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離縁したいので、家を出ます

作者: sano
掲載日:2026/07/05

2026.7.8 今更ですが、恋愛要素ないから恋愛ジャンルは違うのでは?と思い、純文学に変更しました。




目の前の相手に、微笑んで相槌をうちながら、私は何をやっているのだろうと自問自答する。

夫がいかに稀代の魔法使いであるかなんて百も承知であるが、どれほど素晴らしいかをずっと語られると「あぁ、平凡な男であれば、この意味のない時間も無かったのかもしれない」と思えてくる。



「あら、もうこんな時間。私、夕食の支度をしなくっちゃ。失礼致します。」



有無も言わせず、しかし失礼にならないスピード感で私はその決まり文句を相手に伝えて、夫の執務室から逃げ出した。

こんな事になるのなら、大事そうな資料をわざわざ届けに行かなければ良かった。夫がうっかり忘れてしまったのかしら、なんて思わなければ良かったのに。

夫の上司とかいう男に見つかり、夫がいかに素晴らしい男であるかを延々と聞かされ、遠回しにお前が妻だなんて不似合いだとやんわりと言われる。こんな不毛で不快な時間を送るぐらいなら、家で苦手な裁縫でもやっていたほうが十倍は有意義というものだ。



「ルイ、こういう時こそ貴方に泣いてほしいのに。可愛い子ね。眠くなっちゃったの?」



腕の中ですやすや寝ている我が子に、少し愚痴を言った。

半年前に産まれた我が子は、すっかり熟睡しており、夫の上司の前では実に良い子だった。いつものように、ぐずったり泣いてくれれば、それを理由にもう少し早く帰れたものであるが、赤子はそんなものだ。泣いてほしくない時ほどちゃんと泣くし、今なら完璧に対応できるぞと意気込んだ時は意外とご機嫌だったりする。そんな理不尽すらも可愛いのであるが。


ようやく家に帰って、赤ん坊のミルクと離乳食、私が食べるスープを手際よく作っていく。

今日も夫は深夜にならないと帰って来ないだろうし、もしかしたら職場で寝るかもしれないから、夕食なんて絶対に必要ないだろうが、念のため。念のために、夫の分も考えてスープを作る。どうせ、残ったとしても明日私の食事にすればいいのだから。



「今日で、ルイが産まれて半年かぁ⋯⋯。」



スープをコトコトと煮ながら、離乳食を作りながら、合間でルイの様子も確認しながら、私はついに決意した。

よし。この家を出よう。











私がまだ独身で、城下町の食堂で働いていた時だった。

今の夫であるルシアンと出会った。当時から期待の魔法使いとして、魔法局でも注目されていたらしい。

そんな彼が、私が働いている食堂によく来る常連なのがきっかけになり、次第に話すようになって、恋仲になった。そして、とんとん拍子で結婚。


魔法局で働く彼にとって、私の何が良かったのだろう?

私は田舎出身で、実家だって平々凡々。決してお金持ちではないし、貴族出身でも勿論ない。ルシアンも貴族ではないものの、その才覚があれば貴族やお金持ちのお嬢さんと結婚できた筈なのに。しかし、彼は私と結婚をした。


魔法なんてこれっぽっちも知らない私ではあるが、彼が魔法の天才であること位なら分かった。だからこそ、こぢんまりとした結婚式だけ挙げたら満足だった。新婚旅行に行ってないことも、毎日遅くに帰ってくることも、なんなら数日帰ってこない時があっても、別に良かった。いや、正直なところ良くはないが、覚悟の上であった。仕事の忙しさは付き合っていた時から知っていたし、プロポーズを受けた時に、私は全力で彼のサポートをしようと決めていた。


だから、私は我慢した。他の魔法使いの奥様方は、貴族であったり、魔法使いであったり、お金持ちのお嬢さんが多い中、私は悪い意味で浮いていた。裏で「なんだか地味な妻」だと揶揄されても、我慢した。事実そうだし。地味なりに、ルシアンのサポートを頑張れば良いんだって思っていた。





妊娠中の出来事である。それは、建国祭があった日のことであった。

珍しくルシアンが休みだったから、二人で建国祭へと出かけた。実に久しぶりである、というか結婚してから初めてのデートだった。二人でのんびり散策していると、ルシアンの同僚の方々と偶然出くわした。一応私のことも紹介してくれたけど、魔法局に勤めている魔法使いの方が私に話すこともなく。気がつけば、ルシアンの周りには魔法使いの皆さんが、私は隅っこの方に追いやられるような形になっていた。まるで部外者のような扱いだ。


久しぶりの二人の外出だったのになぁ。


そう思いつつも、同僚と仲が良いのは悪いことではない、むしろ良いことではないかと自分で自分を励ました。妊娠中ということもあり、疲れてきた私は、近くにいた美人の方に離脱する旨を伝えて、とっとと帰ることにした。

美人の方も、心なしか私が帰ることに嬉しそうな顔をしていたのは、私が捻くれているせいだと思いたい。きっと心に余裕がないんだなと私は自分に言い聞かせた。ルシアンが同僚と話しているうちに私が離れていることに気が付いていないのも、せっかくの二人きりの外出がこうして終わってしまったことも、誰のせいでもない。ルシアンにそれを当たってしまってはいけない。こうして苛々しているのも、私は今日機嫌が悪いんだなと思った。だから、もう今日はゆっくりしよう。そうして家に帰ってからだいぶ経った頃に、夫は帰ってきた。



「帰るなら、言ってくれれば良かったのに。」


少しだけ不機嫌そうに言われた時に、プチリと何かが切れた気がした。

まだ苛々を閉じ込めきれていなかった私は、その微妙に不機嫌さをのせたニュアンスに我慢ならなかった。


「言ったわよ、金髪の美人の人に。疲れたからって。妊娠中だから、皆さんの歩くスピードに付いて行けなかったの。言いたいことはそれだけ?じゃあ、もう、いい?今日は疲れたから寝たいの。」


そう言って、私は自室へと戻った。夫の顔なんか見てない。けれど、私が怒っていることは伝わっただろう。まぁ、いいか。どうせまた仕事三昧で滅多に会わなくなるんだから。

ルシアンの提案により、寝室を分けることにしたのだが、今はその提案に感謝した。元々は帰るのが遅くなる時もあるだろうからという配慮から寝室が別になった訳であるが、こういう時に別室というのは救われる。


そして、その時からだったと思う。

この家を出るかもしれないと思うようになったのは。













「マリーゼさん。面会の依頼がきてますよ。」


私は顔を上げた。園長である優しげな中年の女性から面会について聞いてみると、やはり夫であるルシアンからであった。


「拒否でお願いします。当初の希望通り、一ヶ月以降であれば、面会に臨むとも言っておいて下さい。」


私は、『エデンの園』と呼ばれる聖教会が運営している施設にいた。勿論、ルイを連れて。家から出た私はそのまま此処に来た。『エデンの園』は事情のある女性や子供を保護してくれる施設で、ある日新聞で此処についての情報が載っているのを見て、私はこんな場所があるのかと知った。

私の実家に帰るには馬車で約二日ほどかかる。生後半年のルイを連れて帰るには大変である。それに、私の両親はルシアンをとても大切にしているので、私が会いたくないと言っても、ルシアンの希望通りにするだろうと思ったので、私は『エデンの園』にお世話になることにした。

必須ではないが、ある程度のお金を持って行った方がいいとも聞いていたため、少しずつ貯めていたお金をお渡しした。これは、結婚してからルシアンが私へのお小遣いとして渡してくれたお金を貯めたものである。中々の金額になっていて、私は少し誇らしい気持ちになった。節約を頑張って貯めた甲斐があるというものだ。


「思ったよりも、私がいなくなったことに気が付いたの早かったわね。」


まだ出て行って二日しか経っていないのに。そんな事をポツリと呟くと、隣で一緒に赤子の面倒を見ている女性がクスリと笑った。

家を出て行く時に、ちゃんと書き置きは残しておいた。ルイと共に『エデンの園』へ行くこと、一ヶ月間は貴方に会う気はないこと、私としては離縁するつもりではあるがその辺りは一ヶ月経った以降に話し合いましょうと。

それなのに、すぐさま面会の依頼とは。すんなり受け入れて静かに待っているかと思ったのに。私の予想は外れた。





「マリーゼさん。また、面会の依頼がきてます。ほぼ毎日ですねぇ。」


園長がおっとりと困ったように話す。その様子に私は申し訳なくなった。家を出て、一週間と二日が経った。一ヶ月間は会うつもりはないと書いたはずなのに、ルシアンはもう毎日のように『エデンの園』に来ては面会の依頼をしているらしい。つまり、約一週間ほど通い詰めている訳だ。そんなに暇ではなかったはずなのに。よっぽど話したいらしい。けれど、私も同じ思いをした。過去、何度もルシアンに話したいことがあると言っても相手にしてもらえなかった。

また今度。また今度。いつもそう言うだけで、結局その『また今度』は来ないまま、今日を迎えていた。


「拒否でお願いします。私が話し合いたかった時に、夫はそうしてくれなかったもの。だから、私もそうします。家を出て一ヶ月後の日に面会しましょうと伝えて下さい。」


『エデンの園』は聖教会が運営しており、女性と子供の保護を目的としている。そのため、女性や子供側が面会を希望しなければ、外部の者は会うことは出来ないのだ。それが、どんなに稀代の魔法使いであっても。魔法局のエリートであっても。私はニコリと笑って今日も拒否した。











「マリーゼ⋯⋯⋯その、すまなかった。」


家を出てから、きっかり一ヶ月後の今日。午前中に面会となった。平日の午前中だなんて、仕事は大丈夫なのかと心配になるが、まぁ離婚の危機ともなれば許してもらえるのかもしれない。一ヶ月ぶりに会ったルシアンは顔を少し青くしており、萎れている花のように弱々しく見えた。


「それは、何に対しての謝罪なの?」

「そのー、⋯⋯前に話し合いたいと言われたけど、それを叶えられなかったこと。」

「そうね。私の気持ち、少しは理解してくれた?お願いをしても、無下にされるってちょっと傷付くでしょ?」


コクコクと大人しく頷く夫を見て、少し私はすっきりした。いやね、私性格が悪くなったのかもしれない。そんな夫を見て胸がすっきりしてしまうなんて。でも、話はこれで終わりではない。私が怒っている本質ですらない。早速、私は家を出た理由を話すことにした。



「私がルイと一緒に家を出たのは、ルイの将来を考えた時に、今の環境は良くないと思ったからよ。だって、貴方、帰って来ないんだもの。夜遅くに帰ってくるのは勿論、何の連絡も無しに帰って来ない日もあるじゃない?ねぇ、ルイが産まれてもう七ヶ月。家を出た日がちょうど半年になるけれど。


貴方は、ルイのことを何回抱っこしましたか?

何回ミルクをあげましたか?

何回おむつを替えましたか?

何回あやしてくれましたか?

何回ルイが笑った顔を見ましたか?


⋯⋯⋯⋯⋯無いわよね?一回も無いわよね?

ああ、そういえば、抱っこは一回だけあるわね。私が抱っこしてあげてって何回も言ったから、それでようやく抱っこしたわよね。その一回きりだった。


私のことはいいの。私は自分で望んで、貴方と結婚したんだから。滅多に帰ってこなくっても、覚悟していたもの。でもね、同じ思いをルイにさせたくない。ルイがもう少し大きくなって、話せるようになって、ある日なんでパパはいつもいないの?って聞かれたくない。パパはたまにしか家にいないんだねって寂しい思いをさせたくない。パパの顔色を窺うような子になってほしくない。


だから、家を出たの。私が望むのは離縁すること。滅多にいないパパであれば、むしろいない方がまだマシだと思うの。ねぇ、そう思わない?」


体が固まってピクリともしない夫に私は、ニコリと笑った。

ルシアンは完全に言葉を失っていたが、私がもう面会を切り上げようと椅子から立った途端に、慌てて色々と言ってきた。口から出ている言葉は、かつての私が望んでいた内容だったけれど、今の私にはあまり響かないものだった。だって、言葉はなんとでも言える。嘘を本当かのように言うことだってできるのだから。何の意味もない。私はもう行動でしか信用できないようになってしまったのだから。



「離縁したくないのであれば、行動で証明して下さい。ちゃんとルイと接する時間を確保していると私がそう思ったら、家に戻ります。でも、そう思えなかったら、離縁したいです。⋯⋯『エデンの園』って、そういう離縁に関するトラブルの相談にのってくれるんですって。とても助かるわ。だから、のんびりとは待ってられないかも。」













私は『エデンの園』にいるため、状況がよく分かっていないが、どうやら夫であるルシアンはあろうことか、辞職届を出したらしい。無論、それを周りがすんなり受け取れる訳もなく、魔法局は大騒動になっているらしい。園長が少しだけ黒い笑みを見せながら、楽しそうに教えてくれた。

なんでも、元々魔法局は激務のため、ルシアンだけではなく他の方々も中々家に帰れていなかったらしい。そんな状況で、天才と謳われて注目を集めているルシアンが妻に離縁されたくないと辞職届を出し、辞める辞めないで揉めている内に、周りの者達も仕事が多すぎて家に帰れていないと声をあげ始めたらしい。魔法局のトップがそれを収めようとしているが、もうぐちゃぐちゃで、国王陛下や王妃も事態を重く見ているとか。


あの面会以降も、ルシアンは頻繁に面会に来るし、手紙が届いたりする。手紙には辞職の進捗を書いているが、中々辞めるまでは道のりが長そうだ。私としては、すぱっと離縁してもらって、それで仕事に邁進してもらって一向に構わないのであるが。それを何回か伝えたものの、夫は頑なに離縁を嫌がっている。


でも、結婚してからの態度を見るに、貴方全然家庭のことを顧みてなかったじゃない。建国祭の時だって、妊娠中の私よりも同僚の方々を優先していましたし。ルイのことも全然構っていませんでしたし。そのように、チクチクと嫌味を書いた返信を送ったり、面会で言ったりしている。そう言われた時、夫は意気消沈しているが、もうこっちは離縁しても良いと覚悟を決めたのだ。夫が傷付こうが、知ったこっちゃない。


今日もルイは笑顔で玩具を楽しんでいる。我が子が笑顔であればそれで良い。しかも『エデンの園』には、赤ん坊もいれば五歳の走り回る子もいるという、いわば子供のパラダイスなのである。赤ん坊がいたり、怪我をしている等の理由で外に仕事へ行けない者達は、此処にいる子供全員の面倒を教会のシスターと共にみる。そして、働ける女性は外でバリバリ稼ぎに行くという訳だ。そのシステムのおかげで、『エデンの園』に来るまでは子供の世話等で仕事ができなかった女性であっても、次第に仕事を得ることができるのだ。そして、その給料を『エデンの園』へ仕送りをしたり、もしくは別の場所で移り住んだりして自立する、という訳だ。

つまり、此処には色々な女性の子供がたくさんいて、そんな子供達に囲まれながらお世話をしている生活はとても楽しく、今のところ私は『エデンの園』を出るつもりはない。


『必ず辞職して家庭にもっと向き合える職に就くから離縁しないで欲しい。』という手紙を見ながら、私は期待せずにルイを抱っこしながら待つことにしている。







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