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5話【帰宅】

「――あ、見えてきたよ」


 ルークに騎乗して大空を舞っていると、控えめに背中から手を回しているリムが遠くに見える建物を指差してそんなことを言った。

 それほど長く留守にしていたわけでもないのに、拠点としている遺跡を視界に収めると、俺もなんだか懐かしくなってしまう。



 ――結論から言うと、俺たちはあれからすぐに帝都を出ることにした。


 ヘラという女の言葉に従うのは癪だったが、下手に反発して、フォート夫妻などに危険が及ぶようなことだけは避けたかったのだ。

 どのみち、あのまま帝都にいても解決の糸口は見つかりそうになかったため、これを機会に外側から探るのも悪くないという考えに至ったのである。


 それと、突然現れたあの死体は……やはり、トルフィンさんだった。

 一度しか会っていないが、あの晩――皇帝から依賴を受けて訪ねた酒場で、厄介なことに首を突っ込むなと助言してくれた男性。

 普通に考えると、皇帝のために色々と動き回っているところを、目障りだと始末されてしまったのだろう。


 やはり、大臣のギルバランは逆らう者には容赦しない男ということか。

 冷血漢め、許すまじ。


 しかし……ヘラの能力について、少しだけわかったことがある。

 ヒント――あの女はそう言っていたが、トルフィンさんは、たぶんあのガラス玉(※封玉とでもしておこう)のようなものに閉じ込められていたのではないだろうか。

 能力の発動条件などはわからないが、封玉を叩き割った場所に突如として死体が出現したことからも、その可能性は高い。


 だとすれば……ここから一つの推測が生まれるわけである。

 ――すなわち、ミハサの母親であるアリーシャもまた、あのようにして囚われているかもしれないということだ。

 ……手がかりが何もない状態よりは幾分進展はあったものの、状況はあまり好転したとはいえない。


 人質というものは、生きていてこそ価値がある。

 そう簡単に殺すような真似はしないにしても、あの能力があればいつでも危害を加えることができるだろう。

 下手に手出しができないし、もし首尾よく封玉を奪い取ったとしても、そこから解放する術を持っているのは、大罪スキルの所持者であるヘラだけかもしれないのだ。

 ……どうにも厳しい。


 仮に所持者であるヘラが死んだとしても、封玉に閉じ込められている人質が無事に解放されるとも限らない。

 なにぶん、不確定要素が多すぎる。

 ヘラが言っていたように、きっぱりと手を引かせる――諦めさせるために、敢えて自分の能力の一部を見せつけたのだろう。


 あと……彼女はもう一つ、気になることを言っていた。

『――あなたたちは人の心配をするより、まずは自分の心配をすべきだと思うわよ』


 この言葉が意味すること……これについては、思い当たる節がまったくないわけではない。

 ただ、あまり憶測で不安だけを膨らませても良い結果は得られないだろう。

 あの赤髪の少女なら、質問に答えてくれたかもしれないが……。


 とまあ、そんなことを考えている間もルークはその雄々しい(※ルークはメス……もとい女性)翼を羽ばたかせ、俺たちは無事に拠点へと到着した。


「ねえ、セイジ……これ、何の音かな?」


 リムに言われるよりも先に、俺の耳も金属がぶつかり合うような衝撃音を察知した。


「これって、剣戟の……音か?」


 帝都での一件もあり、何事かと不安になった俺はすぐさま駆ける。

 音の発生源であるその場所には――綺麗な白銀の髪をたなびかせる女性の姿があった。

 その女性は血に染まったような紅眼を持ち、向かい合っている二人に視線を向けている。

 ……まあ、ぶっちゃけ魔族のアルバさんである。


「どうした? 二人がかりでその程度か? 獅子と狼が聞いて呆れる。手合わせは実力が拮抗している者と相対してこそ、実りも多いというのに」


 なんとも挑発的な台詞である。

 にしても……良かった。本気で争っているわけではないらしい。


 アルバさんと戦っているのは、獅子の血を引く半獣人のセシルさん、そして狼の獣人であるアーノルドさんだ。

 どういった経緯で手合わせをすることになったのかは知らないが、しばらく留守にしている間に、アルバさんが皆とちょっとでも打ち解けることができたのなら喜ばしいことである。


「くぅ~、この骨の髄にまで響くほどの手応え。前に襲ってきた魔族は別として、こんなのセー君と戦ったとき以来じゃないかな。歯応えのある相手と戦うのって、どうしてこんなに楽しいんだろ! あははっ、獅子の本気ってのを見せてあげるよ! はあああああああああああっ!!」


「魔族……か。村を滅ぼした者たちと直接関係はないとわかっていても、どうにも割り切れぬ気持ちが残っているのは、やはりオレが未熟であるということか……。ならば! この手合わせに全力以って挑むことで、過去の怒りを断ち切るのみ! たとえ実力に差があるとしても、この剣撃を易々と躱せると思うな! おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」


「くっく、あははははははははは!! その意気込みや良し! 手合わせとはいえ、ここで命を落とす覚悟がないとは言うまいな!? ならばかかってくるがいい、獣人ども!」


 ……えっと。

 これ、打ち解けてる……よね?


 なんていうか、ノリノリだもんね。

 アルバさんも豪快に笑ってるし。なんか楽しそうだもん。

 うん、きっとそう。

 でも、命を落とす覚悟までは持たないでほしいかな。

 もし危なそうだったら、止めに入っちゃおうかな。


 セシルさんが装備しているのは、オーガロードが愛用していたという巨人のヤリ、対するアルバさんが構えている槍もまた、竜の骨から削り出したという逸品である。

 そういえば、この二人はどっちも槍術スキルが高いんだったな。


「そらそら! ちょっとでも当たれば肉を削ぎ落としちゃうよ!」


 ――凄まじいまでの、槍の応酬。

 セシルさんは獅子の獣人の血を引いており、その人間離れした膂力から生み出される一撃は、並の相手ならば肉どころか骨ごと粉砕するほどの破壊力を持つ。

 さらに、そこへ巨人が使用していた大型槍の重量が加わるのだから、油断していると一瞬でペチャンコだ。


 ガガッ、ガガガガガガガガガッ!! ガギギン! バギン!


 まるで、マシンガンによって鉄板が撃ち抜かれたかのような連続音が、空気を震動させる。

 さすがというべきか、アルバさんはそんな凄まじい攻撃を正面から受けきっていた。

 彼女もまた、魔族の人間離れした膂力によって竜骨の槍を縦横無尽に振り回しているのだ。

 槍と槍がぶつかり合う、激しい衝突音。


「おおおおおおぉぉぉぉぉっ!」


 そこへ、剣を大きく振りかぶったアーノルドさんも加わる。

 最初に会ったときより熟練度こそ向上しているものの、所持している剣術スキルがまだLv2ということを踏まえると、アルバさんを相手にするのは厳しいと思われる、が……セシルさんとの息もピッタリ合っており、なにより一撃ごとの気迫が凄まじい。


 さすがはお義父さ……いや、アーノルドさんだ。

 しばし激しい打ち合いが続いていたが、いくらアルバさんでも、本気の二人を相手にして余裕の表情というわけにはいかないらしい。

 やや獣人ペアのほうが優勢になってきたかな……?


 ――そう思った瞬間――


 真っ赤に燃え上がる炎の光が、網膜に焼きついた。

 爆発音が鼓膜を揺らし、アルバさんが何らかの魔法を行使したことに思い至る。

 彼女は槍術の他にも、弓術、体術、火魔法、風魔法といった多様なスキルを所持しており、そのどれもが高レベル。

 言うまでもないが、アルバさんは武芸と魔法の両方に優れた戦闘のエキスパートなのだ。


 近接戦闘では二人の攻撃を捌ききれないと判断したのか、火魔法で爆発を引き起こして仕切り直すつもりなのだろう。

 ふふふ、アルバさんが火魔法で生み出した大火球で骨まで焼き尽くされそうになったのは、今となっては良い思い出だぜ。


 っていうか……アレ、本当に大丈夫なんだろうな?

 爆発で大怪我をしていないかとヒヤヒヤしたが、セシルさんとアーノルドさんは瞬時に距離を取ったらしく、大した被害もなさそうである。

 ――が、おそらくはそれがアルバさんの作戦だったのだろう。


 爆発の隙をついて槍から弓へと武装変換していたアルバさんは、ギギギッと重たそうな弓を引き絞り、アーノルドさんに向けて数本の矢を次々に撃ち放った。


「ぬぅ……くっ、せやぁぁぁぁっ!」


 飛来する矢を剣で打ち落としていくアーノルドさんであったが、最後の一本が脚をかすめて地面に突き刺さる。

 ちなみに、横腹をアルバさんに撃ち貫かれた経験がある俺から言わせてもらえれば、彼女の矢はかすっただけで肉を抉り取っていくような気がしますです、はい。


「ぐぬぅっ……これしきのことで」


 アーノルドさんがわずかに膝をついた隙を逃さず、アルバさんは武器を槍に持ち替えて疾走した。

 狙いは――セシルさんだ。


「やってくれるじゃないか! なんだかボク、楽しすぎて一線を越えちゃいそうな気がするよっ!」


 ふたたび、セシルさんとアルバさんの激しい打ち合いが繰り広げられる。


「ふふ、戦いの際はそう熱くなるものではないと思う……ぞっ!」


 熱くなり過ぎると、セシルさんはやや大ぶりな一撃を繰り出す癖があるのだ。

 アルバさんはその一撃を見逃さず、見事にいなした直後に槍をくるりと回転させ、石突で相手の腹部を思いきり殴りつけた。


「ぐっ……」


 これは勝負あったか……? と思ったが、膝をついていたアーノルドさんが気勢とともにアルバさんのすぐ傍まで迫っているではないか。


「ちぃっ!」


 アーノルドさんの渾身の剣撃を躱しきれず、アルバさんの腕から鮮血が飛び散る。


「調子に……乗るな!」


 凄まじい突風が獣人ペアに襲いかかるも、二人はなんとか堪えてみせた。


「うわっと!」

「ぬぅっ!」


「……これで終わりだ」


 そうして風魔法による突風で足止めしている間に、アルバさんはまたも弓を構えて相手を狙い撃つ体勢に入っていた。

 風魔法を利用しているのか、空中に浮遊したままの状態で、だ。

 風が彼女を中心にして集約し始め、いつか見た翡翠のように輝く魔法の矢が形成されていく。

 パァンッ、と何かが破裂するような轟音とともに放たれた矢は、そのまま二人に向かって飛んでいくのかと思ったが、翡翠の矢は予想外の動きを見せた。


 一本の魔法の矢が、何十本……いや、何百本もの矢に分裂して降り注いだのだ。


 それは――まるで流星雨。


 やりすぎだろ! おい。

 だが、ここで怯むような二人ではなかった。

 セシルさんが目配せすると、アーノルドさんがこくりと頷く。


 何をするのかと思ったが、反撃方法は非常に単純かつ豪快。

 空中に浮遊しているアルバさんに向けて、セシルさんが巨人のヤリを思いきり投擲したのだ。

 しかもなんと、投擲された槍の上にはアーノルドさんがちょこんと乗っているではないか。

 獣人の優れた反射神経を以ってして可能となる離れ業である。


「ふっ、面白い真似をする」


 アルバさんは風魔法による突風で投擲された槍の軌道を変えようとしたが、槍と一緒になって飛んできたアーノルドさんは剣を突き出すようにしてアルバさんへと襲いかかる。


「おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 二人はもつれ合うようにして、空中から地面へと激しく落下した。


 ……ゴクリ。

「……あっ」


 迫力のある戦いに思わず魅入ってしまっていたが、さすがにこのまま続けられると誰かが大怪我をしてしまいそうだ。


「そ、そこまで! そこまでにしてください!」


 二人が落下した地点に慌てて駆け寄ると、アルバさんはゴキッ、バキッ、と首を鳴らして何事もなかったかのように立ち上がった。


「なんだお前らか、いつ帰ってきたのだ?」


 アーノルドさんも、パンパンと土埃を払いながらむくりと起き上がる。


「おお、セイジにリムじゃないか。帝都から戻ったのか」

「あ、はい……」


 あんたたち頑丈だな! と思わずツッコミそうになってしまったが、やはり手合わせということで力加減は考えていたのかもしれない。


「セー君にリムちゃん、久しぶりだね。お帰りさん」

「うん、ただいま」

「ただいまです。セシルさんは……たしか、新たな交易路を作ると言っていたドーレさんと一緒に行動してたはずですけど、そちらも帰ってきてたんですね」


 もともとアーノルドさんを護衛に雇っていたドーレさんが、セシルさんも雇うことになったと記憶している。


「そうそう、つい先日帰ってきたんだよ。レイちゃんが先に帰ってたけど、セー君やリムちゃんはまだ帝都にいるっていうからさ。ちょっと心配してたんだ」


 およ……? レイは拠点に戻ってから、レンを追ってエリンダルに向かったものと思っていたのだが、まだここにいるのだろうか。


「いやぁ……そんな心配しなくても大丈夫ですよ」

「あはは。あの子が、絶対にあいつは問題を起こすとかブツクサ言ってたから、ついついね」


 ぐぬぅ……レイめ。たしかに強くは否定できないけども。




 ――とりあえず、皆と挨拶を交わしてから拠点で一休みすることにした。

 帝都では色々あったし、ちょっと疲れたからな。


「あああぁぁぁぁぁ!! やっと帰ってきた!」


 遺跡の広間に足を踏み入れると、追跡していた犯罪者を見つけたかのように勢いよく詰め寄ってきたレイが、そんな声を上げた。


「……まさかと思うけど、要人殺害とかの容疑で追われたりしてないわよね?」

「そんなわけあるか!」


 成敗! とかいって悪徳大臣をバッサリと斬り捨てるなんて真似を、ちょっとやりたくもなったけどさ。 


「レイこそ、とっくにエリンダルへ行ったものと思ってたのに、なんでまだここにいるんだよ?」

「うるさいわね! あんたたちがさっさと帰ってこないからでしょ!」


 えっと……それはつまり、俺たちのことを心配してくれていたという認識で大丈夫なのでしょうか?

 レンも心配だが、帝都に残った俺たちのことも心配で、結局ここで待っていたとか?

 なんというか、それは悪いことをした。


 でも、レイってなにげに優しいところがあるよな。

 罵るような言葉を浴びせてくるけど、いちおうは心配してくれているわけだし。

 まあ、本人にそれを言ったら殺されそうだけども。


「なにを暢気に笑ってんの……よっ!」


 肩にパンチ――通称『肩パン』を容赦なく叩き込まれた。


「い、いきなり殴ることないだろ!」

「なんだか、笑いに悪意を感じたわ」


 軽く含み笑いしただけで殴られるだなんて、そんな理不尽な行為が許されてたまるか!

 あ、あれ……? リムさん? なんかちょっと俺の肩をジッと見つめるのは止めてもらっていいですか? あなたに肩パンされた日には、脱臼程度では済まない気がするんです。


「そ、それで、俺たちが留守にしている間に、何か変わったこととかなかった?」


 話を逸らすため、そんな質問をレイにしてみた。


「変わったことじゃないけど……そういえばあの子、また戻ってきたみたいよ」


 あの子……?


「やっほ~~!! お久しぶり。元気してた~?」


 この、どこかのほほんとした独特な喋り方は忘れようもない。


「いや~、まさかこんなに早く天緑石を見つけてくれるなんて思ってなかったんだけど、ありがとね。おかげさまでオーブの修復も順調順調」


 そうか……クロ子は無事に天緑石を届けてくれたわけだ。


「せっかくこうしてお礼を言いに来たっていうのに、君もリムも留守なんだもん。あれ……どしたの? なんだかちょびっと浮かない顔してるけど、なにか心配事でもアリ?」

「ああ、うん……ちょっとね」


 赤髪の少女――シャニア。

 古くからの知識を受け継いでいる――竜人。

 彼女には、色々と聞きたいことがあった。

読んでいただきありがとうございます!

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