すーぱぁお母さんとピクニック(5)
(12)
問題1,気絶するほど殴られるのと、気絶しない程度に殴られるのと、どっちがかわいそうなんだろうか?
きっと、どっちもかわいそうなんだろうな。でも、今の羽山と較べたら、まだまだましな部類だろう。
僕等を追い出すのに高々10分ちょっとくらいしか掛かっていないのに、役立たずと思われるのは心外だったかも知れない。
「君も最期には役に立ったんだから、いいんじゃないかな?」
と、父さんに言われたところで、全身ズタボロ、無数の銃弾をその身に受けて、白目をむいたまま泡をふいている彼には、何の慰めにもならないに違いない。
「一応、急所は外しといたから」
銃弾避けの盾にしといて、こういう言い方はないかも知れないが、一応命はあるみたいだ。尤も彼がボロボロになったのは、ばら撒かれた銃弾を受け止めるために、超スピードで振り回された為の方が大きいんだけど。
ここで問題2,一発で楽に殺されるのと、穴だらけになっても命があるのとではどっちがましか?
父さんは後者を選択させた──と言うより押し付けたのだけれど。
「ほれ、これは返すよ。今度から、採用試験と社員教育には、もっと気を配った方がいいと思うよ」
そう言うと、父さんは血だらけの羽山を放り投げた。
「別にそいつらは、うちの社員でも何でもない」
冷淡にそう言ったのは、この上天気にきっちりと黒の三揃えのスーツを着込んだ男だった。御丁寧に頭もテカテカのポマードで固めてある。
その後ろには、これも黒の背広と白いYシャツに、きっちりとネクタイを締めた男達が揃っていた。一見サラリーマン風にも見えるが、手にしているのはスーツケースでも書類鞄でもなくて、サブマシンガンだった。
「じゃあ何だ。アルバイトか? それとも出入りの業者か?」
「下請けだ」
重ねて訊いた父さんに、スーツの男は冷淡にこう応えた。
「下請けが勝手に契約範囲外の事をやったのを、とやかく言われたくないものだ」
言い訳がましいが、これは本音だろう。
少し無慈悲な返答に、父さんは更に尋ねた。
「どこまでが、契約範囲内だったんだ?」
「10分以内に君達をここから退去させる事までだ。ケンカをしろとも休ませていいとも言っていない」
「ふむん……。で、10分経ったんで、契約不履行と言う訳じゃな」
これは、お祖父ちゃんだ。
「んでもって、これからは、あんたらの業務という訳じゃな。……ちなみに、後ろのは正社員かな? それともアルバイトかい?」
うんうん、それは僕も興味がある。給料いくらくらいなのかな? もし、父さんの月給より上だったら、転職を考えてもらってもいいかもしんないな。
「今は、うちの社員だ。だが、必要な時にはいつでもクビに出来る」
ひ、ひどいなぁ。鉄砲かついで命がけの仕事しても、いざとなったらトカゲの尻尾切りかよう。やっぱり、転職の話は無しだ。
僕がそんな事を頭の中で廻らしていると、三揃えが言葉をつないだ。
「では、改めてお願いする。当方の敷地内から取り急ぎ、退去してもらおう」
「そんなもので脅されて、はいそうですかと、言うと思ってたのかい」
「やはりな……。では、来なかった事にしてもらおう」
と言うと、男はすっと脇に退いた。それが合図のように、後ろの黒服集団が一斉に進み出ると、銃口を僕等に向けた。
「やれやれ。……さて、どうします?」
父さんは、さも困ったようにお祖父ちゃんに訊いた。
「やらせとけば、いいんじゃないかい」
これが、お祖父ちゃんの答だった。
僕等の会話を聞いてか聞かずか、黒服達は無表情のままだ。
「やれ……」
三揃えが低く命令した途端、男達の銃口が一斉に火を噴いた。
タタタタタ……
という微かな軽い音と共に、僕等の後方の木々に次々と小さな穴が穿たれていった。
だが、それも2〜3秒くらいで終わると、男達の半数が鮮やかな手つきでマシンガンの弾奏を入れ替え始めた。別に弾切れでも何でもない。最初の1秒で効かないとわかったのだ。
グリップから未だ弾の残っているカートリッジを抜き去ると、寸時に新しい弾倉をたたきこむ。それと同時に、銃身の前方にある留め金を緩めて、突き出たサイレンサーを切り離す。見る間に銃には新しい弾が込められ、発射を待つばかりだった。その間約3秒。
残りの半数は、既に換装を終えている。全員一度行わないのは、隙を作らない為だ。実によく訓練されている動きだった。
薬室に新たな初弾を送り込む音が聞こえるや否や、第二段がお見舞いされた。
銃口が光ると同時に、<どーん>という大きな音がした。それも、僕達の後ろから。それと同時に、森の木々が幹を粉々に砕かれて倒れ始めた。既に朽ちているとはいえ、どれも直径は30cm以上はある。
「炸裂弾かい。無茶をするのう」
本当だ。僕等に当ったらどうするんだよ。粉微塵に吹き飛んじゃうじゃないか。
だけど、しばらくすると、その爆発が僕等の周辺で起こるようになった。僕等の周りの何もない空中で。
「MM15−C、AI起爆真管か」
「学習型ですからね。銃の方の本体プロセッサで計算しているとはいえ、随分爆発が近づいてきましたね」
輝兄ちゃんの言う通り、小爆発は僕等の周囲に集中して起こるようになってきた。
「じゃが、直撃しなくては意味があるまい。ククク……」
「ま、その通りですけどね」
そう、プロフェッショナルの至近距離での射撃にもかかわらず、一発も僕等には直撃していないのだ。たとえ弾道が直撃コースであっても、爆発が起こっているのは僕等の前後でである。
「…………」
何を考えているのか、黒服達の親玉は無表情でじっと押し黙ったままだった。
しかし、それ以上にブキミなのが、鉄砲持ってる正社員達だった。一糸乱れぬ正確な動作もさることながら、こいつらも親分の三揃えに負けないくらい無表情だった。
一瞬アンドロイドかな? っていう考えがよぎったけれど、体格も顔の造作もそれぞれに違っているから、少なくとも安物の量産品ではないだろう。それに、こんな田舎ヤクザが高級品を使えるとも思えないし……。
そうこうする内に、三揃えがさっと右手を上げた。その瞬間に、銃撃が止んだ。辺りに、はっとするような静寂が戻ってくる。
もう諦めたかな? と、思う間もなく、三揃えは上げている右手の指をパチンと鳴らした。その途端に、目の前が一瞬光って真っ暗になった。
(13)
「おわっ!」
ドンと言う衝撃は、後から襲ってきた。一瞬、僕には何が起こったんだかよくわからなかった。黒服集団の三揃えが指を鳴らした途端、僕等は大爆発の真っ只中にいた。辺り一面には、黒々とした靄が硝煙の臭いと共に漂っている。
「迫撃砲かい。無茶をするのう。わしでなければ、皆諸共だぞ」
「はっ、迫撃砲ぉ〜!」
何て事をするんだ。こんな距離で使ったらへたすると、いや、普通だと間違いなく共倒れだよ。回りはまだ爆煙と土煙でもうもうとしている。
「戦争でもしに来たつもりかのう。善良な一般市民にやることじゃないぞい」
言ってる事はもっともなんだけれど、お祖父ちゃんが言うとギャグにしかならない。
「なるほど……。やはり只者ではなかったな」
もう、大分薄くなってきた煙の向こうから、例の三揃えの影が呟くように言うのが聞こえてきた。だけど、ここまでしなきゃわからんことかぁ? やりすぎだぞ。
「空間歪曲能力……。いや、むしろ空間転送に近いのか。さっきの爆風も、上空か何処かに転送したな」
「ほっほぅ、ようやっとわかってきたかい。さっきのヤー公よりは、ちぃっとばかし、おつむの出来が良さそうじゃな」
そうなんだ。離れた空間を自由に接合したり切り離したりして、瞬時に物質を転送する能力。これが、お祖父ちゃんの特殊能力だ。持って産まれたものなのか、修行で身に付けたものなのか、この能力のおかげで僕等は今両足を地面につけていられるわけだ。
さっきの銃弾も、僕等の回りに張り巡らされた接合空間をバイパスして、あたかも僕等をすり抜けたかのように通り過ぎて行ったのだ。勿論、羽山くん達に当ったバチも、この能力を使ったものだよ。
ただ、お祖父ちゃんの場合ハンパじゃないのは、相手からも僕等がちゃんとまともに見えているって事だ。
普通は、空間を歪めたりすると光も空間に沿って歪曲してしまうので、今の僕等のような状態の場合じゃ、後ろの木が見えちゃうんだよね。
「もう一人、そっちはBBHか? だが、私の部下を苦もなく倒したその力。並みのBBHとは考えられん」
僕等の足元には、何人もの黒服達が倒れていた。迫撃砲の爆煙に紛れて襲ってきたには違いないが、必然的に父さんに返り討ちにあったらしい。もっとも、僕は全然気が付かなかったんだけれど……。
「何とも恐ろしい奴、……貴様、BBSだな」
もう、随分と晴れてきた土煙の中に立っているのは、三揃えだけだった。恐ろしい事に、彼の足元にも黒服達が何人も倒れていた。一瞬の隙を突いて『しかけた』のは、奴等だけじゃなかったんだ。あの一瞬の爆発の中で、一体どんな攻防が繰り広げられたのか……。倒れている黒服達は、ピクリともしない。
「さぁて、何の事かな?」
あくまですっ呆けてる父さん。
「呆けるなよ。こっちだって、BBHの精鋭部隊だったんだぜ」
いつの間にか、三揃えの口調が、何だか親密なものになってきている。もしかしたら、この男も同類か?
「はてさて。BBHとは、ちょっと穏やかじゃないなぁ」
BBH (BioBoosted Human):生体強化人間。近年のクローン技術とサイバネティクスの発展によって、事故や病気で手足や内臓の一部なんかを損傷した人達を、生体/死体からの移植に頼らずに治療する事が可能になってきた。そうやって治療された人達の中に、ごくたまに、普通以上の筋力や持久力・反射速度を得てしまった人達がいたんだ。BBHとはそんな人達の総称だ。
もっとも、最近は健康体であるにもかかわらず、スーパーマンになりたくて手術を受ける人達も大勢いる。勿論違法だ。この黒服達もそんな違法BBHなんだろう。ヤクザの精鋭ならさもありなん。
では、常人の何倍ものパワーを持っている──しかも戦闘訓練を受けたBBHを一瞬で倒して仕舞う父さんって一体……。
その答の一つが、BBS (BioBoosted Soldier):生体強化兵だ。BBHを軍事用にチューンナップしたものだって一般には伝えられている。けれども、BBHに比しても桁違いの戦闘力は『それ以上に特別な処置がなされている』とのもっぱらの噂だ。父さんもその一人なんだろうか?
「まだ、呆けるのか? まぁいい。私だって、超人を一度に二人も相手に出来るなんて思ってやしないさ。そこで、ものは相談なんだが……」
「何じゃな? 話によっては乗らんでもないぞ」
「お祖父ちゃんたら!」
「くっくっくっ、いいではないか。聞くだけ聞いてみても」
「もぅ……」
能力だけじゃなくって、こういうところも常人離れしているんだから。僕なんか、か弱い一般人なんだぞ。強い方が弱い方をいたわるのが、筋ってモンじゃないかい。
そんな風に考えをめぐらしていた僕をほっといて、父さんは三揃えと話を続けていた。
「相談ってのは他でもない。私の役目はこの施設の護衛なんだが、見ての通り部下はもう使い物にならん。それで、代わりがいる。別に正社員として四六時中詰めてもらう必要はないんだ。ヒマな時とかに、ちょちょっと私たちの仕事を手伝ってもらうだけでいいんだ。勿論、報酬は充分に出すつもりだよ。まぁ、ちょっとしたアルバイトだと思ってくれ」
「さっきとは随分と態度が違うな」
「仕方ないだろう。それだけ貴様達の力を認めてるって事だ。それに……」
「それに、時間もないってことか」
「だな。後、数分で、うちの社長がお客さんを連れてくるんだ。失礼があっちゃならないから、貴様達は邪魔だったんだよ。それが、この様だ。仕方ないだろう?」
「同情するよ。だがな、もし私がお前の言うようにBBSだとして、こんなところへ何しに来てると思う? 国かどこかの調査員とは考えないかい?」
「そうだな。だとしたら、交渉は最初から決裂している。だが、それは無しだ。そう言った類の機関が動いている情報は入っていない。そもそも正規のBBSが、こんなところをウロウロしている訳がない。ホンモノのBBSってのは、そんなに暇じゃあないんだよ。どうせ、貴様もヤミで調製された違法BBSか、さもなければ脱走兵だ。どっちにしても、大きな声では言えまい。悪い話じゃないだろう」
「ふむ。考えとくよ」
「出来れば、今、答えを出してくれないかな」
「時間切れという訳か」
「そういう事だ」
父さんのその言葉が終わるのに合わせたように、広場に入る道の彼方から自動車のエンジンの音が聞こえてきた。
いったい、お客さんって誰なんだろう。