13話【やすらぎのひととき】
――あれから数日。
森の中から息を殺してこちらを窺っている魔物に気を配りながら、俺は正面に相対している『アンデッドナイト』の群れに突っ込んでいった。
「おおおおぉぉぉぉぉぉ!」
生気のない、虚ろな瞳――というか、肉が削げ落ちて骨が露出しているぐらいだから、眼球なんてとっくに残っていないスケルトンな状態の魔物たちが、生前に得意としていたであろう武器を一斉に構える。
剣、槍、斧、弓――と様々な武器が見受けられるが、手入れされていないのか、錆びたり、刃が欠けたりしているものが多い。あんなので斬りつけられたら、逆にすごく痛そうだ。
切れ味の悪い刃物で斬られると、傷口もグズグズになって治りにくい。
「まあ、当たらなければどうということもないんだけ……ど!」
突き出された槍を余裕をもって躱し、骨が剥き出しになった両腕を切断。
怯んだ隙に上段蹴りを繰り出して、奇声を上げる頭蓋骨を砕き割った。
弓でこっちを狙っていたやつは、即座に火魔法で練り上げた《ファイアーランス》をぶち込んで炎上消滅させる。
ろくに筋肉も残っていない骨だけの身体で、どうやってその重そうな斧を振り回してるの? と疑問に思える大柄なやつは、こっちに真っ直ぐ走ってきたので、二刀流の剣撃で斧ごと粉微塵に粉砕してやった。
最後に残ったのは、両手剣を振り上げたアンデッドナイトだが……俺の目的はこいつだ。
敵が振り下ろす前に一瞬で距離を詰めると、両手剣を手刀で叩き落とす。
そのまま相手の頭蓋骨を掴み取り、流れるような動作で《盗賊の神技》を発動した。
手から腕、そして全身へと順番に伝わってくる暖かな感触に、相手の剣術スキルを奪うことに成功したことを悟る。
「よし!」
アンデッドナイトに殺された者の屍肉を漁ることで腹を満たしていたのか、それまで森の茂みで様子を窺っていた魔物が勢いよく飛び出してきた。おこぼれの餌にありつけないと知って、焦ったのかもしれない。
――姿を見せたのは、『スカベンジャードッグ』が数匹。
それほど脅威な魔物ではないが……稀に機敏な動きで相手を襲う個体もいるんだとか……。
現れた魔物たちを油断なく見据えながら、敵のスキル構成を把握する。
「奥にいるあいつだけ……身体能力強化スキルを所持してるな」
襲いかかるスカベンジャードッグを白銀剣ブランシュで真っ二つに斬り裂き、二つに分かたれた身体が一瞬で燃え上がって炭化した。
もう一匹は、黒剣ノワール(※レンから返却済)で首だけ綺麗に斬り落とす。首だけになっても鋭い歯がカチンカチンと噛み合う音を鳴らしているのが、ちょっと怖い。
最後に残ったスキル持ちのやつが、自分だけ逃げ出そうとした。
四足歩行獣の走行速度は、基本的に人間を上回っている。
その上、相手は身体能力強化スキルも所持しているのだから、かなり速い。
――が、俺はそれを上回る速度で逃走方向へと回り込んだ。
▼スカベンジャードッグは逃げ出した。
▼しかしまわりこまれてしまった。
基本的に、自分より力量が上の相手からは逃げられないと思ったほうがいい。
無理に逃げようとしても、ボコボコにされてしまうだけだ。
「ガァァァ!」
観念したのか、喉元へ喰らいつこうと飛びかかってきたスカベンジャードッグの頭を鷲掴みにし、俺はふたたび自分のスキルを発動させる。
……よし、今度も成功だ。
スキルを奪ってもなお、ガチガチと歯を鳴らし続ける魔物に、油断せずにトドメを刺す。
「――……ふう。今日はこれで打ち止めだな」
本日の《盗賊の神技》の発動回数が限界を迎えたことで、俺は一区切りだとばかりに大きく息を吐き出した。
「おつかれさま。どう? なにか変化はあった感じ?」
無事に戦闘が終わり、そんな声をかけてきたのは獣人の少女――リムだ。
彼女の頭の上には、プリズムスライムであるライムがででんと乗っている。
いつもは俺の肩や頭にちょんと鎮座していることが多いが、さっきの戦闘中ではリムに預けていた。あれぐらいの相手ならば、ライムを武器化して使うまでもない。
「いや……特に目立った変化はないかな。もちろん、奪ったスキルの分はパワーアップしてるんだけど」
変化――というのは、スキル熟練度の成長という意味ではない。
俺が所持している大罪スキル自身に、なにか変化はないかという意味だ。
――ここしばらくの活動を簡単に報告するならば、俺は魔物からスキルを奪い取る毎日を送っていた。
エリンダルで偉そうなことを言ったというのに、本番ではやっぱり無理でした――というような最低な結末だけは避けたい。
『リミッターを解除する』
……なんてカッコイイことを言ってしまったわけだが、「目覚めろ、俺の中のなにかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」――なんて台詞を大声で叫んでみたところで、何も変わるはずがない。
というか、何も変わらなかった。
そこで考えてみたところ、大罪スキルを頻繁に使ってみてはどうかと思い至ったのだ。
魔族のディノと戦った際、俺が無茶苦茶な感じになってしまっているときに、たしかやつは『いい感じに同調してる……』みたいなことを言っていたはずだ。
あれはおそらく……俺自身が、自分の中に宿っている大罪スキルと同調している――という意味だったのだろう。
そうして同調が進めば……きっとリミッターは解除される。
もっと強いスキルが欲しいという想いとともに、魔物からスキルを奪いまくれば、あのときのように何か変化があるかもしれないと思っていたわけだが――今のところ、目立った変化はないようだ。
もちろん、スキルを奪った分だけ強くはなっている。
最近は、自分が所持している戦闘スキルを強化することを念頭においているため、主戦闘スキルが飛躍的に伸びているといっていい。
以前と比較すると、こんな感じか。
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名前:セイジ・アガツマ
種族:ヒューマン
年齢:18
職業:冒険者(ランクA)
特殊:盗賊の眼
スキル
・盗賊の神技Lv3(64/150)UP!▼Lv3(76/150)
・剣術Lv4(6/500)UP!▼Lv4(51/500)
・身体能力強化Lv4(56/500)UP!▼Lv4(88/500)
・体術Lv3(16/150)UP!▼Lv3(69/150)
・元魔法Lv3(102/500)
・状態異常耐性Lv3(98/150)UP!▼Lv3(125/150)
・生命力強化Lv3(88/150)
・モンスターテイムLv2(23/50)
・チャージLv2(46/50)UP!▼Lv2(47/50)
・料理Lv4(256/500)
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スキルオーブ(5/10)
・弓術Lv3(5/150)
・火属性耐性Lv2(31/50)
・棒術Lv2(22/50)
・槍術Lv2(15/50)
・狂戦士化Lv2(1/50)
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冒険者ギルドの依賴を受けることもあったが、単に目当ての魔物を狩りに行くという日もあったぐらいだ。
行動範囲も、ティアモが治めている領地だけでなく、彼女の父親――ザイドリックさんが治める領地や、あまり良い想い出がないティアモの兄――ヴァン・ルドワールが治めるブレド領にまで広げていた。
これは単純に、行動範囲を広げれば有用なスキルを所持する魔物とも遭遇しやすいからだ。
ちなみに、リムには拠点に戻ってからエリンダルであった出来事を全部話した。
下手をすれば帝国の実権を握っているような相手を敵に回すことになるかもしれないのに、彼女は迷うことなく協力すると言ってくれた。
そして、俺は素直にそうお願いした。
もう、リムは守られるだけの存在じゃない。
安心して背中を任せられる、パートナーである。
……大罪スキルとの同調が進めば、正直何が起こるかわからない。
心が侵食されて、暴走してしまうような事態だってあり得る。
そんな俺を、いったい誰が止めてくれるというのか。
心を呑まれるなんて真っ平ゴメンなので抵抗するつもりだが、もしそうなった場合、彼女は俺を殴ってでも正気に戻してみせると言ってくれたのだ。
《魔喰武装闘衣》を全力全開にして殴られると、正気に戻る前に肉団子へと名称が変わってしまいそうだが……安心して背中を任せられる相手が傍にいるというのは、本当にとても心強いものである。
「――さて、そろそろ戻ろっか」
「うん、そだね」
――飛行騎獣であるルークに騎乗し、無事に拠点としている遺跡まで帰ってきたところで、赤髪の竜人――シャニアに呼び止められた。
「やっほ~、今日も熱心に修行とは、いやはや精が出ますなぁ」
「あんまり、進展はないけどね」
ちなみに、シャニアにも今回の事情をある程度話してある。
彼女の場合、傍観者という立ち位置を取っているのか、積極的に協力するということはないのだが、気にはしてくれているみたいだ。
「でもさ~。君もなかなか、もの好きだよね?」
「と、言いいますと?」
「だって、自分からどんどん厄介事に首を突っ込んでいくじゃない? 今回に至っては、下手すると心を呑まれちゃうかもしれないよ?」
やっぱり……そういうことだよな。
お勧めしないし、これ以上は教えないと言っていたシャニアだが、その言葉は、俺の推測が間違っていないことを示している。
「まあ、最終的にどうするかは君の自由だと思うけどね。ただ、なんで君がそうまでするのかは、ちょっと興味があるかな」
レイやレンに、無茶をさせないため?
リクさんやラハルさんが、アリーシャさんを助けようと必死だから?
悪徳大臣に苦しめられているであろう、ミハサを救ってあげたい?
自分自身の大罪スキルと向き合うため?
「理由は色々あるけど……言ってしまえば、俺がそうしたいからだよ」
「……なるほど。そういう考えって嫌いじゃないな~。もし君が暴走するようなことがあったら、わたしもキツイ一発をお見舞いしてあげるね♪」
シャニアはぶんぶんと腕を振り回しながら、にこりと笑った。
「だが断る」
殴る要員は、リムだけで十分だ。
「ちぇっ~」
――シャニアとの話はそれぐらいにして、俺たちは遺跡の広間でしばし疲れを癒やすことにした。
「喉乾いたし、お茶でも淹れてくるね」
「あ、うん……」
リムが行ってしまうと、広間はしんと静寂に包まれる。
人が少ないと、なんだかちょっと寂しいな。
ドーレさんは、またアーノルドさんとセシルさんを連れて行商に出てしまったし、レイやレンも今は拠点にいない。
――あの後、簡単な今後の方針を決めた。
俺のほうは、大罪スキルを鍛え上げてヘラに対抗できるように修行する。
しかし、アリーシャさんが人質にされている状態ではろくに戦うことすらできないので、なんとか彼女に危険が及ばないようにしておく必要がある。
レイなんかは、「いっそのこと大臣を誘拐して脅せば、人質交換できるんじゃない?」と過激な意見を口にしていた。
「帝都で厄介事に首を突っ込むなと言ったわりには、かなり大胆な意見だな」
そう俺が言うと、
「あれは、意味もなく首を突っ込むのは止めてって言ってたの。今回は意味があることでしょう。わかる? それが必要なことで効果的なら、まったく別問題よ。だいたいあんたは――」
――とまあ、小一時間の説教タイムへ突入しそうになったので割愛させていただくとしよう。
ともかく、最善手とはいえなくとも、武力に武力で対抗するのはけっして悪くない考え方だ。
俺たちは正義の味方でも何でもないわけだし、人質を取られたのなら、敵からも人質を取ればいい。
諜報活動を主とする特務部隊に所属していた者たち、盗賊団の団長、他者からスキルを奪い取る極悪な大罪スキルを宿している者――とまあ、むしろこの集団にはその方法がもっともお似合いかもと思ったが、それはラハルさんに止められた。
ギルバランは一国の大臣、それも帝都で実権を我が物顔にしている重鎮である。
警備の兵数も相当なもので、騒ぎを起こさずに事を成し遂げるのは極めて困難となってくる。
よしんば大臣を誘拐できたとしても、また別の問題が浮上する。
現在のヘラはかなり不安定な状態らしく、大臣のギルバランもなんとか手綱を握っている状態なんだそうな。
その大臣を誘拐なんかすれば、正直なにをするかわからない。
帝都でヘラと顔を合わしたときの様子を思い返すと、無関係の者を大勢巻き込む事態に発展する可能性もあり得る。
やはり、アリーシャさんが閉じ込められている封玉を無傷で手に入れるのが一番安全だろう。
鍵を奪う前に、まずは金庫を確保しておくということだ。
そうすれば、遠慮なくヘラと戦える。
最終的にその答えに落ち着き、リクさんとラハルさん、そしてレイとレンは、現在色々と情報を集めるために諜報活動に勤しんでいるわけである。
「俺も大変だけど、あっちもなかなかシンドそうだよなぁ……お! ありがと」
リムが淹れてくれたお茶をすすりながら、ふと思った。
ふーむ……。
自分で決めたことだから構わないのだが、シャニアの言うように、客観的にみれば割に合わないであろうことをしている気はする。
アリーシャさんを無事に助け出せたら、一つぐらいお願いを聞いてもらっても罰は当たらないかもしれない。
たとえば……そう、帝国内での亜人差別をなくしてほしい、もしくは極力減らしてほしい……とかかな。
この国、そういうところ本当に酷いからね。
でも、クリケイア教という宗教が根底にあるため難しいかもしれない。
思想の根幹をぶち壊すような衝撃的なことでも起こればあるいは……。
そんな思いに耽り、まったりと紅茶を楽しんでいたところ――
「大変だよ!!」
広間全体に響き渡るかのような大声が、鼓膜をビンビンに揺らした。
思わず紅茶を吹き出しそうになったが、なんとか外への流出は堪える。
せっかくリムが淹れてくれた紅茶だ。
吹き出すぐらいなら、自分の鼻と口を塞いで顔を破裂させよう。
とまあ、そんな俺の頑張りはさておき……声を上げた相手へと勢いよく振り返った。
見れば、ところどころ怪我をして、息を切らしているではないか。
……彼女がこんな姿になっているということは、余程のことが起こったと窺える。
「せ、セシルさん?! いったい何が……」
お読みいただきありがとうございます。
しばらくは毎週更新にする予定です。
お楽しみください^^