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『星』の下に広がる物語

『旅路』の終わり、貴女とのお別れ~残された者たちによる追悼の物語~

作者: たっけん
掲載日:2026/09/19

「……ありがとう」

それが彼女の最期の言葉だった……


とある王国の小さな町にある、小さな孤児院。

そこで今日、一人の少女がその『旅』を終えた。

齢18、綺麗な黒髪と暖かな琥珀の瞳を持つ優しい少女だった。


握っていた彼女の手から力が抜けるのが分かる。

医者は今日が峠だと言っていたが、結局彼女……リキシアはその峠を越えることは出来なかった。

彼女ならきっと……そう思っていたのに、現実はあまりに無情だった。

奇跡など起こらなかった。


ベッドに横たわっている彼女の身体は、その鼓動はもう無くともわずかに生命の熱が残っている。

「……リキシア」

その熱は温かいはずなのに、むしろその温かさがより空虚に感じる。

周りでは、他の子どもたちがすすり泣いているのが分かる。

しばらくの間、何も考えられなかった。

自分が何を感じているのか、もう分からなくなった。


「……皆、リキシアのことちゃんと埋めてあげましょう」

ようやく必死に絞り出した声は、自分でも分かる位に震えている。


「嫌だぁ! ずっと一緒に居るの! リキシアお姉ちゃん言ってたもん……また一緒に遊ぼうねって!」

ベッドの傍で泣きはらしていたこの家で一番年下の少女が、リキシアの身体にしがみ付いて離すまいと抗議する。


その言葉が胸に鋭く突き刺さったような気がした。

彼女が言った「また」という言葉……それは、私もつい最近リキシアから聞いた言葉だ。「もし身体が治ったら、また一緒に料理しようね。新しい美味しい料理、もっと教えてね」と。

私だって……

私だって…………


「……そうね、先生も離れたくないわ。でも、もう休ませてあげましょう?」

泣いている少女を抱きしめながら、そう言い聞かせる。

分かっている。言い聞かせているのは、きっと彼女に対してだけじゃない……何より私自身に対してのもの。

どんなに大人になろうとも、割り切れることと割り切れないことはずっとあるものだ。

でも、そんなことばかり言っていられないのが大人というものなのだ。

私は今、上手く笑えているだろうか……

先生である私が、子供たちの前で泣くわけにはいかない。


「皆、手伝ってくれる?」

子供たちは涙を流したまま、それでも必死にうなずいている。

そんな彼らの様子は、むしろ私の心を強く締め付ける。

さっきからなんだか、自分が上手く息を出来ている気がしない。


それでもそんな想いを押し殺したまま、子供たちを連れて外に出る。

孤児院の裏手にある草原の広場の一角。この家で今まで亡くなった全ての子供たちを埋葬している墓地。


「……初めてよ、私。こんな気持ちになるんだ」

誰に聞かせるでもなく、小さく言葉を零す。

病などが原因で孤児院で命を落とす子供たちは何もすごく珍しいわけではない。

それでも私がこの家に『先生』としてやって来てから二十数年、幸いにもそんなことは今まで一度もなかった。

大人になり孤児院を去る子供たちは何人も見送って来た。

それでも、こんな見送りは初めてだ。


「こんなの、あんまりよ。先生の事、置いてくなんて……」

地面の土を掘るシャベルを握る手に一層力を入れる。

周りでは年長の子供たちがそれを手伝い、年少の子供たちはその外で見守っている。

不思議と誰も声を上げることもなく、妙に静かな空気が昼過ぎの青空の下に広がっていた。


しばらくして墓穴を掘り終わり、リキシアの身体をそっと入れて埋め直す。

「……皆、お別れの時間よ」

彼女の顔に土をかける前に、子供たちを傍に寄せて最後のお別れを済ませる。

最後に完全に穴を埋めると、当たり前だが彼女の姿はもう全く見えなくなってしまった。

まだきちんとした墓石も用意できていないので、木の板で即席で作った墓標を建てて彼女の名前を刻む。


全てが終わったころには、青かった空はすっかりと暖かな茜色に染まっていた。

子供たちと共に家の中に戻りいつも通り……いや、いつもより一人少ない人数で夕食も済ませた後、私は一人リキシアの部屋を訪れる。

つい今日の朝まで彼女が寝ていたベッドは、彼女の体温を失ってもうすっかりひんやりとしていた。

「……皆、貴女の事が大好きだったのよ? いつも、あんなに優しくて」


彼女は、この孤児院では最年長のお姉ちゃん。

面倒見が良くて、年下の子供たちからも大人気で。

私の事も、いつもたくさん手伝ってくれた。


あと数カ月もすれば、町で独り立ちして仕事にも就くはずだった。

彼女はいつも、「大きくなったらたくさん働いて、孤児院の皆にももっと美味しい物食べさせてあげるんだから!」と口癖のように言っていた。


「……分かってるわよ、泣いてばかりいられないわよね」

孤児院の先生である私が、こんな風にずっと悲しんでいるわけにはいかない。

私にとって大切な子供は、何もあの娘だけじゃない。

あの娘がいなくなっても、先生として子供たちを幸せに育て続けなければいけない。

それは分かっているが、どうしても笑える気がしない。


「……でも、やっぱり寂しいわよ」

普段は夜でも子供たちの声で明るく騒がしいこの家も、今日だけは静まり返っている。

子供たちも皆、自分の部屋でそれぞれの想いを胸に悲しみに暮れているのだろう。

夕飯の時も、いつもお替りをせがむ元気な子供たちが全然食事に手を付けていなかった。

私だって、今日の食事は上手く喉を通らなかった。


「リキシア……貴女のその名前、私が付けたのよ? 一晩中、何が良いかなって一生懸命悩んで」

私がまだ名前もなかった彼女のために考えた名前。

彼女が幸せになれるように一生懸命育てようという誓いを胸に付けた名前。


「短かったわね、とっても。本当に、あっという間だった」

18年前のあの日……彼女がこの孤児院に預けられた日の事がどうしても思い出される。

騎士団の騎士が、この孤児院に彼女を預けに来たあの日。

彼女は、敵国の襲撃に巻き込まれた国境付近の小さな村の出身だったらしい。

彼女の家の入口では包丁を手にした両親の死体があり、家の中の床下にまだ赤ん坊だった彼女が隠されていたのだと言っていた。


「……結局、貴女には話してあげずに終わってしまったわね。本当は、貴女がこの家を旅立つ前に話すつもりだったのに」

ずっと、彼女の生い立ちについて話すべきか迷っていた。

それが、彼女にとってどんな意味を持つかが分からなかったからだ。

「……リキシア、貴女はきっとたくさん愛されていたのよ。私も貴女の事が大好きだけれど、それと同じくらいたくさん」


彼女に伝えたい愛など、まだまだたくさんあった。

本当はこれからもずっと、彼女の頑張りを見守ってあげるはずだった。

「大好きよ、これからもずっと」……そう言ってたっぷり抱きしめてこの家を送り出してあげるはずだった。


「ねぇ、リキシア……貴女は私の大事な娘よ。……なんて、こんなことを言ったら貴女のご両親に怒られちゃうかしら。でも、ちょっとくらい許してもらえるよね?」


18年、本当にあっという間だった。

もちろんこの家での生活に余裕はなかったが、彼女が居た日々はとても楽しかった。

それは私にとってだけでなく、他の子どもたちにとってもそうだろう。


「貴女は、あちこち出歩くのが好きだったわよね。皆を連れて良く森に行っては泥だらけで帰ってきて。一人で町の外まで遊びに行って色んな話を楽しそうに教えてくれて」


ふと窓の外へ目を向けると、もうすっかり暗くなっている。

空には、いくつもの星が瞬いていた。

「それに、星を見るのも大好きだったわよね。毎日面白そうに窓から見上げて。確か、こっそり夜中に外まで星を見に抜け出したこともあったわね」


もう彼女が居ないと考えると、どうしようもなく寂しいし悲しい。

ただ、こうしていると不思議ともう涙は出てこない。

「ねぇ、リキシア。貴女の旅は、楽しかった? 私も皆も、貴女と過ごせて楽しかったわよ」


視線を窓の外からベッドの上へと戻す。

そこにはもちろん、もう彼女は居ない。

「まだまだ、一緒に居たかったな。でも、さよならなんだよね。……本当に、あっという間だったなぁ」


今日はもうすっかりと疲れてしまった。

彼女を見送り、埋葬した。心も体ももう疲れ切っていた。


「……今日は一緒に寝ましょうね、リキシア。大好きよ、おやすみなさい」

誰も寝ていないベッドのシーツを手繰り寄せるようにして抱きしめる。

リキシアがこれまでの人生を過ごして来た部屋のベッドに寄り掛かるようにして目を閉じる。


灯を落とした部屋で、窓から差し込む星明りだけが彼女を照らしていた……

いかがだったでしょうか(*´▽`*)

少しでも「素敵だ!」と思って頂けたなら、是非ちょっとした感想やリアクションをお願いします。跳んで回って喜びます(/・ω・)/


ちなみにこの短編小説は、現在連載中の「とある少女の『旅』物語」における外伝的なエピソードになっています。

本編における主人公リキシアが前世で亡くなった直後を、別の視点から描いてみました。

もし本編にも興味を持っていただけたら、是非覗いてみてください(´ω`*)


【連載作品】

「とある少女の『旅』物語」

~これは『魂』の声を聞く一人の少女が、自分の『旅路』と向き合う物語~

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― 新着の感想 ―
ここから本編に繋がって、リキシアの新しい人生が始まるということですね~! 前日談として、残された者たちの切なさが伝わってくるとても良いお話でした。また本編もぜひ読みに伺いますね。
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