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フェアリールーレット  作者: あどん


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11/22

(11) - 夏美 -

「ふわぁ……眠い……」

「このくらいの早起きで眠いとは、まだまだ甘いね!」

「甘いとかの問題じゃないって……」


欠伸を噛み殺す夏美と、朝からエンジン全開の芽愛莉。時刻は午前5時。 この時間帯ならグラウンドを自由に使っていいという許可を貰っているのだ。


「夏美は無理して来なくてもよかったのに」

「いいえ。紹介した手前、最後まで見届けさせてもらうわよ……」


そう言いつつ、彼女の瞼は重そうだ。


「それで、どうやって勝負するんだ?」

「則夫はキーパー(ゴレイロ)なんでしょ? 1対1でいいじゃない」

「むっ、我と勝負か!」

「だって翔太は怪我してるし、他にいないじゃない」

「あー……守備の時は則夫でいいけど、攻撃の時は代役を立ててもいいかな?」


僕は二人の会話に割って入った。


「代役? あなたがやるの? 怪我が悪化したら困るんだけど」

「大丈夫。……ほら、もうすぐ見えるよ」


いつものリフティング音が近づいてくる。姿が見える距離になったところで、向こうから声がした。


「あ、監督! おはようございま……っ、きゃあ!!!」


僕の背後にいる見知らぬ二人を見るなり、長谷部羽衣は短い悲鳴を上げて全力で逃げ出した。


「えっと……今の子は?」

「うーん、うちのエースかな」


ーーー


「は、長谷部……羽衣です……」


羽衣ちゃんは僕の背中に隠れ、消え入りそうな声で自己紹介した。


「なんで逃げるのよ……」

「ご、ごめんなさい……」

「あー、人見知りが激しいだけだから気にしないで」


僕のフォローを受け、ようやく芽愛莉と夏美も自己紹介を終えた。


「せっかくだし、2対2でやりましょうよ。夏美もジャージなんだし!」


芽愛莉の提案に、夏美は「私は見学だってば」と渋るが、僕も後押しすることにした。


「勝敗は関係ないから、少し感触を確かめる程度にやってみないか?」

「い、池田くんがそこまで言うなら……」


渋々といった様子で夏美が頷く。

よかった。芽愛莉さんは自信ありそうだし、素人則夫と、ディフェンスに課題が残る羽衣ちゃんじゃ不安だったんだ。


夏美が入った2対2ならその辺りを誤魔化せるんじゃないかと、密かに期待したのだった。


「よしやろうか!」


芽愛莉さんが気合を入れると、カバンの中からキーパーグローブを取り出す。正直かなり驚いた!まさかグローブを持参してきているとは!


「芽愛莉さん!キーパーやってるの!?」

「とーぜん!キーパーは花形ポジションだものね」


あ、そういえば聞いたことがある。ヨーロッパでは、キーパーは取り合いになるほどの人気ポジションなんだとか。日本だと、守備という地味な役割なのに、自分が抜かれたら点が取られるという重要ポジションで、そもそもやりたがる人が少ない。


これは是非とも入ってもらわないとな!


「む、我もキーパーグローブをした方がいいのか?」

「いや、それは好みかなー」


実はフットサルでキーパーグローブをしてる人は少ない。フットサルのキーパーことゴレイロは投げることが多い。むしろ手袋が邪魔と思う人が多いのだ。


「へー、それは知らなかったわ」

「膝当てとか肘当ての方が必要かもしれない」

「あー、フットサルのコートは屋内が多いものね」


芽愛莉さんも納得顔で頷いている。


「さて、二対二なので細かいルールはなし。怪我だけはしないようにね」

「りょーかい! 私がバッチリ守るから、安心して!!」


不安げな夏美を勇気づけるように、芽愛莉が胸を叩く。かなりの自信家だが、その明るさはチームにとって頼もしい限りだ。 こうして始まった、顔合わせ代わりのミニゲーム。夏美と芽愛莉が、ピッチの感触を確かめるようにパス回しを始めたのだが……。


(げっ! 素人だなんて……誰が言ったんだ!?)


驚いた。夏美の動きは、初心者どころか相当な経験者のそれだった。 吸い付くようなトラップ、鋭く正確なパス。足元の技術だけなら、則夫よりも数段上かもしれない。あちこちの部活から助っ人として引っ張りだこだとは聞いていたが、まさかここまでとは。


「よっと! 夏美、結構やるじゃない!」

「芽愛莉さんこそ、パスが完璧だよ!」

「そりゃあね! 私は天才なんだから!!」


自分で言っちゃったよ。しかも満面のドヤ顔だ。けれど、言葉に違わず芽愛莉の動きもキレている。ゴレイロ志望と言いながら、足技もしっかりと基礎ができている。 これは、不味いかもしれない――。


守備に入った羽衣ちゃんだが、ディフェンスはまだ粗削りだ。案の定、芽愛莉の小気味よいフェイントに翻弄され、パスコースを明け渡してしまう。


「夏美、いっけぇ!!」


芽愛莉からの鋭いラストパスが夏美に通る。彼女はいとも容易くボールを合わせ、ダイレクトシュートをゴール隅にねじ込んだ。


「うおぉ! なんと、山澄殿もこれほどの手練れであったか!!」

「すごいです……」


あの速いパスを完璧にコントロールする技術。夏美も全然「素人」なんかじゃない。


「どう? 参った?」


芽愛莉が得意げに胸を張る。確かに凄い。凄いが……。


「羽衣ちゃん、頼んだぞ!!」

「はい!」


則夫からのパス収めた羽衣ちゃんが、ドリブルを開始した。瞬時にトップスピードへ乗り、迎撃に出た夏美と肉薄する。 羽衣ちゃんは上半身をわずかに揺らしてフェイント。夏美の重心がわずかに傾いた瞬間を見逃さず、爆発的な加速で抜き去った。


「そ、そんな簡単にっ!?」


夏美が必死に足を伸ばすが、それを嘲笑うかのように、ボールは彼女の足下をすり抜けていく。


「ちょ、ちょっと待ったぁ!!」


今度は芽愛莉が慌てて飛び出す。だが、羽衣ちゃんは足の裏でピタリとボールを止めると、独楽のようにクルリと旋回。すっかり彼女の代名詞になった『フェアリールーレット』で芽愛莉を置き去りにし、ボールを無人のゴールへ流し込んだ。


「やった……!」


羽衣ちゃんがぴょんぴょんと飛び跳ねる。夏美も芽愛莉も、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「な、何よあの子……! まだ小学生でしょ!? 凄すぎるわ!!」


興奮を隠せない様子の芽愛莉が、羽衣ちゃんに詰め寄ってその手を取った。


「長谷部羽衣ちゃん。うちのエースだよ」


改めて紹介すると、芽愛莉は目を輝かせて羽衣ちゃんを見つめた。


「凄い、凄いわ! 小学生でここまでプレーできるなんて!」

「え、あ、あの……その……」


勢いに押された羽衣ちゃんはタジタジだ。


「私もこのままじゃ終わらないからね! 次は止めてみせるわよ!」


その後も二対二の熱戦は続いた。則夫も懸命に立ちはだかったが、羽衣ちゃんの守備の穴を狙われると、実質二対一のような状態になる。対して、羽衣ちゃんの変幻自在なドリブルも、一度勢いに乗れば誰にも止められない。 夏美はお手上げといった様子だが、さすが経験者の芽愛莉は、何度か羽衣ちゃんの突破を阻んでみせた。


熱を帯びた対決は、年長組と絵梨が合流したことでさらに加速した。


「あーっ! 面白そうなことやってるじゃない!」

「私たちも混ぜてよー」


「羽衣、勝負だ!!」と絵梨が芽愛莉チームに加われば、「じゃあ、私はこっち」と梓さんが羽衣ちゃんチームへ。さらに瑞希さんと綾姉さんもそれぞれ分かれて入り、気づけばフルメンバーでの朝練に発展していた。


急遽始まった四対四の練習試合。それは、朝練終了ギリギリまで続いた。


「いやぁ、盛り上がったねぇ」


瑞希さんが満足げに汗を拭う。四対四ともなれば、守備の連携は必須だ。少人数では難しかった実践的な練習ができ、チームとしての密度が一段階上がった気がする。


「あー! もうこんな時間!?」

「急がないと学校に遅れるわね」


時計を見た芽愛莉が叫ぶ。


「む……それで、結局勝負はどうなったのだ?」


則夫がこっそり聞いてきたが、僕は途中でスコアをつけるのをやめていた。そんなものは、もう必要ない。


「引き分けかな」


僕が答えると、負けず嫌いの芽愛莉が「えー! 私の方が押し込んでたわよ!」と不満を漏らす。けれど、すぐに「まあいいわ。明日から練習に参加してあげる」と不敵に笑ってくれた。


僕は夏美を見る。はぁはぁと荒い息をしながらも充実した顔をしていた。僕は思い切って勧誘してみることにした。


「山澄さん。よかったら……一緒にフットサル、やらないかな?」

「oh! 夏美もやろうよ!」


芽愛莉の援護射撃も飛ぶ。夏美は少しの間をおいて、僕をじっと見つめた。


「……ねえ。私のプレーを見て、どう思った?」

「上手いと思ったよ。前にサッカーをやっていたの?」


そう聞いた瞬間、夏美が眉をひそめ、非難するような……あるいは寂しそうな眼差しを向けてきた。


(あ、あれ?なんか不味いことでも聞いちゃったかな?)


「……プレーを見れば思い出すかと思ったけど、そんなことないか」

「え? 何か言った?」


ボソボソと呟かれた言葉は、風に消えて聞き取れなかった。


「い、いいえ、なんでもない! そうね、思ったよりずっと楽しかったし、やってみようかしら!」


夏美が力強く宣言し、周囲から歓声が上がる。


「ただし、条件が一つ!」

「な、なに?」

「山澄さんじゃなくて『夏美』って呼んで。私も『翔太』って呼ぶから」

「え……いいけど……クラスの女子を呼び捨てにするのは、ちょっとハードルが高いというか……」

「別に大したことないでしょ」


夏美がいたずらっぽく笑う。確かにその通りだ。


「……わかったよ。よろしくな、夏美」


そう呼んでみると、夏美は「えへへ」と少し照れくさそうに、けれどとても嬉しそうに微笑んだ。「じゃあじゃあ、私も!」と芽愛莉が割り込んできたので、「わかったよ、芽愛莉」と続けて呼ぶと、彼女は「えへへへ!」と声を上げて喜んだ。


新しい仲間、新しい風。 また新しいスタートが切られようとしていた。

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