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11話【懐かしの風船】

ついにあの男が……っ!

 ――七月一週、元の日。


 やはり状態異常耐性スキルを持っているせいか、昨晩遅くまで酒盛りに付き合ったことが嘘のように軽快な足取りで階下へ向かう。

 ドーレさんは昨晩満腹オヤジ亭に泊まることになったが、節制していたためか既に食堂に顔を出していた。


「よっ、おはようセイジ君」

「おはようございます」


 ドーレさんに挨拶を返したところで、リムも階段を下りてくる。

 うむ、アーノルドさんは例によって例の如しだろう。

 まあ、久しぶりに旧友と会ったことで飲み過ぎたというのは仕方ない……か。


 三人で朝食を食べ終えた後、俺は今日もパウダル湿地帯へ赴くことを告げて席を立つ。

 今日は元の日のためにプリズムスライムを狩りに行かなければならないし、かなり大きな買い物もしたい。


「ふむ。俺はしばらくこの街にいるから、何かあれば声をかけてくれ」


 確か昨晩……新しい政策が施行されれば群島諸国との交易がより活発になるので、今のうちに商品を仕入れておくつもりだとか言っていたっけな。


「リムちゃんはどうする? もしアーノルドが起きてくるまで暇なんだったら、オジサンと市場まで行ってみないかい? 旧友の娘に何か一つぐらいプレゼントしてあげるよ」

「ありがとうございます。でもあたし……父さんが起きるまで待ってることにします」

「そ、そうかい……」


 ドーレさんの誘いを丁寧に断ったリムは、猫のように軽やかな動きで階段をタタタと上がっていった。

 残されたオジサンは、尻尾が床に擦れそうなほどに垂れ下がってしまっている。

 仲の良い友人の娘というのは、きっと自分の娘のように可愛く思えるのだろう。

 ドーレさんは結婚しておらず子供もいないため、余計にそういった感情が湧いてくるのかもしれない。


「じゃあ、俺はもう行きますね」

「あ、ちょっと待った……ほらっ、遠出するなら道中にこれでもどうだい」

「これって……?」


 差し出されたのは、色鮮やかなお菓子……?


「これはリシェイル王国のとある村で作られてる砂糖菓子だよ。サトウキビが豊富だから、こういうのが村の特産品になってるんだ。交易品としても人気でね、良かったら少し持っていくといい」


 ほんのりとした赤や黄色に色付けされた砂糖菓子――鳥や羊といった動物の形を模しているのが面白い。

 俺は礼を言ってそれらを受け取り、宿を出た。



 ギルドを経て、騎獣の店へと向かう。


「――おっ、本当にこいつを購入するのか? いや、若いのに大したもんだ」


 俺は店員の頬を白金貨で張り倒して(※丁寧に支払いを済ませた)ついにルークを我が物としてやった。

 騎獣を飼う場合の諸注意を受けた後、ルークを撫でてやる。

 どうやら宿に騎獣用の納屋が無い場合など、ここで預かってもらうことも可能らしい。

 それには少しばかり金が必要だが、どこへ行くにもルークに乗って行けるのは有難いことである。

 俺は勢いよくルークに飛び乗ると、たぎる心のままに手綱を強く握った。



「――おおぅ……なんか景色が違って見えやがるぜ」


 不思議なことだが、行き慣れた道中がとても新鮮に思える。

 いつもはルークを借りているが、自分の物となった場合にここまでの爽快感を味わえるとは思っていなかった。

 レンタカーを借りていた人が念願の新車を購入したみたいな感覚ってか……泣けるぜ。




 ――いつもより無駄に走り回りながらパウダル湿地帯に到着し、少しばかり辺りを警戒して進んでいく。

 ない……とは思うのだが、昨日の仕返しに突然魔族に囲まれることを心配してのことだ。

 が、どうやらその心配はなさそうである。


 さてさて、これまた楽しくルークで逃げるスライムを追いかけ回す。

 合体させたプリズムスライムから元魔法スキルを奪い取るという行為を繰り返し、帰路につくべき時間が近づいた頃、ルークの背から降りて剣を抜き放った。


「もう一度試しておこうかな」


 俺は掌に意識を集中させて虹の光球を作り出す。

 ……魔法を具現化するのに必要なのは明確なイメージだが、元々六属性を全て融合させるという練習にはかなりの時間を費やしているため、一度コツさえ掴んでしまえばどうやら上手くコントロールできそうだ。


 そのまま剣に纏わせて大上段に構える。

 周辺に人影がないことを確認し、自然破壊とならぬように沼方面へと照準を定めた。


 ――――多重属性極剣波(シンフォニックレイヴ)っ!


 全力で放った剣閃が水面に接したかと思った瞬間――大気を震動させるかのような音の衝撃が身体を伝う。

 舞い上がる水飛沫――水深の浅い沼の地肌が剥き出しになり、形成された小さなクレーター状の穴ボコに水が流れ込んでいく。


 ……自分が怖いっ!


 なんてフザケるのは程々にするとして、これは……使うべき時と場所を考えた方が良いかもしれない。

 まだ元魔法はLv2であるのに、凄まじい威力だ。


 満身創痍の俺にトドメを刺すつもりだったアルバの大火球が全力のモノだったかは分からないが、昨日のことを鑑みればLv3の魔法に匹敵すると思われる。


 ちなみに剣と一体化させずに虹の光球を投げ放ったところ、こちらもそれなりの威力はあったのだが、かなりのパワーダウンを感じた。


 武器と一体化させることによって他の要素も絡んでくるのだろうか……? パッと思いつくのは剣術スキルLvや、俺が装備している剣自体の攻撃力といったところか。

 それとも、使い慣れた武器との合体という行為がイメージをより明確に……とかも考えられる。


 まあいいか、今日はもう帰ることにしよう。




 ――メルベイルのギルドに報告した際、シエーナさんがあることを告げてくれた。


「セイジさんは現在ランクD+ですが、今回で依頼達成回数が十回に達しました。昇格試験をお受けになりますか?」

「あ、はい。受けます」


 そうか……もうランクCへの試験か。

 ランクDへ昇格してから一ヵ月と少し、定期的にスライムを狩っていたからそうなるわな。


 我ながら、驚くべき速さである。

 俺としては安全マージンを十分に取っているが、本来ならランクDの冒険者にとってスライムだって強敵なのだ。

 わずかながらも魔法を扱い、その流体性のある身体で敵を自由自在に締め上げて窒息させる。どうにか追いつめたところで逃亡を図り、他のスライムと合体してパワーアップしてふたたび襲いかかる。

 やっとこ倒して街へ戻ったとしても、核玉一つでは依頼達成には程遠い。


 魔物を倒してLvが上がるなんてことはないため、力不足だと感じるのなら修行を繰り返して少しづつ技術を高めていくしかないのだ。


「ランクCへの昇格試験を受ける人は多くないので、個別で試験を行います。そのため日程の調整はしやすいのですが、希望日などはありますか?」


 この前に受けたランクDへの昇格試験は集団受験だったが、今度は違うらしい。

 冒険者は誰でもランクEからスタートするので、最初の試験に多数の者が集まるわけか。

 ランクが上の者ほど数が少ないピラミッド構造……なんだか社会の縮図みたいだ。

 まあ、一つの組織なんだから当たり前だろう。


 メルベイルの街にはおよそ数万人が暮らしており、周辺の街や村にも数千から数百といった単位で人間が生活している。

 大型都市といえるメルベイルで、ギルドに登録されている冒険者が二百人程度。

 だがその半数以上はランクEとD……それ以上の者は一握りであり、付近に凶悪な魔物が出没しないメルベイルでは、高ランクの冒険者の数は非常に少ない。


「できれば早めの日程でお願いします」

「畏まりました。試験官の手配が済み次第ご連絡させていただきますね」


 今度もベイスさんかな……? いや、いつも手が空いているわけではなさそうだし、別の人を手配するのかもしれない。

 確か、高ランクの冒険者に試験官の依頼を出すこともあるとか言っていたような気がする。




 ――そんなわけで、翌日。七月一週、火の日。


 ギルドに顔を出したところ、早速だが試験日が明日に決定したとの旨を伝えられた。

 気のせいか、シエーナさんが少しばかり心配そうな顔をしていたが「セイジさんならきっと大丈夫です」と励まされる。

 厳しめの試験官でも引き当てたのだろうか……?


 さて、ここ最近の俺の生活サイクルだと今日は休日に当てているのだが、さすがに試験前日にのんびりと過ごす気にもなれない。


 普段は歩いて行く南の森へとルークで向かい、スモゴブとイモムシを狩ることで明日に備えることにした。


「よしっ……こんなもんだろ」


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

名前:セイジ・アガツマ

種族:ヒューマン

年齢:18

職業:冒険者(ランクD+)

特殊:識者の心得

スキル

盗賊の神技(ライオットグラスパー)Lv3(14/150)

・身体能力強化Lv3(6/150)

・剣術Lv3(28/150)

・状態異常耐性Lv2(42/50)

・生命力強化Lv2(33/50)

・光魔法Lv2(36/50)

・元魔法Lv2(12/150)

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 その日の夜、試験合格を祈ってダリオさんが腕によりをかけた料理を振る舞ってくれた。


 海岸線沿いの牧草を食んで育ったソルト牛(肉に程良い塩分を含む)の肉を香辛料や香りの強い野菜と炒め、さらにそこへアルマ鶏のブイヨンを加えることで深みを出す。

 スープの原形が出来上がったら、そこへ数種類の野菜を放りこんでコトコト煮込む。ワインでアクセントをつけることも忘れない。


 リムがダリオさんに作り方を教わっている会話が、そんな感じだった。

 俺が夢中で食べたスープは、そんな風に作られているらしい。


 きっと、このメインディッシュである魚のムニエルにも手間がかけられているに違いない。

 パスクムから運ばれた鮮度の高い魚の旨味を一片も逃すことなく、内部に凝縮する技法が使われているに違いないのだ。


 だって――泣きそうになるほど美味しいんだもの。これ。




 ――七月一週、水の日。


 早朝にギルドへと向かい、七時の鐘が鳴るまで待機する。

 この辺の流れは前回と同じである。

 が……おかしい。

 七時の鐘が鳴ってしばらく経つのだが……試験官がまだやってこない。


 もしかして、俺が時間を間違えているのだろうか。

 不安になってきたので職員さんに尋ねようとしたその時――


「――てめぇ……あの時の腰抜け野郎じゃねぇかよっ」


 なんだろう……懐かしいような、でも二度と聞きたくないようなダミ声が響いた。

 誰だっけか……? いや、忘れてない。

 俺がこの世界で右も左も分からないヒヨコだった際、忘れられぬ屈辱を、そしてとても便利なスキルを提供してくれた男――


 俺は、ゆっくりと相手の足元から頭部へと視線を持ち上げて行く。


 ――バル・ゴライアス。


 まさか、この人が試験官だとかいわないよね……?


「てめぇがランクCへの昇格試験を受けるだとっ!? まあいい……俺が今回の試験官をやることになったバルだ。時間が勿体ねぇから、さっさと始めんぞ」


 マジ……か。嫌だよ、こんな試験官。

 ギルドもさ、ランクだけじゃなくて品性とかも試験官を依頼する基準に加えてほしい。

 あー……だからシエーナさんが心配そうな顔してたのか。

 というか、時間に遅れて来たお前がどの口で時間が勿体ないとか言ってんだよ。


「なにボケっとしてやがるっ! さっさと来いっ」

「……はい」


 俺は半ば放心状態のまま、ギルド内の訓練場へと歩かされる。

 前と同じく、ここで実力を見られることになるのだろう。


 バルが訓練用の斧を手に取り、勢いよく振り回している姿が俺の瞳に映った。


「今回、試験の方法も俺が決めていいことになってんだ。まあ……俺の考えでは冒険者ってのは強くなくちゃ始まらねぇっ」


 ズゴンっ! と斧が地面へと叩きつけられる。


「あー……クソがっ! どうにもあの日以来、身体の調子が悪くて仕方ねぇ。てめぇの面見てるとなんかイライラしてくるぜ。格安ボランティアみたいな依頼でも受けてギルドの機嫌取っとかねぇと……クソっ! ふざけやがって……」


 完全なる八つ当たりのようだが、まあ原因は俺である。

 が、やはりこいつにスキルを返すという選択肢はなさそうだ。

 ふむ……降格でも仄めかされたのだろうか? というか、試験官の依頼って安いんだ。

 まあ試験は依頼者がいるわけでもなく、あくまでギルド自体が金を払うことになるから、先輩が後輩のためにほぼ無償で一肌脱ぐみたいな感じなのだろう。


「俺と戦って強さを証明してみろ。そうすりゃ合格にしてやるっ」

「え……と、勝てばいいんですか?」

「はっ、できるもんならやってみろ。ケモノと馴れ合ってるようなクソが、どれほど情けない腕前なのか見てやろうじゃねぇか」


 ぇ、ケモ、ノ……?

 一瞬それが何を指すのかが分からず、ドーレさんが言っていた事をゆっくりと思い出す。

 スーヴェン帝国出身のヒューマンには獣人を毛嫌いする人が多く……確か――


「ケモノはケモノだろうが。ああ、獣人とも言うんだっけな。あんなのと一緒に依頼を受ける奴の気が知れねぇな」


 もしや、リムやアーノルドさんのことを言っているのか……?

 確かに何度か一緒に依頼を受けているので、それがこいつに伝わっている可能性はある。


「まさかとは思うが、あの猫に発情でもしてんじゃねえだろうな? まあケモノ相手なら腰抜け野郎でも一回ぐら――「えっと、バルーン? さんでしたっけ……ちょっといいですか?」

「あん?」


 耳触りな言葉を遮るようにして、俺は言葉を続ける。


「一応冒険者として先輩ですし、試験官ということで最低限の敬意を持って接しようと思ってたんですけど……」


 訓練用の剣を中段に構え、相手を見据えながら言葉を吐き捨てた。


「前置きはいいからさっさと構えてくださいクソ野郎。あなたの頭は緑イモムシ以下ですか?  泣くまでシバきますよ? その大層な筋肉には空気でも詰まってんのかこの筋肉風船がっ」

「良い度胸じゃねぇか……」


「あんたは俺を――――怒らせた」




「――あの、セイジさん……随分と早かったようですが、試験はどのような結果に……?」


 訓練場の扉を開けて出てきた俺は、シエーナさんに試験終了の報告をする。

 相手が言ったことだ。文句はないだろう。


「合格だそうですよ。まだ訓練場に転がってると思うので、試験官本人に確認してください」


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ――そんなわけで、俺はランクC-へと昇格を果たした。

 予想外に早く試験が終わってしまったので今日こそ休日にしようと思っていたのだが……


「はい、これでセイジさんは今日からランクC-の冒険者です。ところで、つい先程マリータ・テュオ・ベラド様の名前で言伝を預かったのですが……」


 更新されたギルドカードを渡すとともにシエーナさんから伝えられた名前には、心当たりがあり過ぎた。

 ですよね~……むしろなんで今日まで何も言ってこなかったのか……?


「セイジさんとリムさん両名で領主館へ来てほしいとのことです。試験中である旨をお伝えしたら、終わってからで良いとのことでした」


 なんでリムまで? あの時に一緒にいたからか?

 すぐに出頭しろという雰囲気ではないので、大丈夫だとは思うが。


「あの、リム達はもうギルドに顔を出しましたか?」

「今日はまだ来ておられないようです」


 たぶん、まだ宿にいるのだろう。


「それじゃあ、リムに会えたら俺から伝えときますよ」

「畏まりました。もし入れ違いでギルドに来られたら、私の方から伝えるように致しますね」

さて、どうなることやら……


とりあえず、バルは泣くまでシバかれました。

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