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余命わずかな黒騎士様は私の隣でしか生きられない  作者: 秋月 もみじ


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2/10

第2話 呪われた屋敷はホコリだらけだったので大掃除を開始します


 揺れる馬上で、私はげんなりとしていた。

 背中には硬い鎧の感触。腰には、鉄の輪のように巻き付いたアルベルト様の腕。


「あの、そろそろ苦しいんですが」

「我慢しろ。離すと死ぬ」

「私が?」

「俺が」


 会話が噛み合わない。

 この美形騎士様、見た目はクールなのに中身は相当なメンヘラかもしれない。


 やがて、森を抜けた先に巨大な石造りの城塞が見えてきた。

 辺境伯邸。

 それがこれから私の住処(監獄?)になる場所らしい。


「着いたぞ」


 門をくぐると、数人の兵士が松明を持って駆け寄ってきた。

 彼らはアルベルト様の姿を見るなり、ギョッとしたように後ずさる。


「閣下!? ご無事で……いや、その鎧の輝きは一体?」

「瘴気はどうされたのですか? いつもなら半径五メートルは枯れ果てるはずですが……」


 部下たちの反応がおかしい。

 主人が帰ってきたのに、敬礼するどころか「なんで汚れてないの?」みたいな顔をしている。

 やっぱりこの人、普段は相当な不潔キャラとして通っているに違いない。


「下がるな。客人を連れている」


 アルベルト様は私を抱えたまま馬を降りた。

 地面に下ろしてくれる気配はない。


「自分で歩けます」

「床が汚れている。君の靴が汚れる」

「……それは確かに」


 私は屋敷の入り口を見て、同意せざるを得なかった。

 重厚な扉の周りには、コールタールのような黒い粘液がへばりついている。

 扉の隙間からは、どす黒いモヤが換気扇の油汚れのように吹き出していた。


 うわぁ。

 これ、築何年?

 ハウスクリーニング入れたことある?


 中に入ると、さらに惨状は酷かった。

 広いエントランスホールは、天井の隅に巨大な蜘蛛の巣のような黒い塊がぶら下がり、床には点々と黒いシミが広がっている。

 空気も澱んでいて、カビ臭いような、腐った雑巾のような臭いが充満していた。


「……セバス!」


 アルベルト様が呼ぶと、震える執事が柱の影から現れた。


「お、お帰りなさいませ、旦那様……」

「客間を用意しろ。一番、マシな部屋だ」

「は、はい! ただちに! ですが旦那様、その女性は……平気なのですか? その、瘴気に当てられて……」


 執事さんは私を見て、幽霊でも見るような目をしている。

 失礼だな。

 確かに数時間前までOLやってた平凡な女ですけど、そこまで驚かなくても。


 ◇


 案内されたのは、三階の角部屋だった。

 アルベルト様は私を部屋のソファに下ろすと、名残惜しそうに私の手を握ったまま言った。


「俺は執務がある。少し離れるが……絶対に部屋から出るなよ」

「はいはい」

「何かあったら叫べ。すぐに行く」

「大丈夫ですから、お仕事頑張ってください」


 私が適当に手を振ると、彼は渋々といった様子で部屋を出て行った。

 バタン、と扉が閉まる。


 ようやく一人になれた。

 静寂が訪れる。


 私は部屋の中を見回した。

 そして、深いため息をついた。


「……寝れるかーっ!」


 私は叫び出しそうになるのをこらえ、頭を抱えた。

 この部屋、「一番マシ」でこれ?


 カーテンは黒ずんでいて、触ると粉が舞いそう。

 ベッドのシーツには、誰かが寝た跡のような黒い人型シミがうっすら浮いている。

 窓ガラスは曇って外が見えないし、部屋の隅には「まっくろくろすけ」みたいなホコリの塊がカサカサ動いている。


 生理的に無理。

 絶対に無理。

 こんなところで寝たら、肺に変なカビが生える。


「掃除道具……掃除道具はないの」


 私は部屋を飛び出したかったが、外にはあの重い騎士様がいるかもしれない。

 仕方ない。

 私はエプロンのポケットを探った。

 何もない。


 視線を巡らせる。

 部屋の隅に、古びたタオルと水差しが置いてあるのを見つけた。

 誰かが置き忘れたのだろうか。


武器タオル確保」


 私はタオルを水差しで濡らし、固く絞った。

 さあ、戦争の時間だ。


 まずは一番大事な寝床から。

 私はベッドに近づき、シーツの黒いシミに濡れタオルを当てた。


「ふんっ!」


 気合いを入れて拭き取る。

 すると、どうだ。

 頑固そうに見えた黒いシミが、タオルに吸い付くように剥がれ、一瞬で純白のシーツが顔を出した。


「落ちる……! 落ちるぞ!」


 気持ちいい。

 この汚れ、ただの汚れじゃない。

 拭き取った瞬間に「ジュッ」と音を立てて消滅するのだ。

 ゴミが出ない。エコだ。


 私は止まらなくなった。

 シーツを拭き上げ、枕をパンパンと叩く。

 舞い上がった黒いホコリを、私は思い切り深呼吸して吸い込んだ。


『ズズズズ……』


 私の肺が、高性能な空気清浄機のように汚れを濾過していく。

 吐き出す息は、森林浴のような爽やかな空気。

 体の中の魔力タンク(?)みたいな場所に、エネルギーが溜まっていく感覚があった。

 お腹がいっぱいになるような、不思議な満足感。


「よし、次は壁!」


 私は椅子の上に立ち、壁の黒ずみを拭き始めた。

 右へ、左へ。

 私の手が通った場所だけ、壁紙が新品のように輝きを取り戻す。


 窓も拭く。

 曇りが取れ、美しい月明かりが部屋に射し込む。

 床も磨く。

 四隅のホコリ玉を手で掴んで握りつぶす(吸収する)。


 一時間後。

 そこには、王城の貴賓室顔負けの、ピカピカに輝く空間が完成していた。


「ふぅー……」


 私は額の汗を拭い、腰に手を当てて満足げに頷いた。

 空気も美味しい。

 カビ臭さは消え、洗いたての洗濯物のような清潔な香りが漂っている。


「これなら寝られるわ」


 私がタオルを置こうとした、その時だった。

 バンッ!!

 扉が乱暴に開け放たれた。


「ミナ! 無事か!?」


 血相を変えたアルベルト様が飛び込んできた。

 剣を抜いている。敵襲だと思ったのだろうか。


 彼は部屋の中を見て、固まった。

 剣を取り落としそうになる。


「な……なん、だこれは……」


 彼は震える手で、白く輝く壁に触れ、塵一つない床を見た。

 そして、私の手にある真っ黒になったタオルに視線を釘付けにする。


「……結界? いや、浄化……? これほどの規模で……?」


 彼は恐ろしいものでも見るように私を見つめ、次の瞬間、私に駆け寄って肩を掴んだ。


「馬鹿なのか君は!!」


 怒鳴り声に、私はビクリと肩をすくめた。


「へ?」

「これほどの浄化、どれだけの魔力を使った!? いや、魔力だけでは済まないはずだ。寿命を削ったのか!? 魂を代償にしたのか!?」


 アルベルト様の顔が蒼白だ。

 本気で心配している。いや、怒っている。


「俺は……っ、俺のために死ねとは言っていない! こんな綺麗な部屋などいらない! 君が生きていなければ意味がないんだ!」


 彼は私を強く抱きしめた。

 痛い。

 鎧が当たって痛いし、彼の体から伝わる震えが止まらない。


「あ、あの……アルベルト様?」

「喋るな。消耗する。すぐに医者を……いや、司祭を……」


 私は彼の腕の中で、困り果てて天井を見上げた。

 ピカピカになった天井は気持ちがいい。


 どうしよう。

 ただ雑巾がけをしただけなんて、とても言える雰囲気じゃない。


「あの、お腹が空いたので、何か食べるものありませんか?」

「は?」

「寿命は削ってないですけど、カロリーは消費したみたいで」


 私の間の抜けた発言に、アルベルト様はぽかんと口を開けた。

 その顔が少し幼くて、私は不覚にも「可愛いな」と思ってしまった。


 でも、この時の私はまだ知らなかった。

 この「大掃除」がきっかけで、屋敷中の騎士たちが私を崇め奉ることになるなんて。

 そして、この心配性な旦那様による過保護生活が、さらに加速することになるなんて。

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