14話【決着】
――思った通りだ。
俺の剣術Lvが2に上がった後も、スモゴブから強奪した剣術Lv1の熟練度は数値分だけちゃんと蓄積されていった。
アーノルドさんの剣術スキルはLv2(20/50)――Lv1の(10/10)と併せて蓄積された総熟練度は30。
……上手くいったな。
剣術Lv3の威力――試させてもらおうっ。
曲刀を両の拳で握りしめ、正眼に構える。
もはやこの相手から盗れるスキルは何もないので片手を空けておく必要もない。
そもそも、この剣は両手用だと思われる。
刀身だけで1m、柄を合わせれば1m20はあるだろう。
身体の傷は、かなり回復してきた。
ただ生命力強化は有難いスキルだが、先程のブラッドオーガほどの回復速度ではないように思える。
強化される元々の自然治癒力が、人間の俺より向こうのが優れてるのだろうか?
まあ、何もこいつにガチンコ殴り合いバトルを挑むわけじゃないから、問題ない。
……要は、攻撃を受けなければいいんだ。
「フッ!」
肺に溜めこんだ空気を必要最小限だけ吐き出し、間合いを詰める。
相手も怯むことなく、真っすぐにこちらを見据えて走り出した。
後方にいる皆を巻き込みたくない。
まず相手の動きを止めるため、太腿辺りの肉を削り取ろうと曲刀による連撃を放つ。
能力値上昇によって更に膨れ上がった筋肉の鎧へと、すれ違いざまに二撃。
「グオァッ」
寸分違わぬ位置に二度放たれた斬撃は強固な肉壁を破り、深々と筋肉を断裂させていく。
なんだろう……剣が……まるで自分の手を延長したかのように馴染む。
より力強く――
より正確に――
そして、より速く――
相手へと――叩き込めっ。
怒りの感情を撒き散らすかのように、敵が振るう棍の暴撃が吹き荒れる。
前に立ちはだかる者全てを粉砕する暴力の渦。
力だけでいうなら、俺はこいつに敵わないだろう。
しかし……負ける気などはしない。
ブラッドオーガを中心に、真円を描くように棍棒が振り回される攻撃範囲へとかまわず足を踏み入れた。
力のベクトルに真正面から挑むのではなく、相手の攻撃を全て斜めに逸らすことで受け流す。
耳元を掠めるような一撃、すぐ傍の地面が、土煙を上げて蹂躙されていく。
やはり一撃一撃の重さは向こうが上。
だが手数は――
「グオォォォォッ……るァ……?」
巨大な棍棒が地面へ鈍い音とともに転がり落ちる。
自らの身に何が起きたのかをすぐさま理解できなかった相手は、棍棒を握っていた右拳を確かめるように持ち上げた。
あるはずの五本の指。
――が、今はない。
「どこ見てんだ? ――そこに落ちてる棍棒と一緒に……転がってるだろ」
敵の微かな硬直。
その間に、無呼吸で稼働させていた身体へと酸素を送り込む。
数瞬の静寂が過ぎ去り、ふたたび威嚇するような低い唸り声が場に満ちていく。
声に含まれているのは怒り……それにわずかばかりの恐怖心か。
さすがに指が一瞬で生えるとかはないようで、相手は右腕を滅茶苦茶に振りまわすことで暴れ回る。
その攻撃は無様なもので、別段脅威は感じられないものだった。
だが、そうしてる間に左腕で棍棒を拾い上げるという行為を見逃すことはしない。
無軌道に暴れる右腕を躱しつつ、剣を上段に構えて軽く足を浮かせる程度に低く跳躍することで距離を詰める。
武器を拾い上げようとする左腕の手首に、大きく振りかぶった上段位置から容赦なく切り落としの強撃を放った。
一撃では断つことは敵わず、振りきった体勢から剣の柄を握る左拳を上向きに――剣刃を逆に構え直す。
「せぁっ!」
上段の切り落としから、コンマ一秒と空けずに下段からの切り返し。
同じ箇所を剣の顎で噛み砕かれた相手の手首は、半ばまで断ち切れた。
これだと、しばらく棍棒を握ることは不可能だろう。
が、ここで終わらすわけはない。
さらに一歩前進し、ふたたび上段から最後の一撃を加えることで、完全に手首を分断する。
「ギオォォォォォォォッ!」
秘技――《百花繚乱》
などと脳内で悦に入ったりはしない。
せいぜい、《三段斬り》がいいところである。
まあ、これで相手の攻撃力は激減したことだろう。
なにせもう両腕を振り回すぐらいしかできないのだから。
苦悶の鳴き声を上げるブラッドオーガだが、それでも戦意を失っているようには見えない。
……下手に時間を与えるわけにはいかない、な。
――一気に勝負を決めるっ!
相手の懐へと飛び込み、初撃で切り裂いた方とは逆の脚を狙う。
それによって、自重を支えることが困難となった巨体が地面へと両膝をつくかたちとなった。
振り回す両腕の軌道をすり抜け、最後に狙うのはやはり頭部。
これで……終わりだぁっ!
渾身の一振り。中段から水平に描かれる剣閃はブラッドオーガの首を――
――瞬間、確かに鬼が嗤うように口元を歪めた……ように見えた。
硬質な金属が擦れ合うような甲高い音。
黒く変色した一本角によって、俺の攻撃が弾かれたのだ。
全神経を集中させた攻撃が防がれ、柄に伝わる衝撃で思わず剣を取り落としそうになってしまう。
――っぁ! 手がシビれ……
敵はその隙を逃さず、空中で一瞬無防備になった俺へと勢いよく腕を振り下ろした。
避けることは敵わず、まともに食らった俺は地面へと土埃を上げて衝突する。
身体中に走る激痛。
勝鬨を上げるかのような、笑いにも似た魔物の咆哮が、耳に煩い。
さらにブラッドオーガは、まだ治りきっていない脚で一度、二度、三度――と、幾度も踏みつけるように畳みかける。
怒りを孕んだ憤激に満ちた攻撃が、何度も何度も繰り返される。
……これだと、踏みつけられた物体は悲惨な状態になってしまっているだろう。
土煙が舞う中で、ブラッドオーガは踏みつけていたモノが息絶えたか確認するため、ゆっくりと足を上げていく。
「――お前、まだ戦闘中なのにアホみたいに笑ってんじゃないよ。それと、一瞬とはいえ攻撃対象から目を離すのもいただけない。さっき切断したお前の左手首……可哀想なぐらいにグチャグチャになってんじゃないか?」
「グ……ォ……?」
自分の肩に乗っている人影を見て、ブラッドオーガは驚愕の表情に顔を歪ませた。
そんな顔したって、もう振りかぶった剣は止められないぞ。
「――どうした……? 笑えよオーガ」
手を伝う確かな手応え――――戦闘は、そこで終了した。
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崩れ落ちるブラッドオーガの肩から飛び降り、俺はすぐさま皆の下へと駆け寄る。
後方に避難していた女性冒険者も、戦闘が終わったのを見て礼とともに走り寄ってきた。
早く皆を手当てして、森を出てしまいたいところである。
リムには、目立った外傷はない。
身体を酷使した反動でやや苦しそうではあるが、しばらくすれば目を覚ますだろう。
治療が必要なのはベイスさんにアーノルドさんだ。
「僕は自分で手当てします……アーノルドさんが一番酷くやられているようなので、そちらを看てあげてください」
看てあげろといわれても、そこまで大したことはできそうにないが。
「すまん……セイジ、革袋から治療薬を取り出してくれるか?」
片手では不自由なのか、腕が折れてしまっているアーノルドさんの頼みに従って革袋の中を漁る。中に入っていた治療薬を取り出して飲ませると、荒かった息遣いが次第に緩やかになっていく。
この治療薬は俺がメルベイルの街で購入したものと同一のもので、安くもないがそこまで高価なものではない。
ある程度の怪我には有効だが、骨折が瞬時に治るなんて万能なものでは到底ないのだ。
ベイスさんが自分の手当てに使用しているのもまた、同タイプの薬である。
脚からの出血も止まっていないため、俺は自分の荷物から着替えを取り出し、袖を破って包帯代わりにしてあげた。巻く前にもう一本の治療薬を染み込ませ、直接患部にあたるようにしてきつく縛る。
外傷には飲むよりも塗布する方が効果的だと、シエーナさんが言っていたからだ。
折れた腕の方は、女性冒険者が枝を添え木にすることで応急処置をしてくれていた。
ちなみに、どんな傷も瞬時に治すという高価な治療薬なんかも存在はするらしいが、お目にかかったことはない。
――ひとまず全員、命の危険はなさそうだ。
手当てを終えた後、俺達は森を抜けて一旦パスクムへと戻ることにする。
ああは言っていたが、バトさんには皆で改めて謝らなければならないだろう。
「セイジさん。せっかくですからブラッドオーガの角を剥ぎ取っておいたほうがいいですよ。なかなかに高価な素材ですから」
おぉ、忘れてた。
「二本とも、あなたの物です」
一匹目は皆で倒したのだが……アーノルドさんもそれに頷いているので、ここは素直に貰っておくことにしよう。
って――硬っ!
どうにか一匹からは赤い角を切り取ったのだが、黒く変色した方がやたら硬くて剥ぎ取れない。レアスキルで強化された素材はやはりレア物なのだろうか。
こうなると是が非でも欲しくなる。
ぁ、ピーンと来た。
角が切り取れないなら……角以外を潰せばいいじゃない。
剣を鞘に戻し、トテトテとブラッドオーガが振り回していた棍棒に歩み寄る。
「ふんっぬぁぁぁぁぁぁぁっ!」
よくまあこんな重い物を……俺にはサイズ的に合ってない、が……振り下ろすぐらいはできるだろう。
「せいっ、のおぉぉぉぉぉっ」
地面に転がる頭部に向け、全力で――……以下グロ注意
――さて、角も無事回収したし、戻ろう。
ベイスさんはやや身体が痺れるものの既に自分で歩けるらしく、気絶しているリムは女性冒険者に背負ってもらい、俺はアーノルドさんに肩を貸すことで森を歩いて行く。
途中、アーノルドさんが俺にだけ聞こえるほど小さな声で疑問を口にした。
「最後のブラッドオーガとの戦闘……セイジの動きが格段に良くなっていた気がしたが、何かを試すと言っていたことと関係があるのか?」
ぇと、俺そんなこと言ったっけか。
あ~……なんかそれっぽいことを口走った気はする。
とはいえ、俺のスキルについて話すつもりは勿論ない。
誰彼構わずスキルを奪い盗るような非道な真似はしていないが、軽々しく他人に話すような事柄ではないだろう。
アーノルドさんの口が軽いなどとは決して思わないが、わざわざ自分から教えることの必要性は感じられない。
「武芸を修める者は、切っ掛けを掴むことで大きく成長するのはオレも理解しているが……」
それって、もしかして壁を越える時のことを指してるんだろうか。
だとすれば正解だが、やり方がちょっとね。
そうだ……腕が折れてて今すぐ剣を振るうことはできそうもないが、不審に思われない内にアーノルドさんへ剣術スキルを返しておくべきだろう。
スキルの返還は任意、だったか。
初の試みに、やや緊張しながらも意識を集中させる。
ん? あれ。何も起こらないぞ?
おいおい、やっぱ返還不可能とかじゃないだろうな。
いや、待て、焦るな。
そうだ、盗る時に手で触れる必要があるんだから、返す時も同じ……とか?
ちょうど肩を貸している今なら、不自然にならず手で触れられる。
うん……どうやら上手くいきそうだ。
意識を集中させると、身体の内にある暖かな何かがゆっくりと移動していくような奇妙な感覚が走る。
イメージとしては――粘土のようだ。
自分が持っている総量から、アーノルドさんが所持していた分量を千切り、移動させるようなもの。
……あっ、でもパスクムに無事辿り着くまで剣術スキルはこのまま俺が保持しているべきか。
万が一にもふたたびブラッドオーガ再来とかいう事態になったら、笑えないもんな。
ひとまず返還しようとしていた分を引っ込める。
だが、返還する予定なんだから俺はまた剣術Lv2に戻るわけだ。
「壁を越えたんですよ、えへへ」なんて軽はずみに言うことはしないほうがいい。
故に、アーノルドさんの問いへは――
「あの時はただ皆を死なせたくない一心で……火事場の馬鹿力ってやつですよ。試してみたいっていうのは、たぶん俺一人でどこまでやれるかっていう意味で言ったんだと」
「ふむ……」
「――僕としては、ブラッドオーガの血を一緒に浴びたのに何の影響も受けてなかったセイジさんに興味津々です。二匹目のブラッドオーガの身体に起こった異変のことも気になりますがね」
「――ぅあっ」
いきなり耳元で囁くように声をかけてきたベイスさんに、のけ反るように身を引く。
「……ブラッドオーガの異変については、俺だって分かりませんよ? 麻痺毒についてはそういう体質なんです、俺は」
「なるほど。まだお若いのに何か特殊な訓練でもされていたのですか? 身体の傷も何度か攻撃を受けていた割には……」
……ええ、イモムシで。
とは言えないな。
生命力強化についてはどうしようか……
「最初に質問したのはオレだが、命の恩人を困らせるのはあまり感心できんぞ、試験官殿」
「そうですね。興味本位の質問はこれぐらいにしておきましょう。にしても――」
眼鏡は割れてしまっているため今は着けてないが、それが癖なのか指で押し上げるような仕草の後、ベイスさんが一声を漏らす。
「――ブラッドオーガを単独撃破とは。有望だと言っていたシエーナもさすがに驚くでしょうね」
ああ……その顔はちょっと見てみたいかもしれないな。
――俺達は、こうして無事に港町パスクムへと辿り着いたのだった。
入手した角で新しい武器作ってほしいよジグさんっ!
ガチ戦闘中は少し激しい性格なセイジ君でした。