(9) - 決着そして -
そして後半が始まる。
あちらも男女混合チームで小学生が混ざっているとはいえ、交代要員もいるし、成人男性も多い。やっぱりこちらの疲れの方が早そうだ。
相手の方が押し気味の試合展開が続く。
何度かインターセプトからのカウンターでチャンスを作るが、そこは敵も警戒しているようで、なかなかシュートまでいけない。
「ふぇーこりゃ大変だー」
梓さんが愚痴をこぼしているが、さすがの守備力で相手に決定機を与えない。
瑞希さんも身体を張ってボールをキープし少しでもマイボールの時間を作ろうとしているし、綾姉さんも苦手な守備を頑張ってる。
こんな時、監督の自分は歯がゆい……。せめてと思い大きな声で応援する。
「頑張れ!!あと少しだー」
そして……残り時間はあと少し、このまま試合が終わるかと思ったその時だった。
こぼれたボールを瑞希さんがキープすると羽衣ちゃんにパス。ひさびさに羽衣ちゃんにフリーでボールが渡った!そう思った瞬間だった。
ズルっと足を滑らせてしまったのだ!
本日、僕たちが行った試合以外にも多くの試合が行われている。休憩中に拭いてはくれているとはいえコートには汗が飛び散っていた。そして本日3試合目の終盤だ。小学生の彼女には体力的にもキツかったせいもあるのだろう。踏ん張りが効かなかったのだ。
「羽衣ちゃん!!」
思わず叫んでしまったが、ボールは無情にも相手チームへ。
「絵梨決めろや!」
奪われたボールは絵梨ちゃんへ。羽衣ちゃんにボールが渡り攻撃態勢にシフトしようと瞬間を狙われたのだ。
1点目を決めた同じような位置から絵梨ちゃんがシュートする。
「もらった!!ファイヤーショットだ!!」
コンパクトに振りぬいたボールは先ほど以上のスピードでゴールに迫る。
やられた!そう思った瞬間、長い脚が伸びてきた!!
「ふー、そう何度もやらせないわよー」
強烈なシュートは長い脚に当たるとわずかに上に弾んだあと、梓さんの足元にピタリと落ちた。梓さんは、あの威力のシュートを全身のバネを使い威力を殺すと、見事に自分の足元にトラップしたのだった。羽衣ちゃんにボールが渡ったと思った瞬間。梓さんだけが、相手のカウンターを警戒していたのだ。
「瑞希!」
そしてそのまま瑞希さんにパス。
「ナイス梓!」
瑞希さんがパスを受けようとしたが、そうさせまいと、ディフェンダーが二人迫ってくる。
「瑞希さん危ない!」
思わず声をかけるが、瑞希さんは余裕の表情で、「このくらいはやらないとね!」と言いつつ、後ろを向いたまま一瞬の隙をついてボールを浮かせるとヒールで前に蹴り出したのだ。この予想外なプレーに相手の動きが止まる。
「羽衣!行きなさい!」
「はい!」
すでに立ち上がっていた羽衣ちゃんは、今度は正確にトラップするとそのままドリブル。近づいてきたディフェンスをキックフェイントで華麗に抜き去った!!
「羽衣ちゃん!!」「羽衣行け!」「羽衣!!」
みんなの声に押されるように羽衣ちゃんがシュートを放とうとしたがその時、怒涛の勢いでディフェンスに戻ってきた選手がいた!
「させるか!」
先ほどシュートを撃った絵梨ちゃんが、ディフェンスに戻ってきたのだ!素晴らしい瞬発力だ。
羽衣ちゃんもさるもの、シュートと思った足はボールを掠めると足の裏を上手く使いクルリと一回転。フェアリールーレットを見せてくれた。これは抜いた!と思いきや。
「それは散々見させてもらった!」
絵梨ちゃんも完全に読み切り、シュートコースを防ぐ。しかし……。
羽衣ちゃんが不敵に笑う。
羽衣ちゃんの足元にあるはずのボールがない。絵梨ちゃんは一瞬、驚いた表情を見せると慌ててボールを探す。ボールは羽衣ちゃんの斜め後ろに転がっていた。
そして、そこには待ってましたとばかりに綾姉さんが走りこんでいたのだった。
「ナーイース!」
完全に虚を突かれた絵梨ちゃんは一歩も動けない。いや、見ている人全員が虚を突かれた。フェイントであるルーレットを利用してパスを出すという高等技術。綾姉さんのスピードに乗ったシュートは、相手キーパーの脇を抜け見事ゴールへ突き刺さったのだった!
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
今大会一番と思うほどの大歓声が観客から上がる。
そしてゴールと同時にタイムアップの笛が吹かれた。
「やった!!やった!!!」
喜ぶ羽衣ちゃんたち。羽衣ちゃんからのラストパス。連携プレーの練習はずっと取り組んできた課題だ。最後の最後で練習していた形が出たのだった。
「おいおい!羽衣!あれはなしだろ!!最後は俺との勝負やないんか!」
そう言って、絵梨ちゃんは笑いながら近づいてきて羽衣ちゃんの頭をわしゃわしゃ撫でるのだ。
最初は気持ち良さそうに撫でられるままになっていたが、ハッとしたように振り払うとニコニコしながら言った。
「私には信頼できるお姉ちゃんたちがいるもんねー」
「なんやー俺にも信頼できるおっさんたちがいるんやで!」
そう言って、羽衣ちゃんに向かって指をさし、絵梨ちゃんはビシっと言う。
「こら!絵梨!ダメやろ!人を指さしちゃ!!」
「ご、ごめんて……」
おっちゃんに怒られた絵梨ちゃんはモジモジしながら小さな声で謝っていたのだった。
「羽衣!お前は強い!だから今回は負けてやるけどな!でも次は負けないからな!」
そう言って笑う絵梨ちゃんに、僕たちもつられて笑ってしまったのだ。
表彰式。
ビギナークラスの優勝は、我らエル・ブレイズ本町フットサルクラブだ。
会場からの大きな拍手と共に、満面の笑みで、賞品の目録を受け取る瑞希さんの顔が印象的だった。
ちなみに双子姉妹のチーム『港町フットサル愛好会』は、レギュラークラスで3位だったようで、双子姉妹は、すこし残念にしながらも、充実した表情をしていた。
「よし!エル・ブレイズの順調な船出を祝して祝勝会だな!!」
「おお!!」
則夫くんの言葉に、みんなも賛同する。しかし僕は……。
「祝勝会はまた今度にしません?」
「む!どうしたのだ監督!?なにか予定でもあったのか?」
「いやー」
そう言って、僕は羽衣ちゃんの方を見る。
そこには、座りながら今にも眠そうに船を漕いでる羽衣ちゃんの姿が……。
「ああ」と、みんな納得したような顔をした。
「じゃあ、祝勝会は後日!今日は解散ね!!!」
瑞希さん高らかに宣言し、大会は幕を閉じたのだった。
そして今日もまた、僕たちは練習をする。いつものグラウンドで。
羽衣ちゃんは今日も、華麗なリフティングを披露していた。いつもながらの光景。しかし、少しばかり変化があった。
「羽衣!」
「絵梨ちゃん!」
そう、大会が終わってから絵梨ちゃんが練習に参加するようになったのだ。向こうのチームのキャプテンから連絡があり、こちらの練習に参加できないかと問い合わせがあったのだ。
どうやら、向こうではなかなか練習時間が取れないらしく、出来れば頻繁に練習できるところに参加させたいと考えていたようだ。
おっちゃん曰く「同じ小学生がいるし絵梨もそっちの方がいいやろ!ガハハハッ!」とのことだった。
正式にこちらのチームに参加することは未定だが、なんにせよ、練習できるメンバーが増えるのはありがたい。
「今日はどうする?あたしと勝負する?」
「うん!やる!」
そう言って、二人はまたボールを蹴り始めた。
やはり二人はライバルなのだろう。練習中も隙あらば競い合っている。でも今ではすっかり仲良しだ。
そんな二人を見ながら僕は思うのだった……。
「もっと大きな舞台に連れて行ってあげたいな」
僕は密かにそう決意するのだった。