん。何してるんですか?」
ギルドの建物前で、見知った人物へと声をかける。
「ええ、ギルドへ指定依頼を出してきたのです」
へぇ、領主様みたいな偉い人もギルドを利用したりするんだ。
自前であれだけの兵を雇っているのだ。冒険者に何かを依頼するということは通常無さそうなものだが……
「あ、リムがこの前に貰った綺麗な花……えっと……」
「フィリアの花……でしょうか?」
「あ、それです。花瓶に入れて飾ってあるんですけど萎れてきちゃったみたいで……」
「切り花ですからそう長くは。ただ……切り口は水に浸すのではなく、湿った布で巻いておく程度が良いと思います。水を与え過ぎると逆に枯れてしまう植物なので。私も摘んだ後はそうしております」
ふむ。なるほど……帰ったらリムに伝えてあげよう。
「セイジさん……」
「ぇ、あ、はい」
「いえ……何でもございません」
なんだろうか。ロギンスさんにしては珍しく歯切れの悪い感じである。
しばし待ってみたものの、その後に言葉が続くわけでもなく「それでは失礼を」といって帰って行った。
――ギルド受付でシエーナさんに核玉を渡してお金を受け取ると、彼女の口から「おめでとうございます」という言葉が発せられる。
「マリータ様より、セイジさんとリムさんに指定依頼がきております」
……そういうことか。
指定依頼は文字通り冒険者を指定して依頼を受けてもらうもので、高ランクの冒険者になるとそういった依頼があるかもしれないって最初に言われたな。
この場合ランクはあまり関係ないのかもしれないけど、ギルドからすれば領主の娘から直々に依頼が来るのは名誉だという認識なんだろう。
内容は、明日からしばらくアルベルトさんが外出するため、領主館警備の補充要員として来られたし……という感じだ。
なるほど。
もうすぐ西方群島諸国の代表と条約を締結する日だとか言って、ドーレさんがソワソワしてたっけ。アルベルトさんが主導で進めている政策だから、王様とともに調印式に出席するのかもしれない。
ドーレさんはメルベイルとパスクムを往復し、港の商会倉庫に色んな商品を溜めこんでいるようで、無事に儲けられることを祈らせてもらっている。
ふむ。アルベルトさんが外出する際に護衛を連れて行くことになるだろうから、警備の兵が足らなくなったのか?
他愛もない話を友達とするのにお金なんざ発生しないが、こうやって友達がギルドを通して正式に依頼してくれた以上、受けてやらねばなるまいて。
「――この依頼、受けます」
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――七月三週、元の日。
いつもであれば早朝からパウダル湿地帯に向けて出発するところだが、今日の俺は違う。
さすがにプリズムスライムとマリータであれば秤にかけるまでもない。
プ……マリータだ。
いや、本当に。
――そんなわけで、俺とリムは現在マリータの部屋にいるわけである。
アーノルドさんはリムがこの依頼を受けることをやや心配そうにしていたが、リムがやると言った後はそれ以上反対しなかった。
しかし……俺が素人目で見る限り、館の警備が手薄な感じはしない。
門や廊下にはもれなく屈強そうな衛兵達が居られましたし? ……果たして俺達は必要だったのかと訊きたくなるぐらいである。
アルベルトさんはその辺をちゃんと考えていたんだろう。
もしや、マリータは話相手が欲しくてこんな依頼を出したんじゃないのか?
いやいや、仕事は仕事だ。
いつもみたいにペチャクチャ喋ってたら駄目だろう。
と……俺が決意を新たにしているというのに、マリータは無邪気に話しかけてきたりする。
こういうところは子供なんだよなぁ……
部屋への出入口となる扉を警戒しつつ応対していると、今度は窓際付近にいるリムへとテテテと近寄っていった。
――そのまま何事もなく時間が過ぎ……もう昼飯時である。
どうやら、俺には護衛とかそういった依頼は向いていないのだと知った。
何も起こらないのは良い事だし、立ってるだけでお金が貰えるのは有難いことなんだろう。
だが、暇で暇でしょうがない。
魔物をバッタバッタと薙ぎ倒し、スキルを奪いまくって一日を終えることの何とも爽快なことよ。
突っ立っているだけじゃ、強くなるどころか腰を痛めそうだ。
まあ、今回の依頼は受けると決めたので文句を言うつもりはないが……
「――失礼します、マリータ様。昼食の用意が整いました」
ノックとともにロギンスさんが顔を出す。
「今日は部屋で食べたいから、持ってきてもらえるかしら?」
「畏まりました。セイジさんとリムさんにも簡単な昼食をご用意できますが……」
「あ、俺達は持参してきたんで大丈夫です」
そう、何を隠そう――ダリオさんの特製弁当だ。
俺がウキウキしながら包みを開けていくと、その様子を眺めていたマリータが興味深げにこちらへ歩み寄ってくる。
「これ……すごく美味しそうね。一口ちょうだい」
「おい、ちょっ――」
言うが早いか、マリータは俺の弁当を奪い取ってかぶりついた。
とてもお嬢様とはいえない行動である。
ってか……なんでこの子、一口以上食べ続けてるの?
――……どういう……ことなの?
瞬く間に、俺の弁当は見事に食い尽くされてしまった。
「いえ、あの、とても美味しかったから……つい……」
俺は悲しみにくれながら、リムの持っている特製弁当を見やる。
せめて一口ぐらい……
だがリムはこちらと視線を合わさず、無言で食べ始める――しかも速いっ、だとっ!?
「あの、私が食べるはずだった昼食をセイジに――」
マリータの提案に項垂れながら頷いた俺は、確かに美味しいといえる豪勢な昼食にありつけたのだが、なんだか……ねぇ?
――その後は特に何も無く――静かなものだ。
ロギンスさんが運んできてくれた紅茶を俺はグイッと一気に飲み干す。いつもながらここの紅茶は美味い。
鼻腔をくすぐる華やかな香りを楽しみつつ、周囲に視線を向ける。
ん? いつもはリムも美味しそうに飲んでいるのに、今日は口を付けていない……
「なにか……匂いが」
「本当? 私は全然分からないけど」
マリータも香りを確かめるようにして、リムの言葉で飲むのを控えている。
マジか? 腐ってたとか? 美味しかったけど。
「……もしかすると茶葉が古くなっていたのかもしれません。直ぐに淹れ直しましょう。ところでマリータ様、本日の昼食はいかがでしたか?」
「えへへ、実はセイジのお弁当と合意の上で交換したといいますか……」
あれは事後交換というものだ。ロギンスさんの前では良い子ぶりおってからに。
室内に軽く笑い声が響いた後――そこで俺はなんとも言えない違和感を感じた。
――なんか……変だ。
まだ時刻は日暮れ前、なのに――――
――――館の中が、静かすぎないか?
まるで……真夜中のような静けさじゃないか。
――そんな疑問が頭をよぎった瞬間、廊下を誰かが駆けてくる足音が響いたのだった。
その余りに無遠慮な足音に異常を感じ、俺は警戒を露わにして剣を抜き放った。
緊張感がマリータへと伝わったのか、少女が息を呑む様子が窺える。
――次の瞬間、扉が蹴破られるように強引に開け放たれ、現れたのは――黒マントに覆面を被った怪しい二人だった。
なんだ……? こいつらは。というか衛兵はどうしたんだよ。
「おー、本当に全員眠っちまってたなぁ~、こんな楽な仕事はないね」
「あんた、目の前で動いてる人間が見えないの? さっさと目標を確保するわよ。邪魔者は……始末する」
眠ってる……? いや、今はそんなの考えてる場合じゃない。目標ってのはどう考えてもマリータだろう。
友好的な相手ではなさそうだな。
俺は相手のステータスを確認しようとするが……できなかった。
覆面で顔を隠しているせいだろうか。
物陰に隠れている人物を透視できるような能力ではないので、顔を完全に隠している場合などは無理っぽい。
声から女だと判断できる一人が、鞭を取り出す。
ってことは……鞭術……? そんなのあるのか?
――落ち着け。今は目の前の相手に集中するべきだ。
スキルを把握して奪うなんてこと、考えるな。
自分の眼で、相手の力を読み取り、そして――
――――勝つ。
「リムはマリータを守っておいてくれ。俺がこの二人の相手をする」
相手の力量を測るには一番強い駒をぶつけるのが適当だろう。相手が何をしてくるか不明なので、マリータへ被害が及ばぬようにしてもらいたい。
……ロギンスさんはステータスを覗いた際、かなり戦闘スキルが高かったから加勢してくれれば嬉しいのだが、マリータを守るように傍に控えている。
「おいおい、こいつ……オイラ達とやり合う気だよ?」
「あんたもさっさと構えなさい。相手を舐めてるとそのうち痛い目に遭うよ」
……護衛っぽくなってきた。冒険者も良いけど……そういや俺―――騎士とかには憧れてたんだった「……なっ!」
俺は言葉を吐き出すと同時に、床を強く蹴り放った。
生活するには大きすぎるマリータの部屋だが――――戦闘するには丁度良い。
一瞬で相手までの距離を喰らい尽くし、剣を振り払う。
初撃で狙うのは、鞭を持った女とは別のもう一人――男の方だ。
「うぉっ――」
男が微かに呻き声を上げたが、マントの下に構えていたであろう武器で俺の一撃を受け止めてみせた。
なるほど、男の方の武器は……双剣か。
やや長め、やや短めの二本を交差させ、ギリギリ……と俺の剣と噛み合うことで火花を散らしている。
力は完全にこちらが上……だな。押しきれそうだ。
「ちょ……なんだよこいつ。こんなのがいるなんて聞いてねぇってっ」
腕の一本ぐらいを切り落とせば無力化できるだろうか……?
――っ!?
横から鞭の一撃が襲い来るのを視認し、俺は後方へわずかに下がることでそれを躱した。
男が双剣で迷わず追撃してくるのを、焦らずに打ち落とす。
確かに強くはあるのだが……俺からすれば剣筋は荒い。
――いくら二刀で手数が勝ろうともっ!
俺は両手で剣の柄を握りしめ、相手の一撃を受け止めると同時に剣の腹を滑らせるようにして一歩踏み込む。
「フッ――」
相手が剣を握っている力点付近で刃筋を立て、渾身の力で薙ぎ払った。
ギュギィィッという嫌な金属音を奏でながら、相手の剣の一本は宙を舞って床へと転がる。
これで――まずは一人っ!
ノワールの刃が付いていない片側を、勢いよく相手の首元へと振り下ろす。
残った一本の剣では防ぎきれないだろう。
――が、またしても女の邪魔が入った。
今度は鞭ではなく、飛来する何かである。
それも横っ跳びに回避し、俺は小さく息を吸い込む。
この二人……妙に連携が取れてるな。やり難くてしょうがない。
ちょっと誰かに手伝ってもらいたい気分である。
が、任せとけといった手前……助けてとも言いづらい。
……あの女が邪魔する気なら、先にあっちを片づけることにしよう。
俺は標的を女に切り替え、疾走する。
女もそれを半ば予想していたのか、こちらへ手をかざして先程と同じ飛来物を放たれる。
その正体はさっき確認している。
言うなれば、氷の散弾だ。
水魔法の使い手……か。水から氷をイメージすることは容易いものな。
その形状は氷柱のように鋭利なため、刺さると痛いでは済まなさそうだ。
俺は用意しておいた《火の盾》を発動させることでそれらを相殺し、さらに前進する。
ここまで近寄れば鞭よりも剣の方が……有利だっ。
「魔法まで――!?」
剣の背で鞭を持った手を打ち据える。
拳の骨を砕いた感触が伝わってきたので、水魔法で回復が可能だとしてもすぐに鞭を振るうことはできないだろう。
男が叫び声を上げ、何かの魔法を発動させようとしたところで俺は女の首筋へと剣を突きつけた。
「動くなっ……色々と説明をしてもらいます」
男の方に武器を捨てるよう命令する。
「――お前達っ、何をやってっ――……これはどういうことだ?」
が、部屋へと侵入してきた新手が怒鳴るようにそんな言葉を吐き捨てた。
俺が女を押さえているというのに、構わずにこちらへと近づいてきやがる。
どうするよ……くそっ。
焦燥感が膨れ上がっていく俺の背中へと、頼もしい声が届く。
「……ここは私がやりましょう」
ロギンスさんだ。
有難い……新手の方はロギンスさんに相手してもら――
「――ガ……ぁ」
突然、無防備だった後頭部へと強い衝撃が走る。
俺はまともな声も出せず、床へと崩れ落ちた。
ぇ……な、にが……が起きた……?
朦朧とした意識の中、なんとか視線を上へと持ち上げていく。
そこには――――無言でこちらを見据えているロギンスさんの姿があった。
……どういう、ことだよ……?
――意味、わかんないし……