(14) - カテナチオ -
続く二回戦も3対0で快勝し、僕たちは無事に決勝トーナメント進出を決めた。 しかし、迎えた準決勝は打って変わって、1対0という薄氷の勝利。まさに「辛勝」という言葉が相応しい一戦だった。
「ふぅ……危なかったわね」
「さすがに、ここを勝ち上がってくるようなチームは一筋縄じゃいかないわ」
瑞希さんと綾姉さんが、額の汗を拭いながら安堵の息を漏らす。
「それにしても、羽衣ちゃんの『びっくりアタック』が通用しなくなってきたわねー」
梓さんがのんびりした調子でそう言うと、みんなからドッと笑いが起きた。 冗談めかしてはいるが、事態は深刻だった。対戦相手は僕たちの試合を念入りにチェックしていたのだろう。初めから羽衣ちゃんを徹底的にマークし、スペースを潰してきた。このレベルの強豪に警戒されれば、いかに彼女が「妖精」とはいえ、単独突破は困難を極める。
「まあ、でも勝ちきったんだから凄いよ。よくあの守備をこじ開けたよ」
僕がフォローすると、一人の少女がこれ以上ないほど誇らしげに胸を張った。
「わっはっはっは! 感謝するがいい、すべては俺様のおかげだな!!」
絵梨ちゃんだ。みんなも「絵梨ちゃん様々だね!」「凄い凄い!」とおだてるものだから、彼女はさらに「もっと褒めろー! わっはっは!!」と上機嫌で調子に乗っている。
実際、絵梨ちゃんのゴールは大きかった。
突破が難しいと判断した羽衣ちゃんが出したパスを、やや遠い位置から――ディフェンスが詰めてくるのも構わず、強引にシュート。
そのボールが相手に当たってコースが変わり、キーパーも反応できない“超シュート”になったのだ。
「シュートは打たなきゃ入らない」
まさに、彼女の野性と強気な姿勢が呼び込んだ執念のゴールだった。
「よし! この勢いを決勝にぶつけよう。まずは相手の偵察に行こうか」
僕の言葉に、勝利の興奮を纏ったメンバーたちが力強く頷いた。
ーーーー
AグループとBグループの準決勝を終えた僕たちは、そのままコート脇に残り、C・Dグループの準決勝を偵察することにした。この試合の勝者が、決勝で僕たちの前に立ちふさがる相手だ。
試合開始直前。ウォーミングアップを行う選手たちの中に、見知った顔を見つけた。
「うおぉっ!? 同じ顔した子が二人いるぞ!!」
絵梨ちゃんが大袈裟に驚愕しているが、無理もない。そこにいたのは、里中優姫ちゃんと愛姫ちゃんの双子姉妹だった。 二人はこちらに気づくと、愛姫ちゃんがブンブンとちぎれんばかりに手を振り、優姫ちゃんも小さく会釈を返してくれた。
「あれ? 港町フットサル愛好会、エントリーしてたっけ?」
「いえ、なかったはずよ。どこかのチームに助っ人を頼まれたのかしら」
瑞希さんと綾姉さんが小声で顔を見合わせる。
そうこうしているうちに、ホイッスルが鳴った。 試合は序盤から、0対0の緊迫したロースコアの展開が続いた。どちらのチームも守備の意識が極めて高い。だが、その中でも一際異彩を放つ選手がいた。
里中姉妹の対戦相手。そのチームで背番号「7」を背負った少女の動きが、あまりに素晴らしかったのだ。
「……あの子、いいわね」
梓さんも、その実力に気づいたようだ。 彼女は卓越した危機察知能力で相手の攻撃の芽を次々と摘み取っていく。守備だけでなく、隙あらば前線へ駆け上がる攻撃のセンスも鋭い。敵に回せば、これほど厄介な存在はいないだろう。
膠着状態を打破すべく、ついに里中姉妹がピッチに送り出された。
「優姫ちゃん、愛姫ちゃん、がんばれーっ!!」
人見知りの羽衣ちゃんが、珍しく周囲に響くほどの大きな声で声援を送る。仲の良い二人の活躍を願うその気持ちは、僕にも痛いほどよくわかった。
「優姫ちゃん、行きますよ」
「了解!」
相変わらず、テレパシーでも使っているのかと思うほど見事な連携だ。双子の投入によってチーム全体が連動し、攻撃の厚みが一気に増す。
しかし、そのときだった。
「7番」の少女が、まるで双子のパスワークを予知していたかのように、鋭い出足でインターセプトを成功させたのだ。 彼女はすぐさま顔を上げ、前線へ寸分の狂いもないパスを供給する。 ボールを受けた選手がドリブルで切り込み、シュート。ゴレイロが必死に弾き出したそのこぼれ球に――
誰よりも早く飛び込んだのは、またしても「7番」だった。
懸命に伸ばしたつま先が、わずかにボールに触れる。 転がったボールは、吸い込まれるようにゴールラインを割った。 ピピーッ! 審判の笛が鳴る。一瞬の隙を突いた、完璧な先制劇だった。
結果として、この一点が決勝点となった。
その後、里中姉妹が幾度となく怒涛の反撃を仕掛け、相手ゴールを襲った。けれど、7番を中心とした鉄壁の守備網が崩れることは、最後まで一度もなかった。
ーーー
「あーっ! 負けちゃった!!」
「……応援、ありがとうございました」
試合を終えた里中姉妹が、こちらへ挨拶に来てくれた。
「残念だったね。いい試合だったけど」
僕が労いの言葉をかけると、優姫ちゃんは「くそー! 紗緒理の奴めーっ!」と地団駄を踏んで悔しがっている。
「紗緒理?」
「向こうの7番ですよ。以前、合同練習で一緒になったことがあるんです。大谷紗緒理。私たちと同じ、小学6年生なんですよ」
「え……? あの子が小学生?」
あの冷静沈着な立ち振る舞い。もっと大人びて見えたが……。発育の良い女子選手だと、もはや外見だけでは年齢の判断がつかないな。
「紗緒理め! 次は絶対、絶対に勝つんだからな!」
「優姫ちゃん、そろそろ時間。……次は3位決定戦」
愛姫ちゃんに促され、優姫ちゃんは「おう! 3決は絶対勝つから見ててくれよな!」と闘志を燃やしながら去っていった。
「大谷紗緒理って、さっき得点を決めた7番の子のこと?」
夏美が、ふとした様子で聞いてきた。
「そうみたいだ。あれで小学生なんだってさ」
「へぇ……そうなんだ」
夏美は納得したように頷いたが、続けて妙なことを口にした。
「でもあの子……ゴレイロじゃないんだね」
「え? ゴレイロ?」
思わず聞き返してしまった。あれだけフィールドを縦横無尽に駆け回っていた選手だ。ゴレイロという発想は僕にはなかった。 僕が怪訝な顔をしたせいか、夏美は慌てて手を振る。
「あ、ごめんごめん! なんとなくそう思っただけ! 気にしないで!」
夏美はそのまま芽愛莉のところへ駆け寄っていった。「……なんだったのかしら?」と梓さんも不思議そうな顔をしている。夏美の勘違いだろうか。しかし、なぜかその言葉が胸に深く引っかかった。
あらためて、対戦相手のスコアを確認する。
1-0、1-0、1-0――。
見事なまでに『ウノ・ゼロ(1対0)』の数字が並んでいた。 今大会、未だ無失点。徹底した組織守備。イタリアサッカーの代名詞『カテナチオ(閂)』を彷彿とさせる鉄壁の守りだ。 こうして、決勝の相手は紗緒理ちゃんを擁する『大岡山カールカニ』に決まった。
ちなみに、その後の3位決定戦では、里中姉妹のチームが鮮やかな勝利を収めていた。
こちらに向かってVサインを送る双子を見て、瑞希さんがパンと手を叩いて気合を入れる。
「さて! 次はいよいよ、私たちの出番ね!!」
「「「おーっ!!!」」」
みんなの士気は最高潮だ。
「相手はディフェンス重視。守備が固いからね。焦れずに攻めよう」
僕が戦術を伝えると、綾姉さんが「そんなの関係ないわよ! 要はブチ抜いて点さえ取ればいいのよ!」と、相変わらずの脳筋理論を展開中だ。いや、確かにその通りだ。 弱気は禁物。僕たちだって無失点でここまで勝ち上がってきたんだ。
「スタートは、瑞希さん、綾姉さん、羽衣ちゃん、絵梨ちゃんでいくよ」
「了解!」
攻撃特化の布陣をチョイスした。相手の鉄壁が完成する前に、早めに一点をもぎ取る。先制さえできれば、守備的な相手は前に出ざるを得なくなる。そうなれば、カウンターで追加点を奪うチャンスも増えるはずだ。
「芽愛莉。防戦のシーンも増えると思うけど、後ろは任せたよ」
「うん、任せて! ゴールラインは私が絶対に割らせないから!」
そう言って、芽愛莉は力強くうなずいた。




