(8) - フェアリールーレット -
続く2回戦は、3-0で快勝!
結果、2連勝で決勝進出となった。
1回戦で当たったチームよりさらにエンジョイよりのチームで試合の内容的には圧勝だ。
点の内訳は、瑞希さん、綾姉さん、羽衣ちゃんが、それぞれ1得点。相手チームは前に出てこず自陣に引きこもる展開となり、こちらはパス回しで圧倒した。
スペースがない分、前の試合ほど羽衣ちゃんは活躍できなかったが、それでも要所要所で輝きを見せる彼女のプレーは素晴らしかった。
チームとしてはパスの連携が確実に上がってきている。これが実感できた良い試合になったのだった。
そして、いよいよ決勝戦を迎えるのだが……。「その前に腹ごしらえだな!!」と則夫が言い出した。時間はお昼時、確かにお腹は空いているので、僕も同意したのだが……。
「でもどこで食べる?この時間だともう混んでるんじゃない?」
僕が言うと、瑞希さんがニヤリと笑って言った。
「ふふ、それに関しては私に任せて頂戴」と自信ありげだ。何をするつもりなんだろう?と思ったら「じゃーん」と言って、ランチボックスを取り出してきた。
「こんなこともあろうかと!実は早起きして作ってきたのだよ!」
「みんなで作ったんだー」
瑞希さんと綾姉さんが自慢げに言う。
そうか、午後も試合というケースもあるんだから、監督ならお昼の手配なんかも確認しておくべきだった。僕は反省しつつ、みんなに感謝した。
「おお!綾さんの手料理を食べられるとはすごいではないか!!」
則夫は大喜びの尻目に「いやいや、私だけじゃないけどねー」と綾姉さんが苦笑いする。ランチボックスを開けると中にはおにぎりや唐揚げなどが入っていた。
「午後も試合だからあんまり食べ過ぎちゃだめよー」
梓さんの言葉に「はーい」とみんなが返事をする。そして……。
「では!いただきます!!」っと、みんなで手を合わせて食べ始めたのだった。
さて僕も……そう思っておにぎりに手を伸ばそうかと思ったら羽衣ちゃんが、おずおずとおにぎりを僕に差し出してきた。それは他にモノに比べると少々不格好で……。
「あ、あの……これ……」
恥ずかしそうに言う羽衣ちゃんを見て僕は嬉しくなった。きっと一生懸命作ってくれたのだろう。
「ありがとう!いただくよ!」そう言って受け取ると、彼女は嬉しそうに笑ったのだった。そして一口食べると……。
「うん!美味しいよ!!」
そう言うと、彼女はさらに笑顔になったのだった。
午後、いよいよ試合開始だ。決勝は、ビギナークラスから行うということで、つまり我々が初っ端ということだ。
「さあ、ついにこのときが来たわね!」
瑞希さんが気合を入れている。
「相手は強いんですか?」
「うーん、どうかな?まあでも私たちより強いチームはいないけどね!!」
笑いながら言ったのだ。
つまり、よくわからないという事か。
タイミングが合えば試合を見ておきたかったが、こちらの試合と時間が被ってしまっていたので見ることができなかったのだ。
「とりあえず、いつも通りにやるだけよー」
梓さんが言う。みんな頷いて気合を入れ直した。
そんなことを言いながら次の試合に向けて準備をしていると、誰か近づいてきた。
誰だろう?と思っていたら羽衣ちゃんの前に来て……。
「おまえだな!俺以外の小学生は!次は俺が相手だから覚悟しろよな!」
っと指さしながら言った。
羽衣ちゃんはビックリして「ひぃ!」っと声を出して僕の後ろに隠れてしまった。僕は苦笑しながら相手を見る。身長は羽衣ちゃんよりずいぶんと高いが、「俺以外の小学生」と言っていたというはこの子も小学生なんだろうか。
小学生とは思えないくらい堂々としている。顔立ちは少しキツめだが整っており、日焼けだろうか小麦色の肌が健康的な印象を与えていた。髪はショートカットで、いかにもスポーツマンという印象だ。
「えっと、君はもしかして次の対戦相手なのかな?」
僕が尋ねると胸を張って答えた。
「俺は黒江絵梨!チーム『アルコ・イリス』の赤き流星とは俺の事だ!!」
えっへんと胸を張る。その胸はわずかに膨らみがある……。絵梨?あれ?もしかして……。
「えっと、黒江さん?」
「絵梨でいい!!」
そう言われてしまうと仕方ない。僕は名前を復唱した。
「絵梨ちゃん……だね?」
そう聞くと満足そうに頷く。
あー、女の子だったかー。そう思って改めて見る。小学生女子としては体格がいい。中学生、いや高校生でもこのくらいの子はいるだろう。でも確かに可愛い顔をしている。口調は男勝りという感じだけど……。
どうしたものかと考えていたら、羽衣ちゃんは珍しく僕の後ろから顔を出して言ったのだ。
「赤き流星?」
「そう!やはりチームのエースたるもの二つ名の一つや二つ持っているのが当然!!お前もエースなら二つ名くらい持っているよな!!」
「え?ええ……えっと、えっと……『人見知り』……かな?」と羽衣ちゃんが呟く。
「ちょっと!それは二つ名じゃない!!」
っと絵梨ちゃんはツッコんだ。
僕は思わず笑ってしまったが、彼女は真剣なまなざしで僕を見たので言ってあげたのだ。
「そうだねー『フェアリー』なんてどうかな?」
「「フェアリー?」」
二人が同時に声を上げる。そしてお互いに顔を見合わせる。
「そう妖精って意味。妖精のように華麗に踊るのさ」
そう言うと絵梨ちゃんは、「おー!!いいじゃん!!」と言いながら目をキラキラさせて羽衣ちゃんに詰め寄った。
「おい!おまえ名前なんていうんだ!!」
っと聞いてきたので、羽衣ちゃんは怯えながらも答える。
「えっと……う、羽衣です……」
「羽衣!!羽衣ね!!じゃあよろしく!羽衣!!絶対に負けないからな!」
そう言って去って行ったのだ。
嵐のような子だったな……と思っていると、梓さんが話しかけてきた。
「あの子がエースなのかな?」
僕に聞いてくるので僕は苦笑いしながら答えたのだった。
「さあ?でもあの自信なら相当上手いんだろうとは思うけどね……」
「そうね。でも、私も負けるわけにはいかないわー」
梓さんは静かな闘志を燃やしている様だ。僕はそんな梓さんを見て苦笑いしながら言うのだった……。
「まあ、とりあえず今は目の前の試合に集中だね!」
そしていよいよ決勝戦が始まる。
ビギナークラスとはいえ、決勝ともなると観客が多い。観客の中には、僕たちの応援している人もいるようだ。
「ほらほら!あの子!可愛いじゃん!」
「子供じゃん!ロリコンかよ。あっちのお姉さんの方がいいだろ」
などと、僕たちの知らないところでも評価はされているようだ。フットサルの実力以外で……。
まあ、応援されて悪い気はしない。ありがたいことだ。
さあ、試合開始だ。
試合が始まると、相手もフットサル経験者が多いようで、パス回しが上手い。
その中で、黒江絵梨ちゃんも元気に走り回っている。
「おっさんおっさん!!こっちこっち!」
「誰がおっさんじゃい!」
まだ30代くらいの男性に向かって叫んでいる。まあ小学生から見れば、30代なんておっさんか……。
「ほら!行くぞ!決めれや!」
絵梨ちゃんにボールが回る。彼女は来た来たとばかりにボールを受け取る。まだゴールまでは少し距離がある位置だ。そこで前を向くや否や、シュートを撃ったのだ!
「喰らえ!ファイヤーショットだ!!」
そう叫びながら放ったシュートは、則夫の足を掠めるとその凄まじい勢いそのままでゴールへと突き刺さったのだった!
「やったー!!」っと喜ぶ絵梨ちゃんをチームメイトが囲んでいる。会場からも「おお!!」という歓声が上がった。
「凄いね……小学生であんなシュート打てるんだ……」
梓さんが驚いているし、則夫は「不覚!」と悔しがっている。
確かに凄いシュートだ。小学生の女の子とは思えないパワーがある。
ただそれだけじゃない。
シュート前に一瞬フェイントを入れてシュートコースを作っていた。その技術も素晴らしい。そして小さな振りから繰り出したシュートはインパクトの瞬間に、身体全体の力を乗せて放たれている。コンパクトなモーションからあの威力のシュートを撃てるのは、技術的なものだけじゃなく、天性のセンスがあってこそだろう。
まさに火が出るようなシュートという形容詞がふさわしい。
しかし……。
スーパー小学生ならこちらも負けていないぞ!
「羽衣!!」
瑞希さんから羽衣ちゃんにパスが回る。相手チームがゴールを決めて、少し前がかりになったのを見逃さなかった。
スペースを貰った彼女は水を得た魚のように一気に駆け抜ける。
近づいてきたディフェンスをクルリと回り交わすと、慌てて出てきたキーパーも、クルリと回転して抜き去ってしまう。2回転のマルセイユルーレットだ。
そして、無人となったゴールにシュートを流し込むと、会場からは先ほどよりも大きな歓声があがったのだった。
「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
「すげーじゃん。あの子!」
「可愛いだけじゃなくて、うまいねえ」
「将来が楽しみだ!」
歓声の中には褒めてくれる声もある。羽衣ちゃんの動きはみんなを驚かせたようだ。
それにしても見事な同点ゴールだ。見ていたこっちが思わずガッツポーズをしてしまう。羽衣ちゃんも控えめながら小さなガッツポーズをしているのが見えた。
相手チームも驚いたように羽衣ちゃんを見ている。
「おお!羽衣!おまえ凄いな!!」
「あ、ありがとう」
絵梨ちゃんも羽衣ちゃんを認めてくれたようだ。羽衣ちゃんも多少ビクビクしながらも応じている。
「それで?あの技はなんて言うんだ?」
「え?名前?」
「そう!やっぱり必殺技には名前が必要だろ!?」
「えっと、マルセイ……」
羽衣ちゃんは、一瞬、何か言おうとして言い淀むと、ニカっと笑って言った。
「フェアリールーレット!フェアリールーレットよ!」
「おお!!いいじゃんか!!そうか!いい名前だな!」
そう言って絵梨ちゃんは羽衣ちゃんの頭を撫でたのだ。同じ小学生でフットサルをやっているという仲間意識なのだろうか。それとも絵梨ちゃんがガンガンくる性格のせいだろうか。人見知りする羽衣ちゃんにしては珍しく、絵梨ちゃんとは上手くコミュニケーションをとっているようだ。
「でも次はこっちの番だからな!」
「ふふん!次もあたしがゴールを決めるもん!!」
羽衣ちゃんは鼻息を荒くして宣言するのだった。
しかし、彼女たちの意気込みとは裏腹に、試合はジリジリした展開が続く。
お互いチェックが速く前を向かせない。ディフェンスへの意識が高く戻りが速い。どちらも一歩も譲らない展開が続き、そして前半終了。
「いやー相手強いねー」
「そうね。でも後半はうちが勝つわよ!」
瑞希さんが得意そうに言う。もちろん負ける気はない。しかし、ちょっと打開策は見つからない。
「後半なれば体力が落ちてきて、間延びするタイミングがあると思うんだ」
「そこがチャンスよね!」
「じゃあ、それまで頑張るよー」と梓さんが言ってくれるが……。
ちょっと苦し紛れの指示だとは思う。体力が落ちてくるのこちらも同じ。そしておそらくこちらの方が先に体力が尽きるだろう。
羽衣ちゃんを見る。
美味しそうにスポーツドリンクを飲んでいるが、疲労の色は隠せない。フットサルは動きっぱなしのスポーツだ。コートが狭い分、ダッシュとストップを繰り返す。その分、体力の消耗が激しい。
10分ハーフの試合とは言え本日3試合目。小学生には少々きついか……。試合終盤まで温存したいが、交代要員は誰もいない。
「羽衣ちゃん、大丈夫?疲れてない?」
僕が聞くと彼女は笑顔で答えた。
「全然平気だよ!」
元気よく返事をしてくれた。しかし、無理をしているのはわかる。
「でも、後半は相手も疲れてくるはずだから、それまで体力温存しておいてね」
そう言うと彼女は元気よく頷いたのだった。