(20) - 手品師 -
タイムアウト明け、僕はピッチに足を踏み入れた。 足裏から伝わる芝の感触。数年ぶりの感覚に、一気に心拍数が跳ね上がる。――落ち着け。これは僕の復帰戦じゃない。チームを勝利に導くための「代打」なんだ。僕は深く息を吐き、頭を試合モードへと切り替えた。
相手チームの選手たちが、驚きを隠せずにこちらを見ている。女性だけのチームだと思っていたところに、急に男が出てきたのだから当然だろう。 だが、監督兼選手というスタイルはフットサル界では珍しくない。彼らもすぐに闘志を瞳に宿し、再開の合図を待った。
試合再開。
早速「彼女」にボールが渡る。僕が間合いを詰めると、彼女は一瞬だけ躊躇を見せた。未知の相手を警戒したのだろう。だがそれも刹那、彼女は再び牙を剥き、爆発的な加速で縦に仕掛けてきた。
スタンドからどよめきが起きる。
速い――。
全盛期の僕なら、反射的に体が動いていたはずだ。だが今は違う。ブランクのある体で、力任せに行けば一瞬で置き去りにされる。だからこそ、焦らない。見る。読む。相手の「癖」を。
その攻めの姿勢は嫌いじゃない。だが――。
「……それは、さっき見たよ」
彼女がトップスピードに乗ろうとする予備動作を見せた瞬間、僕は最短距離でサッと足を出し、吸い付くようにボールを掠め取った。
「え……っ?」
あまりに静かで正確な奪取に、彼女が呆然と声を漏らす。
完全に抜けると思っていた相手チームの足が止まった。
「翔太、こっち!」
その隙を見逃さず、瑞希さんが最前線でパスを要求する。僕は迷わず、彼女の足元へ鋭いパスを通した。 慌ててディフェンダーが瑞希さんに食らいつくが、彼女は大きく腕を広げて相手を制し、懐の深い位置でボールをキープする。そのまま相手の体重移動を利用し、軸足一本でクルリと前を向いた。
「上手い……っ!」
思わず声が出た。一流のプレーヤーは「手」の使い方が抜群に上手い。もちろん反則をするのではない。腕を上手く使い、相手との距離を保ちながら、自分がプレーするための「空間」を確保するのだ。
瑞希さんは相手を背負ったまま反転シュート! 一度はキーパーに弾かれたものの、跳ね返ったボールに誰よりも早く反応し、泥臭くゴールへねじ込んだ!
「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
会場が今日一番の地鳴りのような歓声に包まれる。再度一点差、2-1!
「ナイスパス、翔太!」
瑞希さんが弾けるような笑顔でハイタッチを求めてきた。
「……『マジシャン』の腕は、まだ錆びついてないみたいね」
「その呼び方は恥ずかしいからやめてよ」
瑞希さんの言葉に、僕は苦笑いした。
「なにそれ、カッコいいじゃん!」
芽愛莉が興味津々といった様子で身を乗り出してくる。
「絵梨ちゃん風に言えば、二つ名かしらね。まるで手品みたいに、いつの間にか相手からボールを奪い取ってしまうから……『マジシャン』。昔はそう呼ばれてたのよ」
綾姉さんの説明に、芽愛莉は「へぇー!」と感心したように僕の足元を凝視した。
「さあ、1点リードよ! このまま最後まで守り抜くわよ!!」
瑞希さんの鼓舞に、全員の声が重なった。
ーーー
その後、相手チームも必死に攻めてきた。
だが、勢いは完全に止まっていた。彼女のドリブル突破が、封じられてしまったからだ。
あれだけ綺麗に奪われたのだ。さすがに警戒してくる。
それでも何とか仕掛けようとはするが――。
「おっと、それも見たよ」
僕は彼女の足元から、ボールを外へと蹴り出した。
派手さはない。だが、確実に心を折るプレー。無理に奪い切らなくていい。相手に「自由にさせない」という意識を植え付けるだけで、十分だ。
警戒されている分、先ほどのように綺麗に奪うのは難しい。だが、自由にプレーさせないこと自体は難しくなかった。
彼女の武器は、一瞬のスピードで一気に突破するドリブルだ。
フェイントのバリエーションは、羽衣ちゃんたちに比べると少ない。
スピードに乗る前に潰してしまえば、それほど怖くはない。
さらに、先ほどのカウンターの残像が相手の足を重くしていた。
1点を取らなきゃ負け。だが、失点すれば完全に終わる。
追いついた直後の失点。
勢いが削がれるのも、無理はない。
そして――
試合終了のホイッスルが鳴った。
「よし!」
思わずガッツポーズをすると、
「やった!」
と叫びながら、夏美が抱きついてきた。
「ちょ……夏美! 足、大丈夫なのかよ!?」
慌てて支えようとするが、彼女は「嬉しい方が勝ってるもん!」と離してくれない。 すると今度は瑞希さんもやってきて、「私も混ぜなさいよーっ!」と反対側から抱きついてくる。さらには梓さんまでもが「ふふ、じゃあ私も」と参戦し、僕はあっという間に彼女たちにもみくちゃにされてしまった。
「ちょっ……みんな! 恥ずかしいって!」
鼻をくすぐる彼女たちの香りと、勝利の熱量に顔が熱くなる。 ようやくの思いでみんなを引き離すと、彼女たちは「はーい」と悪戯っぽく笑いながらようやく離れてくれた。
改めて、全員で力強くハイタッチを交わす。
「「「やったぁぁぁぁ!!」」」
冷たい雨も、泥だらけのユニフォームも、今は最高の勲章だ。 こうして、僕たちのチーム「エル・ブレイズ」は、逆境を跳ね除け、見事に優勝を飾ったのだった。




