12話【行きはよいよい 帰りは・・・】
ギルドカードで本人証明ができるよう一部改稿しております。
――朝、太陽の光が強引に窓から侵入することで部屋を蹂躙する。
太陽と窓の延長線上に位置するベッドで寝ていた俺は、もろに太陽光線で焼かれた。
パスクムにも時を告げる鐘塔があることは確認したが、まさかそれが朝六時を知らせる前に起きることになるとは……。
……お、おぉう。
アーノルドさんは本当に椅子で夜を明かしたのか、うつらうつらと上下に首を動かしている。
俺がベッドから這い出すと、気配を察したのかこちらを振り返った。
「おはようございます」
「もう、朝か……」
それだけ確認したアーノルドさんは、椅子を戻してから自分のベッドへと向かう。
そのまま、いびきをかいて寝てしまった。
俺は窓際に近づいて外を窺う。
港町パスクムは海水で浸食された地形に町が作られている。
そのため、海辺から陸に向かって緩やかな傾斜が存在しているのだ。
海からやや離れた高台に位置するこの宿からは、眼下に広がる港町が一望できる。
鏡面となった海が陽の光を反射し、思わず目を細めた。
「たまには、早起きもいいもんだな~」
水平線から完全に太陽が顔を出すまで、俺は特に何もせずにボーッと眺めていた。
これぞ……ライジング・サンッ!
――鐘が六つ、港町に響き渡る。
三つか四つ鳴った辺りでリムがもぞもぞと動きだし、上半身をうにゅ~んと伸ばした。
獣人は人間であり、獣の猫や狼とは別物である……とアーノルドさんに釘を刺されたが、リムの仕草はどうにも猫っぽい。うにゅ~んという表現がしっくりくる。
「おはよ」
「……おはよう」
手短な挨拶を済ませ、リムの顔をちらりと観察する。
うん……大丈夫そうだな。
そんな俺の母親のような眼差しなど知る由もないリムは、首をかしげてベッドから下りた。
「――父さん、朝だよ。起きて」
ユサユサとアーノルドさんを揺すって起こそうとするリム。
一瞬、それを止めようかと思ったが、黙っているべきだと判断した俺は無言でその様子を観察する。
「……うん? ああ……すまんな。この歳になるとどうにも朝が辛くてかなわん」
豪快に欠伸する姿に、俺は父親の偉大さを知った。
宿の一階で朝食を取る際、ベイスさんが昨日ギルドで確認してきたことを皆に伝える。
「昨日襲ってきたオークについてですが、パスクムのギルドで討伐依頼が出されているようですね。最近になって街道に頻繁に現われては人を襲っているそうです。原因は不明ですが、帰りも十分気をつけた方が良いでしょう」
なるほど。あの四匹分の討伐報酬……勿体なかったな。
「一応、依頼書を貰ってきました。討伐証明部位さえあれば、メルベイルのギルドの方で処理することは可能です。原因が判明するまでは常時依頼扱いとするらしいので」
こういうとこ、ベイスさんってしっかり職員さんしてるよな。
まあ、道端に転がしておいたオークの遺体が無事に残ってるかは疑問だが。
宿で出立の準備を整えてから、予定通り商館へ向かうバトさんに随行する。
既に積み込むだけとなっていたため、手際良く馬車に商品が載せられた後、俺達は港町パスクムに別れを告げてメルベイルへと発った。
――順調に街道を進み、今度は大森林を右側に見ながら歩いていく。
そろそろ昨日オークに襲われた場所に差し掛かるかという頃、馬車の右を護衛していたアーノルドさんが腰の鞘から剣を引き抜いて警戒の意を示す。
「……何か来るぞ」
その言葉に、俺もバゼラードを構えて森の方を見据える。
――飛び出してきたのは人影が二つ。
魔物ではない。
盗賊だろうか……?
緊張のためか、剣を握る拳により一層力がこもる。
だが、第一声は『身ぐるみ剥いでやる』とかではなかった。
「たす、助けてっ! 助けてくれ!」
さて……どうやら不穏な気配が漂ってきたようだ。
救援を求めてくる相手は、まるで今まで呼吸を忘れていたかのように喘ぎながら声を絞り出した。
「ぶ、ブッ、ブラッ……仲間がっ、一人、まだ……」
男の二人組。ステータスでは二人とも冒険者となっている。
ランクCにランクD+か。
だが、警戒を緩めないアーノルドさんが剣を二人に突き付ける。
御者台から下りて二人に油断なく近づいたベイスさんは、まず二人に身分証の提示を求めた。
……あ、そういうことか。
俺は《識者の心得》によって二人が冒険者だと判断したが、本来ならば二人が盗賊の一味だという可能性も捨てきれないのだ。
嘘で油断させるぐらいはするかもしれない。
二人は胸元のギルドカードを手に取り、名前とランクを浮かび上がらせる。
あれは本人以外に反応しないので、冒険者であるという身分は証明されたことになる。
アーノルドさんも、そこで剣を収めた。
「失礼しました。どうされました?」
「お、俺達は、仲間と一緒にオーク討伐に来たんだ。森に入って……オークを……そしたら、いきなりあいつが……ブラッドオーガが……」
「なん……ですって……?」
ベイスさんが隠すことなく眉を潜めた。
俺が見る初めての表情だったといっていい。
「何故こんなところにブラッドオーガが……流れてきたのか? 奴らの食料はオーク……まさかオークが街道に出没していたのは……住処を追われて……」
独り言のように呟くベイスさんの横で、冒険者の二人が声を震わせながら問う。
「な、なあっ、あんたらの中でブラッドオーガを倒せる腕を持った人はいないか? 仲間が一人、逃げる途中ではぐれて……」
「ここにいる皆さんはランクDへの昇格試験を受けている最中です。ブラッドオーガはランクBの冒険者が複数人で討伐するような魔物ですから……」
そこで言葉を切ったベイスさんは、手に持った短槍を一度軽く払う。
「一人では、厳しいかもしれませんね」
ベイ……スさん?
「皆さんは、バトさんを連れて急いでここから離れてください。そちらの冒険者の方々はパスクムまで戻り、すぐギルドに報告を」
眼鏡を押し上げ、そんな指示を行う。
「ああ……無事にバトさんの護衛依頼が完了すれば皆さんは昇格試験合格です。メルベイルで正式な手続きをしてくださいね」
…………。
「……これは可能であればの人命救助です。危険な場合は尻尾を巻いて逃げますから……その時はギルドには内緒でお願いしますよ?」
言うと同時に、冒険者が指す方向に駆けだして行く。
なん、だよ……さっきまで御者台でのんびりしてたくせに……。
「――やれやれ……あの男も変なところで不器用なのだな。試験官が途中でいなくなってどうするのだ」
互いに顔を見合わす中、そんな言葉を吐いたのはアーノルドさんだった。
耳の古傷を弄るようにした後、口元を引き締める。
「セイジはリムと一緒に馬車を護衛しつつ、このまま街道を進んでくれ」
「……アーノルドさんは?」
「オレは、あの試験官殿を連れ戻してくる」
「え……ちょ!?」
強面の獣人もまた、そう言って森へと姿を消した。
どう、なの……?
この状況。
ランクB相当のベイスさん、それに対等に渡り合っていたアーノルドさんが一緒なら大丈夫とは思う……。
ここでバトさんを放っておくわけには勿論いかないし、俺達はこのまま進むべきだろう。
しばらくすれば宿場があるはずなので、そこで二人が戻るのを待つ……か。
そこまで思考したところで視界の端に動く影を捉え、思わず手を伸ばした。
「――どこに行く気だ……リム」
後を追っていこうとするリムの腕を掴み、引き止める。
……気持ちは分からないでもない。
しかし、こう言ってはなんだがリムは俺達の中で一番弱い。
行かせるわけには、いかない。
「はなしてっ……父さんにまで何かあったら……あたしっ……!」
微かに涙を浮かべる瞳に射られ、緩んでしまった掌からスルりと抜け出たリムは、何故か一瞬だけ俺の手を見つめる。
「――――ありがとう」
――今の一言……どういう意味だよ。
昨晩の、掌に感じた柔らかな感触。
一晩経ったのに、まだ抜けきってない。
礼を言って後を追った少女は、一体何に対して感謝したのか。
拳を握りしめることで混乱する心を落ち着かせ、一度だけ深呼吸する。
俺がバトさんに向き直るのと、バトさんが間の抜けたような声を上げたのは、奇しくも同時だった。
「おっと私としたことが、パスクムで仕入れる予定だった品を一つ、買い忘れていました。そこの冒険者お二人は今からパスクムに戻られるのですよね? なら、私も同行させてください」
「あ、ああ……」
「それではセイジさん。残念ですが試験官が戻られるまで護衛依頼は保留ということで」
わざとらしく一礼すると、バトさんは馬車を反転させ、急ぎ足の冒険者とともにパスクム方面へと進んで行く。
あのさぁ……皆、格好良すぎるだろ。
ほんのちょっとの間に、俺一人だけが街道でポツン状態になってるんだけど。
俺はただ真面目に依頼をこなそうとしただけなのに。
……さすがにこれは……行くしか、ないだろうなぁ。
一晩寝たことで十分に回復した脚で、強く地面を蹴り放つ。
向かう先は勿論――森。
まだ……追いつけるっ。