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室町を切り開いた男

寿司の歴史は長いねぇ

「え?」


振り返ると、じっとこちらを見つめる少女が立っていた。


彼女の名は、千鶴。


杉本は一目惚れしてしまった。


「一緒に、食べようよ」


杉本は断ろうとしたが、千鶴の今にも泣きそうな顔を見て、どうしても首を横に振ることができなかった。


そしてひとくち。


「うまい。うまいぞ!!」


驚いた杉本に、千鶴がぱっと笑顔を見せる。


「そうでしょ!これが捨てられるなんて、もったいないよね!」


その笑顔を見た瞬間、杉本は心に決めた。このおいしさを広めて、千鶴と未来を一緒に味わおうと。


杉本の努力によって、ついに町では「米も一緒に食べる文化」が芽生えはじめた。


「この米、うまッ!」


「え、待って、私より熟れてない!?」


「うちの亭主より味あるわ〜!」


町中で絶賛の嵐。千鶴も嬉しそうに笑っていた。


もはや、米を捨てる者はいなかった。だが、今度は別の問題が起きる。


「半年も待てねぇ!!」


「最近、転売ヤーが増えて困ってんだよ!!」


「抽選率が、どっかの遊び道具より高いってどういうことだよ!!」


「なれずしで落選通知来るとか聞いてねえ

ぞ!!」


時間がかかる”なれずし”は、今や町の人気商品。だがそのぶん、仕込んでも仕込んでも足りない。


杉本は悩んだ。走った。寝ずに考えた。時には発酵米で体を研いだ。


「旨味が染み込んでやがる!」


ついには、大事なところまで研ごうとした瞬間、杉本は天啓を受けた。


「待てよ。この酸味、酢で再現できるんじゃないのか?」


全身に電撃が走る。


「酢で酸味をつけちまえば、発酵いらねぇじゃん!!」


こうして、”早ずし”が誕生した。


それは、「なれずし」とはまったく異なる、新しい寿司だった。


「なれずし」は、魚を塩と米で何ヶ月も発酵させてつくる保存食。


時間こそかかるが、独特の風味と深い旨味が魅力だ。


一方、「早ずし」は、酢で酸味を再現し、発酵の工程をすっ飛ばした即席の寿司。


すぐに食べられるうえ、酢飯の爽やかさが人々の心をつかんだ。


「なれずし」が”熟成された歴史の味”なら、「早ずし」ばすぐに楽しめるフレッシュな味。


こうして日本人は、「待たずに食べられる寿司」という革命を手に入れたのだった。


町のみんなはその喜びを分かち合い、寿司誕生を祝う祭りを開いた。笛の音、太鼓のリズム、舞い上がる提灯の灯り。


祭りの中心にそびえるやぐらの上で、杉本はひとつの決意を胸に秘めていた。


千鶴に、想いを伝えるのだ。


ふと、幼い頃の記憶がよみがえる。生前、父が言っていた言葉。


「うちの祖父はな、叶わぬ恋を経験したことがあるんだ」


「それがどうしたの?」


子どもの頃の杉本は興味もなく聞き流していた。


だが父は、静かに続ける。


「いずれお前にもわかる時が来る。告白するなら、相手が本に望んでいるものをあげなさい」


あのときは意味が分からなかった。だが今なら、分かる気がする。


千鶴が見えた。楽しそうに踊っている。


杉本がやぐらの上にいることに気づき、千鶴も手を振る。


杉本は急いでやぐらを降り、千鶴の手を引いて再びてっぺんに。


「わあ、綺麗。」


町を見渡しながら、千鶴が息をのむ。


「この景色より君のほうが綺麗だよ」


「ちょっと、恥ずかしいんだけど。」


赤くなる千鶴の横で、杉本はやぐらに置いてあったを抱えてくる。


「どうしたの?杉本くん」


小首をかしげる千鶴。


杉本はそっとを置き、千鶴の手を握る。


「千鶴、俺と結婚してくれ!俺には、君がいないとダメなんだ!!」


静まり返るやぐらの上。


祭りのざわめきも止まり、町の視線が二人に注がれる。


千鶴はうつむいたまま黙っていた。


そしてーー


ゆっくりと顔を上げたその表情は、嬉しそうには見えなかった。


「 え?」


杉本の声が震える。


「ごめんね。でも俵でプロポーズされるのは、ちょっと無理かも」


それだけ言って千鶴は足早にやぐらを降りていく。


「待ってくれ、千鶴!!」


杉本が叫ぶ。だが、千鶴は振り返らない。


「なんでだよ!!君は米が好きじゃなかったのか!?」


崩れ落ちる杉本。


「私、好きなのは魚のほうだから」杉本の視界が、白くかすんだ。


夏の夜風がを転がしていく。遠くで太鼓の音が再び鳴り出した。


人々は、何事もなかったかのように踊り始める。


やぐらの上に残されたのは、ひとつの米と、ひとりの男だけだった。


「祖父が言ったのは、こういうことだったのか。」


こうして、室町時代のひとつの歴史は静かに幕を閉じた。



店長が話を終えると、周りを見回した。さつきよりも店内にはずっと多くの客がいて、ほとんどが涙を浮かべていた。ただ一人を除いて。


「なんて、なんて悲しい話なんだ!!」


「千鶴って、俺が知ってる話とはぜんぜん違う人じゃないか!」

読んでいただきありがとうございます!!いいねと感想待ってます!!

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