部屋にいる見知らぬおじさんの話(一話完結)
「なあ、少年。暇してるかい?友達にならないかい?」
「うわっ。おじさん誰。どうやって僕の部屋にはいったのさ。」
「私は、まだお兄さんだよ、少年。人を傷つける言葉をそんな簡単に吐いちゃいけない。暴言だよ、暴言。」
「お兄さんは、無精ひげに顔を覆われてないし、不法侵入もしない。第一、そんなに太ってないし。てか、静かにしてよ。」
「あーあ、言っちゃったね。いくら寛大なお兄さんでも、そんなに言われて黙ってないよ。もう帰っちゃおうかな。大事な要件があるけど、もう帰っちゃおうかな~。」
「お願いだから静かにしてよ。てか、帰ってよ~。」
突然僕の部屋に現れた謎のおじさんは、ぶつくさと文句を言いながらも、その言葉とは裏腹にクッションとお菓子を用意して、部屋でだらける準備を始めた。
「ねえ、僕もう寝るところなんだけど。早く帰ってくんない?」
「まあ、待てよ少年。私は、大事な仕事でここに参上したんだよ。それに、仕事に移る前に、1つ小話を聞いてもらいたい。」
「えー。」
「『えー』じゃない。君にも関わる大事な話なんだよ。ほら、飴ちゃんあげるから。」
おじさんは、そういってポケットからくしゃくしゃの飴を差し出してくる。正直、飴なんて食べたいような気分でもなかったけど、人から何かをもらう気分が懐かしくて、つい受け取ってしまう。
「おじさん、帰りそうにないし、それ聞くから終わったら帰ってよね。」
「仕事まで終わったらすぐ帰るよ。じゃあ、小話なんだがな、12月ってなんで師走って呼ばれるかしってるか?」
「なんか、仏教のしきたりなんだっけ。お坊さんが修行するから忙しいみたいな。」
「おお!よく知ってるな少年。でも、それっておかしくないと思わないか?だって、坊さんなんて今の時代じゃ、そう多いものじゃないし、第一、師走にはもっと忙しくしている男がいるはずだ。」
「誰?うちのおとうさんは、年末忙しそうにしてたけど、そういうことじゃないんでしょ?」
「大正解だぞ少年!12月に一番忙しいのは、お父さん、つまりはサンタクロースだな。」
「『大正解』じゃないだろ!いたいけな少年の前でなに言ってくれてるんだ。」
「ふふふ、そのツッコミを聞くに、少年はもう現実を知ってしまったようだね。だがね、世界は広いんだ、夢の国が実在するように、この世界にはサンタクロースだって存在してる。今日は、師走になると子供たちへのプレゼントの準備で目が回るほど忙しい、そんなサンタクロースのお話を聞かせてやろう。」
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「ついにやってきてしまった。この地獄の月が……」
サンタクロース見習いのケンは残り2日を示した11月のカレンダーを眺め、肩を落としていた。サンタクロースは、そのサンタ技術でランクが定められ、低級であるほど入手難易度が高かったり、大量のプレゼントを望む、強欲で厄介な子供の相手、つまりは面倒な仕事を押し付けられる。今年でサンタクロース歴が3年になるケンは、悪戦苦闘しながらも全力でサンタクロースを遂行してきたのだが、うまく結果が残せず、いまだ見習いの烙印を押されてしまっていた。
「今年こそは、中級。最低でも低級サンタにならないと職なしになっちまう。」
ケンが焦るのにも理由がある。というのもサンタクロースは、実は公務員である。子供たちの夢は、大人たちが汗と血を流して納めた血税で形成されているのだ。公務員であるということはつまり、サンタクロースになるためには、公務員試験を受ける必要があるのだ。サンタクロース見習いであるケンも当然それを突破しているわけだが、なんとその期限が今年で失効するのである。今年も、子供たちからの「サンタさん、ありがとう。」をもらうことができなければ、ケンはサンタクロースになることができなくなってしまう。
「本当に今年こそ頼む。初年度は、世界中のゲーム機を独占しようとしたケビンが、1台しかもらえずギャン泣き。去年は、月の権利書を欲しがった貴族のサラが、25日の夕方になって法的効力を持たないことを知って大落胆。本当に今年こそは、今年こそは普通のプレゼントで頼む。」
サンタクロースの特別なスキルとして煙突間をワープできるというものがある。これを使い、ケンはターゲットの少年の部屋に忍び込む。部屋をぼんやりと見渡す。ベッドに勉強机。机の上にはさっきまで勉強してたであろう、算数の教科書ときれいな写真立てに入れられた家族写真が飾られている。
「とりあえず、第一段階は突破かな。」
ケンはそっと胸をなでおろした。というのも、部屋の様子を見れば、プレゼントの良し悪しはかなり分かるものなのだ。強欲な子供の部屋は、ものが多く、何より散らかっている。難易度の高いプレゼントをねだる子供は、逆に過剰に部屋が整頓されている。ケンの目で見るに、この少年の部屋は程よく生活感と真面目さを感じさせるいかにも普通の子供の部屋だった。
枕元に大きな靴下を発見する。誰かと一緒に編んだのであろうそれは、ケンにサンタクロースとして働くことを決意した気持ちを思い出させた。ケンは、世界中の子供たちの笑顔のためにサンタクロースになろうと決めたのだった。
「少年のために、最高のプレゼントを用意してやろうかね。」
いっそう気合を入れて、靴下のなかを見ると手紙が入っていた。
【サンタさんへ。さるの手が欲しいです】
「……へ?」
明らかに緊急事態だった。
「は?なにを頼んでいるんだ少年!猿の手ってあれだよな。W・ジェイコブスが書いた小説に出てくる、3つまでの願いを歪んだ形で叶えるあれ。家族を蘇生しようとしたら、ゾンビで生き返らせたあれだよな。そもそもなんで願いをかなえるのに、サンタに直で頼まず、おぞましい中間業者使おうとしてんだよ。サイコパスだよ、サイコパス自傷癖少年だよ。」
サンタクロースがいるこの世界には、猿の手という魔法の道具が果たしてあるのだろうか。答えは否である。きっと読者のあなただって、そんな類のもの見たことないだろう。サンタクロースだって、できることは煙突ワープぐらいで、大部分はただの人間と変わらない。猿の手なんてものは、サンタクロースには準備することのできない代物なのだ。
「少年が、創作物とか知らずに、ただただ猿の手を欲しがった可能性はないのか。」
ないだろうな。少年のメモには【おばあちゃんを治してあげたい!】と大きな字で書いてある。
「いかにも猿の手に願いたくなりそうなもんだな。」
さあ、どうする。
猿の手は準備できないが、ケンも全くの無策というわけではない。少年を満足させることができれば、低級だとしても一人前のサンタクロースにはなれる。
おばあちゃんに効くサプリメントはどうだろうか。いや、プレゼントを最初に見たときの満足度は評価に大きく影響する。想像していたものと違うものが届いたとなれば、少年の落胆は大きいだろう。
「となれば、これしかないだろう。」
ケンの策とはこうである。まず、何の効力もない猿の手もどきを粘土で作り、それに盗聴器を仕掛ける。クリスマス当日は、これを少年の枕元に置き、それからは少年が猿の手に何かを願うまで監視する。少年が猿の手に願った様子を見せたら、マンパワーでそれを解決する。
問題は、少年が欲したのが猿の手であることである。
少年の願いに、自分の願いが最悪の方法で叶えられることまで含まれているとしたら、その実現は極めて難しいものである。それに、少年が単に願いを叶えるものとして猿の手を認識していたら?少年の真意がわからないことには大事故を引き起こす可能性がある。
ケンが、次の日から始めたことは、少年の身辺調査だった。少年はどのように猿の手を認識しているのか。少年のおばあちゃんは、果たしてどんな健康状態なのか。これらが分かれば少年の願いを叶えることができるかもしれない。
だが、ケンがいくら少年の身辺を調査しようと、少年の周りから猿の手が出てくる本は見つからず、おばあちゃんが病に蝕まれている様子は確認できなかった。それもそのはずで、サンタクロースとしての修行を積んだケンは、サンタ技術以外にはからっきしであり、探偵の真似事が務まるはずもなかった。
ケンの調査で分かったことといえば、少年はおそらくおばあちゃんと2人暮らしであり、友達と呼べるものはほとんどいないということである。もし、ケンが気づいていないだけでおばあちゃんが病んでいるとしたら、唯一の家族としてそれを救えるなにかにすがろうとするのも、養ってもらいながら自分だけ健康であることによる罪悪感から猿の手を欲するのもあり得るかもしれない。ところどころに釈然としない要素があることを感じながらも、もはや目の前であるクリスマスを前に、ケンは少年の願いをそう結論付けた。
ケンは、少年の願いを叶える方法を持ち合わせていた。それは、少年がおばあちゃんのドナー、つまり臓器提供の素材となることである。現存の臓器を一新すればおばあちゃんの健康状態は間違いなく好転するだろうが、少年は年齢からみてもまず助からないであろう。少年はおばあちゃんと共に暮らせる未来のために願ったが、その未来に少年は存在しない。それは、いかにも猿の手が行う所業のそれであった。果たして、それでいいのだろうか。少年の願いを叶えるためには、少年の望みを途絶えさせなければならない。そのジレンマは、極限までケンの精神を疲弊させていった。
国が運営するサンタ協会には、社会規範部という部署が存在する。ケンが今回の判断を仰ぐために上に通告したところ、
【委細承知。バックアップこそすれど、判断は現場にあり。】
とあまりに淡泊な返事が返ってきた。責任はすべて現場にとらせる気のようである。去年も一昨年も、同じようなものだったのでわかってはいたことであるが、ケンにとってあまりに苦しい通達文であった。
ケンは悩んだ。悩んで悩んで悩みつくした。
そして、一筋の光がケンに差し込んだ。
朝日である。
「あぁ、朝か。一晩中考えていたのか……って朝⁉もう始まっているじゃないかクリスマス!」
慌てて、煙突に入り少年の部屋へ。猿の手(仮)を少年の靴下の中へと入れる。なんだか、かわいらしい靴下におぞましい猿の手が入っている違和感がすごくて、ポケットから飴を探して詰め込むと幾分マシにまった。幸い少年は起きてなかったから、届けることはできたが準備を考えるとドナー作戦はもう無理かもしれない。でもそれでよかった。ケンが願うのは子供たちの幸せであり、彼ら自身が望んだものであろうとそれを壊すのは論外であった。気持ちよさそうに眠る少年を見て、再び自分の原点を思い出しながら、煙突から自宅へと向かう。
「ここから少年を監視して、何を願うのかちゃんと見ないと……聞かないt ...」
はっと、目が覚める。いったい何時間寝ていたんだろうかと思い、時計を見ると20分程度だった。ほっと胸をなでおろし、盗聴器から聞こえる音に耳を澄ませる。
「......ガサッ。ガサガサッ。」
なんの音だろうか。ノイズにしてはずいぶんと音がはっきり聞こえる気がした。
耳を澄ませると、遠くの方から少年のこもった声が聞こえる。
「おばあちゃんよかったね!手が届かないからほしいって言ってたでしょ。サンタさんがね、くれたの!肩もよくなるといいね!サンタさん、ありがとう!!」
少年、それは猿の手じゃなくて孫の手じゃないじゃないかなぁ。
あまりにもくだらないオチと、体全体に残る疲労感からケンは、自らの仕事のやりがいと平和を感じて、再び眠りについた。
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「ってなわけだ。まぁ、聞きたいことはたくさんあるだろうけどな元気にしてるかよ。少年。」
「そっか。僕が、テレビドラマで流れてたやつと間違っちゃったから、裏でサンタさんはそんなに苦労してたんだね。なんか、開けたときは思ったよりかっこいいのが来たなって思ったんだよ。」
目の前の謎のおじさんは、ついさっきまで怪しい泥棒だったのに、急に温かみをもった大人に見えた。
「でも、そのおじさんが数年ぶりにどうしたのさ。ばあちゃんもね、この前、急に死んじゃったんだよ。おじさんには悪いけど、あの手は、ばあちゃんの形見なんだ。返せって言われても返せないよ。」
「ああ、それはいいんだ。プレゼントだからな。おばあちゃんのことも……知ってる。今日は、違うんだ。私は仕事をしに来た。」
「仕事って?」
「去年の夏ごろ、久しぶりに声が聞こえたんだ。もう数年前に仕掛けた盗聴器なんて忘れてたからびっくりしたよ。おばあちゃんの声だった。『私が死んでからも孫が幸せにいきられますように。』って。おばあちゃん、君に友達がいないこと気にして神社に通ってたんだよ。心の底からの願いだった。
なあ、少年。おばあちゃんが亡くなった後、養子に入ったんだな。ちょっと様子を見たんだが、愛情のあるいい両親だ。だが、君は今の生活に満足しているのか?君は、自分の部屋に知らないおじさんが来ても、迷惑を掛けたらいけないと思って、大声を出せないぐらいに居場所がないんじゃないのか。」
おじさんの問いかけについ黙り込んでしまった。図星だった。ばあちゃんが死んでから僕の環境は目まぐるしく変わった。おばあちゃんは、今までほとんど様子を見にも来なかった大人たちによって、簡単に燃やされた。養子に入って、住むところが変わって、学校が変わって、朝ごはんがご飯からパンになった。新しいおとうさんとおかあさんはいい人たちだと思うけど、僕が家事をやろうとすると少し困った顔をする。なんとか、新しい生活に馴染もうとしてるけど、それは、ばあちゃんとの日々を忘れるための行為みたいだった。
「それで、おじさんは何しに来たのさ。」
「さっき、言っただろう。願いを受け取ったのさ。猿の手の製作者として、上級サンタクロースとしておばあちゃんの願いをこれから叶えるぞ。」
それからのおじさんはめちゃくちゃだった。手を握って煙突に連れていかれて、リオデジャネイロから始まって、東京、北京、バリ島、ドバイ、パリ、そして南極。世界中をあっという間に連れて行ってくれた。おじさんは、僕と友達になってくれようとしてくれていたんだと世界を2周半したあたりでようやく気が付いた。よく考えたら最初からそうだった。でも、友達になろうと、また会ってくれるかと言ったら今日が終わってしまう気がして何も言えなくなってしまった。
その日僕は地球を4周した。
2作目。批判大歓迎。




