(22) - 進化するチーム -
「……やっぱ、切るしかないわね」
「えええええええっ!?」
僕の絶叫が響くと、女医の愛子先生はニヤリと口角を上げた。
「……って言われたら、あんたどうするつもり?」
じょ、冗談かよ……。 心臓が止まるかと思った。あの激闘から数日後、僕は念のためにいつもの病院を訪れていた。
「せ、先生……そんなに、そんなに悪いんですか?」
付き添いで来ていた夏美が、「私のせいで……」と今にも泣き出しそうな声で先生を見上げる。
「夏美ちゃんのせいじゃないわよ。全部こいつが、この『バカ』が悪いんだから」
愛子先生はバッサリと切り捨てた。
「先生に言われた通り、出場時間はきっちり10分守りましたよ!」
「その10分のために、裏でがっつり練習してたでしょ?」
「うっ……。いや、そんな……毎日2時間程度ですよ。問題ない範囲で……」
「それが問題だって言ってるのよ!」
先生の怒声に、僕は思わず縮み上がる。
「いい? 今日からプレーは全面的に禁止! ……というか、そもそも痛くないわけ?」
「いや、まあ……少しジンジンするかな、くらいですよ」
「ふーん?」
先生が僕の足を「むんず」と力任せに掴んだ。
「い、いででででっ!!」
「ほら、やっぱり痛いんじゃないの!」
「い、いや、そこまでは……いきなり掴むからびっくりして声が出ただけで……っ」
冷や汗を拭いながら必死に弁明する僕を、愛子先生は呆れたような溜息で見つめた。
「ったく。付き添いの彼女の方が、よっぽど軽傷だわ」
そう言いながら、先生は夏美の足を診察し始める。「彼女」という言葉に、夏美は「か、彼女……えへへ」となぜか顔を赤くして嬉しそうにしている。
「うん。夏美ちゃんはもうプレーしていいわよ。ただ、しばらくは念のためにテーピングを徹底すること。いいわね?」
「はい! ありがとうございます!」
夏美は素直に、そして元気よく頷いた。
「とにかく、翔太君は当分プレー禁止! 分かったわね!!」
「……はい」
有無を言わせぬ迫力に、僕は消え入るような声で答えた。まあ、あんな無理をしたんだ、これくらいで済んで良かったと思うしかないか。
「監督業も忙しくなってきたんでしょ? 瑞希から聞いてるわよ。今はそっちに専念しなさい」
愛子先生の言う通りだ。 あの大会を境に、僕たちのチームには――「エル・ブレイズ」には、少しずつ変化が訪れていた。
ーーー
「お母さん、こっちこっち!」
「はーい、いくよー」
練習場に、長谷部ありささんの明るい声が響く。 あれから、ありささんが週に二回ほど練習に参加してくれるようになったのだ。本人は「運動不足の解消が目的だから」と笑っているが、人数が少ないうちのチームにとって、これほど心強い存在はない。 かつて『フィールドの魔術師』と謳われた実力は伊達ではなく、今もコートの端から前線の狭いスペースへ、針の穴を通すような正確無比のロングパスを供給している。
「本当に……何度見ても凄い精度ですね」
思わず隣で呟くと、ありささんは少し照れくさそうに微笑んだ。
「いえいえ。体力の衰えを感じてしまいますわ」
謙遜してはいるが、その一蹴りがチーム全体のレベルを底上げしてくれているのは間違いなかった。
変化は、羽衣ちゃんにも現れていた。 今まさに夏美と対峙している彼女は、鋭いドリブル突破と見せかけ、ディフェンスの重心が動いた瞬間に絶妙なスルーパスを放った。
「わっ……羽衣ちゃん、今の凄い!」
抜かれた夏美が感嘆の声を上げる。以前に比べてドリブル一辺倒のプレーが減り、周囲を活かすパスの選択肢が増えた。選抜チームでの経験が、彼女に「王様」ではなく「司令塔」としての視点を与えたのだろう。
「でも……私、まだまだ全然です」
本人は控えめにそう言っているが、その成長に触発されるように、他のみんなの練習にも熱が入っていた。
そして……。
「茉奈さん!」
「羽衣ちゃん、ナイスパス!」
羽衣ちゃんのパスに鮮やかに反応し、ネットを揺らしたのは岩居茉奈だった。 あの大会の後、彼女はこちらのチームに移籍したいと申し出てくれたのだ。前のチームも強豪ではあったが、いわゆる「内輪ノリ」が強く、純粋に競技を楽しめる環境を求めていたのだという。
「岩居さん」
練習の合間、僕は彼女に声をかけた。
「……うちより強いチームや、設備の整ったチームは他にもたくさんあると思うんだけど、本当にここで良かったの?」
僕の問いに、彼女は少し意外そうな顔をした後、悪戯っぽく笑った。
「あのね、翔太くん。スポーツってさ、勝つのも大事だけど、『誰とプレーするか』はもっと大事だと思うのよね」
真っ直ぐな言葉だった。僕たちはプロじゃない。勝利を目指すのは当然だけど、それ以上に大切な何かがここにはある。彼女にとって、それは僕らエル・ブレイズの仲間だったのだ。
「監督、改めてよろしくね!」
「ああ。こちらこそ、よろしく岩居さん!」
僕が答えると、彼女は少し不満げに眉を寄せた。
「……あのさ、監督。私のことも『茉奈』って呼んでよ。他のみんなは下の名前なのに、私だけ名字なんて他人行儀じゃない?」
「……そういえば、そうだね。わかったよ。よろしく、茉奈」
僕が呼び直すと、彼女は満足そうに、太陽のような笑顔を見せた。
一歩ずつ、けれど確実に、僕たちのチームは形を変えていく。 これからも新しい出会いと、新しい挑戦が僕らを待っているはずだ。
「よし、みんな集合!」
僕の号令に、愛すべきチームメイトたちが駆け寄ってくる。
「次の大会に向けて、練習を始めるぞ!」
「「「おーっ!!」」」
僕たちは、また新しい目標に向かって、歩き始めたのだった。
ここまでで一区切りとします。
更新間隔は空いてしまいましたが、物語としてはこの形で一度完結済みとしました。
もしまた運命が回り始めたら、また追加しようと思います。
※2026/2/04一度全体を校正しなおしました。




