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第六章 なっとらん

 奈留に案内されて、一行はまず和室の客間へ案内された。定春は自分の部屋へ着替えに行った。

 「ここでくつろいでいてくださいね。テーブルのお菓子や冷蔵庫の飲み物はご自由にどうぞ。」

 「ありがとうございます。」

 奈留は一礼して去っていった。 

 「テーブルのお菓子も果物も、すごい高級品みたいだよ。じゃあ、遠慮なくいただきま~す。」

 ナツメは昼間のインク入りのスパゲティのためにお預けを食らい、一人お腹をすかせていたので、大喜びだった。カメムシのにおいでまだ吐き気が残っている上に、これからパクチー料理が出ることを思ってみんなは意気消沈していた。

 「もう、みんな。こんなラッキーな機会にどうして元気がないんだよ?」

 「全部あなたのせいでしょ! まだ鼻の奥ににおいが残ってる気がするわ。」

 「兄貴は元気でいいな。」

 「カメムシを愛さなきゃね。」

 「くさいものはくさいよ。というより、カメムシが大量に死んだからこうなったんじゃないか。何が愛だ。」

 「『大歳の客』っていう昔話があるよ。大みそかに来るお客さんをもてなすと黄金を授けてくれるんだけど、欲にからんでひどい目に遭わすと、カメムシやうんこを授けるんだ。黄金とカメムシは紙一重なんだよ。」

 「さすが兄ちゃん、うんこの勇者なだけあるね。くさいものにはめっぽう強いんだ。」

 「すごいだろ。」

 「確かにすごいわね。すごすぎて永遠に遠慮するわ。」

 お菓子をむさぼっているナツメは放っておいて、みんなはとにかく安静にすることにした。


 やがて、食事の用意ができたことをメイドさんが告げに来た。

 「わあ、ゴスロリだ。いいな。」

 「兄貴、言葉に気をつけろよ。失礼じゃないか。」

 「まったくだ。」

 「・・・・・・」

 「さあ、とっとと食堂へ来いよ。」

 「すみません。ゴスロリじゃなくてツンデレだったようで。」

 「さあ、さっさと歩け。グズグズするんじゃねえ。」

 「アルファがいたらおもしろかったのに。」

 異様に足の速いメイドの後に従ってみんなは食堂へ行った。予想通り、みんなにとっては悪臭のする食事だった。

 「とっとと座れよ。」

 ナツメ以外はなんとか平静を装って席に着いた。食堂にはすでに奈留と定春のほか、一人の紳士が上座に座っていた。全員が着席すると、その紳士が立ち上がり、挨拶を始めた。

 「よく来てくれた。歓迎するよ。わたしはこの家の主人である座美出来雄だ。何でも息子の定春と同じ高校の生徒だそうじゃないか。仲良くしてやってくれ。遠慮はいらないから、たらふく食べていってくれ。」

 いろはが立ち上がってお礼を述べた。

 「急な訪問なのに、おうちにお招きいただき、ありがとうございます、座美さん。また、家を貸してくださっていることも、重ねて感謝申し上げます。どうぞよろしくお願いします。」

 「ずいぶん大人びた高校生だね。こりゃ、あっという間に学園のマドンナになりそうじゃな。」

 「あなた、鼻の下を伸ばさないでください。」

 「ああ、すまん、すまん。さあ、みなさん、召しあがれ。」

 「いただきます。」


 ナツメ以外のみんなは拷問にも等しかった。ナツメはいつもの調子でがっつき始めた。

 「ムシャ、ズル、ペチャ、グチャ、ガシャ! あっ!」

 調子に乗って食べ続けるうち、ナツメはグラスを倒してしまった。

 「ダーン!」

 突然、出来雄がテーブルを強く叩いた。

 「ナツメ、それでも紳士か! 作法がなっとらんぞ! 作法が! もう、ナツメの食事を下げたまえ。」

 「えっ!」

 「もう食べんでよいッ! 今晩は食事抜きだッ! 自分の部屋へ行きなさいッ! 定春が来てから、おまえを甘やかしていたのを悟った! 親として恥ずかしいッ! 定春を見習え! 定春の作法は完璧だぞッ!」

 「す、すみません。でも、自分の部屋なんてないんですけど。」

 「口答えは許さん。」

 「そんなセリフは続きになかったような・・・」

 とりあえずナツメは食堂から出ることにした。ナツメはしょんぼりしていたが、みんなはナツメをうらやましく思ってしまった。フィグがいろはにささやいた。

 「あんなに息子を褒める人も珍しいかも。」


 食堂を出たナツメを追いかけて、先ほどのメイドがついて来た。

 「おい、てめえ、おもしれえやつだな。」

 「え? ジョナサンそっくりだって?」

 「そんなこと言ってねえだろ。頭ん中、ドラクエ3のラストダンジョンの矢印床みてえになってんのか?」

 「おお、なんて気の利いたセリフを言うメイドさんなんだ。世界一だね・・・いや、なんか、そっくりだね。よく見れば、顔も声もよく似てるよ。」

 「なんのことだ?」

 「ぼくには好きな人がいてね。結婚の約束もしたはずなんだけど、いつもパラレルワールドが発生してお預けなんだ。君はその彼女によく似ているんだよ。」

 「ふん。わたしに姉や妹はいねえよ。ずっと孤児だったのを、ここで雇ってもらったんだ。こんなメイドでも、定春がかばってくれてるから働けるんだけどな。」

 「彼は親切なんだね。」

 「ただのMだと思うがな。」

 「もしかして、好き同志だったりするの?」

 「それはねえよ。定春には思い人がいるようだから。」

 「君自身はどうなの?」

 「え? え、えっと、わたしはメイドだ。雇い人と労働者ってだけだ。」

 「ねえ、メイド服、余ってない? もらえたら嬉しいんだけど。」

 「いきなり変な要求すんじゃねえ。」

 「アルファにあげたいなと思って。」

 「アルファって何?」

 「ああ、その彼女の名前だよ。」

 「そうか。一筆書きの名前だ。」

 「はは、そのセリフ、思い出すなあ。彼女がもののけ姫になっちゃったとき、自分の名前を思い出させるのに使った言葉だよ。」

 「意味分からんわ。」

 「そうだ、君の名前はなんていうの?」

 「わたしの名前はここでは口にできない。」

 「じゃあ、バルスって名前なんだ。」

 「いちいち変な変換するんじゃねえ。しかも、ここに飛行石あったら、どうするつもりだったんだ?」

 「一回そういう場面で言ったことあるよ。」

 「おいおい、それは嘘だろ。ラピュタがおっこっちまうだろうが。」

 「たまたま飛行石の安全装置がオンなってたんだよ。」

 「滅びの言葉に安全装置付いてたら、意味ねえだろ。」

 「まあ、そのときも同じこと言ったなあ。話がそれちゃったね。君は正直な人なんだね。最初に偽名を名乗らずに、名前が言えないなんて教えてくれたし。それで、君のこと、なんて呼んだらいい? ぼくはクワトロ・バジーナでいいよ。」

 メイドはその名前に関してはまったく無視して話を続けた。

 「じゃあ、ナツメ、わたしのことは・・・」

 「アルテイシアでいいかな?」

 「て、てめー、なんでその名を。ここでは口にできない名前だってのに。」

 「え、え~? 適当に言ったのがどんぴしゃだったわけ? 口にしちゃいけないんだったら『あーちゃん』って呼んでいいかな?」

 「あーちゃんだとお。・・・まあ、いい。」

 「よかったあ。髪の毛けなされた人みたいに怒るかと思ってビクビクしたよ。」

 「なんだそれ。」

 「しかしまあ、ナツメ。あのくっせー食事からうまいこと脱出したよな。ほかの連中なんか、ナツメを見てうらめしい顔してたぜ。」

 「え~? もっと食べたかったんだよ。お腹空いてるし。今日は昼はインク入りのスパゲティ出されて食べそこなったし、夕食は追い出されるし、散々だよ。」

 「もう少ししたら、わたしの食事時間になるんだ。いっしょにどうだ。いつも一人で食べてるから、たまには楽しく食べたいし。マナーが悪くても構わないぞ。」

 「わーい、やったー!」

 「台所の横にまかない部屋があるんだ。案内するからそこで待ってな。」

 あーちゃんはナツメをまかない部屋に案内したあと、食堂の給仕に戻った。


 一方、ナツメ以外のみんなは一行に食欲がわかず、愛想笑いに必死だった。給仕に戻ったあーちゃんは、笑いをこらえながら、わざとみんなに『おかわりお持ちしましょうか?』としきりに勧めた。

 ナツメのいなくなった食堂では、出来雄がナツメの不出来を引き合いに出して、定春の自慢話を延々と続けていた。

 「こんなこともあったな。『また間違えたぞッ、ナツメ! 6度目だッ! 同じ基本的な間違いを6回もしたのだぞ! 勉強が分からんと言うからわたしが見てやれば、何度教えても分からんやつだ! 定春を見ろ、20問中、20問正解だ!』さすがは定春だ。」

 ロカトもいろはも何か言うべきかと考えたが、下手に刺激しない方がいいような気もしたので、黙って聞いていた。しかし、初めてここに来たはずのナツメについて、ここまで変な態度を取られる意味がわからないフィグは、とうとおう口を開いた。

 「あの~、出来雄さん。ナツメ、うちの兄ですけど。ここに始めて来たのに6回も何か間違えましたか?」

 そこで奈留が出来雄に注意した。

 「あなた、またいつもの癖が出てますよ。」

 「ああ、すまない。また過去にとらわれてしまったようだ。皆さん、さぞかし不快な思いをされたでしょう。定春の友人として招待したのに、こんな無礼を働いてしまったナツメを赦してやってくれ。」

 「いや、結局そこに行きついてますけど。」

 「それではデザートをお持ちしますね。」

 あーちゃんはすっかり凍りついた場の幕引きを図ろうと、声を張り上げた。


 デザートを食べたあと、あーちゃんはみんなを急かして屋敷の外へ連れ出した。

 「出来雄様は定春のことになるとあんな感じなのさ。気を悪くするなよ。学校で定春と楽しくやってくれよな。それと、ナツメは後で帰るから。」

 「にいちゃんはどこに行ったの?」

 「台所のまかない部屋にいるよ。腹減ってるらしいから、何か食わせてから帰すよ。というより、自分らの方が大変だっただろ。あのくっせー料理、まあ、作ったのはわたしだけどさ。あの場を逃れたナツメを見るあんたたちの顔は見ものだったよ。定春の好みはねえ・・・」

 「メイドさん、お名前は?」

 「あーちゃんでいいよ。」

 「それ、ナツメが付けた名前なんじゃない?」

 「よくわかったな。」

 「まあ、いろいろあってね、その名前には。また今度ゆっくり話すわね。」

 「あ「ちゃん、バイバイ。楽しいメイドさんで嬉しい。」

 「ああ、そうかい。こんなのを雇ってもらえるのはここくらいだと思うよ。」

 「兄ちゃんも喜んでたでしょ。」

 「ああ、そうだな。あの性格、結構好きだぜ。」

 「そうでしょ、なにせ、うんこの勇者だから。」

 「なんだそれ。分かりやすく言えば、クソ野郎じゃねえか。」

 「そう呼んでもらっても構わないわよ。その通りだから。」

 「いろはちゃんと言ったか。意外にあんた、あいつにうんこ見られてたりするんじゃねえか。」

 「・・・・・」

 「なんだ、図星なのかよ。そりゃ、この世から消えてしまいたくなるな。」

 「み、見られてはいないわよ。」

 「学校じゃ、検便があるぞ。」

 「もう、その手の話はもういいわよ。」

 「ははは、まあ、これからもよろしくな。」

 「じゃあね。」

 「兄貴をよろしくお願いします。」


 帰り道、そして家についても、三人は定春の家であったことについて意見を交換した。

 「あーちゃんって、アルファ姉ちゃんに似てるね。」

 「気持ち悪いくらいにね。で、定春とはほとんど話せなかったわね。」

 「お父さんの自慢話に合わせるのがやっとだったよ。それにしても、兄貴に対して、何か恨みでもあるかのようだったよ。」

 「兄ちゃん、あーちゃんのこと好きになっちゃったりして。」

 「そうかな。兄貴はメイド姿に興味ないし。」

 「そういう問題? でも、彼女、あまりにも似すぎだわ。それに、なぜナツメが彼女を『あーちゃん』って呼んだかよ。アルファの前だったら殺されてるわよ。何考えてるのかしら。」

 「名前が「あ」で始まるんじゃない、彼女。」

 「確かにそれは言えるな。」

 「あとで兄ちゃんに聞こうっと。」


 「お待たせ。」

 仕事がひと段落してあーちゃんがナツメのいるまかない部屋にやって来た。

 「さ、食べようぜ。」

 あーちゃんはその日の残った食材で作ったまかないを持って来た。

 「わあ、結構な量だね。」

 「ああ、今日は食事の人数が多かったからな。」

 「メイドの仕事っていろいろ大変だね。食事の種類に量とか味付けとか、頭も体力も使うね。」

 「まあな。一日体力勝負さ。まあ、こんなメイドを雇ってくれて、クレームもないからありがたいよ。定春が帰ってくる前までは、夫婦二人が住んでただけだったから、仕事も少なかったけどね。奥さんも自分のことは自分でするし。」

 「定春君は君といっしょに過ごしたりしないの?」

 「残念ながらね。定春の目には、わたしをルンバぐらいにしか見てないよ。でも、ここにはルンバはないけどね。ナツメと話すみたいに彼と話せればいいんだけど。」

 「残念ながら、ぼくも今日は彼と何にも話せなかったよ。ただ、ダニを蹴られただけだったから。」

 「何だそれ?」

 「ぼくにはおかしなクリーチャーが憑りついてるんだよ。スタンドみたいに。それが巨大なダニなんだ。それが定春君と会った途端に飛び出て来ちゃって、定春君にじゃれようとして蹴られたってわけ。」

 「まあ、確かにディオでなくても蹴るよな。」

 二人ともお腹がふくれてくると眠気であくびをし始めた。

 「眠くなってきたな。」

 「ぼくもだよ、お腹いっぱいになったよ。ありがとう。一日食事のお預け喰らってたけど、最後に役得があったね。君に会えて嬉しいよ。」

 「ああ、楽しい一日だった。また来いよ。と言っても、出来雄様がどんな態度をとるのかまったく予測できないけどな。じゃあな。おやすみ。」

 「うん、おやすみ。」

 ナツメは一人ルンルン気分で貸家へと戻っていった。

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