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13話【守るべきもの】

今回は少し長めです。

 獣道ですらない森の中をひた走る。

 身体のあちこちが枝に擦られて細かな裂傷になっているが、そんなのはどうでもいいことだ。


 前を走るリムの姿を捉え、並走するかたちで声をかける。


「あんまり無茶するなよっ」

「――!? ……うん」


 短い返事だけを受け取り、辺りを警戒しながら先行した二人の気配を探る。




「「――グルォォォォォォォッ!!」」


 鼓膜を突き破るかのような遠雷にも似た咆哮。

 身体を流れる血液が、空気の振動によって無理やりに共振させられる感覚。

 異常を察知した心臓が供給を加速させ、次第に鼓動が速まっていく。


「――あっちだっ」


 リムと視線を交錯させ、さっきの咆哮の震源地となる場所へ向かう。

 あまり考えたくはないけど……咆哮は――重なって聞こえた。



 悪い想像は……良く当たる。

 とんだ二重奏(デュエット)もあったもんだよ。


 生い茂る樹木がまばらになっている地形の先に、赤い影が二つ。

 まだ少し距離があるのだが、決して小さく映らない影。

 体長は……おそらく4m程度はあるだろう。


 なんだか……昔話にあった『赤鬼』みたいだ。

 人間にも似た顔つきに白濁した淀んだ瞳、口からせり出した牙、真っ赤に染まっている体表面は血を連想させる。

 腰に纏っている毛皮は最低限の衣服……か? 腕にはオークの持っていた物より遥かに巨大な棍棒が握られている。

 そして特徴的なのは、頭部に生えている大きな一本角だ。

 まさに、鬼である。

 数十cmはあろう太い角は、ギルドの素材買取リストで見た覚えがある。


 それと相対している影もまた二つ。

 ベイスさんにアーノルドさんだ。

 いや……さらにもう一人、見慣れない女性の姿がある。


 なるほど、あの二人組冒険者の仲間ってことか。ランクはD……身体を震わせて地面へと座りこんでしまっている。


「やれやれ、結局全員来てしまったわけですか。試験官としてはその判断を褒めることは出来ませんが……正直有難いです。二匹相手では逃げるのも一苦労でしたので」

「端から逃げる気などなかったろう? ……にしてもセイジ、何故来たのだ」


 既に戦端は開かれているが、増援に来た俺達を見るブラッドオーガは微かに戸惑いを見せている。


「アーノルドさんに一言だけ言っておくことがあります……父親なら、娘がどういう行動を取るか分かるでしょうがっ。あまり危険に首を突っ込まないでくださいよ」

「……すまん」


 それだけ言って、俺は鞘からバゼラードを引き抜き中段に構える。


「「グルァァァァァァアァァァァッ」」


「――っ、リムはそこの女の人と一緒に下がっててくれっ」

「……あたしも戦うっ」

「いいからっ!」


 やはり、リムにこいつらの相手は荷が重いだろう。

 張り上げた声にリムはそれ以上の反論はせず、冒険者の女性に肩を貸して立ち上がらせた。



 ――それじゃ、いっちょやったりますかっ!

 ベイスさん、アーノルドさんの横に並び、立ちはだかる相手へと意識を集中させる。


 一匹目が持っているスキルは……

《棒術Lv2(37/50)》

《生命力強化Lv2(32/50)》

 やべぇ……高いぞ。

 素の肉体も分厚い筋肉で覆われているため、身体能力もかなりのものだろう。

 正直、不安による冷や汗が背中を伝っていくのが分かる。


《生命力強化》――自然治癒力を強化する。


 これって……。


「ブラッドオーガは、少々の傷を与えてもすぐに治ってしまいます。それと、奴らの血液には麻痺毒が含まれていますので、返り血を浴びないように気をつけてください。皮膚からでも浸透します」


 さすが、ベイスさんの魔物に対する知識は豊富だ。それがギルド職員のものか、冒険者だった時のものかは知らないが、初めて遭遇する魔物の情報は有難い。

 傷が治るのは、この生命力強化スキルのせいだろう。


 今までは魔物からスキルを強奪する際、相手に『勝つ』ために盗ったことはなかったように思う。


 だが、今回は相手が相手だ。

 盗れるものは全て盗る。

 可能な限り弱体化させて、丸裸にしてから殺してやる。

 成功率はまだ低いが、このスキルは戦闘にも有効なのだから。


 二匹目もスキルの構成は同じだろうが念のために確認する。


 ……なん、だと。


《棒術Lv2(36/50)》

《生命力強化Lv2(31/50)》

血の絆(ブラッドアライアンス)Lv2(12/50)》


 最初の二つのスキルは熟練度が少し異なるものの、大差はない。

 問題は三つ目だ。


 なんか……俺のと似てる。

 言ってる場合じゃないが、俺の中の何かをくすぐる別名が付いてる……。

 あれは、レアスキルなのだろうか?


血の絆(ブラッドアライアンス)》――仲間の死によって、全能力値が上昇する。


 ……かなりヤバそうなスキルである。

 もう一匹の方を先に殺すことで視認は可能だろうが、今回はまず勝つことを第一に考えなくてはならない。

 勿体ないが、こっちを先に倒すのが妥当か。

 実際戦闘すれば……どうなるかは分からないけど。


「リムさんを後方に下げたのは良い判断ですね。彼女にはブラッドオーガの相手は苦しいでしょうから。僕とアーノルドさんで一匹ずつ食い止めます。あなたは小回りが利くため、遊撃要員として二匹を撹乱してください――来ますっ!」


 望むところである。

 ……隙あらばスキルを強奪してやんよっ!


 二匹の赤鬼が咆哮とともに巨体を前傾姿勢にして突進してくる。

 軽くはないであろう自重などものともせず、一瞬で距離が喰らい尽くされた。

 巨大な棍棒が俺達めがけて――


 ――振り下ろされるのを待つほど、俺達は親切ではない。

 左右にわかれて回避した二人と、後ろに飛び退くことで躱したのは、俺だ。


 レアスキル持ちの方をアーノルドさん。

 もう一匹をベイスさんが相手取る。


 棍棒を地に叩きつけたままの体勢で、数瞬の硬直。

 そこへすかさずアーノルドさん渾身の蹴りの一撃。

 獣人の鍛え上げられた肉体から放たれる恐ろしいまでの下段蹴りだ。


 丸太のような太さを持つブラッドオーガの足首が、破裂音とともに衝撃で揺らぐ。

 俺なら……あれで骨が折れるかもしれない。

 片膝をついてよろめく相手に、続けて曲刀による切り払い。

 が、それは棍棒で防がれ、力任せに押しきられてしまった。


 今の様子だと、身体能力強化スキルを持ってる俺でもこいつらと純粋な力勝負はやめておいた方がいいやもしれない。

 傷んでいた足首も幾度かの攻防の間に治癒したのか、何事もなかったかのように悠然と立ち上がりやがった。



 ベイスさんも短槍を斜めに薙ぎ払い、二撃目は槍を回転させることで遠心力とともに打ち下ろす。

 それらが防がれてもなお連撃は止まることなく、三撃目の渾身の突きを相手の身体へと侵入させることに成功した。

 が、分厚い表皮と筋繊維によって身体を貫くには至らない。


 自身の身体に刺さった不快な突起物を取り除こうと手を伸ばすブラッドオーガを、振り払うように槍が引き抜かれる。

 途端、勢いよく血が噴き出したが、それはすぐに止まってしまい、傷口が徐々に小さくなっていく。


 おいおい、あれ自然治癒力が強化されてるってレベルじゃねぇよ。


 ブラッドオーガの厄介さに辟易しつつも、俺だけ黙って観察しているわけにはいかない。

 これでほぼ全て視認した。

 もし相手がいきなり弱体化したからといって、こんな状況下で俺が原因と疑われることはまずないだろう。


 ――盗めるモノは全部盗むっ。


「おおぉぉらぁっ」


 緊張で固くなっていた脚を殴りつけ、全力で戦場へと駆けだす。

 二対二の争いの場へと投入される遊撃要員。


 まずはベイスさんが相手をしているブラッドオーガに焦点を定め、槍と棍が繰りなす暴力の渦をすり抜けるようにして、敵のわき腹へ接近する。


「せやぁぁぁっ!」


 右腕に握りしめたバゼラードを肉に滑り込ませ、スライドさせていく。

 ギ、ギギギと金属が軋むような音とともに振り抜いたがしかし、さほど深手を与えるには至っていないだろう。

 どれだけ丈夫な皮だよ、ってか筋肉も邪魔だ。

 とてもじゃないが、内臓を破壊するまでには届かない。


 それどころか……下手すりゃこっちの剣が折れてしまいそうだ。

 だけど……――一つは盗ってやった。


 生命力強化か……極めれば本当に人外になりそうなスキルだな。

 これでもう……こいつの傷が回復することはない。


 よし――次っ!



 わき腹を切り裂いて着地した体勢から、直角に移動する。

 今度はレアスキル持ちの方から盗ってやる。


 分厚い皮と筋肉に覆われているのなら、せめて守りが薄い箇所――首を断ち切ってやらぁ。


 アーノルドさんと戦闘中のレア鬼野郎が棍棒を容赦なく叩き下ろす。

 それを可能な限りまで引き寄せ、瞬時のところで曲刀による受け流し。

 刀身が1m近い肉厚な刃は、大柄な獣人が使用するには似合っていると思う。

 にしても、アーノルドさんの剣術の腕もかなりのもんだ。


 俺は軌道がずらされて地面へとめり込んだ棍棒に乗り上げ、さらにその先にある相手の腕を踏み台にして、大きく跳躍した。


 4mを超すほどの巨体の首へと一気に迫り、全力で刃を突きたて――


 グブリッ……と肉を掻きわける感触が掌を伝うが、断ずるにはまだ足りない。


「まだだぁぁっ」


 さらに押し込もうとするが、焦ったブラッドオーガが俺を押し潰そうと腕を振り払ってくる。

 ペシャンコにされる前に剣を引き抜き、地面へと着地してから一旦距離を空けた。


 ……こいつからは何も盗れなかったか。

 これでスキルを発動させた回数は合計で四回。

 成功確率は3割程度だから……しょうがない。

 が、やはり成功確率が低いというのは、ここぞという際に不便だな。


 さぁ、どうする。

 後に残すと厄介そうなレアスキル持ちを先に片づけてしまいたいが、こいつにはまだ生命力強化のスキルが残ってる。

 さっきの首の傷も既に血が止まりそうな具合だ。


 向こうの弱体化した一匹を殺した後、三人で残ったこいつを囲めばなんとかなる……とは思う。いくら全能力が上昇するといっても……限度があるだろう。


 数の利を活かせば――問題ないはずだ。



「――こちらのブラッドオーガですが、どうやら傷の回復が遅いようです。先に無力化し、残りの一匹に戦力を集中させましょう」


 ベイスさんの声に、俺とアーノルドさんが頷く。

 首の傷のせいかわずかに動きが鈍くなった相手の攻撃をすり抜け、俺達は弱体化したブラッドオーガに一気に攻勢をかけた。


「せいっ!」

「ハアッ」


 唸る短槍がブラッドオーガの脚を切り裂く。

 敵が体勢を崩したところへ、俺とアーノルドさんは気勢とともに襲いかかった。

 棍棒を持った右腕が、幾度もの剣戟についに切り飛ばされる。


 勿論、そこで攻撃の手は止まらない。


 最後の攻撃は、三人同時。

 二人は心臓へ。

 俺は首へ。


 アーノルドさんの肩を踏み台にして、十分な高度へと達する。


「まずは一匹ぃっ!」


 筋肉を断ち切るような手応えを感じながら、バゼラードを力一杯に振り抜いた。

 瞬間、ベキョッ! と嫌な音が掌を伝ってくる。

 金属が砕け折れるような不快な感触。


 なんっ……と。

 ジグさんからの餞別の品が……根元から――――折れた。


 まだ後一匹残っているというのに……やばい。

 軽く舌打ちして二人の下へと駆け寄る。


「グアアァァルァァァァァッ!」


 ――途端


 不快で金属質な断末魔が響き渡り、思わず耳を覆いたい衝動に襲われる。

 後は死ぬだけと思われたブラッドオーガが、何を思ったのか、胸に刺さっている槍と剣を自らの身体へさらに深く刺し込み、大量の血液を空中へと吐き出したのだ。


 霧状になった血液が俺達へと降り注ぐ。


「しまっ……皆さん! すぐに離れてくださいっ!」


 ベイスさんが叫び、一斉に皆がその場から離れる。

 それでも、かなり身体に浴びてしまった。


「……っく、身体が、痺れ……」

「ぬうっ……」


 二人が呻くように言葉を漏らす。

 なん、だ?

 ぁ……麻痺毒っ!?

 俺に効いてないのは……状態異常耐性スキルのおかげか。

 

 それが最後の抵抗だったのか、ブラッドオーガは地に倒れ伏してそれきり動かなくなった。


 不味いぞ……。


「ギ……ギ、グルァ、グガァァァァアァァァッ!!」


 身体中の血液を凍りつかせるかのような雄叫び。

 残った一匹の様子が……おかしい。


 真っ赤だった体表面が赤黒く変色し、角も赤から漆黒に染まっていく。

 威圧感が膨れあがっていくのを肌で感じ取れてしまう。

 これはもう……別の魔物なんじゃないだろうか。



 ――これが……《血の絆(ブラッドアライアンス)》の効果か。



 それでも、それでも――だ。

 万全の状態で三人が挑めば、勝てたはず。

 なのに――


「オオオォォォォォォアァァァァァッ」


 狂ったように吼えた魔物が、こちらへと突進してくる。

 麻痺状態である二人には、きっと対応しきれない。

 なら……俺が行くしかないだろう。


 完全なる丸腰状態ではあるが、俺はブラッドオーガに真正面からぶつかっていく。

 勿論まともにやり合うつもりはない。

 だが、レアスキルは視認できたのだ。

 ならば……あれさえ強奪できれば――まだなんとかなる。


 力も速度も増している一撃を必死にかいくぐり、俺はなんとか相手の身体へと触れることに成功した。


 しかし――――結果は失敗。


 一瞬、思考停止を余儀なくされる。

 やはり……そう上手くいくわけがない、か。


 相手は勢いを緩める様子もなく、俺の後方にいる二人へと猛攻を再開した。

 麻痺状態にも関わらず二人は武器を構え直したが、そこに俊敏さは見られない。


 ――一撃。

 やめ、ろ……。


 ――――二撃。

 やめ……


 ――――――三撃。


 二人の身体は棍棒に弾き飛ばされて宙を舞い、樹の幹に無残に叩きつけられた。


「――やめろってんだろうがぁっ! こんのクソ鬼野郎がぁぁぁっ!」


 無策。

 ただ素手で殴りかかるだけの下策。

 ブラッドオーガを殴りつけようと飛びかかり、拳を振り上げる。


 だが棍棒による横殴りの凶撃をまともに食らい、俺はボールのように地面をバウンドしながら転がっていく。

 身体中の骨がバラバラになったのではないかと疑うほどの激痛。


「――っ痛ぅ~~っ! ぐ……ぁ」


 が、まだ死んではない。

 防具をちゃんとしたものにしといたのが幸いした。


 すぐそこに、アーノルドさんとベイスさんも倒れているのが見える。


「――父さんっ!」


 アーノルドさんに駆け寄って行くのは、リムだ。

 後ろに下がってろって言ったのに……

 いや、もうリムとあの女性冒険者だけでも逃げた方が良い。


「グ……ゥ……かはっ……リムか。逃げ、ろ。オレに構うな」

「やだ……やだよ……おいてかないで……一人にしないでよ……」


 アーノルドさんが呼吸とともに吐血し、地面を赤黒く染めた。

 腕はあらぬ方向に折れ曲がり、片脚からも血が流れ続けている。


「……こん、なの……やだ……ぜったい、に……嫌ぁぁぁっ!」


 全てを拒絶するかのような絶叫。

 慟哭である。



 リムの雰囲気が明らかに変わった。

 姿形に変化はないのだが、何かが……変だ。


 ブラッドオーガから奪ったスキルのおかげか、俺はどうやら身体が動くまで回復した。

 何をするつもりかは分からないが……


「おい、リムなにす――……」


 ふらふらとブラッドオーガに向かって歩き出したリムの腕を掴もうとした刹那――

 拳の一撃が空を切る。


「うっぉ!」


 俺が避けてなかったら、今のは間違いなく顔面にヒットしてた。

 これって……まさか――


「じゃま……しな、いで……あた……し、みん……を――」


 頭を抱えるように呻いたリムはもう俺の方を見ず、真っすぐにブラッドオーガへと駆けて行く。


「アアアアァァァァッ!」


 おそらくこれは……《狂化》スキルの影響だろう。

 発動条件は、後天的にこのスキルを獲得した時の状況によって異なるんだっけか。

 リムがこのスキルを獲得したのは、多分故郷の村が襲われた際だろう。

 となると……発動条件は近しい者が命の危険に晒された時、とか……?


 いや、考えてる場合じゃない。止めないと――


 ドゴンッ!


「なっ――」


 ブラッドオーガの腹に、リムの拳が突き刺さる衝撃音。

 続けざまに放たれた回し蹴りが、掌底突きが相手を攻め立てる。


 どうやら……狂化は理性が薄れる反面、力を引き上げる効果があるのかもしれない。


 残念ながら、あのブラッドオーガ相手ではそれでも決め手に欠ける……か。

 それに、あれはどう見てもリムの身体に負担がかかり過ぎる動きだ。



「セイジ……頼む。リムを連れて、逃げろ」

「アーノルドさん……」

「あんな状態で、戦闘を続ければ、すぐ潰れてしまう……頼む」

「でも、そしたら二人は、どうするんですか……」

「僕のことも……気にしないでください。情けないですが……冒険者にはこういった危険もある、ということを勉強してもらい、あなたが良き冒険者に成長できるよう、祈らせてもらいますよ……」


 ……二人とも、格好つけ過ぎなんだよ。

 ベイスさんも身体中傷だらけで……眼鏡なんて割れちゃってるくせにさ。



 だけど、待て。

 俺は、自分が病気に侵されていることは知っている。


 格好良いものに惹かれるのは、言ってみれば当たり前だ。

 誰しも小さい頃には無条件で格好良いものに憧れるんじゃないだろうか。

 ただ……それが大きくなっても強く残留してしまった結果がコレだ。

 心の底では、それが幻想や妄想に過ぎないと……わかっては……いたさ。



 それらは……実現することのない妄想だった。



 そう『だった』んだ。



 今は、その妄想を現実にすることも夢じゃない。


 ……なら、ここで今逃げだすことは果たして正解か?


 否、俺が憧れていたのは、そんなんじゃないだろ。


 ここで背を向ければ……俺はもう自分のことを病気とはいえなくなる。




 ――それじゃあただの……つまらない普通の人じゃないか。




 それだけは、断固拒否する。


 俺は――


 俺であるために――


 ここで逃げるわけにはいかない。


 ……俺にだって、格好つけさせろよっ。



「アーノルドさん、一つだけ……試してみたいことがあるんです。それと、結果はどうあれ……あなたの曲刀、お借りします――」


 俺は《剣術Lv2(25/50)》だ。もしこれに……この人のを加えることが出来れば――


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 リムの身体の負担が限界を超えたのか、徐々にブラッドオーガに押され始め、その身に棍棒の一撃を食らって弾き飛ばされる。


 それを空中で受け止め、なんとか無事に着地した。

 なおも暴れようとするリムを抱きしめることで押さえ込み、頭を撫でて大丈夫だと何度も言い聞かせる。

 徐々に落ち着きを取り戻したリムは、負担の反動が一気にのしかかったのか、そこで気を失ってしまった。


 アーノルドさんの横に寝転がせ、労いの言葉を掛ける。


「リムはよく頑張ったよ……今度は誰も失うことはない。んなこと、させない」


 俺はなおも吼えているブラッドオーガに向き直り、大振りな曲刀をゆっくりと構える。


 ……大丈夫だ。俺の身体は、まだこのLvについていける。


「――こういうの、壁を越えるって言うんだっけか?」


「グルアァッ! ブグルアァァァガァッァアァァァァッ!!」


「さっきから思ってんだけど……お前五月蝿いよ。《血の絆(ブラッドアライアンス)》……か。それを盗るのは失敗したけど……こっちはそんなスキル持ってなくても――」


 赤黒く変色した相手から視線を外さず、確かな感情を込めて言葉を紡ぐ。




「仲間やられて――――顔面真っ赤になるほど怒ってんだよっ!」


 ――大気を震動させるかのような咆哮が、殺し合いを始める合図。


「……フィナーレだっ!!」


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

名前:セイジ・アガツマ

種族:ヒューマン

年齢:18

職業:冒険者(ランクE+)

特殊:識者の心得

スキル

盗賊の神技(ライオットグラスパー)Lv2(8/50)

・身体能力強化Lv3(5/150)

・剣術Lv3(5/150)

・状態異常耐性Lv2(2/50)

・棒術Lv1(7/10)

・生命力強化Lv2(32/50)

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

読んでいただきありがとうございます。


次話もよろしくお願いします。

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