1話【異世界イーリス】
書いてしまった……
読んでいただければ嬉しいです。
唐突だが、俺は死んだ。
理由? 言わせんな恥ずかしい。
家族を守るために犠牲になった――とか格好良いこと言えればいいんだけどね。
事故死だよ、事故死。
面白くもなんともない?
一番面白くないのは俺ですが、何か?
生意気な言い方で悪かった。反省してます。
だけどさ、こっちだって大学受験をやっとの末に乗り越えたばかりだったんだ。
ほんのチョッピリ浮かれてもしょうがない。
そこを轢かれたわけですよ……トラックに。
『綺麗な顔してるだろ、死んでるんだぜ、それ』
なんて展開ならまだいい。いや、良くはない。
まあ、トラックに轢かれて綺麗な状態でいられる幸運は俺にはなかったわけだ。
ふ~ん、トラックのバンパーって……フードプロセッサーの代わりになるんだね、ってそんな感じ。
ご飯中の人はごめんなさい。
そんな悲惨な自分の状態をしばらく空中から眺めた後、どうやら俺は死後の世界とやらに移動させられたらしい。
真っ白な空間に包まれて奇妙な浮遊感を味わったかと思えば、なんか市役所みたいなとこに居た。
なんでここが死後の世界かって?
いや、だって書いてあるんですもん。
『転生手続きはこちら↓』ってさ。
これってアレでしょ? お決まりの転生ってやつですか? 分かります。
今は『地球』って書かれた受付を見ながらソファに座ってボンヤリしているところってわけだ。
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(俺、本当に死んだのか……、これからだったのにな)
そんなことを考えながら俯いていると、いきなり声を掛けられた。
こっちの気分は暗いのに、相手側の甲高い声は少し耳触りでもある。
「いや~、君死んじゃったのかい? 大変だねぇ」
「えーと、すいません、どちら様で?」
「おっと、オレっちはこの転生管理所の職員さ。もう転生先の世界って決めちゃったかい?」
「や、その辺についてまだ何も理解してませんが」
「そうかい。どこの世界で暮らしてたんだい?」
「地球の日本ですが……」
俺の言葉に、職員の男は「なるほどね~」なんて頷きながら首を縦に振っている。なんというか掴みどころのない男性だ。歳は二十歳ぐらいか……?
「地球はなかなか人気高いよね。しかも日本はこれまた裕福だから倍率がな~。ところでさ、地球以外の世界に興味はないかい?」
「え? そんなのあるんすか?」
「あるよ~、もちろんあるよ~、興味ある?」
興味はある、が……なんというか軽いなこの人。大丈夫かこれ?
「いえ、でも転生するならやっぱり慣れた地球の方がいいかな、と」
「何言ってんの!? 異世界だよっ!? 剣と魔法だよっ!? ファンタジーだよ!?」
「そ、そうすか。でもほら、剣と魔法とか危険もあるでしょう? 日本での子供がなりたい職業ランキング一位は今や《公務員》の時代っすから、安定志向なんですよね」
「ちょっ! そんなこと言わずに話だけでもさ~、ノルマがキツいのよ、ノルマが」
何、ノルマって。そんなのあんの?
「色んな世界が存在してるけど、人数に偏りがないよう一定数は確保しなけりゃならんのよ。もうすぐ交代の時間なんだけど、それまでに後一人こなさんと減棒よ? 横暴だよなぁ~」
嘆き悲しむ素振りではあるが、指の隙間からこちらをチラリと窺っている。
う~ん、詐欺臭い。
まさに触らぬ神に何とやら、だ。
「いや……やっ「今なら特別サービスしちゃうよ? お好みのスキルをなんでも一つプレゼントッ!」ぱり……ぇ?」
俺の中で、食指がガタッと動いてしまったのが分かる。
そりゃさ、俺だって興味はあるよ異世界。
面白そうではあるもん。
「話……ぐらいなら」
「はい、ありがとうございま~す。お一人様ごあんな~い」
途端、男は俺の腕を掴むと、グイグイと強引に引っ張っていく。
『イーリス』と書かれた受付まで来たかと思うと、男はいつの間にか受付の向こう側に立っていた。さっき『地球』って受付があったから、これが世界の名前なんだろうか?
「どうぞ座って座って。早速だけど、まずは特別サービスのプレゼントから始めよっか」
「は、はあ」
「そこのキーボードに興味のある文言を打ち込んでごらんよ。検索結果に出たスキルの説明をしてあげるから、好きなのをどうぞ」
って、なんでキーボード!? なんで液晶ディスプレイ!?
「あ~、それは君が認識しやすいものとして具現化してるだけなので、気にしないようにね」
あれか? 地球以外の人間だと水晶玉に文字が浮かぶとかするんだろうか?
っと、今はそれより何か検索してみっか。使いやすいのなら有難い。
もし問題があるようならキャンセルして『地球』受付に行こう。
さってさて、異世界ファンタジーとくればお決まりでしょうよ。
『魔法』
だよね。
軽快なタッチで文字を打ち込み、検索ボタンをクリック。
――おぉっ、なんかいっぱい出た。
・火魔法Lv1
・水魔法Lv1
・風魔法Lv1
・土魔法Lv1
・闇魔法Lv1
・光魔法Lv1
・元魔法Lv1
・精霊魔法Lv1
――以下もちょこちょこ。
だけどまあ、どっかで見たことあるのばっかだな。
「すいません、このLvっていうのはいわゆる熟練度的なものですか?」
「そうそう、初めは全部のスキルがLv1なんだよね。それを異世界での人生の中で磨いていくっていうのかな。才能みたいなものだから、これがないとどれだけ鍛錬しても一流までは届かないよ。目安としてはLv1なら初級、Lv2で中級、Lv3で上級、Lv4は達人クラスかな。Lv5は人外」
人外ってなんだよっ!
にしても……
「あの、サービスってスキル一つですか?」
「そうだね~それでも特別だよ? 君だけなのよ、こんなサービスを受けれるのって」
出ました、詐欺の常套句。
ダメ、ぜったい。
「サービスは一つだけど、その人の生まれ持つスキルってのは種族補正や色々な理由で決まるから……必ずしも選んだ一つだけが手持ちスキルってわけじゃないよ?」
ふーむ、これがあれば世界を掌握できるってなスキルはないのか?
――などと厨二的な思考をしてしまう自分が悲しい。
だって、男なら純粋にそういうの憧れるよね。
よし、次は
『武芸』
と打ち込む。
・剣術Lv1
・槍術Lv1
・斧術Lv1
・弓術Lv1
・体術Lv1
・棒術Lv1
――――――……
などなど、こちらもどれか一つ選べって言われても困る代物ばかりだ。
あんまり魅力ないな。
『耐性』
・状態異常耐性Lv1
・精神異常耐性Lv1
・火属性耐性Lv1
――――……
…………うーん。悩むわ。選べない。
それからしばらくの間、適当なキーワードを打ち込むも、コレだってものは見当たらなかった。
やっぱ異世界やめるか。
なんてことを考えながら、何の気なしに
『 』
空白を入力して検索してみた。
・盗賊の神技Lv1
なんか出た。
「すいません、これってどんなスキルですか?」
「――誰からの情報でこれを……?」
「や、そんなフリいいので、説明をしてください」
「なんだいノリ悪いな~、オレっち拗ねるよ? それは……隠しスキルだね。見つけられちゃったか~。えーと、これを口で説明すると長くなるから、ちょいと待って……ほいっ」
俺の頭の中に、何かの情報が浮かんできた。
便利だな、おい。
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盗賊の神技
スキル所持者から任意のスキルを奪い取る。
スキルは奪った時点のLvで自らが所有。鍛えることも可能。
以下発動条件
①対象の所持スキルを把握し、視認する。
②対象の身体に触れている状態で発動。
※成功確率:10%×スキルLv数。
※自己保有スキルの総Lv数から強奪対象スキルのLv数を差し引いた値×1%が成功率に加算される。(値が負になる場合は変化なし)
※失敗時、同対象の同スキルには永続的に発動不能。
※一日の使用回数:スキルLv数に依存。
※元所持者へのスキル返還は任意。
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っべぇな。やっべえよっ!
隠しスキルきたこれっ。
臭う、臭うぜぇ! 厨二病の臭いがプンプンするぜぇぇぇぇっ!
これしかないっ!
「こ、このライオ……盗賊の神技って、奪った相手が死亡してもスキル無くなったりしないんですよね?」
「そだね~、所有者が変わるからね」
「算式にあるスキルLv数ってのは盗賊の神技のLvですよね? この自己保有の総Lv数ってのは……?」
「うーん、例えば君が盗賊の神技Lv1と剣術Lv1のスキルを保有しているとするよね。この場合はスキルの総Lv数は2だ。強奪したいとする火魔法スキルがLv1の場合――基本的な成功率10%に、差分×1%が加算されて、11%ってなる感じ?」
疑問形はやめろ。
「ちなみにスキル保有数は10が限界だよ。どんな種族でもね。それにする?」
「そう……いや、ちょっと待ってください」
よくよく考えたら、発動条件①『対象の所持スキルを把握し』って難しくね? 誰がどんなスキル持ってるか分からんし、無差別に盗むってのも大変なんじゃ……?
「どしたの~? というか、そろそろ時間がバヤイね。Youそれに決めちゃいなよ☆ そんでもって異世界へGO!」
「や、まだ異世界に行くと決定してないですけど」
「そんな奥手の君にはこれもプレゼントっ! そして異世界へ飛び立つんだぜっ」
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特殊:識者の心得(ステータス、アイテムの鑑定ができる)
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おわっ! 無理やりなんか渡された。
ってこれ、スゲェ便利じゃねえか。
これ最強の組み合わせなんじゃね。
「――イーリスに、転生します」
こうして、俺は地球という楔から解き放たれ、なんとも心躍るままに異世界への転生を決めてしまったのだった。
「毎度あり~っ! さて、じゃあぱぱっと手続き済まそうね」
俺、騙されてないよね? 大丈夫だよね?
「なりたい種族と性別を教えてもらえるかな~」
「種族って、何があるんですか?」
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・ヒューマン:イーリスにおいて人口が最も多い。バランス派。個体差はかなりある。
・ドワーフ:手先が器用で職人向き。力は強い。
・獣人:猫、犬、狼、獅子などの多彩なタイプあり。総じて身体能力は高め。
・エルフ:ご存じ森の民。魔法の素養を持つ者が多く、後衛向き。
・ドラゴニュート:竜とは異なる進化体系を辿った種族。強靭だが、人口は最も少ない。
・魔族:ほぼ全ての種族と敵対関係にある。能力は優れているが、素人にはお勧めできない。
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「基本的にはこんなもんかな~」
あ、この人もう口で教えるの面倒臭くなってるね。確実に。
っていうか、おい魔族っ!
お勧めできないなら出すなっ!
「あの、魔族って……」
「――そこ、いっちゃう?」
「や……ドラゴニュートにします」
危険な匂いは回避することにした。なんでドラゴかって?
言わせんな、恥ずかしい。
竜と名のつくものには……分かるだろ?
「性別はどうする~?」
「えーと……男性で」
やっぱね、男性だよな。
俺が女になって男性を好きになるとか、想像できないもの。
「よ~っし! これで全部終わりっと。それじゃ……「待ったっぁぁぁ」
「え、なに?」
「もっとこう、異世界の説明とかって……ないんですか?」
「だって、君……今から赤ん坊に転生するんだよ? まっさらな状態になるんだから、しても意味ないし。ここでそこまでの業務は請け負ってないからね~」
「転生って――赤ん坊からっすか?」
「でしょ?」
勘違い、してました。
「やっぱり俺――安全な世界で転生することにしますわ。俺が俺で無いなら楽しめないし。あれだけワクワクしたのが馬鹿らしい」
「ちょっ!? うぇぇっ! 今さら? もう交代の時間が……君でノルマ達成なのに」
「すんまっせん」
「――いいよっ! ……もうそのまま転生させるからYOU逝っちゃいなよっ☆」
いいんだっ!?
「ただ、その場合、種族だけはヒューマンになるけど……いいよね?」
「え~……」
「これについては赤ん坊からやり直すしか手はないね~」
「じゃあ……ヒューマンでいいです……」
残念極まるが、しゃあないか。
「ふぅ……それじゃあ、本当にこれで決定だね。それじゃあ――行ってらっしゃい」
なんとも呆気ないのだが、男が手をかざすと同時に俺の意識は消失し、視界が暗転したのだった。
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「ぅ……ん」
「おいっ!」
「ぇ……?」
「おいおい大丈夫かよ!?」
どこか頭がボーっとする。
変な夢だった。
――と思っていた時期が俺にもありました。
「やっと目を覚ましやがったか。お前、いつからこんなとこに転がってたんだ?」
異世界で初めて見たのは、髭を生やした厳めしいオッサンの姿でした。
ええ、忘れられそうにない経験です。
なんでここが異世界って分かるのか?
そりゃあ、色々と見えてますからね。
自分のとか、相手のとか。
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名前:セイジ・アガツマ
種族:ヒューマン
年齢:18
職業:なし
特殊:識者の心得
スキル
・盗賊の神技Lv1(0/10)
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名前:ニコラス・ホフマン
種族:ヒューマン
年齢:35
職業:衛兵
スキル
・剣術Lv2(24/50)
・体術Lv1(6/10)
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さて、と。
――異世界ライフ、満喫してやんよっ!
でも、俺のスキルが一つしかないって結構ショックなんだけどっ!
とりあえず、このオッサンが職業『盗賊』とかじゃなくて良かったとは思う。
ありがとうございました。