すーぱぁお母さんとピクニック(6)
(14)
結局、父さんと三揃えの交渉は時間切れとなった。何の事はない、彼の言うところの社長様御一行が到着したからだ。
広場への道──と言っても、単にそこだけ落葉が積もってなくて、地面が剥き出しになってるだけなんだけれど──に、黒塗りのリムジンが二台入って来た。
続いて、その後から泥まみれの産業用サーボ=スレイヴが、ズシズシと足音を響かせて進入してきた。薄汚れた機体には、そこだけやけに銀色に光っているエンブレムがはり付いている。
『MEDACHI ISS−025M』
言うまでもなく、目建重機の主力機、SS25型『大五郎』だ。全高3.9メートルと比較的小型のボディながら、コクピットや操作系を思い切って簡略化し、コストダウンとイージー・メンテナンスを実現した名機だ。【普歩免許】で運転出来る割にはきびきびと反応し、また1200馬力とこのクラスとしては高出力で、さらに、背面カーゴ・キットや溶接アーム,切断アームなどの各種アタッチメント・オプションが豊富に揃えられているため、建設・土木作業や運搬作業,建築物解体作業から農作業分野までの、各種産業で使われるヒット商品となった。
一昨年からの発売だが、その基本設計の良さから現在まで4回のマイナーチェンジを経て、産業用汎用サーボ=スレイブのスタンダードとなっている。眼前のこの機体を見るに、どうやらこれは初期モデルのようだ。全体の汚れもさることながら、両手足の各所に凹みや傷がある事から、相当に使い込まれているらしい。その割りには、とても滑らかな動きをしていた。流石に自衛隊の『The A‐der』や『The B‐der』シリーズにはかなわないが、とても民製機とは思えない動きだ。これもヤミで改造でもしてあるんだろうかね?
『大五郎』の先に乗り込んできた2台のリムジンは、プレハブの手前──僕等の位置からは10メートルくらい離れたところの空き地に並んで停まった。三揃えが素早く近づいていくが、僕等は知らぬ振りをした。奴がどんなに叱られたって知った事じゃない。
リムジンの周囲には、いつの間にか黒服の集団が取り巻いていた。えーと、ひいふうみぃの……僕から見える範囲では、5人は確認出来た。大型リムジン2台なら、無理をすればこの人数も収容は出来そうなものだが、実際には車のドアはこれから開かれるところだ。一体どこからやってきたのか不思議である。
プレハブの中から? そうかもしれない。でも、プレハブからリムジンまで彼等が移動するのを、僕は確認出来なかった。それに、三揃えがここの護衛の責任者なんだから、たぶん、奴等はリムジンに付いてきたんだろうなぁ。まぁ、普通に考えて、三揃えの同類──ヤミBBHだろう。だとしたら、父さんのように自動車よりも早く歩けるのかもしれない……。
「おい、これはどういうことだ!」
僕を現実に戻したのは、この野太い罵声であった。その人物は、今しがた開け放たれたリムジンのドアから出てくるところだった。プロレスラーのようなごっつい上半身に五分ガリ頭が乗っかっているのが、ここからでも見て取れる。さらに続いて現れた片足は相撲取りのようであった。立ち上がれば身長2メートルは下らないだろう。この大男が奴らの親玉──KN興産の社長だろうか? 巨人のような体格の大男には、大型リムジンの出口も狭苦しく見える。
「これは何の騒ぎだ。あいつ等は何なんだ、一体」
ようやく、リムジンを降りた男はすっくと立ち上がると、三揃えを『見上げながら』こう言った。
「申し訳ありません! 社長。これには事情が有りまして……」
三揃えの方は、さも申し訳なさそうに社長を『見下ろして』言った。それも気に入らなかったのだろう。男は、さらに大声で怒鳴りつけた。
「いいわけなんぞいらん。さっさと何とかしろっ!」
何なんだと聞いといて理由は聞く耳もたんなんて、そうとう理不尽だけど、気持ちは解るなぁ。僕が社長でも、きっとおんなじ事言ってるよ。かといって、三揃え君に「はい、そうですか」と、僕らが何とかされる訳にはいかないんだけど。
それにしても、この社長は何なんだ。でかい頭、太い腕、たくましい胸、大木のような脚。上半身だけとか、足だけとかを見れば、それなりに巨きいだけで、むしろ理想的とさえ言える体躯をしているのに、胴体の部分が上下につぶれているので、一見すると胸からすぐ下の部分に直接足が生えているように見える。
いわゆる、SDキャラ? って感じの体格をしている。
今になって考えると、服の中身はいったいぜんたいどうなっているのか不思議だ。ただ、実際この時には、そんなことよりも大爆笑しそうになるのを抑えるので、精一杯だったんだ。
「まぁまぁ、そうどならんでも。なかなか面白い余興じゃないかね」
と、とりなした声は、リムジンの向こう側から聞こえた。
こちらはごく普通に恰幅のよい胴体と、それに乗っかっているのは、やや薄くなったごましお頭だった。でも、不思議なことに、僕にはその顔がどこかで見覚えのあるように思えた。どこで見たんだったっけなぁと、思案している僕の思考を遮ったのは、父さんと輝兄ちゃんの言葉だった。
「どうしておまえがこんなところにいるんだ!」
(15)
『環境には人間の心が映し出され、人間の心は環境に影響を受けるのです』
これが、衆議院議員 守本吉則のモットーだそうだ。一昨日も、テレビの対談でキャスターにそう言っていた、まさにその本人の顔がリムジンの向こうに見えている。
「どうしておまえがこんなところにいるんだ!」
そう叫んだ輝兄ちゃんの視線の先は、しかし、件の衆議院議員殿を指してはいなかった。
「久しぶりじゃのう、葵君。こんな所で逢うなんて、奇遇奇遇」
って言われた輝兄ちゃんは、歯を食いしばって声の主を睨みつけていた。
「きっ、貴様なんか、未来永劫、金輪際、会いとうないわい!」
どういう訳だか知らないけど、輝兄ちゃんと御手洗のお爺ちゃんとは犬猿の仲だ。
二人とも似たような趣味なのになぁ。もっとも、輝兄ちゃんが一方的に嫌ってるだけなんだけどね。御手洗のお爺ちゃんは、二台目のリムジンを降りて、僕等に向かってにこやかに手を振っている。
だけど……、
「どうしておまえがこんなところにいるんだ!」
父さんすらそう叫ばした主は、環境問題専門家の議員殿でもヒーロー大好きの老人でもなかった。父さんの睨みつけるその先にいたのは……、
「はぁい、ダーリン」
にやけている衆議院議員の隣で、ピンクのブルゾンが脳天気に手を振っていた。
「よりによって、何でこんなやつらと一緒にいるんだ……」
呟く父さんの隣で、お祖父ちゃんが苦虫を噛み潰していた。
「おやおや、お知り合いですかな?」
議員殿に訊かれて、
「あぁら、見ず知らずの方々ですわぁ」
って平気で応えるなんて、いったいどういう神経してるんだ。
「お母さん、何でこんなとこにいるんだよぉ?」
黙ってられなくなって僕が訊くと、
「別にいいじゃない、そんなこと。たまたま、途中で会ったんですわよねぇ〜、センセ」
と、お母さんはその場でしなを作っていた。
「そうそう、いやぁ、全くの偶然ですな。はっはっはっぁ!」
う、嘘だ。嘘に決まってる。BBHのガードが始終付きまとっているのに、偶然なんてあるはず無い。きっと何かやらかしたんだ。絶対そうだ。そうに決まってる。
「んでもって、おまえはどうしてこんなとこにいるんだよ」
これは、輝兄ちゃん。ものすごく嫌そうな顔をしている。
「ぬはははは。いやぁ、たまたま、偶然に出会ってのう」
「うっ、嘘つくんじゃねぇ。こんな忍者みたいなガードが取り巻いてるのに、おまえみたいに得体の知れないジジイが、代議士と一緒の車に乗ってられるかぁ!」
嗚呼、僕とおんなじやり取りをやってるよ……。
「いいじゃん、別に。ほれ、そこの御仁が難儀してるようなんで、ちぃっと手助けしたまでじゃよ」
「へへへ、いやぁホントに助かりましたぜぇ。こいつがぶっ倒れてどうにもならなくなった時には、どうしようかと思いましたぜぇ」
サーボ=スレイヴ『大五郎』に乗っていた壮漢は、泥で汚れたボディーを軽く叩きながらお母さんの方を見やった。
「そこの姐さんが、ちょいとつついてくれただけで、新品みたいにすんなり動いてくれてねぇ。……ああっと、もちろん、もげちまった足をつないでくれたのは、爺さん、あんただけどなぁ」
「つないで修理しただけではないぞ! 新たに超カッコいい機能が付け加わっておるのぢゃ。その機能とはなぁ……。知りたいじゃろう? なな、知りたいじゃろう、葵君」
御手洗のお爺ちゃんは、そうやって意味深な言葉で輝兄ちゃんを挑発しようとした。
「ええいっ、そんなの知りとうないわいっ!」
「ホントかのう。本心からそう思ってるのかなぁ。ほんっと〜〜〜〜にっ、超カッコいいんじゃぞー。のう」
最後の『のう』は、サーボ=スレイヴのパイロットに向けたものだ。
「まっこと、その通り。ありゃぁ、すげぇな。なんせ、ガーときて、ビュンとなって、最後にガッキンなんだからな」
「これこれ、グォー、ガキガチャが抜けておるぞ」
「あ、そうそう、グォーときて、ガキガチャとなって最後にガッキン!」
「どうだぁ、カッコいいだろう。知りたくなってきただろー、葵君」
って、身振り手振りでやってもらっても、なんのこっちゃ訳わかんないんだけど……。
だけど、それを聞いた輝兄ちゃんは、顔色を変えていた。
「うう……、ガーときて、ビュン。……最後にガッキンとは。御手洗博士、おそるべし……。やはり侮れん奴……」
ええっ! 輝兄ちゃん、まさか知りたくなってきたなんてことは……。
「ほぅれほれ、知りたいだろう。知りたくなってきた、知りたくなってきたじゃろ〜。……でも、教えてやんないよ〜。秘密だもんねぇ」
「そうそう、企業秘密ってやつでさぁ」
「なっ、何でだようっ! さっきは教えたがってたじゃないかあ」
「お前なんかに教えてやんないよぉ〜〜〜だ」
……こ、子供の喧嘩だ。輝兄ちゃん、自分までレベル下げることないのに……。
輝兄ちゃんが、御手洗のお爺ちゃんと下らないやり取りをしていた時、さっきの社長と思しき奇妙な体型の人物が近づいて来ていた。
「かわいいお子さんですなぁ。だが、この辺をうろうろするのは、良くないんだよぉ」
その口調は優しそうなのだが、この風体と声音で言われると、小さい子なら引き付けを起こしかねない。社長の隣では、例の三揃え君が眼の回りを大きく紫色に腫れあがらせている。
「まぁまぁ、そう言わんと。なぁ、奥さん」
議員殿がとりなそうとするが、未だ納得が行かないようだ。もっとも、その議員殿も、本気で助けてくれる気は無いらしいのだが。
「いやいや。やはりお仕置きが必要でしょう」
「いいじゃないですか、これくらい。帰る時に忘れてくれればいいことでしょう。ねぇ、社長」
うう、とうとうそうきたか。記憶操作されても、うれしくなんか無いぞ。
「別に、来なかったことにすることも、居なかったことにすることも出来ますがねぇ」
凶悪な言葉を続ける社長さんに、三揃えは意見しようとした。
「……しゃ、社長。先ほどもご報告申し上げたように、彼らにそんなことは無理です。それに、宗像常務がいらっしゃったなら、……ンンンン」
巨大な手で顎を──いや顔全体を握りしめられて、三揃えはその場で悶絶しかけていた。如何に、上下関係があるとは言え、BBHを素手でねじ伏せるなんて、とんでもない怪力だ。
「ふ〜〜ん、とっても素敵ね、それって。でも、どうせなら、お仕置きしてからの方が面白いかもよぉ。ねっ、センセ」
「おやおや奥さん、構わないのですかな?」
「やっぱりねぇ、女って、強くて力があって、お金があって、権力もある男の人の方に引かれるのかしらん。ねぇ」
最後の『ねぇ』は、父さんに向けたものだろう。でも、議員殿も社長も鼻の下が10cmくらい伸びてて、その辺はどうでもいい状態だ。こんなのでも、一応は人妻なんだけどな。それにしても、ホントに何考えてんだよ、お母さんはぁ。信じらんない。
「ねっ、どうせ、最後に頭の中いじるんだしぃ」
「そうですなぁ、奥さん。どうだね、海道君」
「先生が、そうおっしゃるなら。……おい、おめぇら」
ららら、何か話がやばい方向になってきた。KN興産の海道社長──って言うよりもヤクザの親分って言う方が相応しいんだけど──の一声で、2台のリムジンの回りに控えていた黒服達が、一瞬のうちにその姿を霞ませるとの、僕らの回りに現れるのとは同時だった。さすが、特注BBH。
てな感じで悠長にしてられるのも、こっちには父さんとお祖父ちゃんが控えているからだけどね。
残念ながら、ここまでのレベルでは、さすがに輝兄ちゃんは戦力外。僕と二人で高みの見物ってところかな。
傍目には、あわや絶体絶命って状況のこの時、
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
の声がかかった。