8.忠実な花
夢で自身に振り起こる未来を視てから4日後の9月11日。真霧は学生生活を謳歌しながら情報集めに勤しんでいた。
彼が夢で視た記憶は間違ってさえいなければ、確実に9月21日に発生するイベントであり――彼の生死を分ける分岐点でもある。
(間違っていてほしいけど……殴られた感じがなかったし、確実に切られたんだろうなー…………)
真霧は夢の内容を一つ一つ整理を付けた結果――自身に起こる出来事が何かを悟った。
一瞬にして意識が暗転する出来事。何かをされ一瞬にして気を失うというより、即死させられた。そうでなければ意識が一瞬で消えるはずもないし、気を失うならば何かしらの予兆はあるはずだ。推測にすぎない考えだが、ないとは言い切れないのがこの未来視の怖い所である。
(そういえば久々の夢見だな……)
『悠久の夢見』――夢で未来の出来事や過去の出来事を視ることが出来る力。力の所有者に分岐点の選択を与える力。真霧が真実を知るか否かのきっかけとなったモノ。
真霧はこの夢見を自在に使用することは出来ず、いつ視れるのか、未来か過去どちらを視れるかも分からない。
(第二校舎裏に向かうか、向かわないかが分岐っぽいよな。……一回相談した方がいいか。でもあいつらとここで会えるか分からないし……)
真霧の脳内に浮かぶ黒薔薇と同じ顔の彼ら。真霧に真実を教えてくれた――『悠久の夢見』本来の所有者であり、かつて存在していた過去の黒薔薇達。死した後成仏することなく存在を保っている亡霊達。真霧に共犯関係を持ちだした復讐者達。
かつての黒薔薇達は亡霊だというのに忙しいらしく真霧の前に姿を現すことはあまりない。真霧も彼らが何故忙しいのか、何をしているか理解している為邪魔しないようにあまり関わらないようにしているが、困った時や相談したい時は彼らの都合を無視し呼びかけたりする。なお呼びかけに応えてくれるかどうかは運による。
どうするかなぁ。と真霧が未来のことで云々悩みながら次の教室に向かう為移動していると、誰かの声が真霧の耳に入る。
「……どうして……しないんだ? …………力ならあいつらを……することなんて……だろ?」
「私なら……」
「……じゃないだろ。もう六ヵ月だぞ? こんな……を続ける……はもうない……。というか、なんで……状況をお前は許してるんだ?」
(……なんだ? なんか、揉めてる……)
はっきりと会話の内容を聞き取ることはできなかったが、男女が揉めているということだけは理解できた。同時に女の方の声に聞き覚えがあることに真霧は気づき、ゆっくりと気配を消し会話の内容を盗み聞きしようとした。
「おい、待てって!!」
男の焦った声と共に真霧の目の前を女が、空が横切っていった。続けてパッと見では区別がつかない程空に似た姿の男が真霧の前に姿を現した。
「足はっや……」
「……時雨天?」
空が逃げた廊下の先を見つめながら男はぽつりと言葉を漏らし、やれやれと呆れた様子でため息をつき額に手をついた。真霧はそんな男の姿を見て、思わず彼の名を聞いてしまった。空を鏡写ししたような彼に向かって。
「あ? ……誰だお前」
男は、天はまさか人がいるとは思わなかったのかぎょっと目を丸くさせた後真霧に視線を向け、何故名前を知っている? とでも言いたげな表情を浮かべた。そんな彼に真霧は落ち着いた様子で自己紹介を始める。
「9月にここに転校してきたみ……神座真霧です。姉から……神座永理から貴方の話を聞きまして」
「……話を?」
「はい。その……人気者だと」
「……ふーん?」
(け、警戒されてる……)
警戒しているのか天は真霧の全体を凝視してから冷めた視線を真霧へぶつけ、それからあることを問う。
「お前は神座永理の正体を知っているのか?」
「……それを、聞いてどうするんですか」
「質問を質問で返すな。答えろ」
質問の意味が分からず、数秒真霧は言葉に詰まり、その質問の意図を知ろうと疑問を投げかけたが聞き入れてもらえず、天は再度真霧に問うた――「神座永理の正体を知っているか?」
「……花の名を関する神。『従順の花。ナズナ』」
天の圧を含んだ声色が嘘や誤魔化しは許さないと警告しているように聞こえてしまい、真霧は冷や汗が流した。
嘘をつくか、否か。威圧感に押されながら真霧は思考を巡らせ質問に対し嘘偽りなく答えようと心の中で結論つけた。
嘘をつき質問に答え、その嘘がバレた時。きっと自分は無事ではいられない――悪い予感を抱いてしまったから。
「へえ。知ってるんだ? それを知ってるならこの世界の人間でも、ただの一般人でもないな。――お前、何者だ?」
嘘偽りなく質問に答えたというのに天の威圧感は消えることなくむしろ増していく。威圧感に恐怖が芽を出し真霧の心に根を張り始めていく。はくはくと言葉を紡ごうとを口を開くが、言葉は出ることなく息だけが口だけが出ていく。
(怖い。殺される)
神の廃棄場にいる彼らからは感じることのなかった死の恐怖。人ならざる存在への本能からの恐怖。夢で見た死よりも強烈な恐怖に、体から力が抜けがくりとその場に座り込んでしまった。
(どうする、どうする、どうする、なにを、何を言えば。なにを、こわい。殺される。嫌だ、死にたくない)
意識を他のものに集中させ恐怖を軽減しようと真霧は思考を切り替えた。だが恐怖が軽減する様子はなく、むしろ増していくばかり。そんな真霧の様子に天は苛ついた様子で更に圧を出し、真霧に回答を求める。真霧がどんな精神状態になっていようが天からすればどうでもいいことなのである。
「答え――」
キーンコーンカーンコーン。
キーンコーンカーンコーン……。
「――ろ……チッ……タイミング悪すぎ。おい、お前。放課後迎えに行く。逃げようなんて思うなよ」
(た、助かった……)
天からすれば最悪なタイミング。真霧からすれば最高のタイミングに授業の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。その後天は舌打ちを行い先程よりも苛立っている様子で、一方的に真霧に脅迫まがいの言葉を口にし真霧の前から去っていった。
去っていく天の後ろ姿を見送り姿が見えなくなった後に真霧はそばにあった壁に手を付けゆっくりと立ち上がる。
「こ、殺されるかと思った……こっわ……あいつ今人間だよな……? ……お、思い出しただけで鳥肌が……こ、怖すぎる」
ここに来た時に確認した永理の状態と天の状態が同じ……とそこまで考えたはいいものの、今さっきの出来事が脳裏によぎってしまい真霧は「ひええ」と情けない声を上げぶるりと恐怖に体を震わせた。
「隼人と彩音の元に帰りたい……馬鹿騒ぎしたい……」
故郷にいる幼馴染二人を恋しく思いながら、真霧はよろよろと壁に手をつきながら教室へと歩を進めるのだった。




