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第3章 1

 年が明けてからというもの、就活戦線の進行が加速していることは、一日何回もXの専用アカを開き、あるいは就活会社からメールが届き、友だちの友だちくらいが内々定を貰ったという噂も聞き、十二分に分かっていた。ネット空間は、役に立ちそうなもの、親切そうなもの、それに、これフェイクだろみたいな話や、あるいは、あー、金儲けのために煽ってんなあみたいなものも含め、とにかく情報に溢れている。情報の洪水には慣れっこなので別に溺れそうと思ったりはしないけれど、げんなりはするし、そのくせ、また自虐的にSNSに浸る。

 僕の活動は牛歩のごとしで、ほとんど前進が見られない。Xに、「就活、進まねえ!」と投稿した。匿名にしてある就活専用アカだからフォロワーはほとんどが業者関連のフォローバックで全部で十もないのだけれど、しばらく見流していたら、リプの通知が入った。

 例によって、「雨降りクマの子」だ。

「たいへんですね」

 いつものように面白みのないリプ。でも。

「どんな会社に行きたいですか?」

 質問が来たのは初めてだった。別に返事をする義理はないのだけれど、僕はその唯一の業者じゃないフォロワーに、

「金融関係の会社を目指しています」

 と返してみた。しばらく他のSNSをスクロールしていたら、また、「クマの子」から来た。

「どうしてですか?」

「金融系のゼミで勉強して興味を持ったからです」

 エントリーシートにいつも書いていることを短くした。

 真冬の、音が何もしない深夜、そんなふうに僕と「クマの子」はSNSで対話を始めた。

「金融関係の会社は給料が高いですか?」

「会社によってでしょうが、大手銀行とかは高いですね」

「給料が高いのは大事ですね。えらくなれば、たくさんもらえますね」

 子供っぽいレスが来る。あれ? 「クマの子」は小学生あたりなんだろうか、と思う。その想定にして、平易な言葉でと注意しつつ、文字を打ち込んだ。

「でもあまり偉くならなくてもいいと思っています」

「どうしてですか? 偉くなった方が給料が上がるでしょう?」

 僕は小学生の時にはもう、社会に出ることをシニカルに見ていたような気がする。父親がリストラで取引先への無理な転籍を強いられて心を病み退職、母親もまた過呼吸の発作を起こすようになり、我が家の苦悩の歴史が始まっていったからだ。父親は、たしかに要領は良さそうではなく、押しも強くはなく、調子がいいタイプでもない。けれど、学歴チャンピオンの東大を出ていて真面目な努力家でもあるし、出世欲もそれなりにあって、銀行業界は逆風続きではあったけれど腐ることなく、身を粉にして働いていた。僕はずっと近くで見てきた。

 それでもなお、会社は生き残りのために、そういう従業員をリストラしていく。

 父ほど真面目でも努力家でもなくて、でも父と同じくたいして要領も良くなく、押しも強くなく、調子もよくない僕は、いったい、どうすればいいというのだろう。

 偉くならなくてもいいと思っています、は正確ではない。意図してのミスリーディング。他人に対しても、自分に対しても。正しくは、「偉くなんてなれないと思っています」、もしくは、「偉くなろうと頑張るのは嫌です」。

 僕はしばらく考え、「クマの子」に返事を書いた。見栄えのいいウソで固めた。

「偉くなるかどうかは結果だから。目的じゃないと思いますよ」

 そう送信してから、気分が悪くなった。

「クマの子」から、すぐにリプが来た。

「それでは、はたらく目的は何ですか?」

 突っ込んでくる。素朴なだけに困る。これが実際の就活だったら、社会のためとか、自己実現とか、可能性を試してみたいとか、あるいは、受ける会社の「パーパス」に沿った作文をするのだけれど。僕は少しだけ正直になってみた。

「やっぱりお金を稼ぐことですけど、偉くなればいい、たくさん稼げればいい、というものでもないと思います」

 そうしたら、?マークがたくさんついたクマのスタンプが来た。

「よく分かりません。お金は大事でしょう? そのための仕事でしょう?」

「働く上では、偉くなるよりも大事なことがあるように思います」

 僕が思うのは、やはり父のことだ。

「それは」

 と僕は書いた。

「仕事で自分が壊されないことです」

「クマの子」が沈黙した。ずっと沈黙したままだ。それで僕はしばらくの間、他のSNSを流し見して待ったのだけれど、「クマの子」からのレスは来なかった。もう来ないかなと思った。だから僕は、スマホを消し、部屋の照明を消し、眠ってしまった。

 翌朝起きたら、レスが来ていた。

「壊れるほど働かないと、生きていくためのお金が稼げないとしたら?」


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