(18) - ドリブラー -
羽衣ちゃんたちのチームは、無事に予選を突破して決勝トーナメントへ進んだようだ。 ここまでは予定通り。エースの羽衣ちゃんと、パワープレーの要である絵梨ちゃんが不在なのは戦力的に痛いけれど、彼女たちには向こうの舞台で暴れてきてもらおう。
しかし、誤算は続くもので……。
「まさか、則夫くんまで来られなくなるとはね」
「まあ、冠婚葬祭ばかりは仕方ないですよ」
親戚に不幸があり、急遽欠場が決まった則夫さんからは、SNSを通じて『くっ! 無念!!』というやたら主張の強いイラストスタンプが送られてきていた。
「人数ギリギリになっちゃったけど、もともとはこんな感じだったんだし、気合入れていきましょう!」
瑞希さんが明るい声でみんなを鼓舞する。
「本当に、芽愛莉が入ってくれていて助かったわ」
梓さんの言葉に、芽愛莉は「まあ、任せてよ!」と自信満々に胸を叩いた。本当に、彼女のおかげで「守護神不在」という最悪の事態だけは避けられた。
「それで、本日の大会形式は?」
「四チームによる招待トーナメントよ!」
瑞希さんが宣言するように告げた。 今日の大会は、前回のレディース大会で優勝したことが縁で招待されたものだ。集まったのは、いずれも各地の大会を制してきた強豪ばかり。
本来なら、足技も上手い芽愛莉をフィールドで使い、則夫さんをゴレイロに据えるプランもあったのだが……今更それを言っても始まらない。
「相手はすべて『どこかの優勝チーム』です。レベルは間違いなく高いと思ってください」
「負けても三位決定戦があるから、最低でも二試合は戦うことになるわ」
「まあ、二つとも勝つけどね!!」
瑞希さんの補足に、綾姉さんが頼もしく付け加える。
「20分ハーフの、前後半フルタイム制。ハーフタイムの休憩は5分と短いので注意してください。その代わり、試合間のインターバルは長めに取られているので、そこでしっかり体力を回復させましょう。それと、今日は屋外の人工芝です。いつもとボールの転がりや足元の感触が違うはずなので、アップの時にしっかり掴んでおいてください」
「天気はどんよりしてるけど、このくらいの方がかえって体力を削られなくていいわねー」
梓さんが空を見上げる。雨こそ降っていないが、厚い雲が陽光を遮っていた。
「今日は交代枠がありません。全員がフル出場になります。怪我にはくれぐれも気をつけて」
「はーい!」
「よし、それじゃあ……頑張りましょう!」
僕の号令に、「おーっ!!」という力強い声が重なった。
ーーー
一回戦。とはいえ四チームのみのトーナメントなので、実質的にはいきなり準決勝だ。 相手は全員男性だが、体つきからして高校生だろう。どこかの高校生大会を制した優勝チームといったところか。
「まだまだ、若造には負けられないわね!!」
ガルル、と唸り声が聞こえてきそうな気迫で綾姉さんが息巻いている。
「今日は年少組がいないし、羽目を外して自由にやらせてもらおうかな」
瑞希さんもやる気満々だ。
そう言えば、羽衣ちゃんや絵梨ちゃんがいる時はバランスを考えて守備的に立ち回ることが多かった瑞希さんだが、本来は攻撃のセンスも抜群なのだ。 夏美と芽愛莉の連携も安定し、大黒柱の梓さんが後方に控えている今、瑞希さんが攻撃にリソースを全振りしたらどんなプレーを見せてくれるのか。 そんな期待に胸を躍らせながら、僕はキックオフのホイッスルを待った。
ピーッ! と試合開始の合図が鳴った。相手のキックオフだ。 ボールを受けた選手が勢いよくドリブルを仕掛けてくるが……。
「夏美!!」
芽愛莉の声に反応し、夏美が鋭いチェックで前進を阻む。夏美は決して無謀に飛び込まず、相手の動きにピタリと合わせ、縦へのコースを完璧に限定した。冷静かつ堅実なディフェンスだ。
突破を諦めた相手が、パス回しに切り替える。さすがは優勝チーム、パスの精度もスピードも一級品だ。 容易には奪えないかと思ったが、先に焦れたのは相手の方だった。 膠着状態を嫌ったのか、多少距離のある位置から強引にミドルシュートを放ってくる。しかし、遠目からのシュートは必然的に成功率が低い。
芽愛莉が難なくキャッチすると、すぐさま前線へ鋭いフィードを送った。
「はい、瑞希!」
パスを受けた瑞希さんは慌てずキープし、一度タメを作ってから梓さんへ戻す。
「よし、落ち着いていこう」
ハーフウェーライン付近での丁寧なビルドアップから、要所で楔のパスを打ち込み、チャンスと見るや果敢にシュートを狙っていく。
「いけぇ!」
綾姉さんがコースを突いた鋭いシュートを放つが、これは惜しくもポストに嫌われた。
「あちゃー!」と悔しがる綾姉さんに、「惜しい惜しい!」「ドンマイ、次行こう!」とチーム全員が間髪入れずに声を掛け合う。雰囲気は最高だ。
相手のシュート本数こそ多いが、芽愛莉を脅かすほどではない。対してこちらは、緻密なパスワークからの決定的な場面を何度も作り出していた。 この展開なら、いける。
もともと、うちのチームは守備の意識が高い。素人の則夫がゴレイロだった時でさえ失点が少なかった。それは、梓さんの統率力があったからだ。そこに高い身体能力を持つ夏美が加わり、経験豊富な芽愛莉が最後尾に座った。
この鉄壁の安定感が、今、攻撃にさらなる自由を与えている。
ハーフウェーライン付近から、ゴール前の瑞希さんへ縦パスが入る。相手ディフェンスが吸い寄せられるように集まった瞬間、瑞希さんはダイレクトで綾姉さんへ。 綾姉さんがトラップしたところへ、相手が二人がかりで一気に間を詰める。
「ひぃ! 襲われるぅ!」
口ではおどけながらも、綾姉さんの動きには余裕があった。彼女はシュートと見せかけ、ゴール前へ低く鋭いパスを突き刺す。 誰もが「外れたシュート」だと思ったその軌道上に、パスを出したばかりの瑞希さんが飛び込んでいた。
瑞希さんはゴレイロの視界を遮るように立ち塞がると、自分の股間を通り抜けようとするボールに対し、足の内側――踵に近い部分を当てる。 ボールの勢いを殺さず、コースだけをわずかに変える「ヒール・フリック」。 目の前で弾道を変えられたゴレイロは成す術もなく、ボールは吸い込まれるようにサイドネットを揺らした。
「ナイス、瑞希さん!」
「さっすが、決めるねぇ!」
全員が瑞希さんに駆け寄り、ハイタッチで喜びを分かち合う。
「いい感じよ! このまま集中切らさずにいくわよ!」
「「「おー!!」」」
瑞希さんの力強い鼓舞に、全員の声が重なった。
ーーー
後半は、こちらのキックオフで幕を開けた。 開始直後、梓さんがハーフウェーライン付近から意表を突いたロングシュートを放つ。鋭い弾道がゴールを襲うが、コースはゴレイロの正面。
――と思われた、その瞬間だった。 再び瑞希さんが、ゴレイロの死角を突くように絶妙なタイミングで飛び込んだ。今度は右足のアウトサイドでボールを僅かにこすり、弾道を右隅へと変化させる。 梓さんのシュートに全神経を集中させていたゴレイロは、目前で変わった軌道に反応できず、ただ見送ることしかできなかった。
「ナイス、瑞希さん!」
「やったね、完璧!」
ハイタッチを交わす二人に、ベンチからも惜しみない拍手が送られる。
ゴール前に飛び込み、味方のシュートコースを変える。言うのは容易いが、実践するのは至難の業だ。ゴールを背にする以上、ゴールの位置もゴレイロの正確な立ち位置も直接見ることはできない。 フィールド全体の配置を脳内に描き、周囲の足音や気配から最適解を導き出す――瑞希さんの類まれな「戦術眼」が光ったプレーだった。
これで2対0。事実上の勝負ありだ。 焦った相手はさらにロングシュートを連発してくるが、冷静さを欠いた一撃がエル・ブレイズの守備網を破ることはない。
そして試合終了間際。綾姉さんの放った強烈なシュートをゴレイロが弾いたところを、瑞希さんが冷静に詰め、トドメの三点目を押し込んだ。
これで瑞希さんは、見事なハットトリック達成だ。
結果、3-0。文句なしの快勝だった。
「やるじゃん瑞希! さすがの得点感覚ね!」
「はっはっはー! 年少組がいない分、お姉さんが頑張らないとね!」
瑞希さんは、満足げに胸を叩いて豪快に笑う。
「ふぅー、いい試合だったわね!」
綾姉さんが首にかけたタオルで汗を拭いながら、晴れやかな顔でこちらに歩いてきた。
「うん、本当にかっこよかったよ。大活躍だね」
僕が声をかけると、瑞希さんは少し照れたように頬を緩めた。
「よし! 次はいよいよ決勝、この勢いで勝つわよ!」
「「おー!!」」
エース不在という逆境を跳ね除け、チーム全体の連携はむしろ研ぎ澄まされていた。何より、メンバー全員が心からフットサルを楽しんでいる。 最高の士気と感触。五人きりのエル・ブレイズは、いよいよ頂点を目指して決勝の舞台へと向かう。
ーーー
決勝の相手が決まるもう一つの試合。僕たちは、スタンドからその行方を見守ることにした。 カードは「熟練の年配男性チーム」対「スタンダードな男女混合チーム」。
序盤は、経験に勝る年配チームが押し込む展開が続いた。
前半終了間際、少し頭の薄くなったベテラン選手が鮮やかな切り返しからゴールを奪い、1-0。そのままリードして後半戦へと突入する。
しかし、後半に入ると年配チームに明らかな疲れが見え始めた。そこを突いて男女混合チームが攻勢に出るが、年配チームも老練な守備で決定機を許さない。手に汗握る好勝負だ。
だが、一人の女性プレイヤーがコートに投入された瞬間、ピッチの空気は一変した。
ボールを受けたその選手は、屈強な男性陣を力でなぎ倒すようなドリブルで中央を強行突破。そのままゴールを射抜いたのだ!
「……っ、すごっ!」
綾姉さんが思わず感嘆の声を漏らす。 1-1の同点。会場は「おおお!」というどよめきに包まれた。 羽衣ちゃんの流れるような技巧派ドリブルとは違う、最短距離を最高速度で突き進む重戦車のようなドリブル。一瞬でトップスピードに乗る加速力と、激しい接触をものともしない強靭な体幹……あれは並のトレーニングで身につくものではない。
ショートカットがよく似合う凛とした佇まいの彼女は、大学生か、あるいは高校生だろうか。小柄な身体で大柄な男たちを翻弄する姿には、どこか勇ましささえ感じられた。 絵梨ちゃんがここにいたら、今頃大喜びで新しい二つ名を考えていただろう。
「……すごいね」
僕が呟くと、瑞希さんも「ええ、そうね」と真剣な表情で頷いた。
その後、彼女がボールを持つたびに地鳴りのような歓声が上がる。その声に呼応するように、彼女はさらにギアを上げた。 一瞬のスピードで相手の前に身体をねじ込むと、そのまま抜き去って右足を一閃! 勢いそのままの強烈なシュートが、ゴレイロの指先を弾いてネットに突き刺さった。
逆転、2-1。
「よし!」と控えめにガッツポーズをする彼女。ベンチには他にも女性メンバーがいたが、彼女だけは明らかに別格――男性陣に混じって、完全にチームの「主力」として君臨していた。
「やるわね……」
綾姉さんが感心したように呟く横で、芽愛莉が「ムムム……」と唸りながらそのプレーを凝視していた。
「どうしたの?」
「……あの人、どこかで見たことあるのよね」
「えっ、知り合い?」
「いや、直接の知り合いじゃないと思うんだけど……」
芽愛莉は眉間に皺を寄せて考え込む。
「夏美、心当たりない?」
「ええ? うーん……言われてみれば、どこかで見たような気もするけど……」
夏美も記憶の糸を辿っているようだが、確信は持てないらしい。
「日本人だし、ドイツ時代じゃないはず。……学校、かな?」
芽愛莉は「うーん」と唸り続けていたが、やがて「あーっ、もう! 分からんものは分からん!」と考えるのを放棄して、パンパンと自分の頬を叩いた。
試合は終盤、彼女の鋭い突破からの高速クロスに、リーダー格の男性が合わせてダメ押しの一点。 結局、3-1で男女混合チームが勝利し、決勝の切符を掴み取った。




