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第6章 1

 唐突に、就職が決まった。

 九月末、落穂ひろいみたいな就職フェアでのことだった。物流に関わる人材派遣や業務請負などを幅広く手掛ける会社で、折からのEC拡大でニーズが高まる一方であり、新規採用枠もまた拡大する一方という話だった。その捕虫網に、僕やその場にいた何人かがすっぽり入り込んだ感じだ。

 フェア会場になっている大きな展示場の、片隅のブースで動画を見せられた。その後、二十五、六歳だろうか、必要以上に感じの良い、でもあんまり趣味じゃないツーブロックの髪型をして、ややマッチョ傾向な肉体をぴちぴちにワイシャツで包んだ男性社員と面接をした。その社員主導で面接は滑らかに始まり、双方、何の引っ掛かりもなく滑らかに終わった。「ここだ!」という手応えは無かったのだけれど、半面、落とされる感じもしなかった。

 翌日、本社での面接に呼ばれた。本社は、山手線のちょっとマイナーな駅から一〇分弱歩いた、中くらいの大きさの中くらいの古さのオフィスビルばかりが固まった場所にあった。東京生まれ東京育ちの僕でも学生だとあまり行ったことのない地域で、スマホの地図が無ければ辿り着けなかったかもしれない。そこで、人事の課長だか部長だかクラスの人と会って、カチッとした感じの面接をした。この人ともしっくりは来なかった。けれど、やはり採用するつもりなんだろうなという匂いがした。とにかくこの会社は、新卒がたくさん必要なのだ。

 その翌日もう一度呼び出されて、人事担当の役員らしき人と挨拶して、でもこの時には内定は決まっていたみたいだった。控室には僕みたいな大学生が他に二人いて、役員面談の後に、まとまってこれから入社までのガイダンスを受けた。

 帰り道、その三人で、昭和の気配ただよう骨董品みたいな喫茶店に立ち寄った。

「ここ、人、足りてへんみたいやな」

 飯島というその男は既に不動産会社の内定を持っているものの、ブラックな実態がだんだん知れてきて、「こりゃ、あかん」と他を当たり始めたのだと言っていた。

「売上、ガンガン伸ばしとるのは、この会社の株、買うんならええけどなあ。人、足りなくて採用して、で、ガンガン辞めとるで」

 たしかに三年以内離職率の高さは気になった。ここに就職したら、基本、クライアントの物流施設のある地方勤務になるみたいだ。例によって、そこで働く自分の姿はまったくイメージできない。そこで何を思って生きていけばいいのかも、やはり全くイメージできない。

 それでも、立ち止まっているわけにもいかない。

「贅沢は言っていられないんです」

 僕の気持ちを代弁するように、浦野という、三人の中では唯一の女性が、少し思い詰めた感じで言った。化粧っけがなく、コンタクトではなく度の強めの銀縁のメガネをかけ、髪の毛は前髪なしでひっつめにして、後ろに一つにまとめて襟より少し下まで垂らしている。

「そやなあ。もう秋やしな」

 飯島くんはそれで、うーんと伸びをした。

「やっと、採用してもらえたんです。頑張るのみです」

 浦野さんは、僕と飯島くん、いずれの方を見ることもなく落とし気味の視線で、引き続き思い詰めた感じで力を込めた。

「で、どうすんの? ここにするの? それとも不動産の方?」

 僕が飯島くんに尋ねると、

「あー、悩むなあ」

 飯島くんはコーヒーカップを手に取り、スプーンで意味もなく音をたててかき回した。

「赴任先は、群馬県太田市、岐阜県羽島市、あと……、佐賀県は『とりす』市?」

 僕がもらった資料を読み上げると、

「それ、『とす』です」

 浦野さんが訂正してくれた。

「へえ。浦野さん、物知りやなあ」

 飯島くん、茶化すふうではなく、意外と素直な空気で浦野さんを誉める。

「私、福岡出身だから。近いので」

「――標準語で喋るんやな」

「ですね。何か、そうなりました」

 浦野さんは、少し困ったような感じで飯島くんを見て、答えた。


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