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12話【それぞれの反応】

 ――俺は、意を決して告白したつもりだったのだが、周りの反応は想像と違っていた。


 もともと驚かせるつもりはなかったが、四人の顔を眺めてみても、衝撃の事実を聞いたという感情は一切含まれていない。

 どちらかといえば、『ですよね~』という雰囲気が伝わってきそうな感じだ。


「えっと……あれ?」

「いや、うん、リク兄から七つの大罪の話を聞いたあたりで、セーちゃんもそうなのかもしれないって、思ってたからさ」

「なんていうか、あんたの常識外れな強さに理由があって、逆に安心したって感じ?」


 レンとレイは、そう言って苦笑した。


「信じて、くれるのか?」

「「むしろ、そうじゃないと否定した場合のほうが信じられない」」


 ……え、なに、ハモリながら双子がそんなことを言ったんだけど。


 嬉しいような、悲しいような、なんだか複雑な気分である。

 とにかく、レイとレンが信じてくれたのは良しとしよう。


 ――気になるのは、リクさんとラハルさんだ。

 夜鳴きの梟の団長だったリクさんとは、少し面識があるものの、そこまで俺のことを知っていたとは思えないのだが……。


「お前さん……いや、セイジと呼んでもいいか? 最初に会ったのは、たしかアモルファスの南部に広がる森で、雷獣ヌエと戦っているときだったな。大槍を持った勇ましい姉ちゃんと共闘していたとはいえ、あの化け物二匹を相手にして勝っちまったのは、初対面としちゃあインパクトが強かった」


 大槍を装備した女性って……セシルさんのことだよな。


「ついこないだは、自分のホームを襲撃してきた魔族をボコボコにして、最後には跡形もなく吹っ飛ばしちまうしな。いくら冒険者稼業で身体を鍛えているとはいえ、ヒューマンの少年にそんな芸当ができるとは、到底思えない」


 ……ですよね~。


「さっきのセイジの言葉を疑うよりも、信じることのほうが簡単なんだよ」


 なーるほど。

 リクさんは大罪スキルのことを前から知っていたわけだし、もしかするとこいつは……と思っていたのかもしれない。


 だが……ラハルさんはどうなのか?

 リクさんに姿を変えて、エリンダルの領主として振る舞っていたのだとしたら、以前訪れたときに謁見したのは、ラハルさんだったということになる。

 しかし、あの謁見の場ではそこまで怪しい行為はしなかったはずだ。

 俺が疑問の目を向けると、ラハルさんは少々気まずそうにしてから、ゆっくりと口を開いた。


「俺がセイジ君と初めて会ったのは……ここエリンダルじゃない」

「えっと……どこかで会いましたっけ?」

「ああ。初対面は……リシェイルの王都、ホルンにいた頃さ」

「王都ホルン……?」


 会ったっけ?

 いや、待て。

 姿を変える能力を持っているのなら、ここにいる本人の姿だったとは限らない。

 かといって……印象に残っている人で、怪しい素振りを見せていたのは――……。


 ん?

 あれ? ……もしかして……。


 えええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!


 記憶の隅に追いやっていた男が、たしかに一人だけいる。

 王都でお世話になっていた宿の看板娘であるステラさんという女性に求婚し、よくわからない因縁をつけて、俺をベルガと戦わせた男――ガリーブさん。


 闘技場でのドタバタが落ち着いた頃には姿を消しており、あれ以来会うこともなかったわけであるが……。


「なにしてんすか……ラハルさん」


 さっきの真剣な過去話で、ラハルさんがアリーシャさんを大切に想っていたその気持ちは、痛いほどに伝わってきた。

 最後は親友だったリクさんを刺すという、罪悪感に苛まれる事件を起こしてしまったわけだが、その後も色々と頑張ってきたのは、なんとなく理解しているつもりだ。

 そういったことも、今回の件に力を貸そうか迷っていた俺の背中を押した一因である。


 だというのに……。

 見損ないました。

 実家に帰らせていただきます。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。あんなことをしたのには、いくつか理由があるんだ」


 聞かせていただきましょう。

 こっちはあの戦いで、ベルガに腕を喰い千切られたわけですよ。


「ここ数年、各地方の領主が、中央にある帝都の圧政で苦しんでいる話は前にもしたと思う」

「えと……たしか、皆で意見を陳情すれば少しは改善されるだろうとかで、地方の有力諸侯に連絡を取ってるんでしたっけ」


 今から思えば、圧政に苦しむ人々を助けたいという気持ちの他に、皇帝ミハサへ民衆の怒りが集中することを恐れていたんじゃないかとも考えられる。

 大臣のギルバランが権力を握り、悪政を敷いているとしても、それに対する怒りの矛先は、最終的に統治者である皇帝ミハサ――アリーシャさんの娘へと向かうことになるからだ。

 ラハルさんとしては、それは避けたいだろう。


 ただ、帝国西部の有力貴族であるフェルト卿は利己的な人物なため、扱いが難しく、国境を面しているリシェイル王国に協力を願おうとした。


「あ……もしかして、王様に書簡を届けるために王都ホルンに来てたんですか?」

「それもあるが……俺があのときリシェイル王国を訪れたのは、そこにいるレイとレンが任務に失敗して捕まったからだ」


 ……ふむ。

 なるほどですね。


 二人を影から見守っていたところ、いきなり任務に失敗して捕縛され、王都に連行されて情報を吐かされた挙句、闘技奴隷にまで堕とされていたのだから、心配するのも無理はない。

 誰がこの二人を捕縛したというのか。

 ……俺だよ。


 だって、あのときは特務部隊の任務とかで、交易都市メルベイルの領主の娘であるマリータ嬢を誘拐したんだもの。

 仕方のないことだと思うの。


 まあ、そこはお互い様として、なんで俺をベルガと戦わせたんだろう?


「国境を越えるために商人へと姿を変え、そこであのベルガという竜人に出会ったんだ。はぐれた仲間を探していると言っていた」


 お守り役から逃げたシャニアのことですね。わかります。


「俺も、リクと同じようにヘラの力の秘密については調べていた。竜人は我々より寿命が長いせいか、知識が豊富な者も多い。彼からも色々と聞き出そうとしたんだが……あいにくと何も喋ってくれなくてね。まあ、こちらも彼が探しているという人物の手がかりをなかなか得られなかったから、お互い様なんだが」


 もともと、ベルガはあまり余計なことを喋るタイプではないように思える。


「闘技場で戦ってもらったのは、隙を見てレイとレンを救出しようと思ったからだよ。強者同士の白熱した戦いは、警備の手も緩まるほどに魅力的なものだからね。誤算だったのは殺しが禁じられているはずの戦いなのに、ベルガがレイを殺そうとしたことだ。正直……あのときは肝が冷えた」


 ベルガとレイは試合中ずっと互いに挑発し合い、最後にはレイが殺されそうになったのだ。

 ちらりと彼女のほうを窺ってみると、すごい勢いで目を逸らされた。

 どうやら、レイにとってあまり思い出したくない出来事のようだ。


「だが、もっと驚いたのは、そこへすかさずセイジ君が乱入したことだ」


 はい……やっちゃいました。

 乱入試合ということで、闘技場の観客が大いに沸き、そのせいで腕を喰い千切られるまでの死闘に発展してしまいました。

 大人しく順番を待っていれば、もうちょっと平和的な試合になったのかもしれない。


「なぜ、あそこでレイを助けようとしたんだい? 彼女を捕らえたのは、他ならぬ君だったんじゃないのか?」

「そりゃあ、なんというか……身体が勝手に動いたというか、試合前に少し牢屋で話す機会があったから、黙って見ていられなくて……」


 助けた後、レイにはものすごく嫌そうな顔をされたんだけどさ。


「そう……か。なるほど」


 なにやら考え込むようにして、ラハルさんは納得したように頷いた。

 ん?

 ……あれ?


「あの、俺がレイやレンを捕らえたのって、ラハルさんに言いましたっけ?」


 誘拐されたマリータが無事に救出されたことで、レイたちの任務が失敗した事実は伝わっていてもおかしくないが、俺が犯人たちを捕らえた事実は公表されていないはずだ。

 あの救出劇は、魔族のアルバさんに手伝ってもらったこともあり、俺が魔族と交流があるなどと変な噂が立たないよう、ハーディン王が配慮してくれたと記憶している。


「特務部隊に籍をおいているせいか、諜報活動は得意だからね。実を言うと、ベルガと戦ってもらったのは、セイジ君の力がどのぐらいのものか知りたかったという理由もあったんだ」


 ああ……それで、わざわざ戦うように仕向けたのか。

 いくらレイたちが闘技奴隷として囚われていたとしても、闘技場の牢屋から逃がすだけなら、他に色々と方法はあっただろうからな。


「特務部隊は厳しい訓練を受けているだけあって、その戦闘能力は王城を警護する上級兵士にも引けを取らないはずだ。小隊全員を相手にして壊滅させるなど、到底ヒューマンの少年ができる芸当ではない」


 いやいや、さすがに俺一人だけで壊滅させたわけじゃないけどね。


「もしかしたら、ヘラのような、なにか特別な力を秘めているのかもしれないと……そう思った」


 そう言って、ラハルさんは俺に向かって謝罪の言葉とともに頭を下げた。


「戦いをけしかけるような真似をして、すまなかった」


 まあ、闘技場での戦いは基本的に殺人行為が禁止されていたわけで、そこまで悪気があったわけでもないんだろう。

 うん、それは別にいい。

 実のところ、一番気になっているのはそこじゃない。


「あの、聞いてもいいですか?」

「え、ああ。なんでも聞いてくれ」

「……なんでまた、あんな軽薄そうな態度でステラさんに求愛してたんです?」


 俺と接点を持つため近づいてきたのはいいとして、なにもあんな真似をしなくとも……。

 そんな素朴な疑問に、ラハルさんは一瞬凍りついたように動きを止め、気まずそうに顔を俯けてしまった。


「……言い訳になってしまうが、俺はリクの姿となって領主の仕事をすることが多かった。周囲の人間に違和感を与えないよう、リクという人間を上手く演じていたつもりなんだが……それがたまに抜け切らないことがあってね。つい……あんなことを」


 わりと精神的ダメージが大きかったのか、ラハルさんの声は明らかにトーンダウンしてしまった。


「ちょ、ちょっと待てコラ! 今の話の全容はわかんねえけどな、変なことした責任を俺になすりつけるなよ!」


 ふむぅ……ラハルさんは素の性格が真面目そうなので、頑張りすぎた反動からか、妙なハイテンションになってしまっていたのかもしれない。

 むしゃくしゃしてやった。今は反省している――……というよりも、記憶ごと消したい黒歴史といったところか。


 リムの母親であるミレイさんも、夜鳴きの梟の副団長を務めているときに、団長から口説かれたことがあるとか言ってたしなぁ……。

 そのせいで、アーノルドさんやドーレさんが酒の席ですごいことになっていた。

 他にも、ミレイさんからの暴露情報によれば、困った人を放っておけない団長はなにかとモテていたようで、あんなことやこんなこと、ときにはそんなことまで――


「だから、矛先をこっちに向けるなって! すぐそこに妹や弟もいるんだぞ? 兄貴としての威厳とかあるだろうが」


 それはさすがに……いまさらだと思うんですけども。


「と、とにかくだ」


 ラハルさんが、仕切り直すように小さく咳払いをした。


「セイジ君とベルガの戦闘を見て、俺は半ば確信した。目の前の少年もまた、とてつもない力を秘めた存在なんだってな」


 ベルガとの戦いでは、彼が所持していた《古竜の外殻(ドラゴンズクラスト)》という凶悪なレアスキルを奪い取ることでなんとか活路を開いたのだ。

 大勢の観客の前で大罪スキルを行使するのはやや抵抗があったものの、そうしなければ間違いなく殺されていたことだろう。


 大きな竜に姿を変え、とてつもない速度で攻撃を繰り出し、炎を吐いて敵を焼き尽くす。

 そんな相手に、普通の人間が勝てるはずもない。

 強靭といわれている魔族だって、並の者では歯が立たないだろう。


「だが――セイジ君は勝った」


 腕、喰い千切られましたけどね!

 でもまあ……きちんと謝ってくれたし、そのことは水に流そうと思う。




 その後、ラハルさん――当時のガリーブさんは姿を消してしまったが、この理由はなんとなく想像がつく。


 俺が王様から、レイとレンを釈放する特別許可をもらい、そそくさと二人を連れてスーヴェン帝国へ旅立ったからだ。

 俺も含めた一行の目的地は――エリンダル。

 放っておいても、いずれやってくる。


 もし、ヘラに対抗できるような特別な力があるのなら、なんとか利用しようと目論んでいたのかもしれない。


「……否定はしない。ただ、セイジ君がどういった人物なのかもっと知りたかったから、しばらく様子を見ることにした」


 ヘラの人格が壊れていく様子を間近で見ていたラハルさんからすれば、それは当然の選択だ。

 殺人鬼に襲われて命からがら助けを求めた相手が、もし同じような殺人鬼だったら、正直笑えない。


「でも、さっきの答えを聞いて少し安心したよ」


 それって……闘技場でレイを助けようとしたときのことかな?

 身体が勝手に動いたとか、人助けの理由としては模範解答すぎて気恥ずかしいのだが、実際そうなのだから仕方ない。


「どうにも俺は、人を疑うことばかり慣れてしまっていたようだ。すまない」


 そう言って、またもやラハルさんは頭を下げた。


「今は……セイジ君を信じてみたい。アリーシャを助けられるかもしれないというのは、そのために力を貸してくれるということかい?」


 ――ようやく、本題に戻ってきた感じだ。


「はい。俺の能力を使えば、助けられるかもしれません」


 確実とは言えないが、助けられる可能性がゼロに比べれば、天と地の差だ。


「それはちなみに……どんな能力なのか聞いても?」


 ラハルさんの問いはもっともだが、その質問には即答できない。

 目標の相手からスキルを奪い取ることや、その条件なども説明すれば、万が一にもヘラに漏れたときに厄介だからだ。

 ラハルさんを信用していないわけではないが、過去に操られてしまったことを踏まえると、やや不安は残る。


 ……向こうは、俺を信じると言ってくれたのにね。


「いや、言わないほうがいいと思うのなら、それでいい」


 能力の詳細は公開せず、それでも自分を頼れというのは、少々無茶なお願いかもしれない。


「なに、気にする必要はないさ。どのみち、このままだとレイやレンはヘラを暗殺しかねない勢いだ。返り討ちにあってこいつらが死んでも困るし、もし首尾よくヘラを暗殺できたとしても、今度はアリーシャが一緒に命を落とすことになる……八方塞がりってやつだな」


 つまりは、俺に頼るしかない、と。

 リクさんはそう言った。


「ちょっと、人を猪突猛進な馬鹿みたいに言わないで」

「そうだよリク兄。さっきまでは、助ける方法がないっていう前提で揉めてたんだからさ」

 すかさず、レイとレンが反論した。

 二人とも、助けられるならそれに越したことはないと思っているようだ。


「それで、具体的にはどうすればいいのよ?」


 簡潔にいえば、やるべきことは二つ。


 俺がヘラに戦いを挑む。

 決着がつくまでは、封玉に監禁されているアリーシャさんが害される可能性を排除しておく。

 これだけだ。


 たとえるなら、封玉は大切なものをしまっておく――金庫のようなもの。

 ヘラがその唯一の鍵を持っているのなら、それを殺さずに奪い取ってやればいい。


 ――大罪スキル同士の力が打ち消し合うのは、互いに潰し合わないためのリミッターのようなものだと、シャニアは言っていた。


 だとすれば……そのリミッターを解除すればどうなるのか。

 きっとそれは、宿主にとってあまりよろしくない影響を与えるだろう。


 だが、遅かれ早かれ向き合う必要があるならば、その瞬間が今でも悪くはないと思うのだ。


「やってやろうじゃんかよ……」

お読みいただきありがとうございます。

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