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5話【意気揚々】

「――というわけで、俺はティアモの身辺警護の依頼を受けようと思うんだ」

「へぇ、あたしもお手伝いしていい? きっと前よりセイジの助けになれると思うから」


 トン、と胸を叩いたリムが、嬉しくも助力を申し出てくれた。

 もちろん、答えはイエスに決まっている。


 今回の護衛は裏で色々と動き回るタイプのものであるから、俺だけでは手が回らないかもしれない。

 というか、戦闘力が大幅に向上したリムには、武器無しの肉弾戦ではもはや敵わない気さえする。


 ティアモからも、協力者を数人連れていくことは問題ないと言われているのだ。


「ふぅん……っていうか、あんたにそんなチマチマとした仕事なんて出来るの?」


 レンがエリンダルへと旅立ち、拠点に残ることとなったレイは、やや不機嫌そうな声で訊いてくる。

 たしかに、今回は剣を振るってドーンと敵を殲滅すれば解決、という単純なものではない。


 ティアモより一足早くに帝都に入り、ヴァン・ルドワールの動向を探ったり、それ以外にも何かよからぬ事を企てている者がいれば、これを排除する必要があるのだ。


 帝都まで来る際にティアモを護衛するのは正規の兵士の仕事であり、俺が引き受けるのはあくまで裏方の身辺警護ということになる。


「うーん、あんまり得意分野じゃないけどさ。そうだ……レイも一緒に来ないか?」

「はあ? なんで?」

「いや……そういうの慣れてそうかな……って」


 褐色の肌に浮かぶ黒瑪瑙の瞳が、ジッとこちらを見つめてくる。

 俺がいない間にリムとレイの仲が良くなっていたようだが、レイがマリータを誘拐した集団に所属していたことはリムもすでに聞いたらしい。


「そりゃあ、ワタシはそういうのを専門にやってたから、あんたやリムより慣れてるのは間違いないだろうけど、よく考えなよ」

「と、いいますと?」

「バカ。ワタシは部隊の任務に失敗し、敵国で情報を洗いざらい吐いた後に、こうしておめおめと生き延びてるんだよ? 帝都なんかに行けば、部隊内で知り合いだったやつに顔をみられる危険性が高いの」


 ……そうだった。レイとレンは、そういった理由で帝国内では基本的に顔を隠すようにしていたのだ。


「任務に失敗……一体なんでそんなことに……」

「あはは。その口、縫い付けてやろうか? ホント腹立つ。まあ……そういうわけで今回は遠慮させてもらうよ」


 残念だ。レイがいれば心強いと思ったのだが。

 あと助力を願えそうなのは……セシルさんかな。


 もしアルバさんが帝都に行けば、瞳の色といった外見から魔族であることがバレて、すぐさま大混乱に陥るだろう。ドルフォイとテッドは拠点で農業や掃除などの諸々、ミレイさんはリムがいない間に皆の食事を用意すると張り切ってくれている。


「あ、ボクも先約があるから今回はちょっと無理かな」


 な……に?


「ドーレさんの馬車を護衛するって話を受けたからね。しばらくはアーノルドさんやドーレさんと行動を共にすることになるよ」


 お、おう。そういえばそんなことを言っていたな。


「しかし、本当にいいのかい? セシル君は今まで皆と一緒に行動してきたんだろう。無理にこちらに付き合う必要はないんだよ?」

「別に構わないよ。今回は先にドーレさんが誘ってくれたんだから。一度約束したことは守るつもりだよ。ギルドを通さないからこそ、傭兵は信用が第一ってね」

「それは嬉しいね。セシル君は腕に自信があるようだし、道中で遭遇する魔物から良い素材が取れそうだ。今ぐらいから帝国の北方は寒さが増してくるはずだから、毛皮なんかは特に高く売れるんじゃないかな。そうそう、北方にはヒーターウルフっていう狼の魔物がいてね。あいつらの暖かな毛皮が人気なんだ」

「へえ~、色々と知ってるんだね」


 すでに少し酒が入っているせいかもしれないが、そう言って、セシルさんは笑いながらドーレさんの福々しいアゴや腹の肉をたぷたぷして遊んでいる。

 いや、さすがに雇用主に対してフレンドリーすぎやしませんかね? セシルさん。


「ちょっ、なにをするんですか、セシル君」

「あ~いや、ドーレさんって、なんだかボクの父親にちょっと似てるなぁって……」


 セシルさんの母親は腕っ節の強い獅子の獣人であったが、父親は世界各地にある遺跡の研究や、魔物の生態調査、異種族の文化研究などを行う学者肌のヒューマンだったと聞いている。


 セシルさんが親近感を持つのは、ドーレさんの知性的な雰囲気が父親と似通っているからなのか。


 いやいや、全然悔しくなんてありませんけど? ははは。


「……となると、今回の依頼は俺とリムの二人でやることになるのかな」


 ルークが一回り大きくなったおかげで、二人乗りどころか三人ぐらいは乗せて運ぶことができるのだが、一緒にきてくれるのがリムだけならば二人乗りで一向に構わない。

 望むところだ。


「ああ、リムちゃん。もし帝都に行くつもりなら、耳や尻尾は隠しておいたほうがいいよ。いらぬ厄介事に巻き込まれたくはないだろ?」

「え……と、これでどうかな」


 ドーレさんの助言に、リムは髪飾りで留めていた髪を一旦ほどき、器用に耳が隠れるように髪を結わえてみせてくれた。短くセットされたポニーテールも似合っていたが、これもまた良し。


「尻尾はこうやって……えいっ!」


 リムの腰に、尻尾がくるりんと一回転して巻き付いていく。

 すごくどこかで見たような巻き方であるが、あとはパレオのような布を腰に着けておけば尻尾が誰かの目に留まるという心配もなくなるだろう。


「これなら、あたしが獣人だってことすぐにはわからないかな?」

「うん、きっと大丈夫だ。明日には出かけるつもりだから、自分の手荷物はまとめておいてくれ。ルークなら帝都に行くのもそれほど時間はかからないだろうけど、一日分の食料と水は用意しといたほうがいいだろうな」

「そうだね。じゃあそれはあたしが用意しとく」


 予定が決まり、あれやこれやと必要になりそうなものをチェックしていく。

 帝都までの通行証はティアモからもらったし、必要経費も後で払ってくれるらしい。


「……ねえ、わかってるとは思うけど、帝都で貴族相手に喧嘩を売るような真似はしないほうがいいわよ。色々と面倒くさいから」


 そんなレイの忠告に、俺は首を縦に振る。


「ああ、わかってるよ。むやみに争うつもりはない」


 売られた喧嘩をすぐに買うほど単純ではないつもりだ。

 まあ、リムが獣人であることがバレて侮辱されたりなんかしたら、速攻で顔面グーパンチだけどな。


「うわぁ……ここ最近で今の言葉ほど信用できないものってなかったわ」


 なにかを諦めた目つきでこちらを見てくるレイ。


「そんなに心配なら、やっぱ一緒についてくる? ルークで空を飛ぶのって気持ちいいぞ」

「そうだよ、レイがいれば心強いんだけどな」

「だ、だから、さっき言ったように帝都には行かないってば」


 俺とリムの攻勢にわずかに心を動かされそうになった彼女だが、やはりまだ渋っている。


「……って、そういえばあんた、いつも大事そうに腰から下げてるあの剣どうしたの?」


 話を逸らそうとしたのか、俺がいつも病的なまでに愛用している黒剣ノワールが無いことに気づいたようだ。


「ん? レンに一時的に貸した。だってあいつの剣ボロボロだったんだもん」

「はあ? だってアレ、あんたの大事なもんでしょ?」

「まあ、レンの剣が破損したのは俺にも原因があるし」


 はあ~……と、ため息をついたレイは、イスに座ったままがくりと肩を落とし、しばらく顔を両手で覆っていた。


 これからこっちも仕事だというのに、大事な剣を貸したことに呆れているのだろうか?


 それとも――


「……わかった。ワタシも一緒に行く」


「え、本当に? いいの?」


 リムが嬉しそうな声を上げた。本当に、この二人は俺の知らぬ間にずいぶんと仲良くなったもんだな。


「顔を隠しておけば、そうバレることもないだろうからね。帝都には知り合いの情報屋もいるから、有用な情報を教えてもらえるかもしれないし」

「ありがとう。助かるよ、レイ」


 こうして、帝都に向けて出発するメンバーが決定し――……


『ご主人様、わたしも、わたしも連れていってください!』


 ぴょいん、と跳ねた身体がビタァン! と俺の胸に貼りついた。

 六色の煌めきを有するのは、ご存知プリズムスライムのライムである。

 べりべりと剥がすと、丸い身体がぷるるんと掌で踊った。


「よし、一緒にいくか」


 ――こうして、帝都に向けて出発する三人と二匹が決定したのだった。

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