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(7) - 初戦 -

いよいよ大会当日だ。


今日は快晴!!まあ今日の大会は室内コートで行うので関係ないけど、なんとなく気分はいい。会場にはたくさんの人が集まっているようだ。フレンドリーな大会と聞いていたが、それでもかなりの人数がいるようだった。


「すごい人ですね」


僕が思わず呟くと瑞希さんが言った。


「まあ、この大会は結構人気だからね。でもその分強いチームもたくさんいるよ」


大丈夫だろうか。人数はギリギリ。経験者は多いけど、素人が混ざっている。しかも小学生もいる。僕が不安そうな顔をするのを察してか、瑞希さんが言った。


「大丈夫だって!エントリーしたのはビギナークラスだし。それに則夫くんだって、素人だけど結構動けるし!羽衣ちゃんはボール持たせれば無双してくれるって」

「そうそう、むしろ私たちがビギナークラスで怒られないか心配よ」


綾姉さんも笑いながら言った。確かにそうだ。短い時間だったけど、ここまでみんな頑張ってきたんだ。その努力を信じることにしよう。


「あ、いたいた!おいーす」

「みなさんおはようございます」


『港町フットサル愛好会』の双子姉妹の優姫ちゃんと愛姫ちゃんが僕たちを見つけて話しかけてくれた。


「羽衣ちゃん調子はどーだい?」

「バッチリです!!」

「そうですか。では楽しみにしてます」


小学生組が仲良く話をしている。


「えっと『港町フットサル愛好会』はレギュラークラスだよね。頑張ってね」


レギュラークラスは僕たちの参加するクラスの一つ上のクラスだ。


「うん!じいちゃん監督が、私たちにも出番くれるって言ってたさー」

「頑張ります」


そう言って二人は去っていく。あのチームならレギュラークラスでも十分戦えるだろう。いずれは僕たちも……。でもまずは、ビギナークラスで戦えるところを見せないとな。


「はーい注目!これから大会の説明をするからみんな集まってー」


瑞希さんがみんなに向かって声をかける。


「では監督お願いします」と、なぜか僕に押し付けてきた。まあいいか。ひとまず説明を始めることにした。


「えっと、みなさん今日はよろしくお願いします。今回はビギナークラスということで、ルールは10分ハーフの5分休憩です。延長は無し。試合中の選手交代は自由ですが……うちのチームには交代要員がいませんので、みなさん怪我をしないように気をつけてください」

「とくに則夫くんは始めたばかりなんだからね。無理しちゃだめよ!」


瑞希さんが念を押すように言ってくれる。たしかに普段スポーツしていない素人が大会の雰囲気に煽られてテンション上がっちゃって怪我するとか聞いたことあるな。


「わはは!!任せておけ!!」


則夫は、わかっているんだかわかっていなんだかよくわからない返事をした……。まあ、ここは則夫を信じておこう。


「ビギナークラスは全6チーム。3チームでリーグ戦を行い、上位2チームで決勝戦を行います」

「つまり3戦するってことね!」

「勝ち上がれればですがね。2戦は絶対するのでそのつもりでいてください」


綾姉さんは全勝するつもりなんだろう。まあ、僕も負けるつもりはない。


「勝てば3ポイント、引き分けなら1ポイント、負けると0ポイント。同じ勝ち点なら得失点差で順位が決まりますので、点数は取れるときにしっかり取ってください」


ここまで説明して、僕はみんなに聞いてみた。


「なんか質問ありますか?」


羽衣ちゃんが「はい!監督!」っと元気よく手を挙げる。


周りに人が多いから心配していたのだが、今のところ人見知りは発動していない。むしろ大会の雰囲気にテンションが上がっているようだ。


「えっと……今回は10分ハーフなんですか?」

「うん、公式ルールは20分ハーフだけどね。今回はビギナークラスなので10分ハーフです」


この辺りは大会によってルールが違う。しっかり確認しておかなきゃいけないところだ。

そして次は綾姉さんだ。彼女は手を挙げると質問をしてきた。


「監督ぅ!優勝賞品はなんですか!?」

「え?ああ、そういえば言ってなかったね。優勝賞品は『豪華焼肉食べ放題』だそうです」


どうやら近くの焼肉店が協賛してくれているらしい。


「「おおおお!!!」」


みんなの目が輝くのがわかった。そして「絶対勝つぞー!」という声が上がり始める。


そんな中、最後に質問してきたのが則夫だ。


「監督!勝利の女神は誰に微笑むでしょうか!!」


僕は苦笑いしながら答えたのだった。


「それは君たち次第さ」と……。




試合開始時間になり、僕たちはコートに入場した。


「おおー!これがフットサルコートかー!」と則夫が興奮していた。まあ無理もないだろう。則夫はスポーツとは無縁だった。大会に出ること自体が初めてだ。


「普段練習している土のグラウンドとは違って、今日は板のコートだからね。ウォーミングアップの時に感触を確かめておいてね」


僕の言葉にみんな頷いてくれた。


「それで、今日の相手は……」


僕が言い終わる前に相手チームの選手が挨拶にやってきた。


「こんにちは!今日はよろしく!」


爽やかな笑顔で挨拶をしてきたのは20代後半くらいの男性だ。


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


僕も挨拶を返すと、相手の男性はこちらを窺うように見ながら話しかけてきた。


「女性ばかりだけど、これでメンバー全員なの?」

「はい、そうですが何か問題でも?」


僕が聞き返すと彼は笑いながら言った。


「いや、そういうわけじゃないけど……。むしろありがたいんだけど……、なんか楽勝過ぎてつまらないなぁと思ってね」


確かにそうだ。男女混合OKなだけで男性だけのチームも多い。その中で女性ばかりのチームなど普通なら舐められても仕方がない状況だろう。しかも小学生が混ざってるし。

話を聞くと、向こうのチームは全員サッカー経験者らしい。大学や社会人になり、なかなか集まりが悪く、サッカーチームとしての人数が集まらなくなったのでフットサルにシフトしたそうだ。


「ではビギナークラスじゃなくても良かったんじゃないですか?」


僕がそう聞くと、彼はニヤリと笑って言った。


「まあ、集って練習も出来てないし、まだ出来たばかりのチームだからね。ビギナークラスで十分だよ」


なるほど、そういうことか……。僕もチラリと相手のチームの選手たちがウォーミングアップしているのを見る。たしかに経験者っぽい。しかし……。


「でも、僕たちも負けませんよ」と僕が言うと、彼は笑いながら言ったのだ。


「はは!言うじゃないか!じゃあ試合を始めようか」


彼は颯爽と自分のチームのベンチに戻っていった。




「なにか言われたの?」


瑞希さんに聞かれたので僕は素直に答えることにした。


「ええ、まあ」


先程のやり取りを瑞希さんに話すと彼女は納得してくれたようだ。


「なるほどね……でも気にすることないよ!私たちは勝つことだけを考えればいいんだから!」


確かにその通りだと思った。でもちょっとだけ気になったことがあったのでみんなにアドバイスすることにした。


「みんな、試合前に少しいいかな」と僕が言うと全員が集まってきた。


そして……。




「ではみんな!楽しんでいこう!」


瑞希さんの声とともに、みんなはコートに散らばった。そして、試合開始のホイッスルが鳴り響く。相手チームがパス回しをしながら徐々に前に詰めてくるのがわかる。こちらは、羽衣ちゃん以外、引き気味に守りつつチャンスを伺う。


決して無理には飛び込まず、相手の動きをよく見てパスコースを限定させる。そして……。


梓さんが、相手のトラップが大きくなった瞬間を見逃さなかった!


素早く相手からボールを奪った瞬間に、一気にカウンターを仕掛ける。

「羽衣ちゃん!」梓さんの声が響く! そのまま彼女は前線の羽衣ちゃんへパスを出す。

相手はすぐに羽衣ちゃんの進路をふさぐように立ち塞がった。だが、それは想定内だ。


「さあ、羽衣ちゃん!君の力を見せてやれ!!」


彼女は、自分の持っていたボールを相手に渡すように蹴り出した。相手は慌てて足を出す。それを嘲笑うかのように、足の裏でボールを自分の引き寄せると、反対側の足の裏を使い、そのまま身体を一回転して相手を抜き去ったのだ!


「な、なんだあの動きは!?」


相手チームの選手が驚愕の声を上げる。マルセイユルーレット。かつてサッカーの名選手として名をはせたジネディーヌ・ジダンの得意技だ。聞いたところ彼女もこのドリブルテクニックが得意らしい。


羽衣ちゃんは、そのままドリブルで突き進んでいく。そしてキーパーとの一対一。相手のキーパーが慌てて滑り込んできたところをチョップキックでボールを浮かせ、無人のゴールに流し込んだ。


「よし!」っと思わず声が出てしまった。先制点を取ったのだ!


よしよし1対1の練習の成果が出ている。羽衣ちゃんの決定力の上昇はチームの得点力の上昇だ。


「ナイスシュートー」と梓さんが声をかける。


羽衣ちゃんは恥ずかしそうにしながらも嬉しそうにしていた。


「やるじゃないか」と綾姉さんも褒めている。


「うむ、なかなかいい動きだ!」則夫も満足そうだ。


みんなから称賛され羽衣ちゃんはますます照れていた。そんな様子を見て僕は思わず微笑んでしまうのだった……。

「すごいな!あの女の子」と相手チームの選手も驚いているようだ。


「いいよ!みんな!もう一点取るわよ!」


瑞希さんの声にみんなが応えるように声を上げる。




再び相手にチームのパス回し。今度は慎重に回しているようだ。


じりじりとこちらの陣内に攻め込んでこようとする……。しかし、瑞希さんが一瞬パスを緩んだのを見逃さなかった!


慎重に繋げようとするあまり、パススピードが遅くなったのだ。


素早くボールを奪うと、そのまま前線へとロングパス! そのパスは羽衣ちゃんの足元にドンピシャで届く。

かなり強めのパスだったが、羽衣ちゃんは柔らかなタッチで何事もなかったように足元にトラップした。そしてトラップした動作のまま、詰めてきていた相手を翻弄するように、反転するとそのまま抜き去った。そして素早くシュート!相手キーパーも驚いたのだろう。ゴールの隅にコントロールされたボールは、相手のキーパーの足を掠めてゴールに入った。


おおおおおおおおおお!!


会場からも歓声が上がる。


電光石火。見事なカウンター攻撃だ。

相手チームも気が付いただろう。彼女は人数合わせに呼ばれた小学生なんかじゃない。スペシャルな選手だと……。


「くそ!あの動きは、なんなんだよ!!」と相手チームのキーパーが悔しそうにしているのが見えた。


「落ち着け!まだ2点だ!落ち着いていこう!!」と味方を励ます声が聞こえる。




再び、羽衣ちゃんにボールが入る。相手も今度は止めるとばかりに二人がかりで止めに来た。しかしそんな状況でも彼女を止めることはできない。


小さな妖精はヒールリフトでボールを軽く浮かすと、跳ねるボールはまるで意志があるみたい彼女に付き従い、大きな二人の男性の間をダンスを踊るかのように華麗に抜き去った。そしてそのままシュート!


ボールは、キーパーの肩口を掠めてゴールに吸い込まれる!


「やったぁ!」という羽衣ちゃんの嬉しそうな声と共に、「くそ!!」っと相手キーパーが悔しそうな声を上げるのが聞こえた。


これで3対0だ。


前半だけでハットトリック。羽衣ちゃんの独壇場だ。


後半は、さすがに不味いと思ったのか相手も引き気味でプレーするようになると、さすがに羽衣ちゃんだけでは突破することが難しくなった。しかし、そうなるとこちらのボールキープしている時間が長くなる。相手は負けているのに前に出てこれない。相手チームの選手にとっては歯がゆい展開だっただろう。そして……。


終了間際、梓さん、瑞希さんと繋がったボールが、いつの間にかゴール前に居た綾姉さんに通り、そのままゴール!


「いぇーい!」


綾姉さんがこちらに向かってピースサインをしてくれた。みんながハイタッチをしながら喜んでいる。


結局4対0で僕たちが快勝したのだ。




「やったー!!」っと羽衣ちゃんが飛び跳ねる。梓さんも僕の方を見てガッツポーズをしてくれた。僕もそれに応えてガッツポーズをした。もちろん他のメンバーも大喜びだ。そんな中……。


「おい、ちょっといいか」相手チームの男性から声をかけられた。


「今日は負けたよ。それにしても君たちの連携には驚いたよ。特にあの女の子は凄かった。まだ小学生だろ?あんな選手は初めて見たよ」と、羽衣ちゃんを褒めてくれたのだ。


「ありがとうございます!でも僕たちもギリギリでしたよ」


僕がそう返すと相手チームのリーダーらしき男性が苦笑いしながら言った。


「いや、僕たちの完敗だ。俺たちは完全に油断していたし、前半に3点取られたのが致命的だったからな……完敗だよ……」


そう言って手を差し出してきた。僕はその手を取り握手をしたのだった。そして……。


「またやろうな!」と言って去っていったのだ。




「ナイスゲーム!!」


改めてハイタッチをする。羽衣ちゃんや梓さんが飛びついてくると、他のメンバーも僕に抱きついてきた。


「ちょ、ちょっとみんな苦しいよ……」


僕が言うと全員が笑った。


「翔太監督にはこうなることがわかってたみたいね」


瑞希さんがニヤニヤしながら言う。僕は「まあね」っとだけ言っておいた。


サッカー経験者と言ってもピンからキリまでいる。僕が見た感じだと、相手チームは経験者と言っても大会2回戦、3回戦レベル。その中でもレギュラーレベルなのは3人くらいだった。


ましてフットサルの経験が浅いので、トラップが全体的に大きい。狭いコートで戦うフットサルでは、トラップが大きくなりすぎるとすぐに相手にボールを取られてしまう。またサッカーよりパスの連携も重要になる。その辺の精度も低かった。


だから僕の指示は簡単。相手のトラップミスやパスミスを狙おう。


そしてカウンターだ。


相手はこちらを見下していた。前線に居るのは小さな女の子。ガンガン前に出てくるだろう。ならば、その裏を取ればいいのだ。

そしてスペースという舞台がある羽衣ちゃんは素敵な踊りを踊ってくれるはずだと。


「はっはっはっ!僕の出る幕はなかったようだな!!」


則夫が笑いながら言う。確かにほとんど出番がなかった。遠くから撃たれたシュートを数本防いだだけだ。まあ、キーパーは出番がなければない方がいい。


「悔しかったらもっと練習しないとね!」っと意地悪を言っておいた。すると……。


「わかった!頑張るぞ!」と素直に返事をされたのでちょっと罪悪感を感じたが気にしないでおくことにしたのだった。

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