【プロローグ】
読者の皆様、お久しぶりでございます。
長らくお待たせしましたが、6章をゆるりと開始していきます。
どうぞ最後までお付き合いくださいませ。
「関係者……って、ちょ、え?」
俺がシャニアの言葉に戸惑っていると、彼女はこちらの理解を促すように質問してくる。
「前に教えたと思うけど、七つの大罪を冠する極大スキルを所持している者が亡くなった場合はどうなるんだっけ?」
この世界には一般的な剣術、魔法といったスキル以外にも、憤怒、暴食、傲慢、嫉妬、色欲、怠惰、強欲といった七つの大罪を冠する極大スキルが存在する。
宿る人物によって能力は様々な形に変化するため、極大スキルを所持する者は各々が特別な力を使用できるようになるのだ。
俺が所有している《盗賊の神技》は他者からスキルを奪い取るという能力であり、異世界イーリスに転生する際に特別に付与されたものだ。人様のスキルを奪うだなんて、なんとも欲の強い人間が望みそうな能力だが、極大スキルは適性のある者にしか宿らないため、不本意ながら俺にも適性があったということになる。
自分の頭のなかで情報を整理しつつ、シャニアの問いに答える。
「えっと、たしか……所持者が命を落とした場合は、身体から極大スキルが抜け出るんだっけ?」
所持者が死ぬと、極大スキルは次の宿主を探すかのように身体から出てくるらしいのだ。もし近くに適性者がいれば、今度はその人物へと宿ることになる。通常のスキルとは異なり、まるでスキルそのものに意思があるかのように。
「君は戦いの後にすぐ気絶しちゃったから見られなかったと思うけど、あの魔族の男……ディノとかいったっけ? あいつが宿していた《暴食》も外に出てきたのさ」
七つの大罪のうち、《暴食》に該当するであろう極大スキルを所持した魔族。
自分の身体を今まで食べた魔物のものへと変化させたり、体内から合成魔獣を生み出したりと化物じみた相手だったが、なんとか倒すことができた。
そこまで言われて、俺はようやく事態を理解した。
シャニアは《憤怒》の極大スキルを宿しており、俺に色々と教えてくれた張本人だ。傍に控えているベルガはシャニアの護衛であるため、関係者であるといえよう。
この二人を除けば、あと部屋の中にいるのは俺と、俺を看病してくれていた獣人の少女――リムだけなのである。
それを承知で、ここには関係者しかいないとシャニアは言ったのだ。
なら、答えは一つしかないじゃないか。
「まさか《暴食》が……リムに宿った、のか?」
「ん、そゆこと」
よくできましたとばかりに、シャニアは頷いた。
「安心しなよ、まだリムには何も教えてないから。後片付けやら看病やらでバタバタしてて、ゆっくり話をする機会もなかったし、なにより君が説明したほうが色々といいだろうと思ってさ」
たしかに、自分の中に宿ったものが何であるかを知らないと不安になるだろうから、説明してあげるべきだろう。
しかし、そうなると必然的に俺も極大スキルを所持していることを告白しないといけないわけで、いや、もう今の時点で関係者と宣言されてしまっているわけだけども、俺が特別なスキルのおかげで急成長してきたと知られればリムから軽蔑の眼差しを受ける可能性だって否定できないわけで、そういった意味では俺から状況を説明する機会を残してくれたシャニアに感謝すべきなのか――
「詳しい話は後で彼がぜ~んぶ優しく教えてくれるから、もうちょっとだけ先に話させてね」
ごめんね、とリムに向かって手を合わせるシャニア。
あ……これもう逃げられないパターンだ。
「さてさて~……それじゃあ話の続きなんだけど」
俺は気持ちを切り替え、テーブルに置かれた翡翠色の宝玉へと視線を戻した。
綺麗ではあるが、亀裂が走っているために宝飾品としての価値はなさそうだ。
初めて俺をこの遺跡に連れてきたとき、シャニアはあるものを回収していたのだという。
「それが……これ?」
「この遺跡が元々は極大スキルの一つを封印しておくために建造されたものだって話はしたよね。この宝玉はドラゴンオーブといって、これに極大スキルが封じられていたのさ」
割れてしまっているため、すでに中身は空なのだろうが、このオーブに七つの大罪のどれかが封じ込められていたというわけか。それにしても、ドラゴンオーブか……響きがたまらん。
「ん……? でも、壊れたオーブなんかを回収してどうしようっていうんだ?」
こちらの素朴な疑問に、シャニアの傍に控えていたベルガが一歩前に進み出て、何かを袋から取り出した。
ひょいっと投げ渡された物は掌に収まるほどの綺麗な宝玉で、形といい色といいドラゴンオーブにそっくりなのだが、こちらは割れずに球形を保っている。
「それはドラゴンオーブと同じものを、竜人の里に住んでいる職人に作らせたものだ。いわば……試作品だな。もっとも、作った職人の話ではそれに極大スキルを封じておけるほどの力はないそうだが」
なるほど……壊れてしまったドラゴンオーブの代わりとなるものを作ろうとしたわけだ。
となると、目的は極大スキルの再封印ということになるのだろうか。
「あれ……でも、シャニアは再封印するつもりはないって言ってなかった?」
あのとき、遺跡に連れ込んだ俺をその場でサクッとしてからスキルを回収するつもりじゃないかと疑ったのだ。
「うん、言ったよ。”わたし“は適性のある人に宿ったんなら好きにすればいいと思うって。やり過ぎはよくないけどね」
「残念ながら、シャニア様のお考えが里の総意というわけではない。長老議会では七つの大罪のすべてを再封印するべきだという声を上げる者もいる」
「あの意見にはわたしも驚いたよ~。すべて封印するべきというのは、わたしが所持している《憤怒》も含めてのことかって言ったら黙っちゃったけど」
極大スキルを封印するには、所持者からスキルを引き剥がす必要がある。今のところ、その方法は宿している者の命を奪う以外にないはずだ。
「そんなこともあって、封印する手段がないのに議論していてもしょうがないって結論に至ったわけ。方法が確立されていないのに、理想ばかり語っても仕方ないものね」
三日ぶりに回転を始めた俺の頭でも、そこそこ理解が進んできた。
「それで、新たに封印するためのオーブを作ろうとしたのか」
「その通り。でもベルガが言ったように、その宝玉にはドラゴンオーブほどの力は備わっていないんだよ~。だから遺跡に残っているドラゴンオーブを回収してなんとか修復できないかって話になったの。里から出て各地を巡るなんて、聞くだけで面白そうじゃない? 特別に長老議会の許可をもらって里を出たときは興奮して夜も眠れなかったよ」
「なるほど、それで興奮のあまり夜中に一人で宿を出発してしまわれたわけですな」
普段より若干低くなったベルガの声に、シャニアはびくりと肩をすくませた。
お目付け役も兼ねて護衛として追従していたベルガは、行方をくらませたシャニアを捜すためにずいぶんと苦労したはずだ。
微妙な沈黙が広がる中、俺は疑問に感じたことを尋ねてみた。
「でも、なんでこのタイミングで教えてくれたんだ? 遺跡でドラゴンオーブを回収してたのはわかったけど、黙っていたのは理由があったわけだろ」
「ん~、君はあのとき、わたしが危害を加えるつもりなんじゃないかと警戒してたでしょ?」
うん、まあ。封印するためには所持者からスキルを引き剥がす必要があり、その方法が穏やかではないと知れば、警戒するのも仕方ないだろう。
「ドラゴンオーブは極大スキルを封印するためのもので、そんなものをわたしが回収しているのを知ったら、君はどう思う?」
やっぱり再封印する気満々じゃないですか、やだー。
と思って警戒を強めます。
「それに、極大スキルの扱いについては里でも方針が決定したわけじゃないからね。今は封印する方法を模索している段階だし」
正式に決定したわけでもない事柄を伝えても、混乱させるだけと判断したってわけか。
「このまま黙っておく選択もあったんだけど、ぶっちゃけ君とリムに不信感を持たれたくないっていうのが本音かな。魔族が襲撃してきたときも、わたしとベルガは傍観してただけだもんね」
「シャニア様は戦闘に参加する寸前だったように思いますが。この少年の到着がわずかにでも遅れていたら、この一帯は焼け野原になっていたでしょう」
まさにお目付け役といった発言をするベルガに、シャニアはわずかに恨めしそうな顔をしたが、すぐさま気を取り直したようにこちらを見やる。
「わたしもね、本当ならリムの故郷を襲ったやつを粉微塵にしてやりたかったんだよ? でもあいつが《暴食》を所持してたから、それも難しくってさ」
「長老議会から、大罪の業を背負う者とは争うなと言われておりますからな。強大な力を所持した者同士が争えば、良い結果にはなりますまい」
「う~ん、それはご老人たちの建前だと思うけどね。極大スキルを宿す者が命を落とせば、次の宿主を探してどこかにいっちゃうわけでしょ。それなら下手に刺激せず、誰が何を所持しているかを把握するだけに留めておくほうが得策だと考えたんじゃないかな~。今は封印する手段も整っていないことだしさ」
シャニアが首を捻りながら、リムへと視線をやった。
「でも、リムに宿ったのには正直わたしも驚いたよ。あ、もちろんそのことを長老議会に報告するつもりはないから安心してね」
「シャニア様、しかしそれは……」
「いいから、ベルガも黙っておくこと。わかった? じゃないとまた逃亡しちゃうよ」
「……わかりました」
にかりと笑うシャニアに、項垂れるベルガ。
いやはや、本当にお疲れ様です。
でも……その黙っておいてくれる範囲に俺のことも含まれてるんだよね? リムだけじゃないよね?
「さて、と。それじゃあ、わたしとベルガはもうちょっとしたら一度里に戻るつもりだから。君はリムに色々と教えてあげなよ~。二人のほうが話しやすいこともあるだろうしさ」
にんまりとした笑顔を浮かべながら、割れたドラゴンオーブを丁寧にしまうと、シャニアはベルガを連れて部屋を出ていった。
部屋に残された俺とリムは、微妙な沈黙とともに視線を合わせる。
「あー……その、さっきの話、わかった?」
そんな言葉にリムは首を傾げながら、座っているイスの隙間から尻尾をへにょんと垂らした。
ですよね~。
「その、身体のほうは大丈夫か?」
《暴食》が宿ったことによって、何か体調に変化がないかを確認する。
リムは琥珀色の瞳をきょろきょろさせながら自分の身体を見回し、
「うん、平気だよ」
と微笑みながら頷いた。
「あのさ……今からちょっとだけ真面目な話をしたいんだけど、聞いてくれる?」
「……うん」
目の前の彼女にも俺の緊張が伝わったのか、少しばかり真剣な面持ちとなる。
やばいな……なんかすごく緊張する。
別に愛の告白をするわけでもないってのに、手に汗をかいてきたぞ。
……って、あれ? なんだか掌の中に硬くて丸い感触が。これ……さっきベルガに見せてもらったドラゴンオーブの試作品じゃないか。
しまったな、返すのを忘れてた。
待てよ……このオーブ、極大スキルを封じておけるほどの力はなくても、普通のスキルならどうなんだろう?
もしかすると――