表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェアリールーレット  作者: あどん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/22

(19) - 雨 -

次の試合までは、まだ小一時間ほど間がある。


その間に、おやつタイムとなった。

持ってきたバナナやヨーグルト、レモンの蜂蜜漬けなどを口にする。


その合間にスマホを確認すると、羽衣ちゃんたちから連絡が来ていた。

どうやら、向こうも決勝まで進んだらしい。


「向こうも順調そうだね」


「そりゃそうよ! あの娘たちが、そうそう負けないって!」


同じように連絡が来ていたのだろう。

瑞希さんもスマホの画面を見ながら、そう言った。


そんな話をしているうちに、こちらの決勝戦が始まる時間が近づいてきた。

観客もかなりの数が集まっている。


だが、雲行きは怪しい。

空から、ぽつりぽつりと雨が落ちてきた。


まだ傘を差すほどではないが、いつ本格的に降り出してもおかしくなさそうな空模様だ。


「あちゃー……」


夏美や芽愛莉が、空を仰ぐ。


向こうは体育館内だから問題ないが、こちらは屋外だ。

これ以上ひどくならなければいいが……。


「でも、試合に影響が出るほどは降らないでしょ!」

「試合ができないほどではないですが、プレーには影響が出るかもしれません。特にドリブル時は滑りやすくなります。気を付けていきましょう」


僕がそう言うと、みんなが頷いた。


どうやら試合が始まるようだ。両チームが整列し、互いに挨拶を交わす。


そして――

決勝戦が、いよいよ始まった。


ーーー


決勝戦のホイッスルが、重苦しい曇天の下で鳴り響いた。


相手チームは男女混合の登録だが、スタートメンバーは全員が男性だった。あの驚異的な突破力を持つショートカットの彼女はベンチ。後半の勝負どころで投入する「切り札」としての温存だろう。


彼女が出てくれば、間違いなく攻撃のリズムはガラリと変わる。勝機を掴むなら、あのアタッカーが登場する前に、なんとしても先制点を奪っておきたかった。


しかし、立ち上がりは苦戦を強いられる。


雨を含み始めた人工芝は予想以上に滑り、ボールが走る。相手は体格を活かしたパワフルなプレスで、こちらのパス回しを強引に寸断しにかかってきた。


「焦らないで! セカンドボール拾っていこう!」


梓さんの凛とした声がピッチに響く。 その指示通り、エル・ブレイズは泥臭い守備で徐々に主導権を引き戻していった。


チャンスが訪れたのは前半10分。中盤で夏美が相手のパスを鋭い読みでカットした瞬間だった。


「綾さん!」


夏美の声に呼応し、綾姉さんが最前線へと矢のように飛び出していく。相手ディフェンスの意識がそちらへ引きつけられた刹那、逆サイドから猛然と走り込んできたのは瑞希さんだった。


綾姉さんが囮となり、空いたスペースへ夏美からの楔のパスが突き刺さる。瑞希さんは吸い付くようなトラップで前を向くと、迷わず右足を振り抜いた。 低い弾道のシュートが濡れた芝の上を滑り、ゴール右隅へと突き刺さる。


「……っ、よし!!」


僕と瑞希さんの、快哉を叫ぶ声が重なった。


この先制点は大きい。瑞希さんと目が合うと、彼女はこちらをチラリと見て力強く頷いた。言葉を交わさずとも、僕と同じ「彼女が出てくる前に叩く」という狙いを共有しているのが分かった。


その後も、1点を追う相手がフィジカルを押し出し、何度もエル・ブレイズのゴールを脅かす。パワーで押し切られそうな危ないシーンが幾度となくあったが、そこは守護神・芽愛莉が超人的な反応で立ちはだかった。


「一本も通させないよ!」


濡れたボールをしっかり抱え込み、芽愛莉が味方を鼓舞する。


結局、スコアは動かないまま前半終了の笛が鳴った。


1-0。


だが、勝負は――ここからだ。


ーーー


「お疲れさま! 前半よく守りきったね」


ベンチに戻ってきたメンバーを迎え、タオルとスポーツドリンクを配っていく。


「今日は屋外で湿度も高いから、今のうちにしっかり水分補給しておいてね」


梓さんの促しに、みんな「はーい!」と応えて喉を鳴らした。


「後半、いよいよ出てくるかしらね」

「おそらくね。向こうも一点を追う立場だし、最初から投入してくるはずだ」


瑞希さんの問いに、僕は険しい表情で頷いた。当然、あの「重戦車」のようなドリブルを見せた彼女のことだ。


「夏美」


僕は夏美を呼ぶと、彼女はスポーツドリンクを口にしたまま「ん?」とこちらに駆け寄ってきた。


「あの女性選手が出てきたら、マンマークについてほしいんだ」

「えっ、私が……?」


夏美が意外そうに目を丸くする。


「ああ。彼女のスピードは脅威だけど、君なら一歩目の出足で対抗できる。いつものように無理に飛び込まず、間合いを保って彼女の加速を殺すような動きをしてほしいんだ。一発目の仕掛けを止めてくれればいい」

「私も後ろからしっかりフォローに入れるわ。お願いね、夏美」


梓さんも隣で力強く頷いた。


単純なスプリント能力だけなら、チームで最も高いのは夏美だ。彼女が粘り強く相手のスピードを削いでくれれば、梓さんの老練な守備も活きてくる。


「……わかった。完璧に抑えられるかは自信ないけど、とりあえずやってみるよ!」


夏美は少し照れたように笑いながらも、その瞳には強い決意が宿っていた。


「よし! じゃあ、あと二十分。みんなで勝ちに行くぞ!」

「「「おーっ!!」」」


全員の声が重なり、冷たい雨の混じるピッチへと戻っていく。 いよいよ運命の後半戦が始まった。


ーーー


後半開始早々、予想通り「彼女」がピッチに現れた。


先ほどの試合で度肝を抜かれた観客から、地鳴りのような歓声が上がる。その熱狂を背負うように、彼女は開始のホイッスルと同時に牙を剥いた。電光石火のドリブル。瞬く間にこちらのゴール前までボールを運ばれる。


「ディフェンス!」


僕が叫ぶのとほぼ同時、彼女がシュートモーションに入った。 決まったか――そう絶望しかけた瞬間、夏美がその射線に鋭く割って入った!


予期せぬ障害に彼女は反応し、シュートのタイミングを一瞬だけ遅らせる。その僅かな隙を、瑞希さんが見逃さなかった。背後から電撃的なチェックを仕掛け、前後で挟み込む。自由を奪われた彼女は、苦し紛れにバックパスを選択せざるを得なかった。


「はっや……っ!」


焦燥の混じった夏美の呟きが聞こえてきた。けれど、十分だ。彼女のスピードに、夏美は間違いなく付いていけている。


しかし、彼女の存在そのものが相手チームに火をつけてしまったようだ。


試合は一気に防戦一方の様相を呈する。夏美が懸命に食らいつくが、波のように押し寄せる相手の勢いに飲み込まれそうになる。 隙を突いたカウンターを狙うものの、向こうも百戦錬磨の優勝チーム。こちらの意図を察し、冷静に芽を摘んでくる。


こういうスペースのある展開こそ羽衣ちゃんの力が生きるのだが、いない選手を当てにしても仕方がない。


激しい一進一退の攻防。押されながらも、リードしているのはこちらだ。なんとかこのまま逃げ切れば――そう願った後半10分、不運が重なった。


雨脚が強まり、観客が次々と傘を差し始めた頃。 再びあのドリブラーが、最短距離で仕掛けてきた。


「あっ……!」


鋭い切り返しに対応しようとした夏美の足が、濡れた人工芝に足を取られた。 その一瞬の空白を、相手は逃さない。夏美を抜き去った彼女が、渾身の力で右足を振り抜いた。


「くっ!」


完全にフリーで放たれた至近距離からの弾丸。流石の芽愛莉も反応しきれず、ボールは無慈悲にゴールネットを揺らした。


1-1。


ついに同点に追いつかれた。


「ごめん、私のせいで……」


顔を伏せる夏美に、瑞希さんたちが「ドンマイ!」「雨のせいよ、切り替えて!」と即座に声をかける。僕も「まだ同点だ、ここからだよ!」と叫び、みんなの背中を押した。


不測の事態は覚悟していた。ここからもう一度、立て直せばいい。 そう自分に言い聞かせ、試合は再開されたのだが……。


(……おかしい)


ピッチを駆ける夏美の動きが、明らかに不自然だった。 僕は嫌な予感に突き動かされるように、審判へタイムアウトを要求した。


ーーー


「夏美! 大丈夫!?」

「大丈夫、大丈夫……」


そう言いながらも、明らかに足を引きずっている。僕は半ば強引に夏美を座らせ、足首を掴んだ。


「っ……あぎゃっ!?」


触れた瞬間、夏美が変な声を上げて顔を歪めた。


「やっぱり……少し腫れてるね。捻挫ねんざだろう」

「うん。でも、平気! まだ走れるから!」


夏美は立ち上がろうとするが、僕はその肩を力強く押しとどめた。


「ダメだ。無理したら悪化するかもしれない」


僕が厳しい表情で告げると、瑞希さんたちも深刻な顔で頷いた。


「そうね。悔しいけど、ここで無理をさせるわけにはいかないわ」

「で、でも……っ」


それでも食い下がろうとする夏美。

交代要員はいない。残り時間は、あと10分ほど。


一人少ない状況で戦うか……最悪、棄権するか……。


――ん? 残り10分?


僕は瑞希さんと視線を合わせた。瑞希さんは僕の「意図」を瞬時に察したようで、苦々しい表情を浮かべながらも、最後には静かに頷いた。


「このまま棄権するなんて、招待してくれた運営にも申し訳ない。……僕が出るよ」

「「「ええっ!?」」」


全員が驚愕の声を上げた。


「ちょっと、翔太。あんたこそ足は大丈夫なの?」


芽愛莉が真っ先に不安そうな声を上げる。


「大丈夫。実は、10分程度ならプレーしてもいいと医者に言われてるんだ」


そう答えると、瑞希さんが「……そのあときつく止められてたけどね」とボソッと呟いた。


「でも、選手登録は?」


綾姉さんの当然の疑問に、僕は頷いた。


「こういうこともあろうかと、僕の名前も登録リストに入れておいたんだ。枠も空いてたからね」


実は、いつかこんな日が来るかもしれないと、密かに願いを込めて続けていた準備だった。


「よし! なら決まりね。監督がコートに立つんだから、絶対に逆転するわよ!!」


瑞希さんが気合を入れ直して立ち上がる。


「僕があの彼女ドリブラーのマークを引き受ける。瑞希さんは前線でカウンターの機を窺ってください」

「えー、私じゃないの?」


ちょっと不満げな綾姉さん。


「今日は瑞希さんが乗ってるから。ポストプレーでタメを作って、相手の隙を突けるのは瑞希さんだ」


僕が監督として冷静に判断を伝えると、「わかったわよ」と納得してくれた。


「それじゃあ、頑張ろうか」


梓さんがいつも通りの落ち着いたトーンで立ち上がる。僕はそれを見て、封印していた感覚を呼び覚ますように、軽くステップを踏んで準備運動を始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
阪口夢穂モデルの登場人物出てきたかな? そう言えば双子姉妹は大竹姉妹がモデルか。 登場して欲しいのは猶本光と田中陽子ですw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ