すーぱぁお母さんとピクニック(8)
(18)
ついさっきまで落ち葉で埋まっていた広場の中央は、半径5メーターくらいが、まるで掃き清められたように黒々と地面を覗かせていた。先ほどまでの戦いで、落ち葉がきれいに吹き飛ばされてしまったのである。まるで、この最終ラウンドに向けてリングを整えるが如く。
父さんとサーボ=スレイブ『大五郎』は、そこに5〜6メーターほどの距離をおいて、対峙していた。
片や特注BBH十数人を相手に、苦もなく蹴散らしてしまう超人。
他方は、お母さんに強化され、常識を超えた能力を得たに違いないサーボ=スレイブ──いや、いまやマスター=パイロット・システムとサーボ=スレイブ・マシンの主従は逆転していた。もはやマシンですら無いのかも知れないな。
オイルパイプは生物の血管のように脈打ち、全身を被う装甲は筋肉の盛り上がりを見せていた。これから繰り広げられる戦闘は、到底、普通の人間には感知することは出来ないだろう。今までの戦いですら、何が起こっているんだかよく分からなかったんだから。
「うふふ、楽しみだわぁ。あ〜んな何が何だかよく判らない化け物に、あたしの愛しい旦那様は、一体どうやって戦うんでしょう。わくわくするわよねぇ」
あ、あのねぇ……。そんな目に遭わせてんのは、あなたでしょうがぁ。お母さんの身勝手は、今に始まったものじゃないけど、相変わらず着いて行けん。……って、お母さんいつの間にこっちに来たの! しかも、ポップコーン片手に完全に高見の見物体制じゃないか。 (もちろん、ポップコーンが父さんのお手製であることは、言うまでもない)
「ん? 食べる」
「い、いや、そうじゃなくてねぇ……」
まるでロードショーでも観るようなお母さんの様子に、僕は開いた口が塞がらなかった。
「しかし、まぁ、デザイン的に、もう少し何とかならんかったんかのう。これじゃあ、悪のヤラレメカではないかい」
「なによぉ、モンクあんの」
「い、いやぁ、なかなかいい塩加減ぢゃ、ングング」
あれ? 御手洗のお爺ちゃんまで、こちら側に来ている。
「じっ、じじい、貴様いつの間にっ! しかも、人ン家のモンを勝手に喰ってんじゃねぇっ」
輝兄ちゃんも、ようやく気が付いたみたいだ。
「まぁまぁ、葵君。そうカッカせんと」
「なぁにが、「カッカせんと」だ。一体全体、誰の所為でこんな事になったと思ってるんだ」
「だ、誰の所為って……。わしの所為なのか? そんな事は無いだろう」
そうだよね。こりゃ、御手洗のお爺ちゃんの所為って言うよりは……。
「……あ、っと」
「そうれ見ろ。相変わらず、詰めの甘い奴ぢゃ」
「おまえなんかに、言われとうないわいっ! それより、何だよ、そのPCDは。音声入力はどうしたんだよ。運動コンピュータがパイロットの固有パラメータを読み取るんじゃなかったのか?」
「別にいいじゃん。ISS (Industrial Servo=Slave)のは、記憶容量が少ないし。実際、手で打ち込んだ方が、よっぽど早いからのう」
「は、早いって。……それじゃぁ俺が、……俺があんな恥ずかしい思いをしてやってたのは、一体何だったんだ!」
「ん〜、何だったかなぁ。そんな昔の事は、とっくに忘れてしまったよ。葵君、そんな細かいことを考えてると、ハゲルぞぉ」
「……ヴ、……よっ、余計なお世話だっ」
「おっ、図星か。もしかして、禿る家系か? うんうん、可哀想にのう」
「…………っ、もう、ぜぇ〜ったいに、許さん!」
輝兄ちゃんと御手洗のお爺ちゃんの口論は終わりそうに無かった。そんなところに、呻くような声が割り込んできた。
「……す、少し、静かにして貰えんか……。そろそろ、……きついのが、来そう……じゃ」
お祖父ちゃんのこの言葉に、僕等はハッとして父さんの方を見やった。
相変わらずの自然体だが、今度は右手をポケットから出して両手を脇にたらしている。心なしか、父さんの周囲を巡る空気の色が、変わっているように見える。
「へぇ、さすがに『セーブモード』のままじゃ無理って事ね。でも、その子は強いよぉ。『ノーマルモード』で勝てるのかなぁ」
「お、お母さん。一体どっちの味方なんだよぉ」
「クスクス、別にぃ。面白けりゃ、それでいいじゃない」
そう言って、お母さんは得体の知れない微笑みを浮かべた。
何を考えてんだか、何も考えてないんだかは、いつもの事なんだけれど、僕にはそれ以上反論する気力も体力もなかった。それに、時間も……。
「うぉ。……く、……来るぞ!」
お祖父ちゃんの苦しげな呻きの直後、ドンという感覚と共に広場の中央が球状に膨らむような錯覚を覚えた。いや、実際、何か見えないものがそこで急激に膨張をしようとして、それを妨げる何かとせめぎあいを続けている。
「よ、……予想以上じゃ」
「ふうぅぅむ。……こりゃ、破壊知性体レベルでD級、……いや、Cの下くらいはいってるのう」
御手洗のお爺ちゃんの言葉に、輝兄ちゃんは驚いていた。
「ええっ! ……そ、そんな。機械化中隊一個分の戦闘破壊力ですよ。空自のジ・エイダー (The A-der;ASS Type-Airo)でも、せいぜいD−3級だと言われているのに」
「ン? ああ、同じASS (Armed Servo=Slave)でも、あれは空自で使うように、基本設計が早期警戒に特化しとるからな。……じゃが、バトリング仕様のザ・ビィダー (The B-der)をフルチューニングしても、ぎりぎりD−1。C級までいくかどうか……。米軍の次期制式サーボ=スレイブ『ゴリラ』でも、似たようなものだろうな。まぁ、特戦隊の『カイザー』シリーズなら何とかなるだろうが……。もっとも、こんなところに『別雷神』を打ち込まれては、たまったモンじゃないがのう」
「あの強襲弾道移送コンテナをですか? 着弾のショックだけで、あたり一面が吹き飛びますよぉ」
「それも面白そうねぇ。『建雷神』は今オホーツクあたりだっけ? あれに、『ライオカイザー』が置きっぱなしだったでしょう」
「ゲゲッ、ま、まさか……。確かに、長距離弾道射出母艦『建雷神』の有効射程内じゃが……」
御手洗のお爺ちゃんは、顔色を蒼くしながら呻くように言葉を絞り出していた。
「うふっ。『あれ』ってぇ、造ってから、まだ起動テストもしてないでしょう。せぇーっかく、あたしが清さんのために精魂込めて設計図を引いてぇ、完成した後もこっそりチューニングしといたのよぉ。軌道上の米機動艦隊だって、十分もあれば3つくらいまとめて消滅させられるのよぉ。『建雷神』のコントロールは、もう取ってあるから、後は座標を固定して『別雷神』を打ち出すだけっと……」
「う、うわぁ! お、おおお、お願いですから、そそそ、それだけは勘弁して下さい」
「そそそ、そうじゃ。そ、そんなの、は、反則じゃ。いくら相手がピストルで向かってくるからって、宇宙戦艦で迎え討つようなもんじゃぞ」
輝兄ちゃんとお爺ちゃんは、二人してお母さんを止めようと必死になっていた。
「そう? 一度は動いてるところを見たかったんだけどなぁ」
「お、お母さん! 今はそんな時じゃないよ」
「え? ……ん〜、そうかもね」
「そ、そうじゃ、その通りじゃよ。『別雷神』が弾道軌道を飛んでくるあいだに、勝負はついちまっとるぞ」
「うん、まぁ、そういうことよね。じゃあ、改めて勝負再開ということで」
「え?」
僕は、お母さんの言葉の意味が、最初は全然分からなかった。
僕らが、御手洗のお爺ちゃん達との話に気を取られていたあいだ、一体何が起こっていたのか。
──何も起こっていなかった
それどころか、KN興産側の連中も含めて、目の前の全てが、その時間と空間が凍りついたように静止していたのだ。
「お、お母さん。これって……」
「ん? あんただって、トイレに行きたい時には、ビデオは一時停止にするでしょう」
「い、いや、そういう問題では……」
こ、こんなとんでもない事が起こっていても、お母さんにはビデオドラマ程度にしか感じられないのかしらん……。ってゆーか、そんな事が普通できるモンなのか?
「ん〜、ちょっと巻き戻した方がいいのかな」
お母さんは少し目を細めると、凍りついたような父さん達の方を見やった。
静かに佇んでいるお母さんの周りを、風が静かにすり抜けていく。その一部が微かに色を帯びたように見えるのは錯覚だろうか?
そうやって一旦お母さんにまとわりついた風は、そのまま飛んで行くと、父さん達のいる空間を撫でるように通りすぎて行った。そして、何か妙な違和感とともに、再びドンという感覚が僕らを包みこんだ。
(19)
「うぉ。……く、……来るぞ!」
お祖父ちゃんの苦しげな呻きの直後、僕はドンという感覚と共に広場の中央が球状に膨らむような錯覚に捕われた。膨張しようとする見えない球体と、それを抑えこもうとしている、これも不可視の何かとが、そこでせめぎあいを続けている。
「よ、……予想以上じゃ」
「ふうぅぅむ。……こりゃ、破壊知性体レベルでD級、……いや、Cの下くらいはいってるのう」
「ええっ、C級破壊知性体と言えば……って、じじい、これじゃさっきと同じじゃないか」
「いや、すまんすまん。つい、つられてしまって……」
ア、アホは、ほっといとかないと。
で、肝心の父さんは、変貌してしまった『大五郎』から吹きつける凶暴な殺気の中に凛として佇んでいた。
その寸秒の後、突然、何ごとも無かったかのように殺気が消滅した。父さんの目許に涼しげな笑みが浮かんでいる。
心なしか『大五郎』が後退ったように見えたが、次の瞬間、何の予備動作も見せずに、その金属の巨体が跳躍した。直前まで立っていた地面から、大量の土塊が何故かゆっくりと後方に消し飛ぶ様が見え始めた時には、本体は既に3m先の空間に浮かんでいた。それから徐々に──本当に徐々に地面が陥没していく様が見てとれた。
「な、何かこれって……。スロー再生?」
「ね、見やすいっしょ」
さも事もなげにお母さんは答えてるけど、これってトンでもない現象だよね。
「ま、音の方はまともに聞こえないんだけどさ。音速って、光よりべらぼうに遅いから、同時変調って面倒臭いんだもん。ごめんしてね」
「は、はぁ……」
輝兄ちゃんも、さすがに呆気に取られている。
いったい何倍くらいに時間が引き伸ばされているのだろうか? 父さんへ向けジャンプした『大五郎』は、まだ空中を飛翔している状態で右腕を繰り出した。とうてい届くはずが無いと思えたそのパンチだったが、右腕が完全に伸びきっても、その拳は父さんに向かって直進して行った。『大五郎』の右肘は、半ばちぎれながらも伸長しているのだ。<ミリミリ>という破砕音さえ聞こえてきそうなほど、凄惨な光景であった。
射程外から絶妙のタイミングで『大五郎』のパンチが届く寸前、立ち尽くしたままだった父さんの姿が左右二つに割れた。高速移動の更に上をいく超高速移動の結果で生じた残像現象とは解ってはいても、僕らには分身したようにしか見えない。
『大五郎』の拳は、ちぎれかけた腕と共に二人の父さんの間に虚しく消えた。しかし、それを追って着地した機体は、そのどちらにも目もくれずに、迷わず垂直にジャンプしていた。
僕らもそれにつられて上空へ目を向ける。すると、そこには3人目の父さんの姿があった。というよりも、これが本体だろう。
この場合、左右への分身を囮にして空中へと飛翔した父さんを誉めるべきか。それを瞬時に見破ってジャンプした大五郎を称えるべきか。
だが、如何に父さんといえども、足場の無い空中では重力と慣性の法則に従うしかない……はずだ。
もう既に自由落下をしている父さんは、引き伸ばされた時間の中で空中に静止しているように見えた。対する『大五郎』は上昇中。そのまま一気に間合いを詰めると、異形と化したマシンは、空中でちぎれかけた右腕を、そのまま鞭のようにふるった。間一髪、後方回転でかわした父さんは、信じ難いことに空中で2mも後方に移動していた。機械の腕が父さんを打ち据えようとした刹那、それを足がかりにして後方へ跳んだのだ。
だが、『大五郎』も、右腕を引き戻す反動を利用して、間合いを縮めようとする。地面はまだ遠く、もう足場は無い。放物線を描いてゆっくりと大地に向かう父さんに、次の攻撃をかわす術はあるのか? 目前に迫った戦闘機械は、今度は左腕を繰り出していた。
「あっ! 危ない」
間一髪、左腕をもかわした父さんだったが、その背中を右拳が狙っていたのだ。一体どんな仕組みになっているのか、ちぎれかけた右腕は大きく湾曲しながら父さんの背後から後頭部を砕いた。
「おお!」
今度こそ、その場の全員が驚愕した。父さんの頭を打ち砕いたかに見えた右拳は、影のように通り抜け、『大五郎』自身の左手で受け止められていた。
砕いたと見えたのは、これも残像だったのだ。のみならず、宙に浮いたサーボ=スレイブの周囲を、何人もの父さんが取り巻いている。足場の無い空中で、残像をも発生させるほどの超高速移動ができるものなのだろうか?
──いや、ある!
足場はあった。父さんは宙に舞っている無数の枯葉を足がかりにして移動していたのだ。その動きは、地上に於けるそれにも引けを取らない。
ほとんど重さの無い枯葉に、どれほどの負荷がかかっているのだろう。瞬時に加わる計り知れない衝撃で、分子レベルにまで粉砕された枯葉の成れの果てが、薄茶色の靄のように異形の怪物をぼんやりと包んでいる。
──今や攻守は逆転した!
『大五郎』は長短の両腕を振り回すが、それは虚しく空を切り、あるいは虚像を貫くだけだった。地上に降り立つまで、後1m。突如、無数の父さんが一斉に消え去った。『大五郎』がその頭上を見上げる。地上を遥かに望む上空には、化鳥の如く青空を背にして舞う父さんがいた。
だが、着地した『大五郎』の対応も迅速だった。自らの右肩を掴んで根元から引きちぎるなり、頭上へと大きく振りかぶったのだ。ちぎれてボロボロの右腕だけでなく、掴んでいる左腕すらもちぎれ伸び、長大な鞭と化して上空の父さんを狙う。
それを空中の父さんが迎え撃とうとしていた。
「出るぞ!」
「よし、ナックル・バスターだっ」
「違うよ。あれは……」
「そう、あれは……」
『荷重力破砕弾!』
空中で『大五郎』の拳を父さんの拳が──いや、拳の先につき立てられた人差し指が迎え撃った。そこに一瞬だけ黒い小さな球体が生じ、それを中心に不可視の何か噴き出してきた。
「う、うおおおお」
またも、巨大な何かが球状に広がって行く感覚。それは、一時の間、お祖父ちゃんの結界に阻まれていたが、次の瞬間にはそれを突き破って爆散していた。




