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余命わずかな黒騎士様は私の隣でしか生きられない  作者: 秋月 もみじ


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6/10

第6話 街に出かけたら、呪いのアイテムが激安だったので買い占めました


「……目立つ」

「そうか? 地味な服を選んだつもりだが」


 私は隣を歩くアルベルト様を見上げて、深い溜息をついた。


 今日は久しぶりの外出だ。

 屋敷に缶詰状態でカビが生えそうだった私を見かねて、アルベルト様が「視察」という名目のデートに連れ出してくれたのだ。


 お互いに変装をしている。

 私は町娘風のシンプルなワンピースに、髪をスカーフでまとめた姿。

 アルベルト様は、豪奢な騎士服ではなく、平民風の茶色のシャツにベスト。そして顔を隠すための伊達眼鏡。


 しかし、隠しきれていない。

 隠せるわけがない。


 無駄に長い脚、シャツの上からでもわかる厚い胸板、そして眼鏡の奥から放たれる知的で冷徹な色気。

 どう見ても「お忍び中の高貴な方」だ。


「みんな見てますよ」

「君が可愛いからだろう」

「……そういうとこですよ」


 サラッと言うからタチが悪い。

 私は顔が熱くなるのを誤魔化すように、彼と繋いでいない方の手で頬を仰いだ。

 繋いでいる方の手は、ガッチリと恋人繋ぎされていて離れない。


 ◇


 辺境伯領の城下町は、活気に溢れていた。

 黒い石造りの建物が並ぶ無骨な街だが、行き交う人々の顔は明るい。

 最近、領主様(アルベルト様)の機嫌が良いおかげで、街の空気も軽くなっているらしい。


 私たちはメインストリートを抜け、少し奥まった場所にある「蚤の市」へと足を運んだ。


「ここは少し空気が悪いな。戻ろうか?」

「いえ、ここがいいんです。掘り出し物がありそうで」


 アルベルト様は眉をひそめたが、私はワクワクしていた。

 整然とした高級店より、こういう雑多な場所の方が落ち着く。

 それに、私の「掃除アンテナ」が反応しているのだ。


 しばらく歩くと、市場の端っこに、ひときわ暗いオーラを放つ露店を見つけた。


 看板には『訳あり品・処分市』の文字。

 客は誰もいない。

 店主の爺さんが、退屈そうにパイプを吹かしている。


「あら」


 私は並べられている商品を見て、目を輝かせた。


 泥だらけの銀食器。

 黒ずんだペンダント。

 何かの動物の骨で作られた短剣。


 どれもこれも、見事なまでに「汚れて」いる。

 普通の人にはドス黒い瘴気に見えるのだろうが、私には「磨けば光る原石」にしか見えない。


「いらっしゃい……と言いたいが、お嬢ちゃん。悪いことは言わねぇ、あっちに行きな」


 店主がしわがれ声で警告した。


「ここの品は全部『呪い付き』だ。死人の持ち物や、魔の森から拾ってきたガラクタさ。触ると指が腐るぜ」

「まあ、物騒な」


 私はクスクスと笑った。

 腐るも何も、ただの油汚れじゃないか。


「これ、いくらですか?」


 私が指差したのは、特に汚れが酷い大粒のサファイアのネックレスだ。

 宝石の輝きは完全に失われ、真っ黒な炭の塊のようになっている。


「あ? そりゃあ元は貴族の特注品だが……今はただの石ころ以下だ。銀貨三枚でいいぞ」

「三枚! 安い!」


 新品なら金貨数十枚はする代物だ。

 私は思わず前のめりになった。


「買います。あと、そっちの黒ずんだ短剣と、その煤けた手鏡も」

「お、おい! 正気か!? 素手で触るなよ!」


 店主が慌てて止めようとするが、私はもうネックレスを手に取っていた。


 ズシリと重い。

 物理的な重さではなく、怨念の重さだ。

 普通の人なら即死レベルかもしれない。


「アルベルト様、ハンカチ貸してください」

「……どうぞ。君専用の予備だ」


 アルベルト様は呆れた顔をしながらも、胸ポケットから新しい絹のハンカチを出してくれた。

 さすがスパダリ。準備がいい。


 私はハンカチでネックレスを包み込むと、親指に力を入れてグイッと擦った。


「んしょ……っ!」


 キュッ、という音が鳴る。

 ハンカチを開くと、そこには真っ黒なタール状の汚れが付着し、代わりにネックレスからは吸い込まれるような深い青色の輝きが溢れ出していた。


「なっ……!?」


 店主のパイプが口から落ちた。

 カラン、と乾いた音が響く。


「じょ、浄化……!? 一瞬で!? しかもそんな、雑巾がけみたいな手つきで!?」

「雑巾がけですけど」


 私は悪びれずに答えた。

 ついでに短剣も拭く。

 刃にこびりついた血糊のような瘴気が取れ、鋭い銀の刃が復活する。

 手鏡も磨く。

 曇っていた鏡面がクリアになり、私の顔を映し出す。


「ふぅ、スッキリ」


 私はピカピカになった三点を得意げに並べた。

 ビフォーアフターの快感。これだからリサイクルショップ巡りはやめられない。


「おじさん、全部でいくら?」

「い、いや……金なんて取れねぇよ……化け物かアンタ……」

「失礼な。お客様ですよ」


 私がむっとしていると、横からアルベルト様が金貨を一枚、チャリンと置いた。


「釣りはいらん。……それと、この女性の顔は忘れろ」


 低い声。

 眼鏡の奥の瞳が、剣呑な光を放っている。

 店主は「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、カウンターの下に隠れてしまった。


「アルベルト様、脅さないでください」

「適正価格を払っただけだ。……それにしても」


 彼は私が磨き上げたサファイアを手に取り、まじまじと見つめた。


「このクラスの呪具を一瞬で無力化するとはな。君には敵わない」

「ただの掃除ですよ」

「その『ただの掃除』が、国中の魔導師を失業させるレベルだから困るんだ」


 彼は苦笑すると、そのネックレスを私の首にかけてくれた。

 冷たい宝石が肌に触れる。


「似合うよ。……君が綺麗にしたものは、君が身につけるべきだ」

「え、でもこれ呪われてたんですよ? 縁起悪くないですか?」

「君が触れた時点で、それは世界で一番清浄な守り刀だ」


 アルベルト様は満足げに頷いた。

 どうやら、私が触ったもの=彼の所有物判定に入ったらしい。

 独占欲の方向性が独特すぎる。


 ◇


 帰り道。

 私は戦利品を抱えてホクホク顔だった。

 この短剣はペーパーナイフにしよう。手鏡は毎朝の身だしなみ用に。

 安く良いものが手に入って大満足だ。


「楽しかったか?」

「はい! また来たいです」

「そうか。……なら、また連れてくる」


 アルベルト様は私の頭をポンポンと撫でた。

 その顔は穏やかだったが、ふと、彼の視線が鋭く背後の路地裏に向けられたのを、私は見逃さなかった。


「アルベルト様?」

「いや、野良猫がいたようだ。……行くぞ」


 彼は私の肩を抱き寄せ、歩く速度を少し上げた。

 守るように。隠すように。


 私はチラリと後ろを振り返った。

 夕暮れの路地裏。

 誰もいないように見えたが、ゴミ箱の影に、誰かが潜んでいるような、そんな嫌な気配がした。


「(……ホコリっぽい視線)」


 私は眉をひそめた。

 あの視線も、掃除機で吸い取れたらいいのに。


 私のささやかな休日は終わった。

 そして、この「お買い物」が、王都に潜む者たちに私の居場所と能力を決定的に知らせることになったのだと知るのは、もう少し先の話だ。

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