(10) - 芽愛莉 -
むむむ……。
僕は学校の机に突っ伏しながら、喉の奥で唸っていた。
あの優勝から、僕たちは様々な大会に参加した。瑞希さんが調子に乗って「これでもか!」というほどエントリーしまくったのだ。 羽衣ちゃんの人見知りも、絵梨ちゃんという相棒ができたおかげで、今ではすっかり影を潜めている。
しかし。
「……勝てない」
そう。予選は突破するし、いいところまで行くのだが、どうしても「優勝」に手が届かない。 原因は明確だった。圧倒的な人員不足だ。
エル・ブレイズの現メンバーは五人。助っ人の絵梨ちゃんを入れても六人。そのうち男性は則夫一人、あとの五人は女性。 フットサルは体格差が出にくいスポーツだと言われる。けれど、一日に三、四試合をこなすトーナメント形式の大会では、どうしても成人男性主体のチームとの「体力差」が如実に出るのだ。
交代要員がほぼいない僕たちは、決勝に辿り着く頃にはガス欠寸前。 技術で圧倒する羽衣ちゃんや絵梨ちゃんも、中身は普通の小学生。スタミナという壁はあまりにも高かった。
「解決策は一つ。人を増やすこと……」
それも、できればゴレイロ(キーパー)ができる女性が欲しい。
以前、女子限定の大会にも出たのだが、そこでも問題が露呈した。誰がゴレイロをやるか問題だ。梓さんがゴレイロに回ると、守備の要がいなくなり、壮絶なノーガードの殴り合いになってしまったのだ。
「どうしたものか……」
ため息をつく僕を見かねて、則夫が声をかけてきた。
「どうした! 幸せが逃げるぞ!」
「いや、実はね……」
経緯を話すと、則夫は珍しく神妙な顔で考え込む――。
どうやら真剣に考えてくれているらしい。さすが頼りになる男だ。そして……。
「わっはっはっは! 我にはわからん!!」
ダメだった。やっぱり則夫は則夫だった……。
しかし、そんな彼から意外な言葉が飛び出した。
「我はわからんが、知っていそうな人に聞くのはどうだ?」
「ん?誰?」
「我らの知り合いで情報通といえば彼女しかおらんだろ!!」
そう言って則夫くんが指さした先にいたのは……。
ーーー
「それで、私のところに来たわけ?」
「んむ!よろしく頼む!!」
則夫が指差した先にいたのは、クラス委員長の山澄夏美さんだった。 成績優秀、才色兼備。その実態は、校内のあらゆる事情に精通した歩くデータベースだ。
たしかに彼女なら色んな情報を知っているとは思うが……。
「いくら私でも、知らないこともあるわよ?」
「ですよねー」
そりゃそうだよねーいくらなんでも畑違いもいいところだ。それでも彼女は「んー」と考えてくれている。
「フットサルってミニサッカーよね?」
「ちょっと違うけど、概ねその認識であってる」
4秒ルールとかキックインとか微妙に違うルールはあるけど、一般にはミニサッカーと言った方がわかりやすいかもしれない。そう言うと、彼女は少し考え込んだ後に言った。
「知らないことは知らない。でも、今回は心当たりがあるわ」
「……マジか!!」
「マジよ」
則夫も驚きの声を上げる。僕も驚いた。まさか、いくら情報通の彼女でもフットサルのメンバーを見つけられるとは思わなかった。
「それで誰なのだ!?」
前のめりになる則夫に彼女はとりあえず着いて来てとだけ言って歩き出した。
ーーー
「ここよ」
そう言って彼女が立ち止まったのは、隣の教室の前だ。則夫くんが不思議そうに言う。
「ここに誰かいるのか?」
「ええ、いるわよ。知らない?外国人が転校してきたって噂になってたの」
「ああ!そういえばそんな話を聞いたな!」
「あれ?外国人なんだっけ?」
「国籍は日本人よ。彼女はハーフなの。だから外国人が転校してきたって噂になったのよ。『本郷芽愛莉』さん最近までドイツに居たそうよ」
「ドイツ……」
ドイツと言えば、ソーセージ、バウムクーヘン、そして……。
彼女はニヤリと笑うとその教室に入っていったのだった。僕たちも慌てて後をついていった。
ーーー
教室に入ると、そこにはひときわ目を引く少女がいた。 長く美しい金髪を高い位置でツインテールにまとめ、手足はモデルのように長い。周囲の女子より一回り大きく見える彼女の存在感は圧倒的だった。
「芽愛莉さん、ちょっといいかしら?」
「ハィ? 夏美だっけ。どうかしたの?」
振り返った彼女は、僕の方をじろりと見て、いたずらっぽく笑った。
「もしかして、君が夏美の彼氏なの?」
「え!?いやいや!違うから!!」
いきなり何を言い出すんだこの子は!!思わず慌てて否定する僕だったが……。
「あら?違ったかしら?」
「違うよ!」
「そう?残念だわ」
夏美さんもクスクス笑っている。どうやら揶揄われたらしい。まったく、変なこと言わないでほしいよ……。
「じゃあこっちね」と言われた則夫は「がっはっはバレたか!!」と高笑いし、夏美さんに「何言ってるのよ!」と言われながら軽く叩かれていた。
「それで?聞きたいことってなにかしら?」
夏美さんがこれまでの経緯を話した。どうやら芽愛莉さんは、ドイツでサッカーをしていたらしい。日本の高校でもサッカーをしようとしたら……。
「む……この学校に女子サッカー部はあったか?」
「ないわよ」
則夫くんの言葉に、夏美さんは即答する。そして芽愛莉さんもまた……。
「せっかく高校の部活でサッカーするという青春の王道を体験できると思ったのに!!」
少し怒ったように言ったのだった。
「でも、女子サッカー部はないけど男子サッカー部はあるのよね」
夏美さんが言うが、芽愛莉さんは死んだような目をしながら答える。
「あれはお遊戯だわ。フットボールじゃないわ」
「我が校のサッカー部は弱小だからしょうがないわよ」
フットボールか。ドイツではサッカーのことをフットボールと言うんだっけ。日本やアメリカのサッカー後進国がサッカーということを揶揄して「あいつらのやってるのはフットボールじゃないサッカーだ」と言ったとか言わなかったとか。
「フットボールとは言わないからサッカーやって欲しいわ」
「彼女は、男子サッカー部の練習に参加して、初日ですぐに辞めたわ」
「女子なのに男子サッカー部に入ろうとしたんだ……」
「わっはっはっは!いいではないか!アグレッシブではないか!!!」
則夫は高笑いをしているが、僕は若干引いていた。
「本郷さんは、今どうしてるんですか?」
「練習なら一人でも出来るもの」
なるほど、彼女は練習できる場所を探しているのか。
「……それなら、僕たちのチームに来ないか? 女性メインのチームなんだけど。メンバーを探してるんだ」
「フットサル? 翔太だっけ。君もプレーするの?」
「いや、僕は足を怪我しててね。今は監督をやってる」
「監督!? 池田くんが?」
横で夏美さんがひっくり返るような声を上げたが、芽愛莉は僕の右膝をじっと見つめ、思案するように指先で金髪を弄んだ。 やがて、彼女は小悪魔のような微笑を浮かべ、僕の胸元に指を突きつける。
「いいわ。翔太が監督をするチーム、興味がある。……でも」
「でも?」
「私と勝負して、勝てたらね! 」
その瞳に宿ったのは、ドイツで培われた本物の「戦士」の輝きだった。




