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余命わずかな黒騎士様は私の隣でしか生きられない  作者: 秋月 もみじ


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10/10

第10話 これからは「歩く空気清浄機」として、愛する旦那様の側で暮らします


 王都は、狂想曲の真っ只中だった。


「おお、ミナ様! どうか我が教会へ!」

「いいえ、我が公爵家こそが相応しい! 息子を側室に!」

「女神よ! この国を統べる王妃となってください!」


 王城のホール。

 数日前まで泥にまみれていた場所は、今やピカピカに磨き上げられ、着飾った貴族たちで埋め尽くされている。


 彼らの視線の先には、私。

 正直、うんざりだった。


「(……空気が悪い)」


 私は眉をひそめた。

 物理的な瘴気は私が吸い尽くしたので、空気は澄んでいる。

 でも、人々の欲望や計算、嫉妬といった「心の汚れ」が、ねっとりと肌にまとわりつくのだ。

 これは私の掃除機スキルでも吸い取れない。


「ミナ」


 背後から、低い声。

 アルベルト様だ。

 彼は私を背中に隠すように立ち、群がる貴族たちを睨みつけた。


「下がれ。妻が息苦しそうにしている」


 たった一言。

 それだけで、貴族たちは「ヒッ」と息を呑んで道を開けた。

 救国の英雄にして、魔王のごとき強さを知らしめた辺境伯。

 今の彼に逆らえる人間はこの国にはいない。


「行こう。馬車の用意はできている」

「はい、是非」


 私たちは逃げるように出口へ向かった。

 途中、柱の陰でモップがけをしている痩せた男とすれ違った。

 元・カイル王子だ。


「くそっ、なんで僕がこんな……」


 彼はブツブツ言いながら、床を磨いている。

 王族の位を剥奪され、平民として「掃除の修行」を命じられたらしい。

 その背中は小さく、誰も彼に見向きもしない。


 私は足を止めずに通り過ぎた。

 かける言葉もない。

 ただ、掃除の仕方がなってないな、と心の中でダメ出しだけしておいた。


 ◇


 城門の前で、アリアちゃんが待っていた。

 彼女はシンプルな神官服に身を包み、手には杖ではなく、私がプレゼントした「はたき」を持っていた。


「ミナさん……本当に行っちゃうんですか?」

「ええ。ここは私には眩しすぎるから」

「でも、これから浄化はどうすれば……」


 不安げな彼女に、私はメモ書きを渡した。


「大丈夫。汚れは溜めないことが基本よ。毎日こまめに換気して、心のホコリも早めに払うこと。あと、重曹は万能だから」

「じゅうそう……神の粉ですね。勉強になります!」


 アリアちゃんはメモを聖書のように胸に抱いた。

 彼女なら大丈夫だろう。

 一度どん底を見て、自分の弱さを知った人間は強い。

 それに、もうカイルのような「汚染源」もいないし。


「元気でね、アリアちゃん」

「はい! ミナさんも、お幸せに!」


 彼女に見送られ、私はアルベルト様の馬車に乗り込んだ。


 ◇


 馬車が走り出す。

 王都が遠ざかっていく。


 窓の外の景色が、整備された街道から、徐々に緑豊かな森へと変わっていく。

 空気が変わるのがわかった。

 都会の喧騒が消え、静寂と冷涼な風が満ちてくる。


「……やっぱり、こっちの空気が好きです」


 私が呟くと、隣に座っていたアルベルト様が優しく微笑んだ。

 あの「氷の魔公爵」と呼ばれた頃の険しさは、もうどこにもない。


「そうか。俺もだ」


 彼は私の手を握り、指を絡ませた。


「君を連れて帰れてよかった。……正直、王都に監禁されることも覚悟していた」

「私が暴れて城を壊しますよ」

「ははっ、君ならやりかねないな」


 彼は楽しそうに笑い、それから真剣な目で私を見た。


「ミナ。改めて礼を言わせてくれ。君は俺を救い、領地を救い、国まで救った。……君になら、俺の全てを捧げても足りない」

「全てって、また大袈裟な」

「大袈裟ではない。命も、名誉も、財産も。俺の心臓は、君がいないと動かないらしい」


 彼は私の手を引き寄せ、胸元に当てた。

 トクトクと、力強く脈打つ鼓動。

 以前のような不整脈や、苦しげなリズムはない。

 穏やかで、温かい音。


「だから、これからもずっと側にいてほしい。……俺の『空気清浄機』としてではなく、妻として」


 真っ直ぐなプロポーズ。

 私は顔が熱くなるのを感じた。

 便利屋扱いでも、機能重視でもない。

 ただの「私」を求めてくれている。


「……はい。こちらこそ、返品不可ですよ?」

「望むところだ」


 ◇


 数日後。

 辺境伯邸は、いつも通りの静けさに包まれていた。


 いや、以前とは少し違う。

 薄暗かった廊下には明るい陽射しが入り、騎士たちは笑顔で挨拶を交わしている。

 屋敷全体が、呼吸をするように生き生きとしていた。


 私は執務室のいつもの場所――アルベルト様の膝の上にいた。


「そこ、書き間違いがありますよ」

「ん? ああ、君に見られていると集中できないな」

「仕事してください」


 アルベルト様は私の腰に腕を回し、首筋に顔を埋めて深呼吸をする。

 

「スーッ……。ああ、最高だ。君の成分マイナスイオンを吸わないと禁断症状が出る」

「変態ですか」

「君限定のな」


 彼は悪びれずに言って、私の頬にキスをした。


 窓の外には、美しい庭園と、平和な辺境の街並みが広がっている。

 呪いも、痛みも、理不尽な命令もない世界。

 あるのは、少し過保護すぎる旦那様と、美味しい紅茶と、清潔な空間だけ。


 私は彼の胸に頭を預け、小さく息を吐いた。


「(……うん、悪くない)」


 前世で夢見たスローライフとは少し違うけれど。

 「人間空気清浄機」なんて変な二つ名がついちゃったけれど。


 ここが、私が一番綺麗でいられる場所。

 そして、私が一番必要とされている場所。


「アルベルト様」

「なんだ」

「夕食の後は、寝室のシーツ交換ですよ」

「……手伝おう。君と一緒に」


 甘いやり取りに、私はくすぐったい幸福を感じながら目を閉じた。

 明日は晴れるだろうか。

 晴れたら、布団を干そう。

 

 私の「お掃除ライフ」は、これからもずっと続いていくのだから。


(完)

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