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すーぱぁお母さんとピクニック(7)

         (16)

 僕達がBBHと思しき黒服の集団に囲まれてしまっても、父さんもお祖父ちゃんも、僕や輝兄ちゃんでさえ平然としていた。実際、何の問題もなかっただろう。この声がかかるまでは……。


「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」


 の叫び声は、2台目のリムジンの向こう、産業用サーボ=スレイヴ『大五郎』のコックピットから響いてきた。ついさっきまで御手洗(みたらい)のお爺ちゃんのすぐ傍にいたのに、いつの間に乗りこんだのか、既に操縦システムを装着している。

 サーボ=スレイヴの操縦システムは大型の軍用から超小型のマイクロ サーボ=スレイヴまで、パイロットの身体の動きをそのまま再現するため、全身にメカニカルセンサーを装着しないとならない。如何に簡略化された産業用にしても、この早さは尋常じゃないよ。もしかして、こいつも……。

「おやっさん、どうせなら、俺にやらしてくんなよう。その方が、余興としては面白れぇぜぇ」

「ばかやろう、社長と呼べと言っとるだろうが。しかし……まぁ、確かにその方が面白そうだなぁ。……どうです、先生」

「あたしも、それに賛成。だって、折角直したんだもんねぇ」

「ふむふむ、じゃ、ちょっとやらせてみたまえ」

 何だか僕達を放っておいて、あっちで話がまとまろうとしていた。

「おっし。おめぇら、奴らが逃げられんように、周りで見張ってろ。辰っ、おめぇの好きなようにしな」

「ありがてぇ。恩にきます、おやっさん、……じゃなかった、社長」

 そう言うなり、サーボ=スレイブは滑るように僕らの目の前──距離にして数mくらいのところにやって来た。その間、2.5秒。やはり産業用とはとても考えられない早さだ。

「ねぇ、ダーリン。カッコイイところ、見せてねン」

 これは勿論、父さんへなんだけど。

 いくらチューンナップされてるとは言え、機械人形ごときが父さんにかなうなんて到底考えられない。結果がわかりきってる事もあって、父さんはやりたくなさそうだ。

「こんな無駄な事、わざわざやる必要もないだろうに」


「あらん、あたしが頼んでもなの? ……ねぇ、やってくれるわよねぇ……」


 お母さんのこの言葉に、その場にいる誰もが一瞬凍りついた。お母さんのことを知らないはずの代議士も社長も、取り囲んでいるBBH達さえも……。


「仕方がない……」


 たっぷり30秒は経ってから、ようやく絞りだすように呟くと、父さんは呪縛を振り払うように前に進み出た。

「キャー、素敵っ。やっぱり、あたしの旦那様だけのことはあるわぁ。勿論、カッコ良く指一本(・・・)でやっつけてねっ」

「指一本か……。難儀だな」

 と、溜息をついた父さんは、相変わらず嫌そうである。

「へんっ、指一本でやれるもんなら、やってみやがれ」

 パイロットの罵声とともに大五郎が動いた。それと同時に、父さんもスッと前に出ていた。右手はズボンのポケットに入れ、左手を自然にたらしたままだ。

「喰らいやがれ!」

 怒号と同時に、大五郎の右腕が霞んだ。何の予備動作もなしに飛来した鉄の拳が、つっ立ったままの父さんを正面から捉えた。大量の落ち葉が土煙と共に舞い上がったその向こうで、大五郎の左腕が真後ろに振られるのに、寸秒の遅れもなかった。


「やるな……」


 こう呟いた父さんは、サーボ=スレイブの左拳の上で、さっきと同じ姿勢のまま立っていた。


「おめぇさん、ただもんじゃねぇな」


 そう言うパイロットも、とても尋常とは思えなかった。

 先制攻撃のスピードもそうだし、手加減しているとは言え残像を残して移動した父さんを捉えての二撃目といい、普通ではない。乗り手とマシンの双方ともが軍用クラスの特注品なのだろうか?

「おい、じいさん。あれやっていいかい?」

 乗り手が御手洗(みたらい)のお爺ちゃんに訊いたのだろう。だが、答えたのは僕ん家のお祖父ちゃんだった。

「好きにやっていいと、お墨付きをもらっとるのじゃろう。思う存分やりなされ」

「ふんっ、ならば、行くぞ!」

 パイロットの辰はそう叫ぶなり、大五郎に派手なポーズをとらせた。父さんは既に拳から跳び退いている。

「モード変換、スゥーパァ〜〜ッ、モォォォォッドッ」

「おっしゃ、スーパーモード、スーパーモードは、……あった、あった、これこれ。……スーパーモード、スイッチオン、っとな」

 御手洗のお爺ちゃんが、リムジンの横で手のひらサイズのパソコンを操作すると、突然、大五郎のボディのあちこちがまばゆく光り輝き始めた。

「おお、凄い。カッコイイぞ」

 その様子に、輝兄ちゃんは興奮気味であった。だけど……、

「ねぇねぇ、あの光ってるのって、何か意味があるのかな?」

「特に意味は無さそうじゃがな」

「でも、カッコイイじゃないですかッ!」

「え? ああ。……うん、そ、そうかも知れないね、輝兄ちゃん」

 輝兄ちゃん以外の僕等には、ただ単に光っているようにしか見えない。

「はっはぁ、どうだ! 凄いだろう。このためにわしが開発した、超高輝度ELモジュールぢゃ。消費電力半分で、明るさ10倍!」

 なんか、本気で相手するのがバカらしくなってくるなぁ。

「変換終了!」

 光が消えても、大五郎のどこがどう変わったってところはわからなかった。もしかして、ホントに無意味に光ってたのかぁ?

「待たせて悪かったなぁ。さぁて、続きをやるかい」

 辰が宣言すると同時に、大五郎の両手が霞んだ。それと同時に、父さんの周りで風が渦巻いて、落ち葉を巻き上げた。

「どうだ、わかったかい?」

「なるほど、秒間14発か……。もしかして、それが限界か?」

「まさか。今度は、さっきとは違うぜ」

 辰は大五郎の剥き出しのコックピットで薄笑いを浮かべていた。きっと、父さんに勝つ自信があったのだろう。確かに、一秒に14発ものパンチを繰り出せるサーボ=スレイヴなんて、そうざらにはないかも知れないけど。

「いくぜぃ!」

 宣言する声が届いたのと、落ち葉が乱れ狂うのが眼に入るのと、どっちが早かっただろう。いやそれ以前に、威勢のいい声は方向も音程も狂っていた。高速移動のためのドップラー効果だと気づくよりも、吹雪のように乱れ飛ぶ落ち葉が粉々になってゆく方が遥かに早かった。茶色い粉雪の中に、揺れるようにたたずむ父さんの姿が、僕の眼に焼き付いていた。



         (17)

 ズンという地響きとともに再び大五郎の姿がはっきりするまで、それほど時間は経ってなかったのかも知れない。相変わらず片手をポケットに突っ込んだまま立っている父さんと対峙するその姿は、一見何も変わっていないように見えた。

 しかし、何かしらが決定的に違っていた。

「少し無理をし過ぎたな」

 父さんが静かにこう告げるや否や、シューという音と共にサーボ=スレイヴのボディのあちこちから白煙が吹き始めた。

「オーバーヒートだな」

「オーバーヒートだね」

「じゃな」

「オーバーヒートじゃと〜、これだから中古はいかん」

 結局、父さんは指一本使うことなく、勝ってしまったわけだ。しかも、全くその位置を変える事も無く。

「くっそ、いいところで。やっぱ、ベースのマシンに問題があったかのう」

「……あったかのうじゃねぇぜ、じいさん。後ちょっとのとこだったんだぞっ」

「辰っ、……こ、このおとしめぇは、どうしてくれるんだ!」

「お、……おやっさん。……こ、こんなはずじゃ、……こんなはずじゃ、ねぇんですぜ。ホントは、……」


「ホントはなぁに?」


 サーボ=スレイヴの足元から、ゆったりと聞こえてきたその声に誰もが身を固めた。


──お母さん


 いったい、いつからそうしていたのか?

 ずっと……、もう何時間もそうやっていたように、気怠るげにマシンに身を寄せて……。


 いや違う!


 断じて違う。

 ついさっきまで、高速の戦いがあったばかりだ。それなのに、どんなに否定しても感覚が告げている。『本当は、ずっとこのままだったんだ』と。そんなこと、ありえないのに……。


「ねぇ、教えて。本当は、どうだったの?」


 もう一度訊いた。誰に? 答えるべきは、辰のはずだ。


「ねぇ、本当は?」


 そう言いながら、身を寄せている大五郎の右足を撫でさするお母さんの手つきは、愛撫にも似ていた。


「本当は?」


「ほ、……ほ、ほんと……」

 答えた。誰が?


「なぁに?」


「ほ、ほほ、……ほん……と、とと、……とう……は……」

 答えているのは、辰の口だ。だけど……。


「教えて、……ねぇ」


 遂に何かが一線を超えた。

 サーボ=スレイヴの全身が細波(さざなみ)のように打ち震え、毛穴の一つひとつまでが逆立って……。

 いや、そんなはずは無い! 金属のマシンの表面は微動だにせず、今も鈍い輝きを放っている。


「本当は?」


「**********!」


 辰が──いや、機械のはずのサーボ=スレイブが、声にならない声をあげた。鼓膜を微動だに振るわすことの無いその声に、父さんとお祖父ちゃん以外の誰もが耳を押さえてうずくまった。


「……そう。そうなのぉ」


 お母さんが応えた。赤子をあやすように、恋人を抱くように、愛撫を続けながら。お母さんの瞳が金色に見えるのは、気のせいなんだろうか……。

「……い……いか……ん」

 辛うじて絞りだすような声を出せたのは、父さんだけだった。


「かわいい子。叶えてあげましょうね。……そう、……今すぐ」


 お祖父ちゃんでさえ、冷や汗を滴らせながら、なす術もなくカチカチと興りのように震えている。

「だ、……ダメだ! やめるんだ!」

 父さんの叫びが虚しく響いた。振るえる左手で宙を掴むようにしながらも、一歩も動けない父さんを尻眼に、お母さんは大五郎の足に頬を擦り寄せるように身体をもたれさせていた。


「さぁ、お行きなさい、かわいい子」


 お母さんは、父さんの方を一瞥すると、聖母のような微笑みを浮かべながら、サーボ=スレイブを片手でそっと押し出すような仕草をした。


「*****++++@@@@@????!!!!!」


 はじき出されるように、空中を一気に数メートルも飛翔しながら、マシンであるはずの大五郎が、この世のものとは思えない悲鳴をあげた。それを聞いた全ての『人間』の肌には鳥肌が立ち、誰もが、目を、耳を、覆った。

 いや、リムジンやプレハブの硬い金属の表面さえ、ジンマシンのように泡立っているではないか。彼らにも──彼らだからこそ判るのだ。お母さんが大五郎に何をしたのか。

 見よ! サーボ=スレイブの金属の皮膚に下に、オイルパイプの血管が、電気コードの神経が、リニアサーボモータの筋肉が、それに新たに与えられた機能とパワーに対応させるかの如くに蠢きながら変形し、外板を盛り上げ……。いや、その外板でさえ新陳代謝をする如く古い金属表面が垢のように剥げ落ち、内側から強化装甲の輝きがきらめいているではないか。

 だが、限界を超えた──いや、法則を無視した変形には代償が必要だ。サーボ=スレイブのコックピットで、今や全身を色とりどりのコードに絡めとられている辰は、白目をむき、よだれを滴らせながら、痙攣をしている。それだけではない。大五郎自身も、間接部から黒々としたオイル──彼自身の血と体液を滴らせているではないか。


「…………こぉぉぉぉぉ、ぁぁぁあああああああああー!」


 その時、裂帛の気合いが全員の呪縛を振り払った。父さんだっ!


「うふふふ、今度はさっきのようにはいかないわよぉ」


 不敵に微笑むお母さんは、父さんにそう言ってのけた。

「……っく、間に合わなかったか」

 応える父さんは、苦渋に満ちた表情をしていた。お母さんの犠牲者が、また一人増えてしまったからだろう。

「ほらほら、最終ラウンドの始まりよ。観客が盛り上げなきゃ、つまんないじゃないよぉ。さあさ、どっちもそっちも応援するのよっ」

 って、そんなこと言われても、さっきまでの呪縛の余波で、その場の『人間』は誰も彼も押し黙ったまま、ぐったりとしていた。って言うより、立っているのさえやっとなのだ。

「済まんが、やつは頼むぞい。何が起こるか想像もつかんが、出来得る限りこの場におさめるよう、やってみよう」

 お祖父ちゃんはそう言うと、その場に腰を下ろして座禅を組むと、目を半眼にして何か経文のようなものを唱え始めた。


「判ってるでしょうけど、ズルは無しだからねぇ」


 はっきり言って、お母さんがサーボ=スレイブを魔改造した以上のズルなんて、到底なさそうに思える。どの道こうなってしまっては、誰にも手の出しようがない。唯一人、父さんを除いては。

 いつの間にか、周りを取り巻いていたガード達は、VIPの盾になるように、リムジンの前に終結していた。遠目にも、彼らの顔が蒼ざめて見えるのは、致し方のないことだろう。如何に強化改造されたBBHといっても、人間には変わりないのだから。極普通の人である議員殿に至っては、腰を抜かしてしまって車の影で震えている。

「……ば、化物どもが。よ、余興のつもりが……、と、とんだ事になってしまったわい」

 こんな状況の中でも、KN興産の社長だけは、広場の真中をまっすぐに睨みつけていた。


「辰ーっ! 聞こえとるか。聞こえとらんかも知れんが。とにかく、わしはもう何も言わん。おめぇの好きなようにやりやがれ。そん変わり、最後まで見届けてやるぞ。おーい、判ったかーっ!」


 大五郎に取り込まれて変わり果てた姿となった辰に、そんなことが本当に聞こえてるのか。聞こえていても理解できるのか?

 一時(いっとき)の間の後、サーボ=スレイブは両腕を天に伸ばすと、三度、奇怪な砲哮をあげた。迎え撃つ父さんは、静かに異形と化したマシンを見つめたまま佇んでる。


 今まさに(ひと)ならざるモノどうしの異次元の戦いが始まろうとしていた。

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