異世界転移したら陽キャ女子が最強で俺が最弱だった
「え、待って無理なんだけど〜! それはさすがにありえないって!」
教室の後ろから聞こえてきた深谷さんの声をきっかけに、その周囲に集まっていたクラスメイトたちが一斉に笑い出した。昼休みでも放課後でも、彼女の周りにはいつも人がいる。誰とでも気軽に話せて、思ったことを遠慮なく口にして、それでいて嫌われない。陽キャという言葉を人の形にしたら、きっと深谷さんみたいになるのだろう。
そんな輪の中に俺が入ることは、この先もきっとない。
別に入りたいわけじゃない。放課後にカラオケへ行ったり、休日に大人数で遊んだりするのは性に合わないし、実際あの集団の会話についていける自信もない。ただ、少しくらい羨ましいと思ってしまうのは事実だった。
俺の高校生活は地味だ。
気の合う陰キャ仲間とゲームの話をして、授業を受けて、家に帰る。その繰り返し。青春なんて単語は漫画やドラマの中だけの存在だと思っている。
そんな俺にも、一つだけ密かな自慢があった。
原付通学である。
十六歳になった瞬間に免許センターへ通い、最短で免許を取得した。乗っているのは兄のお下がりだが、それでも原付で登校しているというだけで少しだけ優越感を覚える。高校生男子なんて単純な生き物なのだ。
ホームルームが終わると同時に教室を出て、いつものように駐輪場へ向かう。
エンジンをかけると、ブルルルッという小気味いい振動が体に伝わった。
「よし、帰るか」
誰に言うでもなく呟き、原付を走らせる。
その時の俺は、まさか数分後に人生が終わるなんて思ってもいなかった。
学校から少し離れた交差点へ差しかかった時だった。
視界の端で何かが動く。
反射的にそちらへ目を向けた瞬間、背筋が凍った。
右側から一台の原付が信じられない速度で突っ込んできていたのだ。
近い。
そう思った時にはもう遅かった。
ブレーキを握る暇もなく、全身に凄まじい衝撃が叩きつけられる。
景色が回る。
空が見えたと思ったらアスファルトが迫り、次の瞬間にはまた空が見える。
肺の中の空気が一気に押し出され、呼吸すらできない。
遠くで誰かが叫んでいた。
「大丈夫ですか!?」
「救急車! 早く!」
「二人とも重傷だ!」
ぼやける視界の中で赤色灯だけが滲んで見えた。
そして――俺の意識はそこで途切れた。
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耳元で鳥の鳴き声が聞こえる。
チュンチュンという穏やかな音に意識を引き上げられ、重たい瞼をゆっくり開いた。
最初に見えたのは青空だった。
どこまでも澄んだ空の周囲を木々が囲み、風に揺れる葉の隙間から木漏れ日が降り注いでいる。
病院ではない。
少なくとも天井はなかった。
「……どこだよ、ここ」
上半身を起こしながら周囲を見渡す。
森だ。
見渡す限り森。
事故現場でもなければ病院でもない。
最後に覚えているのは原付同士が衝突した瞬間と、救急隊員らしき声だけだ。
ということは。
死んだのか?
いや、死後の世界にしては妙に自然が豊かだ。
そんなことを考えていると、不意に目の前で光が弾けた。
ピコン。
軽快な電子音とともに半透明の板が現れる。
「うおっ!?」
慌てて後ずさるが、それは消えない。
むしろ俺の目の前に当然のように浮かび続けている。
そこに表示されていた文字を見て、俺は思わず二度見した。
【ネーム:キムラ】
【HP:10】
【MP:9】
【ATK:5】
【DEF:2】
【AGL:1】
【INT:2】
どう見てもステータス画面だった。
ゲーム好きの俺には説明されるまでもない。
異世界。
ステータス。
能力値。
この手の作品なら腐るほど見てきた。
つまり俺は、いわゆる異世界転移というやつをしてしまったらしい。
……いや待て。
それよりも気になることがある。
弱くないか?
いや、弱い。
AGL1って何だ。
生まれたての子鹿でももう少し素早いだろ。
そんな絶望的な数字に頭を抱えかけた時だった。
ポンッ。
俺の隣で突然光が弾けた。
「きゃっ!?」
聞き覚えのある声に振り向く。
そこにいたのは――深谷さんだった。
「なにここ!? え、待って待って待って! どこ!? 森!? 誘拐!?」
完全にパニックである。
落ち着きなく辺りを見回していた彼女は、ようやく俺の存在に気付くと露骨に肩を震わせた。
「え!? 誰!?」
……傷つく。
予想はしていた。
クラスの中心人物とクラスの端っこにいる男子だ。認識されていない可能性は十分あった。
それでも面と向かって言われると普通に傷つく。
「木村です。同じクラスの」
「木村?」
数秒の沈黙。
「あー! 木村ね!」
絶対思い出していない。
その証拠に目が泳いでいる。
しかし追及する気力もなく苦笑していると、今度は深谷さんの前にもステータス画面が現れた。
そして表示された数字を見た瞬間、俺は言葉を失った。
【ネーム:フカヤ】
【HP:62】
【MP:38】
【ATK:95】
【DEF:32】
【AGL:81】
【INT:21】
意味が分からない。
攻撃力九十五。
素早さ八十一。
一方の俺は攻撃力五、素早さ一。
比較対象として成立していなかった。
どう考えてもおかしい。
同じタイミングで異世界に来た高校生同士だぞ。
なぜ片方は勇者候補で、もう片方は村人Aなのか。
「なんかさー、ATKとAGLってやつだけ高くない?」
当の本人は呑気に首を傾げている。
「ATKは攻撃力で、AGLは素早さだと思う」
「へえ。じゃあウチ強いってこと?」
「めちゃくちゃ強い」
「やったじゃん!」
満面の笑みを浮かべる深谷さん。
その横で俺は自分のステータス画面へ視線を落とした。
HP10。
AGL1。
改めて見ても泣きたくなる数字である。
せっかく異世界に来たというのに、現実ではなくなったはずの陽キャと陰キャの格差だけは律儀についてくるらしかった。
体力が限界を迎える寸前だった。
何度休憩を挟んだか分からない。足は重いし、喉は乾いている。俺のHPが減っているわけではないのに、精神力の方が先に尽きそうだった。
一方で、隣を歩く深谷さんはというと――。
「ねえねえ木村! あれ街じゃない!?」
遠くに見える建物を指差しながら、まるで疲れを知らないように声を弾ませている。
「やっと人いるじゃん! てかさ、めっちゃお腹空いたんだけど。なんか甘いもの食べに行こうよ!」
「……元気だね」
思わず本音が漏れる。
こっちは今にも地面に倒れ込みそうなのに、どうしてこの人は異世界に来て最初に考えることがスイーツなんだ。
陽キャの体力ってどうなっているんだよ。
そんなことを考えながら歩いていた、その時だった。
草むらがガサリと揺れる。
嫌な予感がした。
次の瞬間、俺たちの目の前に三匹の青い魔物が飛び出してくる。
丸い体。
ぷるぷると揺れる不思議な姿。
ゲームで何度も見たことがある。
「ス、スライム!?」
思わず声が出た。
「深谷さん、気を付けて!」
俺が今まで出したことのないくらい大きな声を出すと、深谷さんは不思議そうに振り返った。
「え? なになに?」
しかし時すでに遅し。
彼女はスライムの存在に気付かないまま、後ろ向きに小走りで戻ってくる。
「えっほ、えっほ……って、何?」
次の瞬間。
ベチャ。
彼女のかかとが、一匹目のスライムを踏み抜いた。
「……」
ベチャッ。
二匹目。
「……え?」
ブチュッ。
三匹目。
「……」
数秒の沈黙。
そこに残ったのは、謎の液体になったスライムたちだった。
「え、木村? どうしたの?」
深谷さんは何事もなかったかのように首を傾げる。
俺は言葉が出なかった。
いや、待て。
今の何?
攻撃した?
違う。
ただ歩いていただけだ。
それなのにスライム三匹が一瞬で消滅した。
「……あ、いや。何でもない」
「えー? 何それ。びっくりさせないでよー」
頬を膨らませる深谷さん。
いや、びっくりしたのはこっちなんだけど。
ステータスが高いとは思っていた。
でも、まさか。
踏むだけで魔物を倒せるほどとは思っていなかった。
「さ、行こ! 木村!」
「あ、うん……」
軽い足取りで歩き出す深谷さんの背中を見ながら、俺は改めて思った。
この世界で一番危険なのは魔物じゃない。
たぶん、この天然チート陽キャ女子だ。
こうして――。
最強陽キャギャルと、最弱陰キャもやし男の異世界生活が始まった。




