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余命わずかな黒騎士様は私の隣でしか生きられない  作者: 秋月 もみじ


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8/10

第8話 聖女様の浄化が限界らしいので、最後の「出張清掃」に参ります


 臭い。

 朝起きて一番に感じたのは、その不快感だった。


「……換気扇、壊れたかな」


 私はベッドから起き上がり、窓を開けた。

 入ってきたのは、爽やかな朝の空気ではなく、ドブ川のような湿った生温かい風だった。


「うわぁ」


 思わず鼻をつまむ。

 南の空――王都の方角を見ると、そこはもう「曇り」なんてレベルじゃなかった。

 空全体がどす黒く脈打っている。

 巨大な黒カビが、空というキャンバスを侵食しているみたいだ。


 コンコン。

 控えめなノックの後、アルベルト様が入ってきた。

 彼は完全武装していた。

 いつものラフなシャツ姿ではなく、私と出会った時のような漆黒の全身鎧。


「ミナ。窓を閉めろ。空気が悪い」

「アルベルト様、あの空は……」

「王都の結界が砕けたようだ。……溢れた汚水(魔物)が、こちらへ流れ込んでくる」


 彼は淡々と言った。

 まるで他人事のように。


「結界強度を最大にした。この屋敷なら、多少の余波は防げる。君はここで紅茶でも飲んでいればいい」

「王都の人たちは?」

「知らん」


 即答だった。

 冷徹な切り捨て。

 でも、彼を責める気にはなれない。

 あそこは彼を「呪われた化け物」と呼び、私を「ゴミ」と呼んで捨てた場所だ。

 因果応報と言えばそれまでだ。


 でも。


『――たすけて』


 あのアリアちゃんの、泣き出しそうな顔が脳裏をよぎる。

 それに、この臭いだ。

 ここ(辺境)に引きこもっていても、いずれこの悪臭は隙間から入ってくるだろう。

 洗濯物も干せないし、美味しいスコーンもカビ臭くなる。


 それは、私の「快適な生活」に対する重大な脅威だ。


「……アルベルト様」

「なんだ」

「行きます」

「駄目だ」


 食い気味に却下された。

 彼は私の肩を掴み、真剣な眼差しを向けてくる。


「危険だ。君に指一本触れさせたくない」

「でも、このままだと洗濯物が干せません」

「……は?」


 アルベルト様が目を丸くした。

 私は構わず続ける。


「それに、汚れは元から断たないと。換気扇の掃除をサボって部屋中に油が回ってからじゃ、手遅れなんですよ」

「君は……国難をキッチンの掃除か何かと勘違いしていないか?」

「似たようなものです。汚いのは嫌いですから」


 私はドレッサーの引き出しを開けた。

 中から取り出したのは、ゴム手袋と、特製のスプレーボトル(中身は教会からくすね……貰った聖水)。

 そして、部屋の隅に立てかけてあった愛用の「ロングモップ」。


「準備完了です」

「本気か」

「はい。あのアリアがやり残した仕事、私が片付けてきます」


 アルベルト様は深い溜息をついた。

 そして、諦めたように笑う。


「……勝てないな、君には」


 彼は私の手を取り、その甲に口づけを落とした。

 冷たいガントレットの感触。


「わかった。ならば俺が道を切り開く。君はそのモップで、好きなだけ掃除をすればいい」

「頼りにしています、旦那様」


 ◇


 屋敷の前には、精鋭騎士団が整列していた。

 数百騎。

 全員が、私のおかげでピカピカになった鎧を身につけている。


「総員、聞け!」


 アルベルト様の号令が響く。


「これより王都へ向かう! 目的は国王の救助でも、国の防衛でもない!」


 彼は剣を抜き、高らかに宣言した。


「我が妻(予定)が、『洗濯物が干せないから掃除しに行く』と仰った! 全力を挙げて、その道を確保せよ!!」


『応ォォォォォォッ!!』


 騎士たちが雄叫びを上げる。

 え、動機そこなの?

 もっと「正義のために」とかないの?


「ミナ様のためなら、魔王だって雑巾にしてやりますぜ!」

「俺たちの鎧を磨いてくれた恩、今こそ返す時だ!」


 騎士たちがキラキラした目で私を見ている。

 どうやら彼らにとって私は、王様よりも重要なVIPらしい。

 嬉しいけど、責任重大だ。


「行こう、ミナ」


 アルベルト様が私を馬上に引き上げた。

 彼の腕の中、特等席。


 馬が駆け出す。

 目指すは南、黒い雲が渦巻く王都。


 道中、景色は凄惨だった。

 森の木々は枯れ、地面からは黒い瘴気が吹き出している。

 時折、狼や熊のような形の「黒い影(魔物)」が襲いかかってきた。


「邪魔だ!」


 アルベルト様が一閃する。

 剣圧だけで、魔物が真っ二つに裂ける。


「うわ、飛び散った」


 私は反射的にスプレーをシュッとかけた。

 飛び散った黒い体液が、霧吹きに当たってジュワッと消滅する。


「ナイスフォローだ」

「いえ、服に付くと落ちにくいので」


 そんな夫婦漫才みたいな連携をしながら、私たちは進んだ。

 私の体の中にある「何か」が、熱く脈打つのを感じる。

 あれだけの汚れを見せつけられて、掃除屋の血が騒がないわけがない。


 待ってなさい、王都の汚れ。

 私の「ダイ○ン級吸引力」で、根こそぎ吸い尽くしてやるから。


 遠くに見えてきた王都の城壁は、今にも黒い波に飲み込まれそうだった。

 次回、いよいよ大掃除の本番だ。

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