かぐや様に殺されたい
「みんな、起きてよ!」
ナツメは早く起きてかまどでご飯を炊き、みそ汁と浅漬けの朝食を準備してみんなを起こしに行った。一同は朝寝坊が好きなわけではなかったが、昨日のパクチー料理ですっかり参ってしまっていて、グズグズ起きてきた。
「ここの町はなかなかおいしい味噌が売ってたよ。浅漬けも作ったよ。昼ごはんはおにぎりでいいかな。」
「にいちゃん、元気だねえ。」
「まったく、一人パクチーから逃げるんだもの。」
「そんなにおいしくなかったのかい?」
「何言ってるの! あなたがカメムシ・・・うえっ・・・・」
かぐやはナツメに文句を言おうとしてカメムシ・パラダイスを思い出し、また吐き気がしてきた。
「今日のかぐや様はブル―ですなあ。」
「この借りは返させてもらうぞ、ナツメ・デーツ!」
「兄貴、ランチボックスあったね。朝ごはんは食べる気がしないから、みそ汁と浅漬けはそれに入れて持って行くよ。昼はみんな屋上に集まって食べようよ。」
「あー、まんがでよく見る屋上でランチってやつね。でも、あれって幻想だよねえ。ほとんどの学校は屋上は立ち入り禁止だし、入れるのは高体連とかインターハイの垂れ幕下げるときだけだよ。」
「まあ、みんな別のクラスだからね。どこかで集まりたいわね。」
「それよりも、なによりも、かぐやは男子がほっとかないんじゃねえか? どうする、ロカト?」
「なんだよ、兄貴。フィグの方が心配だよ。」
「フィグは別の意味でモテモテかもね。みんなの前でいきなりこう言うんだ。『この中に宇宙人、未来人、異世界人がいたら、わたしのところに来なさい』ってね。」
「誰のまねよ、もう。」
「さあ、みんな用意はできた?」
「おう、学校に行くのにワクワクするなんて、変な感じだよ。」
「まったく、高校を二回も行くなんて。」
「テレビの学園ドラマだって、訳者はみんなプラス十歳だよ。それと似たようなもんでしょ。」
「そうだ、間に合うんだったら、定春も誘って行こうよ。」
「じゃあ、早く行かなきゃね。」
ナツメ以外は朝食抜きで借家を出て、定春の家に向かった。再び『ダダダーン、ダダダダーン、シュー』を聞いて一通りの通過儀礼をやった後、要件を伝えた。定春も家を出るところだった。しばらくすると、定春はアルテイシアといっしょにやって来た。
「おっはよー! あ、あーちゃんもいっしょじゃん。」
「オッス! ハハハ、学生服に着られてるなあ。初々しいのかおっさんくさいのか、変なふうに混じり合ってるぞ。」
「君も相変わらずメイド服、全然似合ってないね。」
「ヒラヒラは嫌いさ。ま、学校楽しんできなよ。ナツメが喜ぶような学校と聞いたぜ。怪談だらけって言うからな。」
「おー、ディオの館みたいなのか?」
「その階段じゃねえよ。わざと言っただろ。」
「そうそう、兄貴ったら、階段を上ったのをわざわざ『階段を上ろうとしたら上っていた』なんて変なこと言うんだよ。」
「いや、だからほんとだって。」
みんなの会話にしびれを切らして定春が言った。
「あの、早く学校行こうよ。」
「あ、ごめんごめん。」
学校へ行く間、定春はみんながどうしてここに来たのか聞いてきた。昨日の会食はパクチーの拷問とナツメの退場劇もあって、会話らしい会話がなかったのだ。
「君たちは一体何者なんだい? ナツメはダニなんか飼ってるし。」
「ここに来る途中に黄泉平坂っていうところがあってね、そこでゲームに負けたらダニ使いになっちゃったんだよ。」
「黄泉平坂って、レイミのいたところかい?」
「知ってるの?」
「ああ、俺もあそこでレイミとのゲームに負けたんだ。」
「それでどうなったの?」
「俺も変な生き物に憑りつかれてしまったんだ。だけど、見せないよ。気持ち悪いに決まってるから。君のダニといい勝負だけど。」
「ええー、見たいなあ。」
「それを見たときは、みんな死ぬ時だ。」
「そんな大げさな。」
やがて学校に着いたので、みんなはそれぞれの教室に行った。定春はナツメといっしょのクラスだった。カグツチの配慮らしい。
入学式直後の転校生四人組という奇妙さを受けて、みんなは各クラスで話題になっていた。ナツメの予想通り?「転校生、美人、賢そう、神秘的」などなどで、いろはは早速男性生徒の注目を浴びていた。まあ、すぐに女子生徒に囲まれたので、男子生徒は近づくきっかけを作れないでいたが。
新学期が始まって数日が経っていたが、ナツメのクラスは定春がかなり問題になっていた。彼は教室で帽子を脱がなかったのだ。いや、学校で彼が帽子を取ったのを見た者は、入学式の日に彼の髪型を笑ってボコられたあいつらだけだった。
先生も何回か注意したのだが、定春は意に介さず、「これ、髪の毛の一部ですから。承太郎の帽子、知ってるでしょ。海の中でも取らないんですよ」と言っていた。それを真に理解できるのがナツメだけだったので、定春は喜んだ。
「君、いいやつだな。」
「ンドゥールって名前のやついたら、そいつ、名簿は最後だよね。」
「ああ、そいつには帽子を落とされるかもしれないな。」
周りが聞いたらまったく応答になっていない上に、何の会話かわからないだろうが、二人はじゅうぶんに会話を楽しんでいた。
「彼氏いるの~?」
いろはは女子生徒が聞いて来るであろうと予想していた言葉を聞いた。
「ええ、いるわよ。」
「ええ~、だれ~? どんな人~。」
いろははロカトのことを言おうかどうかちょっと考えた。ロカトだと言ったら、必ずロカトのことを見に行くはずだし。
「転校生の男子二人のうち、かっこいい人の方でしょ。」
女子生徒はロカトのことをしっかり確認済みらしい。こういう言われ方をすると、ちょっと腹が立った。いつもは自分が一番ボコってるのに。
「どっちもかっこいいと思うけど。」
「え~、まじ~、あいつはなんかおたくっぽいよね~。女子のこと、後ろからじ~っと見てそうだし。」
いろははこれ以上女子会話もナツメを悪く言われるのも嫌だったので、恐らくその機会を待ち焦がれているであろう男子たちと話すことにした。
「あの、男性諸君、この学校と部活動を案内してくださらないかしら?」
思っても見ないいろはの申し出に、男子生徒たちは動揺した。しばらく沈黙が続いた。
「男がたくさん集まってると、こういうときって決められないものみたいね。わたし、じゃんけん嫌いだから、出席番号順にするわね。じゃ、一番の人、お願いね。」
「おい、ご指名だぞ、安藤。行けよ。」
こういうときは自分がそうなりたいと思いながらも、男子は対象者を突っついて押し出すものらしい。