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18話【呼ぶ声】

「――ふぅん……そんな怖い顔でこっちを見ないでよ。慌てないでも、あなたの相手はこいつを始末してからゆっくりしてあげるから」


 ヘラはそう言って、怯えきった表情でがたがたと震えているアンデルを見下ろしながら、双剣を擦り合わせるようにして、独特な金属音を奏でた。


「ば、化け物……お前、お前たちは……化け物だ! くそ……くそっくそっ、クソがっ! だいたい、私を恨むのは間違っているぞ。そ、そうだ……自分の母親が卑しい身分だから相応の扱いを受けていただけだろうが! 逆恨みも甚だしい……私を殺すなどと、そんなことが許されるはずないんだ! そんなことあっては――」


「……言いたいことは、それだけ?」

「ひ、ヒィ! やめ、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 ――ガギンッ、と。

 振り下ろされた剣撃を――双剣を交差させるようにして受け止めた。


「――……は、はひ?」

「……どういうつもり? もうそいつを生かしておく理由は、そちらにもないと思うのだけど」


 たしかに、人質としての価値がなくなったアンデルは、こちらにとっても利がある存在ではなくなった。

 だが……そんなことは関係ない。


「ひっ……あ……」


 アンデルは腰を抜かしているのか、ひょこひょこと情けない姿勢でこの場からなんとか逃げようとしている。


「ほら……ね? ここで逃がしちゃったら、お互い色々と面倒じゃない」


 だから――……そんなのは知ったことじゃない。

 逃げたいのなら、好きにすればいいさ。

 今は……それどころじゃない。

 身体が熱い……頭の中でうるさいぐらいに声が反響し、まるで世界がぐるぐると回転しているかのようだ。

 でも……なんだかとても良い気分。

 高揚感が止まることなく溢れ出してくる。

 なんていうか……興奮や幸福感を与えてくれる脳内麻薬――それらの一生分が、今この瞬間に放出されているんじゃないかと思えるほどに。


 ――最高の気分だ。

 ……こんな気分のときは、何をしたい?


 遊びたい?

 壊したい?

 殺したい?

 奪いたい?


 ああ、それだ。最後のやつ。いや……全部か?


「――ぐぅぅぅ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「ふふ……だいぶ、『らしく』なってきたじゃない。それでいいのよ。いつか壊れるべき存在なんだから、わたしと同じようにちゃんと壊れてくれないと。あははっ、そっちのほうが、さっきまでのあなたより魅力的だわ」

「……う、うる、さい。一緒に……するな!」


「はぁ……いいわ。逃げたアンデル様は、あなたたちを全員殺して追うことにするから」

 ヘラが気怠そうに溜め息を吐き、双剣をこちらに向けた。


 いつまでも……人の姿を――真似てんじゃねえ!

「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」


 俺は黒白の双剣を握りしめ、全力で駆け出した。

 相手もそれに応じるようにして、距離を一気に詰めてくる。


 二人が衝突した瞬間――火花が盛大に飛び散り、絶え間なくぶつかり合う剣戟の音が鼓膜を揺らした。

 白銀剣ブランシュは斬った相手を炎で燃やす特殊能力が付いているが、同じ剣同士がぶつかり合うと火花どころではなく――豪! と、空気を震わせるような炎が燃え上がっては消えていく。

 そんな赤く熱せられた視界の中で、黒と白の双剣は一呼吸の間に何十回と打ち合い、弾き返されては、また振り下ろされる。

 比喩ではなく、もしこの戦いに割り込む者がいれば一瞬で粉微塵になるだろう。


「はぁぁぁっ!」


 受け流すようにして剣撃の軌道をわずかに逸らせ、その隙に腕を斬り落とそうとしたが、相手は実に俊敏な動きでそれを躱し、すかさず胴を薙ぎ払うような強烈な一撃を繰り出してくる。

 俺は双剣を組み合わせ、大型の両刃剣(ツインブレード)にして渾身の一撃を放った。

 こちらに突っ込んできたヘラが横っ飛びに回避し、今度は向こうも双剣を両刃剣にして襲いかかってくる。


 身体を回転させるようにして、遠心力が加算された強烈な剣撃は、まともに受け止めれば骨の随まで砕け折れそうな威力を秘めているはずだ。

 冗談ではなく、鋼鉄製の鎧を易々と真っ二つにできるほどに。

 ……自分のことだから、俺がそれを一番よく知っている。


 まったく……、こんな常識外れなやつを相手にしないといけなかったなんて、あの護衛の兵士たちはさぞ不満で一杯だったろう。

 文字通りに自分と向き合う機会なんて、滅多にあるもんじゃないからな。

 ひょっとしたら、かなり貴重な経験かもしれない。


「ハ……はは、あはははははははっ!」


 なんだかすごく面白くなってきた。

 ……だけど、足りないな。

 肩から腹部にかけて斬られた傷が、まだ完全には治りきっていない。

 そのせいか、相手よりもわずかに剣閃が鈍っているようだ。


 ――どうした、こんなものか?

 七つの大罪なんて大仰な看板をぶらさげておいて、所詮こんなものなのか?

 相手の全てを奪い尽くしたいと欲するのなら、もっと、もっともっと……こんなものじゃ足りないぞ。



 ――もっと……俺に力をよこせ!



「かっ、ぁ……」


 バグンッと、心臓がはねるように脈打った。

 溶けた鉛を血液に流し込まれたかのような、沸騰しそうになるほどの熱さが全身を駆け巡っていく。


 わかる……わかるぞ。

 身体の内部で生じた変化が、たしかに感じられる。

 斬られた傷口が、異常な速度で治癒して塞がっていった。

 これはもう、自然治癒力を高めるという次元を超えてしまっているかのように思える。


「ぐ、ぅ……ははっ、すごい、な」


 これは生命力強化スキルが、別のもの――《生命力超強化(バイタルフォルティス)》へと昇華された証拠。


「――ふっ!」


 身体が全快したことで、アクセルを最大まで踏み込むように疾駆する。

 突然の変化にヘラもわずかに顔をしかめていたが、疑問を抱く暇もなく、ふたたび剣と剣が激しくぶつかり合った。

 重厚な金属音が何度も耳元で鳴り響き、決め手に欠ける打ち合いに終止符を打つべく、互いに両刃剣を大きく振りかぶる。


「はぁぁぁぁぁぁっ!」

「せやぁぁぁぁぁっ!」


 ギャリィィン! と甲高い音とともに、二人の持っている武器が宙へと飛んだ。

 ひゅんひゅん――と回転する音とともに空から降ってきた剣たちが、地面へと深く突き刺さる。


「なるほど……どうやら、なにかあなたの中で変化があったようね」


 ヘラは表情をやや硬くして、俺をジッと見つめるようにして言った。


「ふふ……わかってるのかしら? わたしの能力は、今のあなたを完全に再現できるの。それはつまり、あなたが強くなればなるほど――わたしも強くなるってことなのよ!」

「ああ……そうかい」


 体術スキルと身体能力強化スキルの恩恵をフルに活かせば、頑強な特製グローブによる一撃は岩をも砕くことができる。

 さすがにリムの《魔喰武装闘衣(フィアフルロンド)》による一撃の破壊力には及ばないが、それでもまともに喰らえば十分に殺傷能力があるといえるだろう。


 拳の連打が何度か頬をかすり、顎が砕けそうな勢いの上段前蹴りは、両手を交差させるようにした十字受けでしっかりと止めた。

 動きを止めるための、脚を狙った下段蹴り。

 目や喉を潰そうとする、貫手。


 ……本当に、手癖足癖の悪いやつだ。

 いったい誰に似たんだと文句を言いたくもなるが、今回ばかりはそうも言えない。


 だけど……な。


「はは、あははははっ! 本当にこの身体はいい! 剣がなくても素手で十分に人を殺せる! もっと強くなれるというのなら、なればいい! そうすればわたしも、もっともっと強く――あ……がぁ、は……」


 ――調子に乗って騒いでいるやつを黙らせる方法は、至極簡単だ。

 そう、声も出ないほどに……殴ればいい。

 相手の身体を防御している鎧など関係ないほどに強く、思いきり殴ればいいのだ。


 ボキボキボキッ――という肋骨が砕けていく感触を感じながら、俺はヘラの脇腹に突き立てた拳へとさらに力を込める。


「ひゅっ……カハッ、げ、あ……」


 相手はよろけながら二、三歩下がり、膝をつきそうになるのをなんとか堪えながら、ゲボッと血反吐を吐き出した。

 もう、完全に動きが止まっている。


「そ、そんな馬鹿な……なんでっ、わたしは――」

「はは、ははははっ! あはははははっ、どうした、なにをそんなに驚いてるんだ? 俺が強くなったら、お前も強くなるんだろう? なってみろよ! やってみろよ! 見せてくれよ!」


 頭の中が、燃え尽きそうなほどに滅茶苦茶だ。

 身体が熱い。

 沸騰しそうな血液を無理やり循環させている心臓は、今すぐ爆発してしまいそうなほどに鼓動が速くなっていく。


 ヘラが真正面から押し負けたのは、当然の結果だ。

 すでに、

 体術スキルは――《武神体術(マーシャルドクトゥス)

 身体能力強化スキルは――《身体能力超強化(フィジカルフォルティス)

 へと、それぞれ進化している。


「真似できるのなら……さっさとやってみせろよ」

「――そんな……さ、再現が間に合わ、ない……? わたしの大罪の力を、こんな子供の宿主が上回っているとでも言うの……? 認めない、そんなのは認めっ――が、ぁ……」


 叫びながら怒りの形相で襲いかかってきたヘラを、思いきり蹴り飛ばした。

 ザザッと勢いよく転がった彼女は、地面に突き刺さっていた剣を引き抜き、杖のようにしてなんとか立ち上がる。

 その様子を見ながら、俺も同じように剣を手に取った。


「へぇ……それで、どうするつもり?」

「ふざ、けるな……っ! わたしは、誰にも負けない!」


 ゴボゴボと血泡を吐きながら、ヘラは魔法を発動させた。

 どうやら、大気中のマナが時間とともに満ちてきたようだ。


 力強い赤色に、澄んだ蒼色は――火と水。

 爽やかな翠色に、肥沃な大地の黄土色は――風と土。

 宵闇のように深い黒に、太陽のごとく眩しい光は――闇と光。


 それらの反属性魔法を全て合成できれば、輝くような虹色の魔法球が完成する。

 なるほど……そこまで再現できるのか。


「陰でひっそりと生きてきた者が、陽の光の下に這い上がろうとして何が悪い!? 必要とされていない者が、必要とされることを望むのは罪なのか!? なんでわたしが、こんなものに魅入られなきゃならなかった……?」


 ヘラの虚ろな瞳に、感情のようなものが浮き上がったように思えたが……それはすぐに狂気じみた嗤いとともに掻き消えてしまった。


「――……あは、あはははは、邪魔するやつは全員、死んじゃえばいいのよ、わたしを認めない人間はこの手で殺す、ころ、す……あっひゃ、ひゃははははっ、はははははは!!」


 俺は、ヘラと同じく六属性の魔法球を合成する。

 ただし、威力については同等とはいえないだろう。

 元魔法スキルは――《始元魔法(エンシェントスペル)》へ。

 チャージスキルは――《アンリミテッドブースト》へと昇華されている。


 ……威力が高まった魔法球を、さらに限界を突破する勢いで増幅させているのだから、これで同じ威力であるはずがない。

 両刃剣(ツインブレード)の状態から、双剣へと持ち替えた。

 今なら、街の一つぐらい消滅させられそうな気がする。


「あは、はは、ひゃはっ、わだ、じは……負げ、ないっ――」

「……解放、してやるよ」



 ――――《多重属性極剣波(シンフォニックレイヴ)!!》

 ――――《多重属性極剣波(シンフォニックレイヴ)――二刃(クロス)!!》



 光り輝く剣閃が衝突し、バリバリ――と空気を裂くような音を鳴らしながらせめぎ合う。

 しかし、拮抗していたのはほんのわずかな間だけで、こちらが放った一撃が勢いよく相手の光の奔流を呑み込んでいくではないか。

 次の瞬間――まるで小型の太陽が爆発したかのような眩しい光が、視界を白一色に染めた。


 爆発の中心に吸い込まれるように引き寄せられたかと思うと、刹那――大爆発による風圧で吹き飛ばされそうになった。

 倒れている皆に被害が及ばないよう、飛んでくる石の破片などは双剣で全て残らず叩き落とす。


 ようやく爆発の余波がおさまり、視界が良好になると――……向こう側に立っていた人物は、ボロクズのようになって地面に倒れ伏していた。

 その傍まで、ゆっくりと歩いていく。

 かろうじて息はあるようだが……もはや瀕死状態だ。


 ……だが、まだまだこんなものじゃ足りない。

 ――奪い尽くすのは、これからだ。


 俺は、横たわっているヘラの顔面を乱暴に引っ掴む。


「……ふ、ふふ。たしかに、あなたは……強かった、わ。でも……もう戻れない。わたしと、同じように、いいえ――もっと壊れるまで、たっぷりと……苦しみなさいな」

「……言ってろよ」


 俺は――……《盗賊の神技(ライオットグラスパー)》を発動させた。

 今度は……どうやら弾かれることはなかったようだ。


 大罪スキルと同調し、完全にヘラを上回ったという証拠だろうか……。

 普通のスキルを奪ったときなどとは比較にならぬほど、巨大なものが身体の中へ入り込んでくるような感覚。


「ぐ、ぅっ……」


 限界以上に詰め込んだせいで、破裂寸前になっている容器の気分だ。

 いつものような高揚感もなく、どちらかといえば不快感すら覚える。

 だが……手に入れた。

 大罪スキルを二つも所持している人間は、おそらく俺だけだろう。


「ふ、ふふ……はははははっ、最高の気分だ!!」


 これはもう、本当に世界を支配することもできるんじゃないのか?

 誰も、俺に逆らうことはできない。

 俺から大切なものを奪うことはできない。

 大切なもの? ……ああ、俺の大事な仲間を傷つけるようなやつらは許さない。

 誰だ? ……そんな酷いことしたの。

 帝国のやつらか? なんて……酷いやつらだ。

 そんなやつらを野放しにできるか? いや……できない。

 やられたのなら、相手からも大切なものを奪ってやればいい。

 大切な家族、金や地位――そして命に至るまで、全てを奪い尽くしてやる。

 皆殺しだ。全員……殺してやる。

 殺して殺して殺して殺して殺して殺して――殺し尽くして奪い尽くす。


「……はは……は、あーっはっははははははははっ!!」

「――セイジ!!」


「……はっ、ぁ……」


 自分の名前を呼ぶ声に、吹っ飛びそうになっていた意識が引き戻される。

 振り返ると、無理に動いたせいで傷口が開いたのであろう――剣で突き刺された部位から、ボタボタと血を流している獣人の少女の姿があった。


「リ……ム?」


 痛みで痙攣しそうになっている手足を意思の力で抑え込み、冷や汗を浮かべながらも、その表情はこちらを心配させまいと柔らかく微笑んでいる。


 ああ……そう――そうだった。

 ヘラ……たしかにお前が言うように、壊れることだってあるかもしれない。


 だけど……俺も言っただろう?

 そのときは――正気に戻してくれる仲間がいるってな。


「思いきりいくから、しっかり歯を食いしばってね」


 ……自分も傷が痛むだろうに、それは彼女なりの最大限の優しさだ。

 俺は握っていた双剣を、ガシャンッと地面へと落とす。


「――どうぞ、お手柔らかに」

お読みいただきありがとうございます。

これにて、ひとまず戦闘終了です。

次話は一週間後に掲載予定。



また、活動報告に書籍化についての情報を記載しています。

詳細を知りたい方は、ぜひ見てください。


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