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22話【狂気の顎と狂戦士】

 心のうちにあるのは、明確な殺意だ。


 さっきまで頭の中が融解するんじゃないかと心配になるほどグチャグチャになっていたが、今では驚くほどに澄んでいる。相手を殺すという一つの感情だけが、心を支配している。


「が、ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 叫びながら、殺すべき対象に向かって駆けた。

 

 自分の身体が壊れてしまわないように制御されていたリミッターの鍵が、全てへし折れてしまったようだ。


 地面を踏みしめるたびに加速していく。ブチブチッと脚から変な感触が伝わってきたが、不思議と痛みはない。


「……同調したか」


 感情のこもっていないような無機質な瞳が、こちらを捉えて何かをつぶやいた気がした。


 近寄らせまいと何本もの硬質な触手が降り注ぐが、こちらの動作のほうが一歩速い。後方に流れていく景色から地面に何かが突き刺さる音が聞こえたが、無視して走り抜けた。


 相手の首元めがけて、剣を振り下ろす。瞬時にディノの肩から翼のようなものが飛び出し、防御するように首元を覆った。羽根の一枚一枚が金属で構成されているかのようで、金属柱に刃を当てたような感触が掌に伝わる。


 だが、二本の双剣はナマクラじゃない。


 一撃、二撃――と加わった連続の衝撃は、確実に相手の防御を打ち崩している。


「邪魔、だぁぁぁぁぁ!」


 次で首を落とす――双剣による追撃を振りかざしたところで、腕に重たい衝撃が走った。

 見れば、ディノの腕の先が獰猛な獣の頭に変形して喰らいついている。


「別に噛み殺すだけなら、問題はないんだよ」


 大罪スキルではなく、物理的に噛み砕く? 俺の腕を?


「――だから、どうした?」


 肉が裂ける感触を無視して、そのまま強引に剣を打ち下ろした。


 骨が軋み、腕があらぬ方向に捻じ曲がりながらも、相手の首を切断するべく、振りきる。


「ああああああああぁぁぁぁぁ!!」


 皮一枚といわず、皮膚の下にある肉を蹂躙し、太い血管を躊躇うことなく切断し、首を半ばまで断ち切ってやった。


「そこで……踏み込むんだ」


 切断した部位から大量の血を撒き散らしながら、ディノは一歩、二歩と後退する。

 普通なら自分の腕をかばい、喰らいついた獣のほうを叩き斬っていただろう。


 こちらの腕も酷い状態になっており、関節を構成する骨が砕け、付着する筋肉の一部は捻れ切れてしまっている。まるで限界まで伸ばされたゴムのようだ。


「……まずいな」


 脅威の再生速度を誇るディノも、さすがに千切れかけた首が一瞬でつながることはなく、わずかな硬直が生まれた。


 こちらも腕を回復――否。殺す殺す殺す殺す殺す。


「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」


 後退したディノへと飛びかかり、完全に首を分断するべく残った左腕で黒剣ノワールを振るう。


「……いい感じに狂ってるね、君」


 防御するように突き出した腕をノワールで斬り払い、ブチブチッと皮膚と肉を縦に裂いていく。途中で勢いが殺され、二つに裂いた腕が元通りにくっつくことで剣を挟み込まれてしまった。


 すぐさま剣を手放し、ディノの首を両腕で掴みとる。右腕の自由はあまり利かないが、押さえつけるぐらいはできる。


 千切れかけた首をもぎ取るように、左腕に力を込めた。


 かろうじて首をつなげている筋肉、神経、血管、皮膚、そのすべてを力づくで引き千切っていく。


「はな、せ」


 ディノは俺ごと、倒れるようにして頭から地面へと突っ込んだ。力尽きたわけではなく、勢いそのままに地面に沈むようにして潜っていく。引きずり込まれそうになり、即座に手を放した。


 地面に落ちているノワールを拾い上げ、構える。


 右腕が使い物にならないため、捻じれたままの方向だけ乱雑に整復した。パキパキと内部から破裂するような音が聞こえたが、指だけは動くようになり、足元に転がっていた白銀剣ブランシュを蹴り上げて握りしめる。


「……出てこい」


 双剣を地面に突き刺し、土魔法を発動させる。


 大量の土が盛り上がり、そして――めくれ返った。

 飛び出してきたのは腕を土竜のように大きな爪に変化させているディノだったが、今度は背中から翼を生やし、上空へと高く高く昇っていく。


「逃がす……か!!」


 めくれ返った地面に含まれていた岩が飛散するなか、それを足場にして空中へと駆ける。


 飛べもしない生身の身体で無茶なことをするものだと自分でも思うが、今はただ敵に向かって距離を詰めることのほうが楽しい。脳内が興奮物質で埋め尽くされていくようだ。


 接近するこちらに気づいたディノは、またもや翼から羽根の弾丸を飛ばしてきた。


「落ちろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 敵と自分を結ぶ直線上を通過する弾丸だけを斬り払い、かろうじて動く右腕で白銀剣ブランシュを相手の身体に深々と突き刺す。

 肉を抉り、剣を半回転させることで内部にある臓器を蹂躙していく。


「く……ぅ」


 そのままディノ身体に取りつき、片方の翼を斬り落とした。突き刺したままの剣から手を離し、残った片方の翼も湧き上がる暴力衝動にしたがって引き千切る。


「そんなことをすれば、君まで……」

「知ったことかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 完全には再生していないディノの首を引っ掴み、急速に落下する浮遊感にさらに気分が高揚していく。


 削れろ、壊れろ、消え失せろ。肉片を地面に擦りつけろ――!!

 ガガガガガガガガガガガガガガッ!!


 削岩機で岩を打ち鳴らすかのような音と衝撃が、馬乗りになって地面へと押しつけている相手から伝わってくる。二人分の落下エネルギーが、容赦なく肉を削りとっているようだ。


「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」


 途中、さすがにこちらへも落下の衝撃が加わり、地面へと放り出されてしまう。


 木々のなかに突っ込んだ俺は、すぐさまノワールを握りながらディノへと詰め寄った。白銀剣ブランシュはまだ突き刺さったままであり、頭は半分ほど削れて無くなっている。

 これでもまだ息があることに驚きだが、身体が動く様子はない。


「……負けたよ。これでも諦めはいいほうなんだ」

「はあ……ハア……ずいぶん、あっさりだな」


 相手に感情の起伏がないせいか、淡々と述べる言葉に嘘はないように思えた。


「あいつがもっと協力的だったなら、色々とやりようもあるんだけど。君は……いい感じに同調してるみたいだね」

「同調? なんの……ことだ」


 突き刺さったままのブランシュを、足で押し込んで肉を抉るように動かす。


「ひどいな……これでも痛みは感じてるんだよ。まあ、そのうち……わかるさ」

「質問に答えろ。お前はさっきまでのディノとは別人なのか? リムの村を襲ったのは、お前か?」

「前者の答えはYes。後者はNo。ずいぶん前に閉じ込められたからね。まあ、多少性格が捻じ曲がったのはこっちにも原因はあるだろうけど。なんで?」

「……あいつを、出せ」

「ふぅん、いまさらどうするつもり?」

「いいから、出せ」


 能面のように動かぬ表情のまま、わずかに逡巡していた相手はこくりと頷く。


「いいよ。負けちゃったからね。それに……面白そうな候補もみつけたことだし」


 拍子抜けするほどあっさりと承諾した相手は、糸が切れた人形のように身体がガクンと落ちる。


 次の瞬間には、抑揚のある呻き声が眼前の男から漏れた。


「くっぁ! どうなってる……痛ぇ……なんでこんなことになってやがんだ」


 言葉遣いが元に戻ったディノは、さっきまでの記憶がないようだ。


 躊躇うことなくノワールを肩口に突き刺し、双剣を乱雑に動かす。


「が、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! な、なにしやがる!?」

「さんざん……好き勝手やってきたんだ。殺される理由なんて、いくらでも思いつくだろ?」 


「は、ははは、あの村を滅ぼしたのがそんなに気に入らないってか。甘ったるいこと言ってんじゃねえ! 魔族だって人間どもにこんな大陸の隅っこに追いやられてんだよ。領土に侵入してくる人間は殺さねえとこっちが殺される。領土を広げるために邪魔な村を一つ二つ滅ぼしたからって、なにが悪い! やり方が残酷だってか? そんなもん、人間同士のほうがよっぽど――ぐ、ぁあああ!!」


「黙れよ」


 ザクザクザクザクザク、剣で突き刺す部位を肩、胸、腹、腕、足と入れ替えていく。


「そんな善悪論に興味ない。お前は俺が大切だと想うものを奪おうとした。だから潰す。だから殺す。それだけだ。全部俺のものだ。誰にも渡さない。大切なものを奪おうとするやつは、誰だろうと許さない。もし奪おうとするなら、その相手が大切なものだろうと殺してやる。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……っっっっ!! ……ハア……はあ」


 気づけば、自分の頬を殴っていた。


 待て……何を言ってんだ、俺は。支離滅裂にも程がある。


 これも《狂戦士化(ベルセルク)》とかいうスキルの影響か?


「ぐ、ぁ……はは、なんとなく、わかったぜ。お前が人間離れしている理由ってやつがな。せいぜい……喰われちまわねえように気をつけな」


 血反吐を撒き散らしながら、ディノは嗤いだした。


「だが……俺だってこのまま終わるつもりはねえんだよ。お前ら全員……ここで死んじまいなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 突如、ディノの身体が爆発した。炎を纏うような爆発ではなく、風船のなかに限界まで物を詰め込んだせいで外側が裂けたかのように、中身が溢れ出てくる。


 どろりとした肉の塊が脈打ち、無数に伸びる触手が周囲にある木々を腐食させながら蠢き、肉の隙間から不気味な眼球がいくつも覗いていた。


 最初にディノが吐き出した魔物まで吸収され、その体積はどんどん膨らんでいく。


「くって……ヤル、ぜんいん……おまえ、ラ……」

「生かすも殺すも……強者の特権、か」


 地面に転がる黒剣ノワールを拾い上げ、六属性の魔法を合成し、剣に纏わせる。さらにそこからチャージスキルによって威力を限界まで高めていく。チャージするごとに身体へ疲労が溜まっていくが、まだここで止めるわけにはいかない。


 地面に突き立てた白銀剣ブランシュへも、同じく魔法を纏わせ、チャージによって威力を増幅させた。


 ……なら、お前はここで死ぬべきだ。


 右腕はちょっと動かしにくいが、一発ぐらいなら保つだろう。

 双剣を構えて、ディノへと向き合う。


「教えといてやる。巨大化したボスってのはな……たいてい弱くなるもんなんだよ」


 ……さよならだ。



 ――――《多重属性極剣波(シンフォニックレイヴ)――二刃(クロス)!!》


お読みいただきありがとうございます。

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