(2) - エル・ブレイズ -
今日は、正式に監督を引き受けてから、初めての練習日。
瑞希さん、綾姉さん、梓さんの三人は、もともと別のクラブでプレーしていたのだが、諸事情あって自分たちで新チームを立ち上げたのだ。
それが『エル・ブレイズ本町フットサルクラブ』
「エル・ブレイズ」――その響きにどんな崇高な理念が込められているのかと思いきや、瑞希さん曰く「なんとなく」だそうだ。その潔いまでの適当さが、いかにも彼女らしい。
「はい、では監督より一言お願いします!」
「え? ぼ、僕ですか?」
いきなり振られ、僕はドギマギしてしまう。 そう、僕はこのチームの監督に担ぎ上げられたのだ。おそらく綾姉さんが、怪我で無気力になっていた僕を元気づけようと、瑞希さんに吹き込んだのだろう。 僕自身も、何かきっかけが欲しくて引き受けたのだが、いざとなると緊張する。
「えー、今日はお日柄もよく……」 などとトボけてみるが、全員からの冷ややかなブーイングを浴び、僕は居住まいを正した。
「……監督に就任しました、池田翔太です。右も左も分からない新米ですが、精一杯頑張ります。このチームはまだ始まったばかり。みんなで力を合わせていきましょう!」
パチパチ、と温かい拍手が送られる。少し照れくさい。
「じゃ、次はキャプテン……瑞希さん、お願いします」
瑞希さんは苦笑しながら頷くと、一歩前に出た。
「みなさんご存知、澤北瑞希です! モットーは『楽しくフットサルをする』こと。よろしく!」
和やかな空気の中、綾姉さんが茶目っ気たっぷりに手を挙げた。
「監督ぅ! まずはサッカーとフットサルの違いを教えてくださーい!」
当然知っているはずの質問。サッカー畑出身の僕への「確認テスト」だろう。
「はい。まず人数は五対五。コートはサッカーの約九分の一で、基本は屋内競技です」
「はい先生! 屋内のコート、借りられませんでした!」
瑞希さんが元気よく手を挙げる。彼女がツテを頼って探し回った結果、見つかったのがこのサッカーグラウンドの隅にある屋外コートなのだという。実力を示すことで、なんとか知人に使わせてもらっているらしい。
「いいよいいよ、場所があるだけマシだって」
綾姉さんがフォローを入れる中、僕は説明を続けた。
「あとはボールですね。サッカーボールより一回り小さくて、跳ねにくい『四号球』を使います。小学生用のサッカーボールに近いサイズなので、羽衣ちゃんには扱いやすいかもしれませんね」
名前を出された羽衣ちゃんは、ビクッとして恥ずかしそうに顔を背けた。
「おー、よく勉強してるね。大きな違いはそんなところかな」
瑞希さんが満足げに頷く。そこへ、再び綾姉さんが手を挙げた。
「はいキャプテン! 現在、翔太を抜かすと選手は四人しかいません!」
僕は改めて数えてみた。瑞希さん、綾姉さん、梓さん、羽衣ちゃん……。確かに四人だ。試合に出るにはあと一人足りない。 すると突然、瑞希さんが高らかに叫んだ。
「なんとかなる!!」
「いや、ならんでしょ」
綾姉さんの即座のツッコミが入る。
「なせばなる! というわけでメンバー絶賛募集中だから、誰かいたら誘ってね!」
……完全に他力本願だった。
「あ、あの……わ、わたしも、メンバーなんですか……?」
消え入りそうな声で羽衣ちゃんが尋ねる。
「もちろん! 期待してるわよ!」
「そ、そんなの……む、無理です……」
後ずさりする羽衣ちゃん。知らない大人たちと関わるのが、彼女にはまだ怖いのだろう。
「大丈夫! そこは監督がなんとかしてくれるから!」
「えっ、僕ですか!?」
瑞希さんの無茶ぶりに驚くが、「だって監督でしょ?」と押し切られてしまう。 あの美しいダンスのようなプレーを試合で見たい、という気持ちは僕にもある。けれど、この臆病な「妖精」をどうやってコートへ送り出せばいいのか。
「大丈夫、みんな優しいから」
綾姉さんが羽衣ちゃんの前にしゃがみ込み、優しく諭す。それでも彼女の不安は拭いきれないようだった。 そんな空気を切り裂くように、瑞希さんがさらなる爆弾を落とした。
「あ、それと! 二週間後にフレンドリー大会のエントリーしといたから!」
「「「ええっ!?」」」
人数も揃っていないのに、あまりに無謀だ。
「大丈夫、なんとかなるから!」
瑞希さんは自信満々だ。呆れ果てる僕たちを余所に、綾姉さんは「……まぁ、なんとかしましょ」と笑っている。この人も相当な肝っ玉だ。
「じゃあ練習始めるよ! まずは準備運動から!」
こうして、エル・ブレイズ本町フットサルクラブの活動がスタートした。
ーーー
「はい、今日はここまで! お疲れ様!」
「ありがとうございました!」
練習中、僕はドリンクやタオルの用意など、監督というよりマネージャーのような仕事をこなしながら、みんなのプレーを観察していた。 全員経験者だけあって、技術は確かだ。ただ、やはり課題はある。
「おーい! 翔太くん、ちょっと来て!」
瑞希さんに呼ばれて彼女の元に向かうと、真剣な目で僕に問いかけてきた。
「……で、羽衣はどう見えた?」
「ボールコントロールは天才的です。ただ……連携は全然ですね」
「やっぱり、そう思う?」
瑞希さんは最初から分かっていたのだろう。羽衣ちゃんは個人技こそ凄まじいが、誰かとパスを交換したり、組織で動いたりする経験が圧倒的に足りない。
「しばらくは連携中心の練習が必要ですね。できれば、相手がいる状態で」
「うーん、でも今は五人いないしねぇ」
紅白戦すらできない。すると、瑞希さんがニヤリと笑った。
「というわけで監督、重要任務です! 二週間後の試合までに、選手をあと一人、スカウトしてきて!」
「えええっ!? 僕が探すんですか?」
「だって監督でしょ? ほら、昔のツテとかあるんじゃない?」
昔のツテ。 サッカーを辞め、逃げるようにグラウンドを去った自分。今さらどの面下げて、かつての仲間に声をかければいいのか。
「……まぁ、ぶっちゃけ誰でもいいからさ! 頼んだよ、カ・ン・ト・ク」
瑞希さんの強引な笑顔に押され、僕は重い溜息をつきながらも、スマホの連絡先をスクロールし始めた。




