1.夢の花
改稿中により内容が少し変わりました
鳥の鳴き声とカーテンから覗く光に青年はゆっくり瞼を開く。
「……」
冬の寒さに体を震わせる。吐き出した口から漏れた息は白く染まる。
青年はベッドから起き上がりカーテンを開けた。差し込む朝の陽ざし、穏やかな日常の始まりに男は安堵の笑みを浮かべた。
「おはよう――世界」
何の変哲もない日常。学校の教室に少し変わった青年がいた。
少し濃い褐色の肌と青い瞳。右目には眼帯を付け、白いメッシュが三本あるその青年未希真霧は、放課後の中、帰宅準備をせず周囲の騒がしい声をBGMに本を見ていた。
本の表紙にはタイトル、著者がなく、ピンク色のブバルディアの花が描かれている。手帳だとしても中身が分厚く、一目見ただけでは書籍だと思ってしまう。
だが真霧に本の内容について話しかける者は今まで誰一人としていない。
真霧は少しの時間のあと本をめくるのをやめ、横目で軽く教室を見渡した。誰も彼もが自由に過ごす空間。
よくある日常の一コマ。
――これが、空想だって?
言葉に出さず真霧は思った。
「あーくっそう! こいつ強すぎ! エイムやばすぎだろ!?」
「私この間テレビで話題になってるカフェ行ったんだけど、すっごく良かった!」
「昨日発売されたあのゲーム、徹夜してクリアしたからさぁー今すっげぇ眠い!」
視界に映る生徒達の表情はどれもこれも生き生きとしており、真霧は彼らが空想の存在のようには見えなかった。
例え本に『彼らは設定を忠実にこなしている』と描写されていようとも――
世界はある神の力により”争いがなく、平和な世界”という設定で創られた空想であった。
そして人間は皆与えられた設定通りに行動、発言をする。――そこに彼らの自我は存在しない。
真霧の記憶にある17年の思い出も作られた設定。だが真霧はこの世界が全て空想であることを最初から知っていた。
何故なら真霧は、世界を生み出した神にとって特別な存在であったから。
故に真霧は全てを知っている。――■なのだから。
「……そろそろか」
生徒達の騒がしい声が減ったことに気づいた真霧は、ちらりと時計に視線を向け呟いた。
パタンと本を閉じ鞄の中に入れてから持ち教室から出る。
そしてある教室の前までいくと、二人の生徒が出て、真霧を気づき声をかけた。
「お! 真霧! 来てくれたのか!」
「いつもお前達が俺を迎えに来てるからたまにはと思って」
「へぇ~~?? めっずらしぃ~真霧ってばそういうことする奴には見えなかったなぁ~」
「俺はそんなに薄情な奴じゃないぞ」
「まぁまぁ二人共……そうだ真霧くん。明日休みだから今日遊んで帰らない?」
「めちゃくちゃいい所見つけてさぁ……絶対面白いぞ! 俺が保証する!!」
「はは。期待しないでおく」
「期待しろよぉ!!!」
「じゃ、行こっか!」
幼馴染の二人の言葉に真霧は頷く。
そうして時間が許す限り三人で遊んで、代わり映えのしない日常を過ごす。
――ずっとこの時が続けばいいのに。
太陽が沈み、三人は帰路についた。
「じゃ真霧、またな!!」
「また来週!」
「ああ、また」
幼馴染二人が見えなくなるまで真霧は手を振り、見えなくなった頃に一人薄暗い道を歩き帰路につく。
見えてきた自宅の中に入り真霧は小さく言葉を溢す。
「ただいま」
返事は何も返ってこない。
家には真霧一人だけ。広すぎる二階建ての家に真霧は一人住んでいた。
こんな家に一人で住んでいる理由は金持ちの家族が、真霧が高校生になった祝いで買ってあげた新築の家というとんでもな理由。――もちろんこれは設定で、真霧に人間の家族は存在しない。
真霧は静かな家の中を歩き、食事をとらずに自室に向かい、服を着替えずベッドに倒れ込んだ。
そして目を閉じ、少しだけ眠ろうとして、真霧の耳にぴろんっとメールが受信した通知音が耳に入った。
「……なんだよ」
眉間に皺を寄せ、真霧はベッドから起き上がり、鞄から日常用スマホとは別のスマホを取り出した。
そしてメールに記された内容を読んで深いため息を吐いた。
「……長期休み……取らないと……ああいや、あいつが上手くやってくれるか」
不安を口にしたあと、真霧は制服からパーカーの服へ着替えた。そして右目につけている眼帯を外し、隠された目を開く。
左目は青色なのに対し眼帯で隠されていた瞳は血のような赤色だった。彼の目は左右で色が違うオッドアイだった。
眼帯をズボンのポケットに入れ、今日も読んでいた本を取り出しある言葉を発した。
「『神の廃棄所:イトスギへ転移』」
言葉を発し終えた直後、真霧の姿が最初からそこにいなかったかのように跡形もなく消えた。
真霧が次に目を開けると、そこは真っ暗な森の中だった。
「いつ来ても暗すぎる。ホラーゲームに出てきそうな見た目なんだよな。明るくしろよ」
悪態をつき、大量にあるイトスギの木の森の中を真霧は迷いなく歩を進める。
「あのメール、今回はいつもと違うんだろうな」
先程届いたメールを思い出し真霧ははぁぁぁと深く息を吐いた。
森の中を歩いて数分。真霧の目の前に豪邸が姿を現した。真霧はその豪邸に迷いなく扉を開け中に入る。
「——あら」
真霧が中に入ると二階から降りて来ていた、ツインテールの銀髪の女性と目があった。
女性は真霧に気づくと階段を降り、真霧に近づき、上品な仕草をして愛おしげに微笑みを浮かべた。
「”ブバルディア様”。いらっしゃいませ。今から貴方様を迎えに行く所でしたが——そうしなくてよかったですわ」
「……アンタが俺の迎えをしに来るって……珍しいな。アンタはいつもあいつと一緒にいたから誰かの迎えなんてするなんて思わなかった。あいつの側に居続けると思ってた」
「あら、それは心外ですわ。私そこまで主君とは共にいませんわ。だって私、この場の誰よりも箱庭に出向いていますのよ?」
目の前の女性から発された名に、真霧は否定することなくごく自然に言葉を返した。
クスクスと笑い、発した女性の言葉に真霧は呆れたような視線に投げつける。
「あっそ。それで? なんで俺を迎えに来ようとしてたんだ」
「それは簡単なことですわ。今回の任務、私も参加することになりましたの。だから貴方様を迎えに行くと同時にこのことを伝えようと思っていましたの」
「すれ違いになるだろ……」
「それは盲点でしたわ。ですがこうして出会えましたし、これ以上このことを考えては無駄ではないでしょうか?」
「それは……まぁ」
「ではこの話はここでおしまい。ブバルディア様、主君がお待ちしておりますわ。来なさい」
女性の言葉に真霧はこくりと頷き彼女について行く。
二人は二階東の一番奥にある部屋の前まで行き、扉をノックし部屋に入っていった。