(13) - 三女神 -
「みんな、おつかれー」
僕は一人ひとりにスポーツドリンクとタオルを手渡す。
「いやー、相手も強いねー」
綾姉さんがそう言うと、みんなも素直に頷いた。
「芽愛莉、ナイスだったよ!」
「ふっふっふ! まっかせなさーい!」
芽愛莉さんはドヤ顔で胸を張る。うん、やっぱり本職のゴレイロだ。則夫だったら、危ない場面が何度もあったはずだ。
それに、梓さんの負担もかなり軽減されている。いつもならシュートすら打たせない立ち回りをするのに、今日はあえて撃たせている。むしろ――ゴレイロが処理しやすいコースを計算して、撃たせている節すらあった。
このディフェンスの安定感なら……。
僕は小学生二人組に視線を向ける。二人は美味しそうにスポーツドリンクを飲んでいた。まだ初戦の前半が終わったばかり。疲れはまったく見えない。
スコアは2点差。
だが、相手はなかなかの強敵だ。
――どうする……。
僕は、決断した。
「羽衣ちゃんと絵梨ちゃんは、おつかれ」
「え? あ、はい……」
「えー」
羽衣ちゃんは意外そうに、絵梨ちゃんはあからさまに不満そうな声を出す。だが、僕は構わず夏美と綾姉さんを呼び寄せた。
「後半は、お願いします」
綾姉さんは「当然でしょ?」という顔をしているが、夏美は初戦から出番が来るとは思っていなかったようで、
「え? 私?」
と、自分を指差した。
「うん。夏美、頼んだよ」
「え……いや、私は……ちょっと……」
夏美は戸惑った様子で視線を落とす。僕は一度、深呼吸をしてから、もう一度夏美の目をまっすぐ見た。
「夏美の運動神経なら、絶対に活躍できる」
そう言って肩に手を置き、「自信持って」と、はっきり伝える。すると綾姉さんが、僕の手の上にそっと手を重ねて言った。
「大丈夫よ。私たちがついてるから!」
まっすぐな視線を向けられ、夏美は少したじろいだ様子を見せたが――
「う、うん……わかった……」
そう言って、小さく頷いてくれた。
ーーー
後半は、僕たちのキックオフで始まる。
綾姉さんは軽く合図を送りながら、夏美にパスを回す。
夏美は問題なくパス交換をしている。うん、試合が始まってしまえば腹が座ったのだろう。練習通りのプレーができているようだ。
瑞希さんと目が合う。
「大丈夫」と言うように、軽く頷いていた。
2点差で負けている相手は、なんとしても1点を返したいと、かなり積極的に攻めてくる。
しかし、芽愛莉を中心としたディフェンス陣が、しっかりと抑え込んでいた。
「ナイスディフェンス!」
綾姉さんの掛け声に、みんなが応える。
夏美には、下がり目にプレーするようにお願いしている。
夏美は決して無理に飛び込まず、シュートコースを消す動きが上手い。
今も相手の速攻を遅らせ、味方が戻るまでの時間をしっかり作った。
今の状況。
そして今の自分の実力。
できること、しなければいけないこと。
それらをきちんと把握している、クレバーなプレーだ。
「夏美! いいよ!」
芽愛莉からも声がかかる。ゴレイロとの連携もいい感じだ。
それを感じ取ったのだろう。
梓さんと瑞希さんが、何か頷き合っている。
――もう一点取る。
そう聞こえた気がした。
相手の強引なシュートを難なく止めると、芽愛莉は前線にフィード。
スローイングの技術もしっかりしている。
相手は慌てて戻るが、こちらはリードしている展開だ。
焦って攻める必要はない。
「ここ一本! ゆっくり行くよ!」
瑞希さんが声をかけ、みんなも頷く。
「綾!!」
瑞希さんが叫ぶと同時にパスを出し、ゴール前へ切れ込む動きを見せる。
綾姉さんは冷静に相手の動きを見て、無理だと判断すると梓さんへパス。
そして、すぐに自分もゴール前へ走り出す。
梓さんも同じく無理と見ると、すでに戻ってきていた瑞希さんへパスを出し、自分も前線へ。
パス&ゴー、そして戻る。
それを繰り返す。見事な連携プレーだ。
フットサルには、バスケットボールのショットクロックのようなルールはない。時間切れで攻撃が終わるわけでもなく、理論上は延々とパスを回し続けることができる。
とはいえ、それは簡単なことではない。
フットサルのコートは狭く、パスの出し手と受け手のポジショニング、そしてパス精度――
そのすべてが揃わなければ成立しない。
苦しい状況の相手は、こちらの正確なパス回しに業を煮やしたのだろう。多少強引とも思えるプレーで、ボールを奪いに来た。
それを察知した瑞希さんは、羽衣ちゃんばりに足の裏を使ってボールを引き寄せると、逆足で切り返して抜き去る。
そして、すぐさま綾姉さんへパス!
「ナーイース!」
ゴール付近へ進出していた綾姉さん。相手もすぐに詰めてくるが、ここがチャンスと見た彼女は――
強引にシュート! ……と見せかけて。
「なーんちゃって」
シュートモーションからは想像できないほど、ゆるく蹴り出されたボールは、ゴレイロの手が届かない位置を通り、逆サイドへ。そこで待ち構えていたのは――梓さんだった。
「ナイスアシスト!」
梓さんは、そのボールを無人のゴールへ流し込んだ。
「よし!!」
梓さんがガッツポーズをする。彼女にとっては、久しぶりのゴールだ。
守備力の高い梓さんは、どうしても下がり目にプレーせざるを得ない。
ゴレイロが素人の則夫だった頃は、なおさらだった。
しかし、芽愛莉と夏美の加入で、ゴール前まで顔を出せるようになったのだ。
これで3対0。
「やったぜ! さすがエル・ブレイズの三女神モイライ!」
絵梨ちゃんが、また謎の二つ名をつけて喜んでいる。モイライ? ギリシャ神話か何かだったかな?
「瑞希さん、綾さん、梓さんの三人は、“始まりの女神”だからな!」
と、絵梨ちゃんが教えてくれた。
「そうなんだ……三女神モイライか……」
僕は彼女たちを見る。確かに三人とも美人で可愛いし、プレーも上手い。まさに我がチームの三女神だ。
さすがに、この一点は相手の士気を折るには十分だったようだ。目に見えて動きが鈍り、ディフェンスも散漫になっていった。
ーーー
終わってみれば、5対0の快勝だった。
「フハハハハ! 圧倒的ではないか、我がチームは!!」
勝ちどきをあげる則夫の声がコートに響く。 スコアだけ見れば完勝。だが、その実態は決して楽なものではなく、全員が走りきって掴み取ったギリギリの勝利だった。
「いやぁ、大活躍だったね!」
僕は、殊勲の二人――夏美と芽愛莉に声をかけた。
「Yah! だから私に任せなさいって言ったでしょ!」
芽愛莉は、これ以上ないほどのドヤ顔で胸を張る。 一方の夏美は、「あ、うん。まあ……なんとかね」と、少し照れくさそうに、けれど満足げに頬を緩めていた。
「夏美姉、凄かったよ! 1点取っちゃうなんて!」
絵梨ちゃんも興奮気味に駆け寄ってくる。 そう、この試合、夏美は見事に1ゴールをマークしていた。
「あはは……まあ、運が良かっただけだよ」
夏美は謙遜するが、決してそれだけではない。 彼女は相手のマークが緩んだ一瞬を逃さず、いつの間にかゴール前へと顔を出していた。そしてゴレイロが弾いたこぼれ球を、狙いすましたように押し込んだのだ。 初陣でしっかりと「結果」を出す。それは、彼女が持つ類まれな運動神経と、勝負勘の賜物だろう。
「夏美姉の二つ名も考えないとなぁ!」
絵梨ちゃんは頭を悩ませているが……まあ、それは置いておこう。
「芽愛莉のセーブも凄かったよ。あそこで止めてくれたから、流れが来たんだ」
僕が付け加えると、芽愛莉は「いやいや、このくらい当然よ!」と返しつつも、その表情は嬉しさを隠しきれていない。
「よし! この勢いを止めるんじゃないわよ。決勝まで一気に突っ走るわよ!!」
瑞希さんはそう言って、みんなを力強く鼓舞するのだった。




