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フェアリールーレット  作者: あどん


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9/22

(9) - 決着そして -

そして、運命の後半戦が始まった。


相手の『アルコ・イリス』は交代要員を巧みに使い、常にフレッシュな状態でプレスをかけてくる。一方、交代なしの僕たちは明らかに疲労の色が濃い。 試合は終始、押し込まれる展開が続いた。


「ふぇー……こりゃ大変だわ」


梓さんが愚痴をこぼしながらも、圧倒的な守備力で決定機を摘み取っていく。瑞希さんは体を張ってボールをキープし、一秒でも長くマイボールの時間を作ろうと泥臭く戦い、守備が苦手な綾姉さんも必死に相手を追い回している。 ベンチにいる僕は、ただ声を張り上げることしかできない。


「頑張れ!! あと少しだ、集中!!」


残り時間はわずか。このまま引き分け、PK戦か――。 そう思った瞬間、こぼれ球を拾った瑞希さんから、最前線の羽衣ちゃんへパスが通った。 フリーだ! 勝負にいける! 誰もがそう確信した刹那、羽衣ちゃんの足元がズルリと滑った。


選手の汗と、連戦による疲労。踏ん張りの効かなくなった小さな体がコートに沈む。


「羽衣ちゃん!!」


僕の叫びも虚しく、奪われたボールは電光石火のカウンターへと変わった。


「絵梨、決めろ!!」


ボールを受けた絵梨ちゃんが、一点目と同じ位置で右足を振り抜く。


「もらったぁ! ファイヤーショットだ!!」


強烈な弾丸がゴールを襲う。やられた!――そう思った瞬間、横から長い脚がスッと伸びてきた。


「ふー、そう何度も同じ手は食わないわよ」


梓さんだ。彼女だけは、羽衣ちゃんが転んだ瞬間にカウンターを予測し、守備位置を下げていた。 強烈なシュートは梓さんの脚に当たって威力が殺され、吸い付くようなトラップで彼女の足元に収まった。


「瑞希!」

「ナイス梓!」


瑞希さんにパスが渡るが、相手ディフェンダー二人が猛然とプレスをかける。


「瑞希さん、危ない!」

「このくらい、お姉さんをなめないで!」


瑞希さんは背負った相手をいなすと、一瞬の隙を突いてボールを浮かせ、ヒールキックで前方へ蹴り出した。予想外のトリッキーなパスに、相手の動きが止まる。


「羽衣! 行きなさい!」

「はい!」


立ち上がっていた羽衣ちゃんが、今度は寸分狂わぬトラップで前を向く。近づくディフェンスをキックフェイントで翻弄し、一気にトップスピードへ!


「羽衣ちゃん!!」「羽衣行け!」「羽衣!!」


みんなの声に押されるように羽衣ちゃんがシュートを放とうとしたがその時、そこへ、怒濤の勢いで戻ってきた影があった。


先ほど前線でシュートを放ったはずの絵梨が、信じられないほどの瞬発力で守備へと戻り、羽衣ちゃんの進路を完全に塞ぐ。 羽衣ちゃんは速度を落とさず、シュートモーションの予備動作から一気に足の裏でボールを引いた。コマが回るような鋭い旋回――彼女の『フェアリールーレット』が炸裂する。


「それは散々見たぞ!」


絵梨の咆哮が響く。彼女は羽衣ちゃんの回転軸を完全に読み切り、その先のスペースへ巨躯をねじ込んだ。誰もが「止まった」と確信した。


けれど、激しい回転の渦中で、羽衣ちゃんは不敵に微笑んでいた。


「……えっ?」


絵梨がボールを奪い取るべく視線を落とした瞬間、そこにあるはずの「ボール」が消えていた。


羽衣ちゃんはルーレットの回転エネルギーを、そのまま背後への推進力へと変えていたのだ。足裏で転がされたボールは、彼女の背中を隠れみのにするようにして、死角から走り込んでいた綾姉さんの元へと吸い込まれていく。


自身の体を「ブラインド(目隠し)」に利用した、極限状態でのノールック・バックパス。


「フェイントを……パスに使ったのか……!?」


絵梨が驚愕に目を見開いた時には、もう遅かった。絵梨だけでなく、会場にいた観客、そして相手チームの全員が、その魔法のような手品に虚を突かれていた。


「なあああああーいすっ!!」


フリーで受けた綾姉さんのシュートが、キーパーの脇を抜けてゴールネットを揺らす。


その瞬間、試合終了の長いホイッスルが響き渡った。


「「おおおおおっ!!!」」


会場が揺れるほどの大歓声。 練習してきた連携プレー。自分で行くのではなく仲間を信じる――羽衣ちゃんの成長が、最後の最後で結実した瞬間だった。


「おいおい、羽衣! あれはナシだろ! 最後は俺と勝負しろよなー!」


絵梨ちゃんが笑いながら駆け寄り、羽衣ちゃんの頭をくしゃくしゃに撫で回す。


「私には、信頼できるお姉ちゃんたちがいるからね!」

「なんやー、俺にだっているもん。なあ、おっちゃん!」


そう言って、羽衣ちゃんに向かって指をさし、絵梨ちゃんはビシっと言う。


「こら絵梨、人を指さすな!」

「ご、ごめんて……」


チームメイトの大人に怒られて縮こまる絵梨ちゃんの姿に、会場から温かな笑いが漏れた。


「羽衣、お前は強いな。今回は負けてやる。けど次は絶対に負けないからな!」


悔しさを爽やかな笑顔に変えて、二人の天才少女は握手を交わした。


表彰式。 ビギナークラス優勝――『エル・ブレイズ本町フットサルクラブ』。 満面の笑みで優勝景品の「焼肉食べ放題目録」を受け取る瑞希さんの姿に、会場中から惜しみない拍手が送られた。


「よし! この順調な船出を祝して、祝勝会だぁぁ!」


鼻息を荒くする則夫だが、僕は隣を見て苦笑いした。


「……祝勝会は、また今度にしませんか?」


そこには、パイプ椅子に座ったまま、今にも船を漕ぎそうなほどウトウトしている羽衣ちゃんの姿があった。


「ああ」と、全員が納得の顔で頷く。


「じゃあ、祝勝会は後日! 今日は解散よ!!」


瑞希さんの高らかな宣言とともに、僕たちの初陣は幕を閉じたのだった。


ーーー


そして今日。 いつものグラウンドでは、またボールを蹴る音が響いている。 羽衣ちゃんが華麗なリフティングを披露する、いつもの光景。けれど、そこには少しだけ変化があった。


「羽衣!」

「絵梨ちゃん、遅いよ!」


大会以来、絵梨ちゃんがこちらの練習に参加するようになったのだ。向こうのチームのキャプテンから「絵梨がそっちで練習したがっている」と連絡があった。 正式な移籍は未定だが、向上心あふれるライバルの加入は、チームにとって最高の刺激になっている。


「今日はどうする? 俺と勝負するか?」

「いいよ、負けないもん!」


二人は楽しそうにボールを追いかけ、隙あらば技を競い合っている。 人見知りで、自分の殻に閉じこもっていた一人の「妖精」が、今では仲間と、そしてライバルと笑い合っている。


「……もっと、大きな舞台に連れて行ってあげたいな」


いつか、満員のスタジアムで彼女たちが舞う姿を想像しながら、僕は新しいトレーニングメニューを書き留めた。 エル・ブレイズの物語は、まだ始まったばかりだ。

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