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10話【碧眼の少女と壮年の紳士】

 ――さて、これが宝飾品店か……。

 メルベイルの街を拠点に活動してしばらく経つが、今までこんな店に訪れる機会は当然なかった。


 宝飾品が描かれた洒落た看板、石造りの建物ではあるが壁に彫刻が施されることにより無骨さを感じさせない雰囲気を醸し出している。

 つまりは、一人では気恥かしくて入りたくない店である。

 リムが一緒で良かった。


 扉を開けようとした手を一度握りしめ、軽く深呼吸してから押し開ける。

 やや緊張しているのは、高額な商品を売却するからだ。


 シエーナさんが嘘を言う可能性は俺の中で皆無(※シエーナさんに騙されるのなら許す)なので、白金貨を扱うような値段になるのは間違いない。

 が、それ故にボラれた際の額は相当なものになる。

 いっそのこと唯一縁のある商人バトさんに助力を願いたいと思ったが、そう都合良く捕まりはしないし、向こうにだって仕事があるのだ。


 まあ、こんな大きな街のちゃんとした店で騙されることを心配するのは杞憂だと思うので、自分が納得できる売却額ならば後悔すまいと覚悟を決めた。



 店内に入って室内を見回す。

 俺が想像していたのは、ガラスケースに入れられた宝飾品がそこかしこに並べられている光景だったのだが、そうではない。

 床に毛の長いフカフカの絨毯が敷かれ、壁にはインテリアと思われる物が飾られているが、売り物が展示されていたりはしないようだ。


 とすると、商品は店員に直にお願いして見せてもらうことになるのか。

 現に、眼前でそういったことが行われている。


 俺とリムを除けば、店内にいるのは四人。

 カウンターの向こう側にいる二人は店員さん――年配の男性に、若い女性だ。

 男性店員が応対しているのが客なのだろうが、これもまた二人。


 豪華に装飾された箱に収められている宝飾品を覗き込む顔は、まだ幼い。

 一度だけこちらを振り返った少女は、文字通りに小さい女の子といえた。

 整った目鼻立ちに加えて金髪に碧眼、おまけに縦ロールの髪型とくれば『お嬢様』としか形容できない。

 ドレス――下半身を丸く覆うようなライン……ボールガウン? ――にはフリルが付いており、空色の生地が抜けるような白い肌に良く似合っている。


 なんとも発想が貧困で泣きたくなるが、一言で表すと『出来の良いフランス人形』が生きて動いているといった感じだ。

 年齢は12歳……まだまだ子供じゃないか。

 こんな店でお買い物とは、けしからんな。


 ……あ、いけね、初対面でいきなりステータス覗くのは控えようと思ってたんだ。

 まあ、見ちゃったものは仕方ない。


 ってかこの子、領主の娘さんなのか。

 納得だ。


 そしてお嬢様の横にいるのが父親か……と思ったが、違う。

 別にステータスを覗いたからではなく、服装から違うと判断できる。

 何が違うって、この人は360度の全方位から眺めても形容するに相応しい単語は一つだけ――『執事』だ。


 白布のシャツの上に赤褐色のベスト、俺が知っているスーツとは少しばかり異なる形状の黒服に黒ネクタイ……これが執事でなくと何だというのだ。

 整えられた髭、銀色の長髪は後ろで束ねており、鳶色の瞳がこちらを窺うように一瞬だけ向けられた。


 思わず俺も意識して見返してしまう。

 年齢は45歳……って、ぇ?

 え……ちょっ! なにこの人? 戦う執事さん?

 いや、この年齢だとあり得るけど……スキルLvだけで考えると今の俺と良い勝負だ。

 前職が仮に傭兵とかで、護衛も兼ねた執事なんてのも存在するのかもしれないな。アーノルドさんだって冒険者には成り立てだけど、ランクB相当の実力があることだし。


 さて、長々と頭の中で語ってしまったが、この間、実に入店して数秒である。

 失礼にならぬよう、お嬢様と執事さんに軽く会釈だけしておく。


 俺は手の空いているであろう女性店員へと向かい、声をかけた。


「これを買い取ってもらいたいんですが、幾らになりますか?」


 袋から取り置いた白魔水晶を見た女性店員が、わずかばかり驚いたような表情を浮かべる。


「し、少々お待ちください」


 それだけ言って、男性店員の方に歩いていった。

 一体なんだというのか。


「――リム、分かってるとは思うけど」

「うん」


 もしこれをどこで入手したか? という質問をされた場合、答える内容は事前に二人で決めておいた。

 なんともシンプルなものだが、騎獣が怪我をして困っている人がいたから治療をしてあげたらお礼にこれをくれた、というものだ。

 嘘は言っていないし、冒険者として身分証明すれば怪しまれることもない……と思いたい。


 ……お?

 ちょいと待ってくれ。何故に全員でこちらへ向かってくるんだ?

 価値のある宝玉買取のため、あちらにいる年配の男性店員に助力を願いに行った……にしては、お嬢様と執事さんまでがともに近づいてくる。


「あら! 本当だわっ」


 少女特有の甲高い声が室内に響く。お嬢様は俺が持ち込んだ白魔水晶を目に留めてそんな言葉を漏らすと、手を伸ばして掴み取った。


 ……まさか俺が盗られる立場になるなんて。

 このお嬢様、まさか他人の物は自分の物というヒューマニズムの持ち主じゃあるまいな。


「あのっ――」

「マリータ様、それはこちらのお方がお持ちになったものでしょう。挨拶もなしにそのような行動……感心できるものではありませんよ」


 俺が口を挟む前に、執事さんによって窘められたお嬢様が掴んでいた白魔水晶をカウンターのテーブルへと戻す。


「わ、わかってるわよ。ちょっと興奮しちゃっただけじゃないの」

「なら、よろしいのですが」


 明らかに立場はお嬢様が上だと思われるが、なんとなく執事さんに逆らえないといった雰囲気がどこか面白く、俺は笑いを含んだままお嬢様を見やった。


「なによ……?」

「いえ、別に」


 笑ったことが気に障ったのか、キッと睨まれた。


 やだ、この子怖い。

 ――と思う前に、お嬢様はドレスの裾を両手に掴み、完璧な所作で俺達に挨拶の言葉を述べる。


「私は領主アルベルト・テュオ・ベラドの娘――マリータと申します。こちらは執事のロギンス・クラウ。先程は失礼しました」

「や、まあ別にいいんですが……」

「そう、ならさっきのはナシだからね。ロギンスもこれでいいんでしょ」


 第一印象は……普段はお転婆だが、必要な際は淑女になれるお嬢様、か。

 すぐさま口調を崩したマリータに、ロギンスさんは渋い顔をしながらも頷いてこちらに挨拶をくれる。

 俺とリムも簡単にだけ自己紹介を済ませると、ロギンスさんが事情を説明してくれた。



 ――ふむ……護身用の白魔水晶をあしらったペンダントが不慮の事故(※マリータのせい)で砕け散ってしまったと。

 代わりの物を探していたが、どれも小粒の物ばかりで困っていた。

 そこへ現れたのが大粒の白魔水晶を持ち込んできた俺……ということらしい。


 白魔水晶の硬度がどれぐらいかは知らないが、簡単に壊れるものでもないだろうに。一体何をしたんだよ。


 まあ、欲しいというのなら売ってもいい。売却することが目的だったわけだし。


「えっと、幾らで買ってもらえるんでしょう?」


 領主の娘なら気前良く高めに買ってくれたりなんか――

 という俺の淡い期待は、一瞬にして瓦解した。


「あら、適正価格を決めるのは私じゃないわよ。元々お店に売りに来たんでしょ? 私が直接あなたから買い取ってしまったら、お店の人が可哀想じゃないの」


 まあ……これについては至極真っ当な意見だと思う。

 店側としてはこの白魔水晶を買い取った後、工業区の職人に宝飾品へ加工するよう依頼し、完成した物にそれなりの値段をつけて売却することで利益を得るのだろう。


 もし俺が直接マリータに売ってしまえば、腕の良い職人に直接依頼すれば済むことだ。

 お金の流れから、この店が除かれることになる。


 だが、それはマリータからすれば損じゃないのか?

 宝飾品として仕上がった品は、結構な値がつくだろうに。

 いや、ひょっとすると俺が売るのを渋って白魔水晶の値をつり上げることを牽制しての一言かもしれない。

 まあ、渋って利益を上げるなんざセコい真似はしないけど。


 というか、無い頭を絞って相手の思考の裏を読むなんて器用なこと、柄に合わない。

 しっかりしているとは思うが、12歳の子供相手に俺は何を真剣に悩んでいるのか。

 そこで思考をストップし、男性店員に売却の手続きをお願いした。


 冒険者の身分証を提示して、どれぐらいの額になるのか尋ねる。


「そうですね……あまり市場に出回らない大きさなので……35万ダラでいかがでしょう」


 ……は?

 俺の思考停止した頭が再起動する前に、マリータが男性店員に話しかけた。


「ねえ、私はそれが商品になった後の値段も大体予想がつくのだけど、もう少し高くても良いんじゃないかしら」


 マジで……か。

 最初に提示された額で俺は十分に驚いてるんだが、更に攻めるとか。

 マリータ、恐ろしい子。


「マリータ様には敵いません。それでは……勉強させていただきまして、38万ダラでの買取でいかがでしょうか」


 今度はマリータも納得したような微笑みを浮かべる。


「商売は皆が得をするように、皆が笑顔となれるように努めるべし――父様がいつも言ってるものね。私は目当ての物が見つかって嬉しいし、このお店も儲かるし、そしてあなたも――」


 マリータが振り返り、こちらをピタリと指差した。


「少しだけ高く売れて、良かったわね」


 最初に見せた失態を挽回してやったわよ、と言わんばかりにほとんど無い胸を張っている様が微笑ましい。


 やだ……このお嬢様ってば、良いお嬢様じゃないですか。

 って、これだけでコロっといく俺は相当にチョロいのかもしれないな。

 断っておくが、俺は全属性魔法を扱えるがそういった属性は持ち合わせていない。あくまで良いお嬢様だと認識したという意味である。


 提示された額で承諾しようと首を縦に振ろうとしたところで、ふたたびマリータが口を開いた。


「ところで、あんな大きさの白魔水晶をどこで手に入れたの?」

「マリータ様。彼は冒険者ですから、そういった機会に恵まれることもあるでしょう。立ち入った質問は――」

「あら、だって気になるんだもの」


 今度はロギンスさんの制止を以ってしても好奇心を抑えることはできないようだ。

 予定通りに、白魔水晶を貰った状況を簡単にだけ話すことにする。




「――随分と気前の良い人もいるのね」


 その言葉は俺を疑っての皮肉……というわけではなく、どうやら素直な感想のようである。


「それだけ騎獣を大事にしていたんでしょうね」

「ふーん、あなたは高価な治療薬でも持っていたの?」

「俺は少し魔法を使えるので、そこそこの傷は治せます」


 そんな言葉に興味を持ったのか、マリータが自分の髪飾りを外してこちらへと渡そうとしてくる。戸惑いながらも受け取ったが、どういうことだろうか?


「私、少しだけあなたに興味が湧いたわ。その髪飾りにも小粒だけど白魔水晶があしらわれてるの。良ければあなたの魔法を込めてもらえないかしら」


 そういうことか。だが魔法を扱えるヒューマンが少ないといっても、そこまで珍しいものではないはずだ。

 一体何が十代前半の少女の興味を惹くことになったのかは知らないが、まあいい。


 にしても、この髪飾りに付いている白魔水晶は随分と小さい。

 俺の小指の爪よりもまだ小さい。


「あのですね。もし白魔水晶に込められる容量を超えた場合って、どうなるんでしょう?」


 確かシエーナさんの話では、込められる魔法の強度は白魔水晶の大きさに比例するはずだ。

 そんな俺の疑問に答えてくれたのは、マリータの傍にいるロギンスさんだった。


「その場合、白魔水晶が砕け散ることになります」


 割と恐ろしいことをサラっと言われた。

 おいおい、もし壊して弁償とかヤダよ。

 が、マリータは俺が髪飾りを返そうとしても受け取る様子はない。


「勿論、壊れても文句なんて言わないわよ?」


 ほっほぅ、つまりアレですか。

 こんな若僧が扱う魔法で容量限界を超えるはずがないと思っているのだろう。

 ってか、マリータの方が年下じゃねぇか。


 ならば見せてやろう。我が魔法の深淵をなっ!


 俺は髪飾りを握りしめ、最大最強の極大破壊魔法を――ではなく全力で《治癒光(ライトヒーリング)》を発動した。

 いや、暴発なんかしたら怖いし。

 この魔法なら安全かと思っての判断だ。


 やはり……というべきか、まあ多分無理だろうとは思っていたが、髪飾りに付いていた白魔水晶は音を立てて砕け散った。

 魔法の強度を調節すれば壊れることもなかったのだろうが、壊すつもりでやったら本当に壊れてしまった。

 暴発を心配していたが、込められなかった魔法は大気中のマナへ溶けるように四散していく。


 俺は、悪くない。

 が、やや申し訳ない気持ちとともに無言で髪飾りをマリータに返す。


 向こうは最初に言った通り責める気はないらしく、次は俺が持ち込んだ白魔水晶を手に取った。


「もしこれが砕けた場合は全責任を私が持つわ。もう一度やってみてほしいのだけど」

「……どんな魔法を込めればいいんですか?」


 さすがに、これが壊れることはないと思う。

 となれば、どんな魔法を込めてほしいか希望を聞いておくべきだろう。


「あなたが一番自信のある魔法でお願いするわ」


 自信のある魔法……ね。

 ならば覚えたてのアレしかあるまい。

 暴発の心配とかはなさそうだし、いっちょやってみっか。


 しかし、待て。

 仮に込めることに成功したとして、元魔法を扱えるヒューマン……しかも全属性を複合させることができるのはかなり希少なのじゃないだろうか。

 これを自意識過剰だと笑い捨ててよいものか……?


 ――しばしの逡巡。

 でもまあ、領主の娘に興味を持たれるのが悪いとは思わない。

 権力のある人間と知り合って人脈を広げておくことは、かなり大切なことだろう。

 勿論、相手の人柄が最悪な場合は目を付けられることを避けるべきだろうが、俺の眼が腐っていなければマリータは大丈夫……と思う。


 それに、俺はこのイーリスの世界で楽しんで生きると決めている。

 死に急ぐつもりはないが、平凡に生きるつもりもない。

 ゲームで例えるなら、何もイベントが発生しないゲームほど退屈なものはないだろう。


 ……やってやんよっ。


 俺は白魔水晶を握り、六属性の魔法を順に発動一歩手前の状態へ練り上げていく。

 これ、結構時間かかるよな……。

 慎重に前準備を終えた後、掌へと意識を集中させて一気にマナを魔法へと昇華させた。


「……ふぅ」


 ――どうやら、上手くいったようだ。

 かざして見てみると、白魔水晶の内部に六色の煌めきが確認できる。

 それを受け取ったマリータの表情は最初こそ驚いていたものの、その虹色に輝く宝玉に見惚れるようにして一言だけ。


「……綺麗」


 と呟いていた。

 ロギンスさんも「一体これはどういう魔法を……」と不思議がっている。


 ……っと、まだこの後にジグさんの店に寄らなければならないことを思い出し、俺はその場を退散することにした。


「それじゃあ、俺達はこれで」


 白魔水晶の金額は38万ダラだったが、上機嫌のマリータがさらに色を付けてくれたために最終的な売却額は40万ダラにもなった。


 白金貨四枚とか……冒険者から採掘業に転職しようかな。




 冗談はさておき、宝飾品店を出た後に俺とリムはその足で工業区へと向かう。

 全財産は50万ダラとちょい。

 仮にルークを購入したとしてもまだまだ余裕がある。

 これはジグさんの店でハッチャケるしかないだろう。

 宵越しの金は持たないとはいわないが、危険も多いこの世界だ。使える時に使ってしまった方が良い。



「――そこそこマシな防具を買ったとしても、無茶なことすっと命を落とすことになんのを忘れんじゃねえぞっ!」


 ジグさんから『い、いくら良いモノを着てたってアブナイことはアブナイんだからねっ☆』という有難い言葉をいただき、俺は新しい鎧を購入した。


 勧められたのは、アーシャ大陸には生息しないとされている《グランスパイダー》という凶悪な蜘蛛型の魔物が吐き出す、下手な金属よりも強靭な黒鋼糸を紡いで作られたクロスアーマーだった。

 色は素材の名前通り、黒色だ。

 ジグさん……最近は俺の趣味を言わずとも理解してくれているんですね。


 クロスアーマーの内部には緩衝材が含まれているため、斬撃だけでなく打撃にも強いとか。

 後は肩や肘、膝といった箇所を保護する部分的なミスリル金属パーツを含め、合計で18万ダラである。

 良い物が高いのは当たり前だろうし、防具は何より生存率に大きく関わってくるものだ。

 金があるのに妥協するつもりはない。



 さて、テンションが上がった状態のままに満腹オヤジ亭前に帰ってきたところで、俺はあることを思い出した。


 いっけね……マリータに言われて白魔水晶に魔法を込めたのはいいけど、発動させるための文言を教えるの忘れてた。

 あれじゃあ護身用に使えない。


 ――まあ、いっか。

 必要なら向こうから何か言ってくるだろう。


 ……思えば、今日は本当に色々あった。

 ルークに二人乗りして、魔族に遭遇して戦闘に突入、ルークに二人乗りして、領主の娘のお嬢様に興味を持たれ……いやはや。


 時刻はもう六時を過ぎている。

 やはり最後の締めはダリオさんの料理かな、と耽りながら扉を開けた。


 目に飛び込んできたのは狼の獣人アーノルドさん、そしてその向かい側にいる恰幅の良い獣人……犬? が酔って騒いでいる姿である。

 二人に酒を運んでいるダリオさんが、俺達を目に留めて「おかえりさん」と声をかけてくれた。


 出迎えてくれたのは三人のオヤジ。

 ……なんかね。

 この宿屋の名前は満腹オヤジ亭なわけだが……


 もうね、宿の内部がオヤジで満腹な状態になっちゃってる。

 うん……全然いいんだけどさ。



 その後、半ば強引に席に座らされて晩飯を皆で囲むことに。

 料理は相変わらずとても美味しく、初対面となる犬の獣人――ドーレさんも舌鼓を打っていた。

 ドーレさんはアーノルドさんと同郷らしいが、今は商人として活動しているらしい。

 色々な話を聞かせてもらったが、スーヴェン帝国のヒューマンに良い感情を持っていないためか、そっち方面の話になるとやや興奮していた。


 ふむ……獣人のことをケモノ(※野生動物と同類だという蔑視の意味を込めて)と呼んだりするヒューマンには注意、か。

 そんな人はなかなかいないと思うんだけどな。


 ――そんなわけで、パウダル湿地帯での一件は知られることなく無事に晩餐が終了した。


 リムは部屋へと戻り、アーノルドさんとドーレさんはまだ飲み続けるそうである。

 俺はといえば、さすがに疲れたので自室で休もうと思っていたのだが――


 誰かに、肩をガシリと掴まれた。


 ゆっくりとそちらに振り返ると、アーノルドさんが酒入りジョッキを片手に笑っているではないか。

 ……分かりました。酔うことはできないまでも、付き合いますよ。


 ふたたび席に座って飲むことしばらく――珍しくアーノルドさんがソワソワした感じで俺へと問い掛けてきた。


「ん、ゔんっ……今日はリムを連れて行ってくれたこと、礼を言う。それでだ……その、何も、なかった……のだろうな?」


 その質問を受けて、俺は思わず飲んでいた酒を吹き出しそうになった。

 やばいなっ……まさか魔族と戦ったことがバレたか……?

 鎧が新しくなったことも別に怪しまれた気配はなかったのに。


 いや、待て。

 訊かれただけじゃないか。何か気になる点があったのかもしれないが、バレたわけではないだろう。

 俺は努めて平静を装って応対する。


「いえ、特にこれといって何かあったわけではないですけど……?」


 しばし視線が交錯し、アーノルドさんが豪快に笑い出した。

 と同時に、横に座っていたドーレさんの背中をバシンっと叩く。


「くはっはっはっ! やはりドーレの考え過ぎだったようだなっ」

「ゲホッ! いや、だから冗談だって言っただろうにっ」


 俺にはそのやり取りの詳細は分からないのだが、ドーレさんが俺とリムの話に不自然さを感じたのだろうか……?

 商人の観察眼……恐るべし。


 ――こうして、長かった一日の夜も更けていったのだった。

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お嬢様、魔法の代金2万しかくれんの渋くね?
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