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3話【罪と罪】

 ――現代、エリンダルの領主館にて。


 執務室で会話をしているのは、領主であるリク・シャオに、その弟であるレンだった。

 だが、兄弟でのんびりと談笑しているにしては、あまりにも重く緊張した空気が漂っている。


「……いったいなんの話をしてるんだよ。ラハルっていう友達とは、ずっと昔に別れたきり会ってないんだろ?」


 つらつらと昔話をする兄を前にして、レンは堪えられなくなって疑問を口にした。


「まあ黙って聞けよ。俺は、お前の質問に丁寧に答えてやってるだけだ。もう……俺が『誰』なのかは想像がついてるだろう?」

 椅子からゆっくりと立ち上がったリクは、窓から景色を眺めながらそんなことを言った。


「あの女――ヘラは、壊れていた。いや、壊れ始めていた……というのが正しいのかもしれないが、もし誰かが興味本位で近づこうとしているのなら、心の底から止めておけというアドバイスを贈りたいね」


 振り返り、彼はレンと正面から向き合う。


「もっとも……あの女のほうから近づいてきた場合には、どうしようもないがな」



◆◆◆◇◇◇◆◆◆



 ――スーヴェン帝国の中心地、帝都グランベルン。


 支配下にある領地からたっぷりと税金を搾り取っているだけあって、帝都はなかなかに繁栄している。

 貴族街なんかの超高級住宅街は別格だが、街にある冒険者ギルドだって一際立派な建物だ。


 きっと金を持て余した貴族なんかがギルドに依頼を出すことで、懐が温かくなっているのだろうと思われる。

 そのおかげか、帝都にある冒険者ギルドには、食事や酒を楽しめる酒場のような施設が二階に設けられていた。


「がっはっはっは! いやぁ、あんたたちのおかげで助かったよ! もうちょっとであの魔物に片腕を喰いちぎられるところだったわい。さあさあ好きなだけ食べて飲んでくれ。今日はわしが奢るからよ。そっちの可愛らしい嬢ちゃんも一杯どうだい? おおっと、あんたの頭の上でプルプルしてるスライムちゃんも、遠慮なく好きなもんを食べてくれ」


 髭もじゃのオジサン冒険者が、気前よく食べ物や酒を注文してくれている。

 そうして食卓に並べられていく肉や果実酒に口をつけているのは、俺とリム、そして頭の上にちょこんと乗っているライムだった。

 離れた騎獣舎から「クォォッ」というルークの鳴き声が聞こえた気がしたが、おそらく錯覚だろう。

 でも念のため、ちゃんと肉は持ち帰ることにしようと思う。


 さてさて、可愛らしい女の子が魔物に襲われているところを偶然に通りがかって助ける……なんていうシチュエーションは羨ましい限りだが、俺の場合はそう理想的な展開にはならず、依頼の帰りに偶然見かけたのは、魔物と戦っている髭を生やした厳ついオジサン冒険者だったわけだ。


 危ないところを助けてあげたお礼として、こうしてギルドに併設されている酒場でご馳走してもらっている最中である。


 話を少し整理すると、俺たちが帝都にいるのは、帝国の最高位にある皇帝ミハサについて情報を収集するためだ。

 ひょんなことで偶然にも皇帝ミハサから依頼を受けることになった俺は、天緑石という貴重な宝石と大量の金貨を受け取った。さすがにもらいすぎたかなと感じたため、もうちょっと彼女を手助けできることがないものかと色々と情報を集めていたのである。


「にしても、最近は国の兵隊が退治すべき魔物なんかも、かなりこっちに回してる感じがするんだよなぁ。おかげでギルドは潤うのかもしれねえが、こちとら手一杯よ」


 髭もじゃ冒険者は、自分も酒をグイッと飲み干しながら、そんなことを言った。

 俺たちが前に壊滅させたオークキングの巣も、本来なら国が兵隊を派遣するのが正規の手筈だったらしいし。

 上が腐れば下請けが儲かるとは……なんとも皮肉な話だ。

 やだ、不潔。


 ……いやまあ、冒険者ギルドは独立した組織なので、国の下請けというわけじゃないけど、どうしたってそういう部分は出てくるんだろう。


「前の皇帝様のときも、あんまり良い時代だったとは言えねえが……今よりはマシだったなぁ。貧しいやつはどんどん貧しくなっていくし、金持ちはさらに肥え太っていきやがる。おっと……湿っぽい話をしちまったな。今の話は聞かなかったことにしてくんな。冒険者がいっぱしの顔で政治に文句を言うなんざ笑っちまうぜ」


 髭もじゃオジサンは軽く笑ったが、酒を飲んだことで普段よりも饒舌になっているようだ。


「それって、どうすれば解決するのかな?」


 リムは獣人と悟られぬように耳や尻尾を隠し、今は普通の可愛らしい女の子の姿をしている。

 そんな彼女が、お酒をちびりと飲みながら首をかしげて質問をした。


 厳格そうな髭もじゃオジサンは、なんともデレッとした顔でリムのほうを見やる。

 ……うん、まあ気持ちはわかるけども。


「すみませーん。この店で一番高級な肉を追加で持ってきてくださーい」


 髭もじゃオジサンは、ここは自分の奢りだと言ってらっしゃった。

 特に意味はないが、いきなり高級肉にかぶりつきたくなったのだから仕方ないだろう。


「さあなぁ。わしらのような下々の人間には上の詳しい事情なんてわかんねえ。ただ、今の皇帝様が即位なさったのは、まだ生まれたばかりの幼い頃だったはずだ。時が経てば何かが変わるかもしれねえし、もしかすると何も変わらないかもしれねえ」


「まあ……変わる必要があるのは、周りの環境のほうかもしれないですけどね」

「……ん? 今何か言ったかい?」


「あ、いえ別に、なんでもありません」




 ――とまあこのように、帝都の冒険者ギルドでそこそこ顔を広げることで、地道に情報を集めていたわけである。


 とはいっても、有用な情報は夜鳴きの梟(ハウル・オウル)の団長さんから聞いたことがほとんどだ。

 現皇帝ミハサの母親であるアリーシャが行方不明となっており、おそらくはその犯人が大臣のギルバランであるということ。

 生まれたばかりだったミハサの後見人として収まったギルバランは、権力を意のままにし、今なお母親を人質にすることで皇帝を脅迫しているだろうこと。


 それと、ここからは俺の勝手な想像となってしまうが、もしかすると前皇帝が亡くなったことにも大臣が関与しているかもしれない。

 いや……それどころかこいつが犯人なんじゃないだろうか?

 基本的に悪いことをする人って、悪いことを繰り返す気がするんだもの(もし違っていたらごめんなさい)。


 ただ、皇帝も黙って耐えているだけではなく、何か解決の糸口を探そうとはしているようだ。

 俺にあんな依頼をしたということは、現状を打破するような希望があり、それを支えてくれる人物がいるということである。


 もちろん、事が上手く運んでいるのかは知らない。

 たしか帝都グランベルンに到着したばかりの頃、皇帝の婚約に反対していた文官が殺されたらしい……などという、きな臭い情報をレイが教えてくれた。


 そういったことを踏まえると、皇帝ミハサは何とか頑張って抵抗しようと試みているものの、かなり追い詰められていると考えるのが妥当だろう。

 がっちがちに地盤を固めてきた悪徳大臣に歯向かって、勝てる見込みは少ない気がする。


 皇帝の周囲については、まあこんなところか。

 もう一つ面白いのが……いや、何も面白くはないのだが、さっきの冒険者に限らず、普通に暮らしている世間一般の人は、あまりそういったことに興味がない。


 というか、当たり前かもしれないが、皇宮内部の事情など知らない。

 雲の上の人たちが何をしていようと、毎日を生きていくので精一杯で、そんなことを気にしてはいられないのだ。


 ギルドで依頼を受け、魔物退治に向かった村なんかでは特にそれが顕著だった。

 そんなことより、農作物の収穫度合いや税金がいくらになるかのほうが、彼らにとって重要事項なのだ。

 そりゃあ、そうだろう。

 朝から晩まで畑で一生懸命働いている村人に、もっと政治についても深く考えないとダメだなんて言えるはずがない。


 ちょっと怖いと思ったのが、もしも民衆の不満が爆発したとき、その矛先がどこに向けられるのかということだ。

 良き治世を敷いた賢王が民衆に歓迎され、悪しき治世で民を苦しめた愚王が玉座から引きずり落とされて処刑される……なんて話は、そう珍しくもないだろう。

 さんざん私腹を肥やし、責任は全て皇帝に押しつけて逃げる……いや、むしろ皇位を廃止して自分が最高権力を握ろうと目論んでいても不思議ではない。

 まあ……大臣の息子が皇帝と婚約したわけだし、それは考え過ぎかもしれないが。



 ……ふーむ。

 だいたい、こんなところかな。


 勧善懲悪が絶対的に正しいと信じるほど子供ではないつもりだが、やはり性根が腐ったようなやつを見せられると、気分はよろしくない。

 とはいえ、なにぶんスケールが大きい。


 もし俺が大臣に会える機会があったとして、『悪いことはやめたほうがいいですよ』と言ったところで何も変わらないだろう。

 悪いことをしている自覚がある相手からしたら、『馬鹿』と言われたようなものだ。


「うーん。どうしたもんかな」

「いっそのこと、大臣を誘拐しちゃうとか?」


 おっとぉ。リムさんが可愛い顔をしてアバンギャルドな意見を口にしたわけですが、ちょっとその意見には賛成しかねる。

 目には目を、歯には歯をという考え方は嫌いじゃないし、報復されて当然なやつは何をされても自業自得だとは思うわけですが……いくらなんでも俺がそこまでする理由がない。


 あんまり過激なことをすれば、人質の命も危ないかもしれないし。

 結局のところ、俺にできることはあまりないのかもしれない。

 せめて向こうから何か接触してきてくれると、糸口になりそうな気もするのだが……。


 これといって名案が思い浮かばないまま、街をぶらぶらと歩いていると、リムがある建物を指差した。


「ねえ、あの建物ってなにかな?」

「なんだろう。教会……かな?」


 大きく丸いステンドグラスといえば教会ぐらいしか思いつかないのだが、十字架のようなものは見受けられない。その代わり、竜の彫刻なんかがところどころに見受けられた。


 おそらくは、太古の竜を信奉しているというクリケイア教の建物だろう。

 この教えのせいで亜人が差別されることになっていると考えると、ちょっと複雑である。

「まあ、あんまり気分の良い場所じゃないよな」


「――あらぁ? わたしはそれなりにここが気に入っているんだけど。そんなこと言われると傷ついちゃうじゃないの」


 ねっとりと鼓膜にへばりつくような声。

 振り返ると、そこには虚ろな瞳をした女性が立っていた。

 死んだ魚のような目をしていますね、と初対面の女性に言えばグーパンチをされそうだが、実際そんなふうに感じたのだから仕方ない。


 え、誰……?

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