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フェアリールーレット  作者: あどん


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17/22

(17) - 選抜 -

僕は、足の定期検査のため病院に来ていた。


「だいぶ良くなってきてるわね」

「はい、おかげさまで」

「フットサルの監督、始めたんですって?」


この病院の女医さんは瑞希さんの知り合いだ。だから僕がフットサルの監督を始めたことも、すでに耳に入っているのだろう。


「ええ、まあ……」

「それで、どう? うまくいってる?」


女医さんは興味深そうに聞いてくる。


「そうですね……まだ始めたばかりなので何とも言えませんが……。でも、みんないい人たちで、楽しくやれてますよ」

「そっかー」


そう言いながら、女医さんは僕の足が映ったレントゲン写真を見つめ、何か考え込む。


「……まあ、10分かな」

「え?」

「10分くらいなら、プレーしても――」

「え!? いいんですか!?」


思わず身を乗り出す。


「やっぱ、ダメ!」

「ええ!?」


再び前のめりになった僕を見て、女医さんは苦笑しながら続けた。


「だって、その調子だと“10分”って言っても20分やるでしょ?」

「そ、そんなことしないですって……」


慌てて否定するが、「ダメダメ」と首を振られる。


「そもそも、その怪我だって無理して悪化させたんでしょ?」

「すいません……反省してます」

「あなたの性格的に、10分プレーするために、練習もがっつりやるタイプでしょ」

「プレーしていいってことは、そういう意味では……」

「だーめ!」


女医さんは、ぽんっと僕の頭を叩いた。


「ここまで悪くなる前に、普通は痛くて病院に来るの。痛みに鈍感すぎ。危険!」

「いや、でも……」

「無理したら、また酷くなるわよ」


返す言葉もなかった。確かに、図星だ。

だから僕は、渋々頷くしかなかった。


「……分かりました。10分ですね」

「だから! ダメって言ってるでしょ!!」


ーーー


「ダメだからね」

「まだ、何もしてませんが……」


いつものグラウンドで瑞希さんに会った瞬間、いきなり念を押された。

確かに、いつもより動きやすい格好をしているし、マイボールも持ってきているが……。


「愛子から、きつく言われてるからね」


愛子――女医さんの名前だ。もう連絡が行っているとは……。


「別に本気でプレーするつもりはないです。ちょっとだけならいいって言ってましたし!」

「だーめ。そういうこと言うから“足を切る”って言われるのよ」

「うっ……それを言われると辛いですが……」

「それより! 監督業をちゃんと頑張って」

「はい。それはもう……」


僕は素直に頷いた。


「とりあえず、あなたにお客さんよ」

「お客さん?」


珍しいな、と思いながら視線を向ける。

そこには、一人の男性が立っていた。特別暑いわけでもないのに、汗をだらだら流し、ハンカチで何度も額を拭っている。


「あ、あの……」


おずおずと声をかけると、相手ははっと顔を上げた。


「ああ! どうも! こんにちは!」


早口で挨拶し、ぺこりと頭を下げる。


「あ! 私、こういう者です!」


差し出された名刺には、『株式会社アソシエイト・スポーツ』と書かれていた。


「アソシエイト・スポーツ?」

「はい。スポーツ系のイベント会社、と言えば分かりやすいでしょうか」


スポーツ関連のイベントや大会、その運営に付随する事業を行っている会社らしい。

近々完成する大型総合運動施設のオープニングイベントを任されたのだという。


「そこでイベントを行うのですが、近年人気のフットサル大会を開催することになりまして」


話を聞くと、全32チーム参加。8グループに分けて予選を行う、本格的な大会らしい。

将来的には、年1回の恒例大会にする予定だという。


「なるほど。うちのチームに参加してほしい、と?」

「いえ」

「……ありゃ?」


違うんかい。


「今回は、小学生の選抜チームを予定しておりまして……。長谷部羽衣さんが、こちらのチームに所属しているとお聞きしまして」

「ああ」


どうやら、目的は羽衣ちゃんだったらしい。


「『港町フットサル愛好会』の監督さんから推薦がありまして。ぜひ羽衣さんに参加していただきたいと」


選抜チームの母体は、港町フットサル愛好会になるらしい。

双子ちゃんのチームだ。人の良さそうなおじいちゃん監督の顔が思い浮かぶ。あの人なら、羽衣ちゃんも安心だろう。


「おお、あの子ですな」


男性の視線の先には、いつも通り綺麗なリフティングをしている羽衣ちゃんの姿。


「いやぁ、素晴らしいボールコントロールですな! しかも可愛い! これは人気が出ますよ!!」


一人でうんうんと頷いている。まあ、可愛いのは間違いない。


「まあ、とりあえず羽衣ちゃんの意思を確認しないとですね……」


そう言って、僕は羽衣ちゃんを呼んだ。


「あっ! 監督!」


嬉しそうに駆け寄ってきた羽衣ちゃんだったが、見知らぬ男性に気づいた瞬間――顔が引きつり、


「きゃあ!!!!」


全力で逃げていってしまった。


「えっと……彼女は……」

「ええっと……人見知りが激しくて……」


僕は苦笑しながら謝る。最近はだいぶ良くなってきたのだが、突然だとダメらしい。


「ああ、いえいえ。突然来た私も悪かったですから!」


そう言ってはくれたが、表情がわずかに引きつっていたのは隠せなかった。


ーーー


「は、はせべ……うい、です……」


ようやく落ち着きを取り戻し、僕の背後からひょっこりと顔を出した羽衣ちゃん。事情を説明すると、彼女は「ええぇ……」と目に涙を溜め、縋るような視線を僕に向けてきた。


(そんなの、絶対無理ですぅ……!)


口に出さずとも、その瞳がそう訴えているのが痛いほど伝わってくる。


「大丈夫だよ。母体は『港町フットサル愛好会』だから、仲良しの里中姉妹も一緒だよ」


懸命に説得を試みるが、人見知りの彼女にとって「他チームに混ざる」という壁は、想像以上に高いようだった。 そんな様子を見ていた男性が、思い出したように付け加えた。


「ああ、そういえば。チーム『アルコ・イリス』の黒江絵梨さんも、すでに参加を快諾してくれています。『羽衣が出るなら私も出る!』と意気込んでおられましたよ」

「えっ、絵梨ちゃんが……?」


その言葉は、どんな説得よりも効果的だった。うちの練習に頻繁に顔を出し、今や羽衣ちゃんにとって最も信頼できる親友の一人である絵梨ちゃん。彼女が一緒なら――羽衣ちゃんの表情に、わずかな希望の光が差した。


「か、考えさせて……ください……」

「もちろんです。良いお返事を待っていますよ」


男性は満足げに頷き、ようやく引き上げていった。


ーーー


「すごくいい話じゃない!」


練習後のミーティング。みんなに選抜チームの話を伝えると、真っ先に瑞希さんが声を弾ませた。


「つまり、地域代表の選抜メンバーに選ばれたってことでしょ? 凄いことよ!」

「羽衣ちゃんのレベルアップにも、間違いなく繋がるはずだわ」


梓さんや綾姉さんも、我が事のように肯定的に捉えてくれている。けれど、当の羽衣ちゃんはまだ、不安の波に飲み込まれそうになっていた。


「で、でも……日程的に、次の大会と……」

「ああ、うちがエントリーしてる試合のこと?」


僕たちは毎週のように大会へ顔を出している。確かに日程は重なっていたが、選抜チームの大会はそれよりも遥かに規模が大きく、注目度も高い。


「羽衣殿と絵梨殿が抜けるとなると、戦力的に厳しくはないか?」


則夫が心配そうに顎をさするが、瑞希さんがそれを即座に一蹴した。


「大丈夫よ! もともと人数ギリギリで回してたんだから。今いるメンバーだけで十分戦えるわ」


「私も、大きな舞台でキラキラしてる羽衣ちゃんを見てみたいな」


夏美の真っ直ぐな言葉に、みんなが「うんうん」と深く頷く。自分を信じてくれる仲間の視線に包まれ、羽衣ちゃんはぎゅっと自分の拳を握りしめた。


「ね、前向きに考えてくれるかな?」


僕がもう一度、彼女の目を見て問いかけると――。


「わ、わかりました! わたし……頑張ってみますっ!!」

「よし、その意気だ!」


羽衣ちゃんの力強い決心に、チーム全体が歓声に包まれた。 喜び合う彼女たちを見守りながら、僕は密かに、エース二人が不在となる次戦の布陣を練り始めるのだった。


ーーー


羽衣ちゃんが参加する大会は、2日間に分けて行われる。


予選は別会場を使用し、決勝トーナメントはこけら落としとなる総合体育館で行われる、ということらしい。

日程が被っているのは2日目。つまり、予選敗退すればこちらの大会には参加できるのだが……。


「羽衣ちゃんに絵梨ちゃんもいるんでしょ? 負ける未来が見えないんだけど」


綾姉さんの言う通り、大の大人に混じって互角以上に渡り合える彼女たちが、小学生大会で負けるとは正直思えなかった。


「まあ、でも油断大敵よ」


瑞希さんがそう釘を刺す。

確かにその通りだ。フットサルは団体競技。勝負の綾がどこに転がっているかなんて、最後まで分からない。


「では! 我々は頑張って応援しようぞ!!」


――というわけで、1日目は羽衣ちゃんの試合を観に行くことになった。


ーーー


予選会場は、広大な芝生をいくつも区切って作られていた。


「うっわー! 凄い人……!」


夏美が目を丸くした通り、会場は熱気に包まれていた。三十二チームという規模に加え、保護者や観客、さらにはキッチンカーや出店まで並び、まるでお祭りのような賑わいだ。


「もう始まってるみたいよ」


梓さんの指さすピッチでは、すでに熱戦が繰り広げられていた。


「お! 絵梨ちゃんだ!」


一際背の高い彼女の姿は、小学生の集団の中ではすぐに見つかった。


「あら、本当だわ」

「……ねえ、あれって紗緒理ちゃんじゃない?」


芽愛莉が指した先には、大岡山カールカニの守護神・大谷紗緒理ちゃんの姿があった。 やはり、この世代のトッププレイヤーとして彼女も招集されていたらしい。


「羽衣ちゃんもいたよ!」


夏美がベンチを指す。どうやら羽衣ちゃんは温存、あるいは交代枠としてのベンチスタートのようだ。試合は相手チームに押し込まれる展開が続いていたが……。


羽衣ちゃんがピッチに入った瞬間、空気が一変した。


ボールを持った彼女は、鮮やかなルーレットで一人、二人と軽やかに抜き去る。相手ゴレイロが慌てて飛び出した瞬間、その脇を抜く正確なラストパスが絵梨ちゃんへと届けられた。


「羽衣、ナイスっ!!」


パスを受けた絵梨ちゃんが、そのまま豪快なシュートを叩き込む。相手は一歩も動けず、ネットが激しく揺れた。


「絵梨ちゃんナイス! 羽衣ちゃんも最高――っ!!」


夏美の弾けるような声援に気づいたのか、絵梨ちゃんがこちらを向いて大きく手を振ってくれた。 その後、里中姉妹も投入され、双子ならではの超連携で会場を幾度も沸かせる。終わってみれば6-3の快勝だった。


「……強いわね。でも、ねぇ」


梓さんが少し心配そうに呟く。僕も同じことを考えていた。


「うん。守備がザルだ」


愛姫ちゃんは瑞希さんに似た万能型で守備もこなすが、優姫ちゃん、絵梨ちゃん、羽衣ちゃんは攻撃への意識が強すぎて、どうしても守備が粗い。現状、紗緒理ちゃんが最後方で孤軍奮闘している状態だ。


「まあ予選だし、攻撃重視のスタイルもアリじゃない?」


綾姉さんの楽観的な言葉に頷きつつも、決勝トーナメントでの強豪との激突が脳裏をよぎる。


そんなことを考えていると、瑞希さんが妙齢の女性を連れてこちらへ歩いてきた。


「翔太くん、紹介するわね。羽衣ちゃんのお母さんのありささんよ」

「こんにちは、長谷部ありさです。羽衣がいつもお世話になっております」

「あ、こちらこそお世話になっております!」


慌てて挨拶を返した。よく見ると、羽衣ちゃんの面影を色濃く残した、穏やかな雰囲気の美人さんだ。


「人見知りの激しいあの子が、自分から大会に出たいなんて言い出した時は驚きました。良い監督さんに出会えたおかげですね」


そう言って微笑まれ、僕は少し気恥ずかしくなった。


「ありさだって、羽衣のプレーを見て血が騒いだんじゃない?」


瑞希さんの問いに、ありささんは娘を見つめながら目を細めた。


「そうですね。ボールコントロールは随分上達しましたが、まだまだ……。伸びしろだらけです」

「……ありささんも、経験者なんですか?」

「サッカーですけどね。羽衣に教えたのは私なんです」

「あ、そうなんですか!?」


話を聞くと、女子サッカー界では有名な選手だったらしい。


「ありさは“フィールドの魔術師”って呼ばれてたのよ」

「フィールドの魔術師……カッコいいですね」


きっと絵梨ちゃんが喜びそうな二つ名だ。


「いえいえ、昔の話ですよ」


そう謙遜しつつも、只者ではない雰囲気が漂っている。


「ありさも、羽衣と一緒に朝練来てよ。人数少ないのよ」

「ふふ……考えておきますね」


そんな話をしていると、試合を終えた羽衣ちゃんたちがこちらへ戻ってきた。


「あ! 監督!」


嬉しそうに駆け寄ってくる。その後ろには絵梨ちゃんや里中姉妹の姿もある。


「お疲れさま」


そう声をかけると、ありささんはみんなに飴を配っていた。

まだまだ元気そうだ。代表チームだけあって、控えも含め12名のフルメンバーが揃っている。


港町フットサル愛好会のおじいちゃん監督は、上手く選手を入れ替えながら戦っているのだろう。


本来なら、うちもスタメン5名+ベンチ7名のフルメンバーを揃えたいところだが、まだそこまでは至っていない。

――いずれは。


そう考えていると、瑞希さんがこちらの心を読んだかのように言った。


「まだまだ、これからよ」

「そうですね」


僕も頷く。

とりあえず、明日の試合を頑張ろう。

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