8話【帝都グランベルン】
「ここが、帝都グランベルンか……綺麗な街だな」
「ホントだね。メルベイルも賑やかな街だったけど、ここはもっと大きいみたい」
「そりゃ、ここグランベルンはスーヴェン帝国で一番大きな街だからね」
『見てください、ご主人様。人があんなに小さいですよ』
ルークで帝都グランベルンまで飛んできた俺たちは、空から見渡せる帝都の大きさに圧倒されていた。
俺がリシェイル王国で訪れた王都ホルンも万単位の人が暮らす大都市であったが、ここグランベルンはさらにドでかいようだ。ホルンは海沿いに広がった水の都という印象だったが、グランベルンは内陸の一大都市といった感じか。
「中心にあるのが皇帝のお城で、その周囲には貴族街、さらに外側には市民街があるわ。わかりやすく言えば、外側に行くほど身分が低い人が住んでるってわけ。それと……そろそろ高度を下げたほうがいいわよ。帝都上空を許可なしに飛べば、弩で射たれても文句を言えないから」
「そ、それを早く言ってくれよ!」
「城壁からいくつか街道がのびているでしょ? そこに門があるから」
のほほんと空から景色を眺めていたが、俺は焦ってルークに降下するようにお願いした。
こちらの苦情に取り合う気がないレイの指示に従って、一行はグランベルンの門前に着地。
進化前のルークでも二人乗り程度は可能だったが、元竜に進化してからは三人が乗っても飛翔できる非常に優れた騎獣となった。そこにライムが加わっても何ら問題はないようだ。
「身分証、もしくは通行許可証を確認させていただきます――はい、問題ありません。お通りください。それにしても……立派な騎獣ですね。街中で騎乗するのは禁止されていませんが、防衛上、空を飛ぶことは控えてください」
「あ、はい。気をつけます」
ティアモからもらった通行許可証で無事に検問をクリアし、いざグランベルンの街へ。
まずは適当な宿を探すべく、市民街の大通りを真っすぐに歩いていく。
俺は普段通りだが、リムは獣人と知られないように耳と尻尾を隠し、レイは外套のフードで顔を覆っている状態だ。
ちなみにライムはといえば、手足を引っ込めて俺の頭の上に乗っている。
色をそれっぽく変化させれば、ちょっと大きめの帽子に見えなくもない。わりと重いため、そこそこ首が痛いのは秘密にしておくべきか。
というか、自分で歩いたっていいのよ?
どうやら市民街でも中央にいくほど建物が立派になっていくようだ。富が中央に集中するというのは、まるでスーヴェン帝国の縮図そのものではないか。
……などという小難しいことは俺に一切関係ないわけで、そこそこ見栄えのよい宿にて宿泊手続きを行った。
今回の依頼における必要経費は全てティアモから支払われる。宿に泊まる金に困っているわけではないが、こういう太っ腹なところは素直に嬉しい。
しかしながら、あからさまに高級な宿に泊まるでもなく、無難な宿にするあたり俺は小市民なのかもしれない。
ルークを預けることができる騎獣舎があり、風呂があって飯が美味くて柔らかなベッドがあれば何も文句はない。
「さて、と。宿も決まったことだし、ワタシはちょっと出掛けてくるわね。前に言ってたように、知り合いの情報屋から役立ちそうな情報を仕入れてくるわ」
おお、やはり勝手知ったるレイは動きが迅速である。
とはいえ、レイが任務に失敗した挙句、生き延びて帝都にいることを情報屋が逆にネタにする危険性は考えておくべきだろう。
「あー、レイ。一つ言っておきたいんだけど」
「大丈夫よ。あんたが心配してるようなことにはならないから」
「お、おう」
本当に大丈夫か? と釘を打つ前に、めり込むぐらいに打ち込まれてしまった。
「それで、そっちはどうするの?」
「えっと、貴族街のほうを見に行こうと思ってる。ティアモが泊まる予定の建物の周囲は把握しておかないといけないし」
「うーん、まあ、それはそうなんだけど」
どことなく歯切れが悪くなり、不安な顔をするレイ。
おそらく、貴族にからまれて厄介な事に発展するんじゃないかと心配でもしているのだろう。
「大丈夫だって。見に行くだけだぞ? それが駄目なら俺にどうしろってんだよ?」
「……ここでジッとしておいて。息もせずに」
「いや、さすがに俺が受けた依頼だしさ……っていうか、さりげなく酷いこと言うのやめろ!」
くそぅ、いつもはレンのやつがこういう暴言を一身に受けてくれるのに。
「大丈夫だよ。あたしが一緒についていくから」
トン、と自分の胸を軽く叩いたリムが、琥珀色の瞳でウインクしてみせた。
ふふん、ずいぶんと強く出たものだな、リムよ。ミレイさんが無事だったことで家族が元に戻り、大罪スキルによって強大な力を得たことが自信につながったか。
だがあまり調子に――
「え……別行動なの?」
当然一緒に行くものと思っていたリムは、しょんぼりとした表情になってしまう。
腰に巻いて隠してある尻尾が、だら~んと垂れてきそうな程だ。
――すみません! ぜひ一緒に来てください。お願いします。自分調子に乗ってました。
「まあ、知らない場所で単独行動しないほうがいいのは確かね。何かあったときに一人だと困るから」
『ご主人様。わたしはどうしましょう? 宿に残っていたほうがいいですか? ずっと頭の上に乗っていると、ご主人様に負担をかけてしまうかもしれませんし……』
いやいやいや、ずっと乗ってるつもりなの!?
というか負担になってると思うのなら、ちょっとぐらいポジショニングを変えてもいいのよ!?
いや待て。考えてみれば、そもそも曲がりなりにもご主人様の頭の上に乗る行為を是としていいものか……ここはビシっと……いや、可愛いからそれは許すとしよう。それに俺はどちらかと言えば乗られたい派だ。Yes Ride On!
「……なーにを一人でブツブツ言ってんのよ?」
俺が色々と思考を巡らせていると、レイがずんずんとこちらに向かって歩み寄ってきた。
頭上に収まっているライムに手を伸ばした彼女は、弾力のある身体をぎゅむぎゅむと押さえるように撫でたかと思うと、
「ちゃんとこの子も連れて行ってあげなさいよ」
という言葉を残し、さっさと宿を出て行ってしまった。
そう言われてしまえばライムを連れていかないわけにもいかず、俺は二人(……一人と一匹?)に声をかける。
「じゃあ、俺たちも行くか?」
「うん」
『はい』
――グランベルンの貴族街に足を踏み入れるには、ふたたび通行許可証を見せる必要があった。
誰かれかまわず通行可能とすれば、貴族によからぬ行為をする者が出てしまうだろうから、当然といえば当然か。
市民街と貴族街を区分けしているだけあって、違いは明確だ。
建物はきらびやかな造りになっているし、通りを歩く人の服装も市民街の人々とは歴然の差がある。
ちらちらと視線を感じるのは、俺たちがやや場違いな人間だからだろう。それほど汚らしい格好をしているつもりはないが、冒険者が自由に闊歩するような場所でもない。
下手に怪しまれるのも嫌なので、俺たちは足早に目的地へと向かうことにした。
「うわぁ……これはもう、ちょっとしたお城だな」
貴族が利用する宿泊施設というのは、それはもう立派なもので、色彩豊かな煉瓦で組み上げられ、いくつもあるアーチ状の窓枠には高級そうなガラス窓がはめ込まれ、屋根から突き出ている煙突にすら洗練された職人芸が感じられるものだった。
こんなとこに泊まってみたいものだ。
いや、金額的に泊まれないわけでもないのだろうが、さっき手続きをした市民街の宿のほうが落ち着くのだから、不思議なものである。
さっそく建物周囲の様子を把握するために歩き回ってみる。要人警護の裏方のようなものだから、何もないにこしたことはない。
「ここらへんは、夜にあんまり人が来なさそうだな」
「でも、あそこに立ってる警備の人には見つかっちゃうね」
『一人や二人ぐらい、ご主人様なら声を上げる前に対処できますよ』
もし侵入するとすれば? 内部から逃走する場合は? といった犯人目線で色々と探索してみる。
警護するときは犯人の気持ちになって考えることも大事なこと、とレイが言っていたのだ。普段はそういった思考をしないためか、なぜかワクワクしてしまった。
おそらく、今ここいらで一番怪しいのは俺たちだろう。
いや、別に何か悪さをするわけじゃありませんけども。
とまあ、こんな具合で探索を続け、ティアモが泊まっているときに警備を強化したほうがいいだろうポイントを絞っていった。
「ふぅ……こんなものかな。レイのほうもそろそろ戻ってくるだろうから、俺たちも帰ろう」
周囲の探索といっても、宿はかなりの敷地面積があるため、全部見終わる頃にはかなりの時間が経っていた。
時刻は日暮れ前といったところか。
貴族街の通りを歩いていて思ったのは、全部が全部、貴族の豪華な屋敷というわけではないということだ。
安っぽそうな店はないものの、高級そうなレストランや服飾品店などはそこかしこに見受けられる。
「高そうなお店がいっぱいだね」
隣にいるリムが口にしたように、普段からこんな場所に足を運んでいればお金がどんどん減っていきそうだ。
ふむ、お客さんが貴族というのは儲けが大きそうだな。まあ……そのぶん悩みも多そうだけど。
――俺がそんなことを思っている矢先。
「ああ……どうしよう。どうしたらいいの……」
見るからにオロオロしている老婆が目に留まった。
老婆といっても、背筋はピンと真っすぐしており、顔の皺もそこまで目立つわけではない。
「どうか……しましたか?」
声をかけると、老婆はハッとこちらを振り向き、少しばかり落胆したような表情を見せた。
「ああ、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。それが……」
事情を手短に聞いてみたところ、どうやらここ『笑酔ホロホロ亭』はそこそこ有名なレストランだったそうだ。
美味いという評判が広がり、足を運ぶ貴族も多かったという。
しかし、料理を作っていたのは老婆の夫であり、最近は歳のせいか満足な料理を作ることができなくなったため、つい先日閉店したとのことだ。
ところが、見知らぬ貴族がいきなり店にやってきて、強引に料理を作れと迫ったらしい。
おそらく、皇帝ミハサの婚約の儀に出席する予定の貴族が、せっかく帝都まで来たのだから評判の店の料理を楽しもうとわざわざ足を運んだのに、閉店していて激怒した……といったところだろう。
「閉店した理由もご説明したのですが、わかってもらえないようで……」
仕方ないので、知り合いの料理人に助けてもらえないかと使いを出したらしいのだが……突然のことでなかなか難しいようだ。
さっき落胆したような表情を見せたのは、俺がヘルプで来た料理人かと思ったからだろう。
「……ここにいたのか、マーサ。安心しろ、あの困った客には無理やりにでも帰ってもらう」
店の裏口から姿を見せたのは、前掛けが似合いそうな老爺だった。
立派なヒゲは真っ白に染まり年齢を感じさせるが、腕などは毎日鍋を振り続けてきたせいか、なかなかに鍛えられている。
「そんなこと言ったって、ずいぶんと怒ってたみたいだし、何されるかわかったもんじゃないよ」
マーサさんがこれだけ心配するということは、余程横柄な貴族なのだろう。
「あの、なんとか料理を出して帰ってもらうのは無理なんですか?」
「……どなたですかな? まあ、材料のほうは馴染みの店に頼めばすぐに揃います。問題は……わしの腕のほうですな」
老爺が突き出した腕はがっちりとしているが、よく見ればプルプルと小さく震えていた。
「この通り、もう満足に包丁を握ることさえできません。だからこそ閉店したんです」
身体を壊し、引退してしまった元腕利き料理人。
助けがなくて困っている状況。
スキルオーブに空きあり。
……これはもうアレだな。
リムを見やると、彼女も後押しするように頷いてくれていた。
理解者がいてくれるのは、正直すごく嬉しい。テンションが上がる。
厄介そうなことに首を突っ込むなとレイは言いそうだが、試してみるぐらいいいだろう。
成功したとしても、ささっと裏で料理を作るだけだ。
別に俺が料理できるようになりたいとか、そういうのじゃないから。
うん。人助け。これは人助けだから。
俺は老爺の顔をじっと見つめ、意識を集中した。
あれ? ……この人……