(5) - 特訓 -
次の日、いつものグラウンドに行くと、羽衣ちゃんと則夫を呼び寄せる。
「キーパーとの1対1の練習をしよう」
羽衣ちゃんは、練習試合の時、自分で行けそうな場面でパスを出したり、キーパーを前にして戸惑ったりしていたシーンが見受けられたのだ。
キーパーとの一対一の場面で冷静にシュートを決められるというのは、とても大切なことだ。相手との駆け引きの練習にもなる。キーパーとしてまだまだ未熟な則夫の練習にもなる。
「だからその練習をしよう。まずはやってみて」僕の言葉に2人は頷いていた。
羽衣ちゃんは、軽くドリブルをすると、少し遠い位置からシュートをするが、それは簡単に則夫に止められてしまった。
「がっはっは!我もやるではないか!」
則夫はなんだかんだ言って反射神経は悪くないのだ。則夫は調子にのって、「もっとこい!!」と構えている。
「うん!」
羽衣ちゃんは、則夫に向かってドリブルする。今度は先ほどより半歩近い位置でシュートをする。
「うお!」
則夫は何とか弾いて止めることに成功した。再びドリブル。さらに半歩近い位置でシュートをすると、それはゴールに吸い込まれた。
「やるではないか!」則夫は嬉しそうに言った。
「ふふん!我も本気を出す!」と言ったものの羽衣ちゃんのシュートは止められなくなった。羽衣ちゃんは自分のシュートレンジを掴んだようだ。簡単にゴールネットを揺らしていく。
「むむむ……ぜんぜん止められないではないか!」
「まあ、基本的に1対1の段階でキーパーが不利だからね」
キーパーとの1対1の場面は大チャンスだ。逆に言えばキーパーの見せ場でもあるのだ。
「ディフェンス側で大切なことは『シュートコース』を限定させることなんだ」
則夫は「ふむふむ」と言いながら真剣に聞いている。
「本来は、ディフェンダーとの連携で、シュートコースを限定させるんだけど、キーパーとの1対1の場合は、キーパーの動きだけで、シュートコースを限定させなきゃいけない。一番簡単なのは……」
「一番簡単なのは?」
則夫が食い気味に聞いてくる。
「『前に出る』ことだよ」
「前に出る?」
僕の言葉に則夫は困惑しているようだ。
僕は話を続ける。
「そう、相手のシュートコースを限定させるには、ゴールキーパーも動かなきゃいけない」
則夫の顔には疑問符が浮かんでいる。理解ができないようだ。僕は、羽衣ちゃんにボールを渡すと、キーパーの位置立つ。
羽衣ちゃんは先ほどと同じようにドリブルをしてシュートを撃とうとドリブルが少し大きくなったところを目掛けてダッシュした。
「きゃあ!」
慌てた羽衣ちゃんのシュートはゴールを外れていった。
「こんな風にシュートを撃とうとした選手との距離を詰めることでシュートコースを狭めるんだ」
「おお!なるほど!この間の練習試合で相手のキーパーがやってたな!」
「そうそう、あれはボールが取れそうだから前に出てきただけじゃないんだ」
僕が説明するとすぐに理解するところは流石だと思う。
「しかし、前に出ると後ろがガラ空きになるな!横にパスでも出されたら不味いのではないか?」
「うん、だからこれは緊急手段」
キーパーとの1対1の段階でキーパー側が不利。出来ればそうならないようにディフェンスしなきゃいけない。ただそんなに上手く行かないことも多々ある。これは、その時のための練習だ。
「なるほど!つまりパスを出されることは考えなくて良いという事だな!!」
「ま、まあ極論でいえばそうかな……」
則夫の言葉に少し苦笑いする。
そうして再び練習に戻る。何度か繰り返すとコツを掴んだのか則夫が止めることも増えてきた。今度は羽衣ちゃんが悩み始めたようだ。
「前に出られるとなかなか難しいだろ?」
「はい……」
僕は彼女の頭を撫でると、優しい声で言った。
「でも難しく考える必要はないんだよ。”キーパーもドリブルで抜いて”ごらん」
羽衣ちゃんは、その一言で何かを掴んだようだ。
同じようにドリブルをしてシュート!と見せかけて足の裏でボールを引き寄せると、そのままクルリと一回転。マルセイユルーレットを決めると、前に出てきていた則夫にはなすすべはない。無人のゴールへ流し込んだ。
こうなると羽衣ちゃんの独壇場だ。
則夫も前に出たり、後ろに下がったり、いろいろ工夫しているが止めることができない。
「む!これは難しいな!!」
「うん、これはキーパー側が不利な練習だからね。則夫は一本でも止めることを目標に頑張って!」
則夫も、「よし!わかった!」と元気よく答える。
その後何度かチャレンジするが、シュートだけじゃなくドリブルを混ぜられると則夫には成すすべがない。まあしょうがない。大の大人でも羽衣ちゃんのドリブルは簡単には止められない。素人則夫には荷が重すぎるだろう。
「まだまだぁ!!」
則夫は諦めずにチャレンジするが、それを止める。
「これは羽衣ちゃん側が有利な練習だからね。羽衣ちゃんにハンディが必要かな?」
そう言って僕はゴールより離れた位置に半円を描くように線を引く。その線は、ちょうど羽衣ちゃんがシュートしても入らなかった位置だ。
「羽衣ちゃんがシュートを撃つときは、この線より外で蹴るルールね」
羽衣ちゃんは「うぅ……」と言い、則夫は「なるほど」と言って、練習を再開すると、今度は羽衣ちゃんのシュートが入らなくなった。
「うぅ……監督ぅ……どうしたらいいですか?」
「わっはっはっは!これならば我でも止められるぞ!」
泣きついてくる羽衣ちゃん。則夫は高笑いだ。
ドリブルテクニックがいくら凄くても、シュート力は小学生のそれだ。則夫はデブの割には反射神経がいい。ある程度の距離があれば防げるのだ。
「うん、羽衣ちゃんがこの距離からシュート決めようとするなら、工夫が必要だね」
「工夫ですか?」
「うん。速いシュートというのは単純に取りづらい。キーパーの反応速度を超えるような速いシュートはゴールになりやすい」
則夫はウンウンと頷いている。
「でも、私には……」
羽衣ちゃんは、少ししょんぼりしている。
「だからゴールにできるだけ近づいてからシュートを撃つ。これは今やっていたね。だけど勝負事って相手があるものだから自分の思い通りのシチュエーションになることは少ない」
「ふむふむ……」
則夫は興味深そうに聞いている。
「だから、工夫が必要になってくるんだ。そうだなー。わかりやすいのは、ゴールの四隅。これはわかるよね」
「はい!」
キーパーの手から一番遠い位置。これはシュートが決まりやすい場所と言われている。
「じゃあ、どの隅を狙う?」
「どの隅ですか?」
「そう、右下?左上?」
「えっと……なんとなく?」
「うんうん、そうだよねー多分感覚で撃ってると思うんだ」
その感覚というのは重要なのだが、ここではもう一歩進んで考えて欲しい。
「例えば……則夫!則夫は右利きだよね?」
「おう!我は右利きだぞ!」
「うん、じゃあ則夫がキーパーの場合は、どの隅を狙うべきかな?」
そういうと、羽衣ちゃんは「あっ!」と気づいたようだ。
「キーパーの利き腕とは逆?左側……つまり私から見て右下、もしくは右上!」
「うん、正解!」
そう言って、僕は則夫に向かってバウンドするようなボールを右側に蹴り出す。慌てた則夫は取れずに弾んだボールはゴールに入った。
「おぅ!不意打ちとは卑怯ではないか!」
「こうやって、相手の意表を突いたり、取りづらいボールを蹴るのも手の一つだね。緩いボールだってゴールになるよ」
僕は則夫の抗議を無視して、アドバイスを続けた。
「あとはキーパーの顔の横。ここは反応しづらい。どうしても人間、顔の近くのボールは反射的に避けてしまうし手も出しづらい。狙い目だけど、コースが悪いと逆に取りやすいボールになっちゃうから注意だね」
そう言うと、今度はシュートを撃つと見せかけてキックフェイント。則夫が慌てて足を出そうと大きく股を広げたその足の下を狙いゴールに流し込んだ。
「うぬぬ……」と悔しそうにする則夫。
「こうやって、キーパーを動かして隙を作ってあげるんだ。その為にはキーパーをよく見る必要がある。これはドリブルで抜くときも必要なテクニックだよ」
相手を見て……というのは、意外と高等テクニックだ。相手のプレーを予測する経験値も重要になってくるし、余裕をもってプレーできるようにならないと難しい。ボールに遊ばれているうちは無理だ。でも、羽衣ちゃんもうボールを操っているレベルに達している。そんな羽衣ちゃんなら……。
「なるほど……わかりました!」
羽衣ちゃんは、「むん!」と気合を入れると、則夫も負けじと「うぬぬ!羽衣殿簡単にはやらせぬからな!!」と気合を入れると練習を再開するのだった。
この調子ながら、次の試合までには十分間に合いそうだ。
羽衣ちゃんのセンスはずば抜けてるし、則夫もなんだかんだで形になってきた。
勝たせてあげたいな……。
僕はそう思うのだった。