4話【猛る心】
――六月の四週土の日。
俺が魔法鍛錬を主軸にパウダル湿地帯へと赴くようになってから、一ヵ月と少しが過ぎている。
元魔法を所持するプリズムスライムは、俺に予想以上の驚きと喜びを与えてくれた。
奴らはプリズムスライム同士だけではなく、他のスライムとも合体するのだ。
元の日には六属性に対応するスライムが全て出現するが、それらのどれとも合体する。
熟練度はどうなるか。
《元魔法Lv1(2/50)》を所持したスライムが《火魔法Lv1(2/10)》を所持するスライムと合体したとすると……《元魔法Lv1(4/50)》を所持するスライムが生まれる。
俺としては嬉しい限りなのだが、プリズムスライム自体の出現率はかなり低く、また元の日にしか決して姿を現さないので、そう都合良く熟練度は溜まらない。
ちなみに、俺が元魔法を習得した際に既に光魔法スキルを所持していたが、何故かそれらが一纏めになることはなかった。
プリズムスライム特有の現象なのだろう。
それでも、こないだの元の日は記念すべき日となった。
俺の成長度合は半端ないが、熟練度の上限から考えるとやはり元魔法は習熟にかなり時間がかかるようだ。
自分に意識を集中することでスキルを確認する。
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名前:セイジ・アガツマ
種族:ヒューマン
年齢:18
職業:冒険者(ランクD+)
特殊:識者の心得
スキル
・盗賊の神技Lv3(6/150)
・身体能力強化Lv3(6/150)
・剣術Lv3(20/150)
・状態異常耐性Lv2(38/50)
・生命力強化Lv2(32/50)
・光魔法Lv2(34/50)
・元魔法Lv2(2/150)
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そう、元魔法がついにLv2になったのである。
さらにいえば盗賊の神技もLv3に上がった。
やはり発動回数は順調? に六回に減ってしまったが確率は上がったので何も言うまい。
光魔法はある意味元魔法とダブッているのだが、最初に盗った魔法スキルでもあるし、攻撃と回復どちらも可能であり、汎用性が高いので残している。
Lvもしくは熟練度が高い方の魔法スキルが優先されることは確認済みだ。
基本的に元の日は湿地帯へ、火の日は休日、水~土の日は南の森でイモムシやスモゴブを狩りながら魔法の練習……もしくは獣人親子と共同で依頼を受ける。闇の日は図書館でお勉強、光の日は湿地帯へ。
とまあ、こういうサイクルで過ごしてきた結果である。
そんなわけで今日は土の日であり、俺が今どこにいるかといえば……メルベイル南の森だ。
状態異常耐性をLv3に上げたいので、イモムシと戯れた後の昼下がりである。
そろそろ魔法の練習を始めようかな。
やはりイメージする魔法が強力なほど、その魔法を具現化するために大気中のマナを多く変換しなければならない。
この変換量は魔法スキルLvによって増大するし、熟練度によっても多少増える。
単純な例だと《光球》を大きくしたいと思ってもマナの変換量が足りず、Lv1ではせいぜい拳大のサイズにしかならない。
がLv2の今の状態であれば、バスケットボールぐらいまで大きくできる。
威力については言わずもがなである。
さて、魔法の練習とはすなわち、イメージを明確化することだ。
具現化に必要なマナ変換量は魔法スキルLvに左右されるので、あくまで『俺の』魔法の鍛錬というのは、イメージを明確化、もしくは新たなイメージを創造することに尽きる。
常人であれば、イモムシ教本にあったようにマナを練り上げる修行を繰り返し、魔法スキルを向上させることも必要となってくるだろう。
光魔法は攻撃や回復に有用だと言ったが《光球》や《治癒光》などのイメージは既にほぼ固まっている。
後は光魔法スキルLvを上げることで威力が向上していくことだろう。
ちなみに治癒光はアーノルドさんが怪我を治してもらった時の光景を思い出し、イメージした。
別に光魔法スキルでなくとも治癒効果をイメージすることは可能だろうが、火魔法なんかだと傷を焼いて血を止めるみたいな物騒なイメージしかできない。
他の魔法スキルで癒しをイメージできるのは、俺の中では水魔法くらいか。
しかし、実際に魔法を使用できるようになって思ったのだが……近接戦闘では魔法は不利かもしれない。
いくら自分の中で魔法に名前を付けてイメージを固めたとしても、発動までに少々時間がかかる。数m内に敵がいる状態で悠長に魔法を発動させようとすれば、魔物に身体を引き裂かれるだろう。
基本的に魔法使いは後衛向きだ。
まあ俺には剣術もあるので、そこら辺は臨機応変に対処することになるだろうけど。
っと、そろそろ練習中の魔法をイメージするとしよう。
俺は心の中で《光学迷彩》と念じる。
光学迷彩――光魔法で可能ならばやってみたいと思ってたものだ。
いわゆる『透明人間化』である。
これは俺の憧れだった。
いや、決して悪用するつもりなどはない。
男なら……ねぇ?
光学迷彩は映像投影型や光透過型など原理的なことも少しは分かる。
映像投影型というのは、ごく簡単にいえば撮影した周囲の映像をリアルタイムで身体に巻き付けた光学膜に映すことで、周囲に溶け込んだように視認させることである。
例えるならタコだ。
光透過型は、文字通り光を透過させることである。
光が物体に当たれば反射する。光が反射することでその物体がそこにあるということが視認できるのだ。
が、もし光が物体を完全に透過するとしたらどうなるか?
その物体は透明になるのだ。
かなり強引ではあるが、まあそんな感じである。
光魔法でイメージしやすいのは、後者の光透過型だろう。
自分の身体を光が透過していくイメージ。
頭上で輝く太陽がもたらす光線が、全て身体を素通りしていくことをイメージする。
「よし、かなりスムーズに透明になることができるようになってきた……だけど身体を動かすと結構ブレるんだよな~」
俺は自分の身体を動かしてみる。
ところどころだが、透明化が剥がれたように身体が見えてしまっていた。
反射率を光魔法で絶え間なくゼロにしなきゃならないのだが、動く物体だと難しさが増すようだ。
ちなみに、俺がこうして見ている視界は眼が透明になっていると見えないはずなのだが、そこは魔法クオリティである。
こういった継続型魔法の微調整は常にイメージを明確にすること、及び魔法スキルLvの上昇によっても精度が上がるのだと思われる。
……なかなか難しい。
今のままだと肝心な時に大変なことになりそうだ。
重ねて言うが、悪用するつもりはない。
――光学迷彩の練習を何度か繰り返し、俺は元魔法の練習に移行する。
元魔法はなんといっても属性を複合させることで夢溢れる結果を生み出せるのが売りだ。
勿論、スキル枠一つで六属性の魔法を全て扱えるのも非常に有難い。
俺が最初に試してみようと考えたのは、雷を発生させることだった。
俺が憧れていた某勇者のように、電撃をバリバリと扱って剣術と一体化させた必殺技をブチかまそうと思ったのだ。
が、雷の原理は詳しく知らなかった。
空気が熱せられて水蒸気が上空に向かい、雲が形成される。
それぐらいは知ってる。そこからだ。
上空で雲に含まれる水分が凍り、氷晶となり、激しい気流による摩擦で電気が発生……
その辺りで記憶が曖昧なのである。
原理からイメージすることは諦め、ひたすら雷雲をイメージすることで落雷を発生させようとしたが、火、水、風の魔法を上空に放っても何も起こらなかった。
これについては、魔法スキルLvがもっと上がってから再挑戦したい。
そんなこんなで、俺は剣術と複合魔法を一体化させた必殺技の開発に勤しんだのだ。
そして編み出してしまった。
最大最強の必殺技を。
……頭の中で。
それをイメージすることで具現化させようとしたのだが、どうにも上手くいかない。
なんでだろうか。
「相反する属性が……いや、でもなぁ――」
――――こうして、俺の一日が過ぎて行った。
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――六月の四週闇の日。
俺のスケジュール的には、今日はお勉強の日である。
といっても、図書館に赴いて興味のある本を読み漁るというだけなのだが。
これがなかなかに楽しい。
『リシェイル王国を取り巻く状況。気を付けよう……あなたの国は狙われている』
こういうタイトル見ちゃうとなぁ……手に取らずにはいられない。
俺は読書スペースへ移動し、本をめくる。
『――ここ、アーシャ大陸の西端に位置するリシェイル王国は、遠方よりの交易品や豊富な農作物、豊富な鉱石資源で栄えている国です。ただ、そんな麗しい我が国を脅かす悪魔が近くに潜んでいることを忘れてはいけません』
……この本を書いた人はリシェイル王国の人なんだろうな。
『まずは東の悪魔から紹介していきましょう。リシェイル王国の中心にある商業都市メルベイルはご存じでしょうか。王都イリスは王国内の北に位置しておりますが、メルベイルは港から輸出入される品々を中継する、王国に欠かせない商業都市です。そんなメルベイルから東へと向かうと《ベルニカ城塞都市》があります』
ベルニカか……確か関所の管理も兼ねてるんだっけか。
『ベルニカ城塞都市は、レーべ山脈の標高が低い位置に設けられた関所を管理することを始まりとして発展した城塞都市です。関所と一体化した強固な壁に囲まれており、外敵の侵入を許しません』
なるほどね。関所は城塞都市と一体化してるわけだ。となると東の悪魔ってのは……
『外敵というのは、勿論東のスーヴェン帝国です。もうお分かりでしょうか? 東の悪魔はスーヴェン帝国です。帝国には亜人に対して排他的な思考を持つ者が多く、ヒューマン至上主義のために視野も狭く、粗雑です』
この本を書いた人は、亜人さんかな……?
『リシェイル王国の豊富な物資を虎視眈々と狙う姿はまさにハイエナ。レーべ山脈がもしも存在しなければ、どうなっていたか想像に難くありません。ともあれ、レーべ山脈とベルニカ城塞都市――この二つがリシェイル王国を東の悪魔から守っている盾といっても過言ではないでしょう』
ふむ、これだけ見ると相当に酷い。
なんだかスーヴェン帝国には行きたくなくなってきた。
『さらにいうなれば、スーヴェン帝国の皇帝は最低の豚野郎です。また臣下も豚です。上に豚しかしない国がまともな筈はありません。大体――――……』
この辺りは完全に著者の個人的意見じゃないだろうか。
目が滑る。
著者は一体どういう出自の人なんだ? もう完全に悪口だよ。
とりあえず流し読みしながら、次の章までページを進めていく。
『それでは東の悪魔についてはここまでにしましょう。いいですか? くれぐれもスーヴェン帝国出身のヒューマンを見かけたら注意してください。碌なことになりません』
まあ、注意するに越したことはないってことで。
『次は南の悪魔についてです。これは読者の方もすぐに想像できるかと思われます。つまりは――魔族のことです。人間型を有しているものの、他種族に問答無用に攻撃を仕掛ける危険極まりない存在で、ここアーシャ大陸では南に分布しているとされています』
南、か。
確かリシェイル王国のずっと南方は未開拓地域だったな。
街で購入した地図も南側は描かれていなかった。
未開拓地域というのは、人間が暮らせるように整備されていない地域という意味である。
パウダル湿地帯の辺りはまだ大丈夫のはず。街道から外れてはいるが、ちょっと戻れば町村があるのだから。
ちなみに、俺達がブラッドオーガに襲われた大森林を南にずっと下っていった先にあるカラム荒野などは、未開拓地域だ。
人が住める環境ではないらしい。
強力な魔物は出現するし、そもそも人間が住んでない場所では水や食べ物の確保も困難だろう。
そんなとこで暮らしてるんだから、かなり魔族って強いんだろうな。
『魔族の侵攻については、リシェイル王国もスーヴェン帝国にしても等しく脅威です。リシェイル王国では自国の領土と未開拓地域の境目にいくつも砦を建設しており、魔族の侵攻を防いでいます。魔族の能力は非常に高いとされていますが、個体数がそれほど多くないことが救いかもしれません。もし魔族と遭遇してしまったら、すぐに逃げてください。逃げることもできない可能性が非常に高いですが……』
おい、怖いことをサラッと書くな。
『そもそも魔族は何故他種族を敵視して襲ってくるのか? ここでは簡単にしか述べませんが、原因は遥か昔に遡ります。当時の力ある魔族達が他種族を皆殺しにして、世界を掌握しようとしました』
……おいおい、なんてとんでもない奴らだ。
世界を掌握だなんて、けしからんよ。
『ヒューマン、獣人、エルフ、ドワーフなどの他種族は虐殺され、世界は大火に包まれました。ですが、それを不憫に思った力ある竜達が魔族に立ち向かったのです』
竜かっけぇ~、さすが竜。不届き者をやっつけろ。
『激戦の末に力ある竜の多くは命を失い、魔族も大きく数を減らしたと伝えられています。現在確認されているドラゴニュートは力ある竜の末裔と考えられており、力も強く、魔族に強い敵対心を持っていますが、数は非常に少ないとされています』
やっぱりドラゴニュートに転生したかったなぁ……
しょうがないけどさ。
ふむ、鱗竜とかはまた違った進化過程を辿った生物なんだろうか。
――さて、この本の内容はこんなもんか。
俺は本を片づけ、大きく伸びをする。
今日はこれぐらいにして明日に備えるとしよう。
明日は光の日のため、パウダル湿地帯まで遠出しなきゃならない。
――満腹オヤジ亭の食堂にて。
俺は獣人親子とともに食事を楽しんでいた。
「セイジ、明日はどうする気だ?」
「明日は、パウダル湿地帯に行く予定です。結構稼げるので」
ちなみに、俺の持ち金は現在10万ダラ足らず。鱗竜を購入するには全然足らない。
「そうか。もし良ければだが、明日はリムを一緒に連れていってはくれまいか? この前パウダル湿地帯の話をしてくれた際、オレ達にも見せてやりたいと言っていただろう」
「はい、別に構いませんよ」
そうだ。
パウダル湿地帯の景色があまりに綺麗だったので、そんなことを言った覚えがある。
まあ明日は元の日じゃないし、そこまでスキルを盗ることに執着せずとも良いだろう。
「……あれ? リムをって、アーノルドさんは来ないんですか?」
「オレは別に用事があるんでな。リムが行ってみたいらしい。まあ、セイジと一緒なら危険もないだろうからな」
「あたしもスライムぐらい倒せるから平気だってば」
リムが頬を膨らませる様子はどこか可愛らしい。
最近は少し料理スキルも上がったみたいで、たまにリム作の料理を味見するのだが『比べなければ』美味しかった。
アーノルドさんが言う『危険』というのは、魔物のことだろうか、それとも俺という人間が娘と二人にしても問題ないという意味だろうか。
気になるところではある。
ともあれ、なんだかテンションが上がってきたぞ。
明日はルーク(※鱗竜に無断で名前を付けた)に二人乗りしてパウダル湿地帯へと洒落こむことにしよう。
魔法について、基本的にストーリに必要そうなものを重点的に描いていきます。
こんなのも可能のはず、あんなのもと際限無く描写はしないつもりです。
そこは主人公or作者のイメージの限界と割り切ってくださいm(--)m
また、原理がおかしいなどの感想は優しめにお願いします。
冬眠したがっている哺乳類(作者)を寒空の下に突き出すようなご指摘はお控えくださるよう、何卒お願い致します(((--)))